発達障害児の知能や社会性の改善に大きな効果を上げている「行動の科学療法・ABA(応用行動分析学)」。行動の基本原理「強化」「消去」「弱化(罰)」を用いて、すべての人の行動を変容させることができる科学的なアプローチ法として世界中で広く認められており、近年は日本でも療育現場で少しずつ取り入れられている療法です。
目次
なかなか言葉がでない子どもへの働きかけは、どうしたら?
発達や知的な遅れを疑うきっかけが「発語の悩み」だったというご家庭は多いかもしれませんね。今回は、意味のない発声ばかりで、なかなか言葉の出ないお子さんに発語を促す方法について、長年ABAで発達障害のお子さんの成長を支えるNPO法人「つみきの会」代表の藤坂龍司さんに詳しく教えていただきました。
オウム返しにまねて発音する「音声模倣」は、言葉を引き出す着実な手立て
意味のある発語がないと、せめて要求表現だけでもと、「ちょうだい」から教えることは多いですね。でも、その結果、要求はなんでも「ちょうだい」で済ませるようになってしまって、言葉が増えない、ということがよくあります。
それよりも、より確実に言葉を増やす方法として、今回は、米国UCLAのロバース博士が考案した、音声模倣を利用する方法をご紹介したいと思います。かなり難しく、根気のいる方法ですが、いったんいろんな音をまねできるようになると、その音を組み合わせて、たくさんの言葉を引き出すことができますよ。
無言語の自閉症児から言葉を引き出した「音声模倣」
音声模倣とは、大人が「あ」と言ったら、それに「あ」、「い」と言ったら「い」と返すこと。つまりオウム返しです。
よく、言葉を引き出すには、まず「話したい気持ち」を育てなさい、と言われると思います。しかしロバース博士は、それとは一見、真逆の方法で、多くの無言語の自閉症児から言葉を引き出すことに成功したのです。それが音声模倣から教える方法でした。最初は意味などなくていいから、ただ音をまねしたら、それを強化するのです。「意味などなくていい。まずは声を引き出すことから」という「逆転の発想?」が、ことばのない子どもたちに、言葉を話す道を切り開いたのです。
「音声模倣」の進め方は3ステップ
始める前の準備
〈音声模倣〉は、成功させるためのプロンプト(手助け)がとても難しく、教えるのが難しい課題です。ですから、ご家庭で取り組む場合には、いきなり音声模倣から行うのではなく、ある程度「親子で教える/教えられる」の関係が構築できているほうがうまくいきやすいです。例えば、動作模倣(身振りの模倣の課題)や音声指示(指示に応じる課題)のレパートリーが15くらいできるようになってから取り組むといいでしょう。
どんな音が出ているのか、50音表で確認してから
そして、音声模倣のステップに進む前に、今お子さんがどんな音を発声できているのか確認します。濁音や半濁音も含めた50音表を用意し、日常生活の中で発した音をチェックします。クリアに発声している音には〇、分かりにくい音は△などとして記入します。喃語が豊富だったり、自発的によく音を発しているお子さんは、音声模倣に進みやすいです。普段声がなかなか出なくても、身体を使って楽しく遊んでいる時などは、発声が増えるのでよく観察してみましょう。
音声模倣を引き出すには
ステップ1:「声を出したら強化(声を出す行動を増やす)」
ステップ2:「大人の発声の直後の発声を強化(似ていなくてもよい)」
ステップ3:「大人の発声と似た発声を強化」
という段階を踏んで進めていきます。
強化子はお子さんの大好きなお菓子(小さく刻んで少しずつ)か、おもちゃを用意しましょう。少し手間はかかりますが、言葉を引き出す着実な方法ですから、ぜひご家庭でじっくり取り組んでみてください。
▮ステップ1 声を出したら強化し、「声を出す行動」を増やす
出る音がある程度分かってきたら、音声模倣に入ります。最初のステップは、とにかく声を出したらお菓子やおもちゃを与えることで強化し、声を出す行動を増やすことです。「ご褒美がもらえる」と分かると子どもは積極的に声を出すでしょう。各ステップで大事なのは「すぐに強化」して、子どものモチベーションを保つこと。1音1強化で進めましょう。
▮ステップ2 大人の発声直後の発声(似ていなくてOK)だけを強化する
声を出す行動が増えてきたら、次は大人が発声した直後(5秒以内)に子どもが出した声だけをご褒美で強化します。このとき、大人の発声した音と似ていなくても構いません。
その代わり、5秒以降の発声はもう強化しません。ここでは「大人の声に続いて何か声を出す」という行動を形成するのです。
▮ステップ3 大人の発声と似た発声を強化し、「似た音」「同じ音」の発声を増やす
大人の発声の直後に発声する、という行動が増えてきたら、いよいよ大人と同じ音に近づけていきます。まずは、直後の発生のうち、大人の発声と似た発声のみ強化します。ここで大事なのは、最初は少しでも似ていたら強化して、なるべく失敗を減らすこと。何度も失敗させてモチベーションを下げさせないことが、音声模倣では特に重要です。
似た音が出るようになってきたら、最終段階、「同じ音が発声できたときのみ強化」して、完全な「音声模倣」につなげます。
なかなか似た音、同じ音が出ない場合は、子どもの音を大人が真似をする“逆エコー”を
