「インクルーシブ教育=同じ教室で学ぶ」ではない。ベルギーのフランス語共同体の答えとは?【言語聴覚士 原先生が伝える世界のインクルーシブ教育】

発達障害のある子どもの療育に長年携わってこられた言語聴覚士・社会福祉士の原 哲也先生が、2024年と2025年の2度にわたってベルギー・デンマーク・イタリアのインクルーシブ教育を見学。現地の教育の様子を数回に渡ってお届けするシリーズです。今回は、「専門性を伴う特別支援教育」を重視してきたベルギーのインクルーシブ教育についてお届けします。

民族や文化など、違いを前提に社会を作ってきたベルギー

ベルギーは、ヨーロッパの中心に位置する人口約1,100万人の小さな国です。ベルギーといえば、日本では「ベルギーワッフル」「チョコレート」「フライドポテト」が有名です。中でも、フライドポテトはベルギーでは国民食のような存在で、街角には「フリッツ」と呼ばれるポテト店が並び、人々は家族や友人と気軽に立ち寄ります。ビールも有名で、トラピストビールに代表されるベルギーの修道院ビール文化は世界的にも知られています。

ブリュッセル市内にフライ専門店が多くある

また、ナポレオン最後の戦いの戦場であるワーテルローもベルギーにあります。ベルギーは歴史的に多くの国や民族、文化が交差してきた国であり、それゆえに「違いを前提に社会を作る」という感覚が今でも比較的強いのだと思います。

「言語共同体」 ごとに違う教育制度

ベルギーではフランス語【南部地域】、オランダ語(フラマン語)【北部地域】、ドイツ語【ドイツ国境地域】という3つの公用語ごとに「言語共同体」があります。教育行政は「言語共同体」が管轄・運営するので、教育制度は全国共通ではありません。

ですからインクルーシブ教育に対する考え方も制度も、言語共同体ごとにかなり異なります。今回は3つの言語共同体のうちの「フランス語共同体」のインクルーシブ教育についてお話したいと思います。

障害の種別ごとに特別支援学校が整備されてきた

ベルギーのインクルーシブ教育で興味深いのは「インクルーシブ教育=みんな同じ教室で」という考え方ではないことです。

特に「フランス語共同体(Fédération Wallonie-Bruxelles)」は、「通常学校で学ぶこと」を大切にしつつも、「通常学校だけで抱え込まない」ことをめざしています。そのために「通常学校に専門性を届ける」、すなわち専門職が関わることで通常学校が専門性を活用できるようにする方法を考えてきました。

その背景には、「言語共同体」が教育行政を担うようになるずっと前から、ベルギーが「専門性を伴う特別支援教育」を重視してきた歴史があります。

ベルギーでは1914年の義務教育法の頃から、通常教育だけでは対応できない子どもの教育が課題になっていました。1931年には知的障害や身体障害のある子どもにも義務教育が拡大されましたが、当時は「障害のある子どもには専門的な教育を」という考え方が強く、障害種別ごとの特別支援学校が整備されていきました(分離教育)。

ブリッセルには素晴らしいディスプレイのお菓子屋さんが沢山ある

「分離」は、その子にとって必要な支援を届けるため

分離教育にはどうしても障害のある子どもを通常教育の場から排除するというイメージがつきまといますが、ベルギーでは「分離」は「排除」ではなく「その子に必要な支援を届ける」ため、という文脈で行われました

これは日本の保護者や支援者にとっても考えさせられるものです。すなわちインクルーシブ教育=「通常学級にいること」ではなく、本当に大切なのは、

・子どもが安心して学べる
・特性が理解される
・必要な支援がなされる
・保護者が孤立しない

ことなのです。

これらを叶えるためにベルギーでは障害種別ごとの特別支援学校を整備し、そこで医療、心理、福祉、教育を結びつけて「必要な支援」を提供しようとしました。

ただ「障害のある子どもも通常学級でともに学ぶ」という意味でのインクルーシブ教育推進は世界的な流れであり、その中でベルギーでも通常学級か、分離して専門的支援かという問題についての議論が継続してなされてきました。

この点について、1970年の教育関連法の大規模な改正では、「児童・生徒は本来、通常教育に通うべきである」とした上で「特別教育は例外であり、十分な評価を経て判断されるべき」という原則が示されました。

