デンマークにおけるインクルーシブ教育のあゆみ
特別教育の費用が増大したことから、2012年に教育改革が行われた
デンマークのインクルーシブ教育の重要な転換点となったのが「インクルージョン改革」と呼ばれる2012年の教育改革です。この改革の背景には、特別教育の拡大という問題がありました。
当時、特別学校や通常学校の特別クラスの在籍者数は増え続けており、それに伴って特別教育の費用が増大していました。
その結果、2010年ころには特別教育の対象が全体の約5〜6%にとどまる一方で、関連支出が公立学校教育費の約20%前後とされ、さらに通常学級内での追加的支援を含めると約30%に達するという指摘もなされる状況にありました(参照:OECD、2011)。
こうした資源の集中は政策課題と認識され、2012年のインクルージョン改革へとつながったのです。

なぜ特別教育は拡大したのか?
特別教育の費用が拡大した理由のひとつは、発達障害や学習困難に対する理解が進んだことにあったと言われます。これまで通常クラスの中で個人の資質の問題とされていた困難が、障害によるものであり支援が必要だと認識されるようになったことで、より専門的な支援を求めて特別クラスや特別学校に移る子どもが増えたのです。
また、制度的な要因もありました。当時、特別学校や特別クラスの費用は通常学校の費用とは別枠の予算として確保されていました。
ところが通常クラスで特別な支援をする場合、その費用(子どもの支援をするペダゴーの人件費等)は通常学校に割り当てられる予算から支出することになっていました。このこともまた、特別クラスやまたは特別学校での特別教育拡大の要因のひとつとなりました。
すべての子どもの96%を通常クラスへ。現場は混乱
こうした状況、そしてインクルーシブ教育推進の世界的な流れの中で、政府は「より多くの子どもを通常クラスで学ばせる」という方針を打ち出しました。
その象徴的な目標として掲げられたのが「96%」という数値目標でした。すなわち、すべての子どもの96%が通常クラスで学ぶようにする、つまり、すべての子どものうち特別学校や特別クラスに在籍する子どもの割合(=分離率)を4%まで減らすという政策です。

しかしこの政策はうまくいきませんでした。
地域によっては支援体制が十分でないにもかかわらず、この政策によって特別学校や特別クラスの子どもが通常クラスに戻されたことで、通常クラスの教師の負担が急激に大きくなってしまったのです。これによって一時的に大きな混乱が起きました。
そのためこの改革は強い批判を受けました。また「これはインクルージョンではなく特別支援教育の削減ではないか」という批判もあったのです。
そしてその後分離率(すべての子どものうち特別学校や特別クラスに在籍する子どもの割合)は2012年改革後いったん減少したものの、その後再び増加し、2020年には2012年改革以前に近づいたとされます。
デンマークのインクルーシブ教育の課題
「子どもにとっての最適な環境とは」という問い
このようにデンマークのインクルーシブ教育は「分離率」だけを指標として見ると、2012年改革によって「進み」、その後、「後退した」ようにも見えます。
そこにはもちろん通常クラスでの教師への支援やサポート体制が不十分であったという理由があります。通常クラスの教師へのサポートの改善はデンマークのインクルーシブ教育にとって喫緊の課題なのだと思います。
しかしそれと同時に「すべての子どもが通常クラスで学ぶことが、果たしてすべての子どもにとって最善なのか」という疑問が提起されるようになったという事情もありました。
デンマークでは個人の生き方や個性を尊重する文化が社会に深く根付いています。そのような考え方からすると、「障害のある子どもにとって最適な環境が特別学校や特別クラスなら、そこで学ぶことこそが最適ではないのか」という考え方が出てくるのはごく自然なことでした。
インクルーシブ教育とは通常級で学ぶこと? 一人ひとりに適切な環境を保障すること?
しかしその一方で「障害のある子どもにとって最適な環境が、特別学校や特別クラスならそこで学ぶことこそが最適」とする考え方は、障害のある子どもとそうでない子どもの居場所を分けることを、正当化する方向に容易に向かうだろうということは想像に難くありません。
実際、これまでもその論理によって障害のある子どもの分離が固定化されてきた面があったことは否めません。インクルーシブ教育であることは単に「通常クラスで学ぶこと」を意味するのか、それとも「子ども一人ひとりにとって適切な教育環境を保障すること」を意味するのか。これはインクルーシブ教育を考える上で大事な論点です。
個人の生き方や個性を尊重することの意味を熟知し、それを大切にしているデンマーク社会がこの問いを発する意味は大きいと思います。今後、デンマークの教育関係者や支援者がこの問いにどう向き合うのか、どのような方向性を見出すのか、注目したいと思います。