しかし、この改正を受けてもフランス語共同体はすぐに「完全通常学校型」へは進みませんでした。フランス語共同体では障害のある子に対してはむしろ通常教育とは異なる「専門性」が必要という考え方が強く残っていたからです。

実際、ベルギーはヨーロッパの中でも「分離型特別支援教育」の割合が高い国(中等教育段階において約5.36%が分離型教育[segregated educatio]に在籍)の一つとして知られています。

参照:European Agency for Special Needs and Inclusive Education(EASIE 2021/2022)

しかし、それと同時にフランス語共同体では「専門性を通常学校へ届ける」ことも模索しました。その背景には、視覚障害や聴覚障害、知的障害といった、従来の障害類型とは異なる障害、すなわち、読み書き障害・学習障害・認知処理の困難などを持つ子どもの支援ニーズの増加がありました。

「Type8教育」と呼ばれる、読み書き困難の子への対応

読み書き障害・学習障害・認知処理の困難などの障害は「Type8」とされます。これらの障害のある子どもは「理解する力はあるのに、通常の学び方では学びにくい」状況にあり、通常学校では対応しきれない現実がありました。

これに対して、フランス語共同体では「Type8」の子どもが特別学校などで専門的な教育を受けられるようにすることで対応してきました。 

しかし、一方で「分離して教育を終わらせてよいのか」という問いも生まれました。すなわち「Type8の子どもは支援次第で通常学級で学べるのではないか」「通常学級で学べる可能性があるのに、対応しきれないという理由によって通常学級でともに学ぶ道を閉ざしていいのか」「通常学校側が変わることで、通常学校で学ぶことができるのではないか、それならばその方法を探すべきではないか」という問いです。

インクルーシブ教育の潮流の中でのフランス語共同体の選択

ブリュッセル近郊にある、中世の趣を残すブルージュ

通常学校に専門性を届けることを考え続けた

このようにフランス語共同体が揺れ動く中、2006年に国連で障害者権利条約が採択され、世界的に、障害のある子どももそうでない子どもも通常学級でともに学ぶことをめざすインクルーシブ教育の流れが強くなっていきます。

この流れの中でもフランス語共同体は「すべての子どもを通常学校へ戻す」方向には進まず、むしろ「専門性を通常学校へ届ける方法」を考え続けました。

合理的配慮によって環境を調整

もちろん、通常学校でともに学ぶことには大きな意義があります。しかし実際には、教師の過重な負担、支援人材不足、保護者の不安、学校格差など多くの問題が山積し、「通常学校だけでは支えきれない」現実がありました。

この状況への対応としてフランス語共同体がまず試みたのは「合理的配慮」でした。すなわち、ICT活用、課題量調整、視覚支援、個別支援、多職種連携などによって、子どもが学びやすい環境を作り、「子どもが学校に合わせる」のではなく「学校側が環境を調整する」ことで対応しようとしたのです。

Territorial Poles(テリトリアル・ポール=地域ポール)

しかし通常学校の教師による合理的配慮の運用だけでは限界がありました。だからといって特別学校に即、送ることにも上記のような疑問、議論がありました。

そこで2021年から本格的に導入されたのが、Territorial Poles(テリトリアル・ポール=地域ポール)です。地域ポールは、地域ごとに置かれた、専門職が常駐する教育支援ネットワークです。

フランス語共同体では、48の地域ポールが設置され、それぞれが複数学校を担当し対応します。そうすることで「通常学校に専門性を届ける」「学校を孤立させない」ことをめざしたのです。

こうして、フランス語共同体のインクルーシブ教育は、

「分離から統合へ」

「統合から合理的配慮へ」

「合理的配慮から地域支援ネットワークへ」
と進んできました。

現在に至るさまざまな取り組みと変遷の中心にあるのは、「通常学級に入れること」ではなく、子どもに必要な支援を見極め、それが叶う環境を構築しようとする思考なのだと思います。

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この記事を書いたのは…

原 哲也 言語聴覚士・社会福祉士

一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業、国立身体障害者リハビリテーション学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダのブリティッシュコロンビア州の障害者グループホーム、東京都文京区の障害者施設職員、長野県の信濃医療福祉センター・リハビリテーション部での勤務の後、『発達障害のある子の家族を幸せにする』ことを志に、一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPANを長野県諏訪市に創設。発達障害のある子のプライベートレッスンやワークショップ、保育士や教諭を対象にした講座を運営している。著書に『発達障害のある子と家族が幸せになる方法』(学苑社)、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)がある。

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