日本と大きく違うのは「ペダゴー」の存在
最後にデンマークで日本と大きく違うと感じた点についてもう一度触れたいと思います。それは何と言っても前の記事でも触れた「ペダゴー」の存在です。
教師が主に学習を担当するのに対し、「ペダゴー」は子どもの生活面や社会性、感情面の支援をします。
日本で普通学級に配置される「特別支援教育支援員」は法的な資格要件はなく、実態上も支援者としての専門性は問われない場合が多いです。そして、必要な子に配置されない、雇用が不安定・低待遇などの問題もあります。
一方デンマークの「ペダゴー」は、大学で福祉と教育について、国が定めた実習を含む専門職の教育課程を修了しています。
デンマークでも日本でも、通常クラスは専門知識のない一般の教師が受け持つので、そこに特別な支援を要する児童・生徒がいた場合、教師が対応に苦慮することは当然起きてきます。
デンマークでは「PPR※」という学校外の専門組織が教師の支援のサポートをしてくれますが、それでも学校外の組織である以上どうしても一定の「距離」はあります。しかし、ここで専門的知識を持つ「ペダゴー」が教師と共に日々児童・生徒に関わってくれることは通常クラスの教師にとって非常に大きな力になり、それによって教師は授業に集中することができるのです。
※「PPR(教育心理相談機関)」
自治体が設置する学校外の専門機関で、心理士、特別教育専門家、言語聴覚士、作業療法士などが所属している

さらに、「ペダゴー」は放課後(SFO)に児童・生徒が過ごす場所(日本の「児童クラブ」のような場所)にも関わります。
学校は学校、放課後は放課後ではなく、「ペダゴー」が学校から放課後まで時間的に途切れることなく児童・生徒の友だち関係、生活全般を支えます。
こうして教師が学習面を、「ペダゴー」が生活面を、と支援の役割を分担することで、通常クラスの中で多様な子どもがともに学べる環境が作られているのです。
「ペダゴー」の果たしている役割を知れば知るほど、インクルーシブ教育を進めようとするならば、やはり、日本においても通常クラスに配置される支援員の専門性の向上は必須だと強く感じました。

前回の記事を読む
原先生の最新書籍
日常の会話、お出かけ、遊び、読み聞かせといった
ふだんの生活の中における
典型的な「子どもとのやりとり」を120の場面で紹介。
◎例(ことばが育ちやすい関わり方)と
×例(ことばが育ちにくい関わり方)を挙げ、
専門家の視点から、わかりやすく解説します。
お子さんのことばの発達に困りごとがある方、
今は大きな悩みはないけれど、
ことばや親の関わり方について知りたい方、
コミュニケーション上手な子に育てたいと思う方……
そんな親御さんをはじめ、
子どもの「周囲の大人」のみなさんのための本です。
この記事を書いたのは…
一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業、国立身体障害者リハビリテーション学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダのブリティッシュコロンビア州の障害者グループホーム、東京都文京区の障害者施設職員、長野県の信濃医療福祉センター・リハビリテーション部での勤務の後、『発達障害のある子の家族を幸せにする』ことを志に、一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPANを長野県諏訪市に創設。発達障害のある子のプライベートレッスンやワークショップ、保育士や教諭を対象にした講座を運営している。著書に『発達障害のある子と家族が幸せになる方法』(学苑社)、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)がある。