ステップ3は、“なかなか同じような音が出ない”と、つまづきやすいステップです。そんなときには、子どもの発した音を大人が真似する“逆エコー”をしてみましょう。子どもが「いー」と言ったら大人も「いー」と言うのです。繰り返しているとシンクロ遊びのように子どもも楽しみ出すでしょう。2,3日それで遊んだら、同じ音でシンクロしたあとに、音を変えてみましょう(子どもの出せる音で)。すると子どもの方が大人に合わせてシンクロしてきたりして、うまくいくことがあります。
50音順には教えないことが、ポイント。その訳は・・・
ここで注意したいのは、「あ、い、う、え、お、か、き…」など50音順には教えない、ということです。順番に教えると、「あ」と大人が言うと「い」と言うお子さんも出てきますし、また「い」や「か」「さ」行などは難しいので、すぐに壁にぶつかってしまうからです。
50音の中でも、発語しやすい音がありますので〈上記参照:黄色で塗ってある行・列は比較的言いやすい/「い」「う」の行(△)は難しい/特に言いやすい個々の音は緑色の(○)、子どもが成功しやすい音から取り組みましょう。ちなみに、清音より、濁音や半濁音の方が出しやすい場合が多いので、優先的にやってみるとよいでしょう。
単音ができるようになったら、2音節の音声模倣に
単音で、濁音、半濁音も含めた50音のうち半分くらい出始めたら、2音節の発語の練習に進みます。同じ2音節でも、言いやすい音の組み合わせから、スモールステップで進めます。以下の順番を参考に(①~⑤は数字が大きくなるほど難しい)。
①同音反復‥‥まま、ばば、だだ、など
②母音+子音、母音+母音‥‥あか、あい、あお、かお、かい、たい、など
③同子音異母音(同じ行で母音違いの2音節)‥‥まめ、まも、まみ、かこ、かけ、かき、ばぼ、ばび、など
④同母音異子音(同じ母音で子音違いの2音節)‥‥たま、たか、やま、とこ、とも、など
⑤異母音異子音(母音も子音も異なる2音節)たこ、ため、かめ、かも、はも、はめ、こや、こち、など
※ばった、かった、まっと、のーと、じゅーす、ぼうし(ぼーし)など、促音(=小さな「っ」)や長音の入った言葉は比較的言いやすい
※「だんご」は「だ」「ん」「ご」と三つに分けるより、「だん」「ご」と二音節としてとらえた方が言わせやすい。「りんご」「パンダ」「ペンギン」も同じ。
「りんご」と言ったら、りんごを触る。発語と物を結びつける「物の名付け」を同時に行いましょう
「物の名付け」は2ステップ。ステップ1は、言われたものを選ぶ「受容的命名」
音声模倣と並行して、「物の名前付け」の練習を行います。「名前付け」には「受容的命名」(言われたものを選ぶ)と「表出的命名」(物の名前を言う)があります。このうち受容的命名の課題に先に取り組みます。例えばテーブルの上にりんごとコップを置き、大人が「りんご」と言ったら、りんごを、「コップ」と言ったらコップに触れるようにするのです。
ステップ2は、物を示して、名前を言わせる「表出的命名」
受容的命名ができるようになり、しかも音声模倣の練習も進んで、二音節の単語がいくつかまねできるようになったら、いよいよ表出的命名(物の名前を言う)の課題にとりかかります。
表出的命名の練習には、すでに受容的命名ができる物で、しかもその物の名前を音声模倣することもできるもの、を教材として選びましょう。例えばリンゴとコップがその条件を満たしているとして、教え方を説明します。
最初は受容的命名から始めます。大人が「りんご」と言えばりんごを、「コップ」と言えばコップをさわれることを確かめます。
次に子どもがどちらかのものを選んだ直後に、その物を取り上げて、名前を言わせます。「受容的命名⇒表出」の流れです。例えば大人が「りんご」と言って、子どもがりんごをさわったら、大人がそのりんごを取り上げて、「これ何?」と聞きます。すぐに大人が「りんご」と言って子どもにまねさせます。まねできたら強化子を与えます。コップも同じようにします。
その後もこの流れを繰り返しながら、大人の「りんご」を「りん…」「り…」とフェーディング(徐々にプロンプトをなくしていく)して、最終的に「これ何?」と聞かれたら「りんご!」と一人で言えるようにしていきます。
「受容的命名⇒表出」ができるようになったら、今度は「受容的命名」なしで、「表出」だけの練習です。リンゴだけを取り上げて「これは何?」と声を掛けたときに、子どもが一人で「リンゴ!」と答えられるようにしていきます(これも最初は「リン…」など、ヒントを出して必ず「成功⇒強化」の流れを作ります)。
ここで大切なのは、最初からきれいに言える必要はないということです。たとえば「ひこうき」なら最初は「こーき」で十分。しっかり強化しましょう。数か月~数年かけて気長に練習を続ければ「ひ」が自然と付くものです。完璧を求めて何度も言い直しをさせてはいけません。
人の名前など、呼びかけの言葉の模倣は難しい課題。気長に取り組むことが大事
名前付けのなかでも、「人の名前」はとても難しい課題です。要求表現を覚えたときに「ママ、リンゴちょうだい」などと一緒に教え、ママに向かって言えたと喜んだけれど、実はほかの人にも「ママ、リンゴちょうだい」と言ってしまってがっかりした、というパターンがよくあります。子どもは単に枕詞として覚えただけだったのですね。
ヒトの名前も写真を使ってきちんと受容的命名(「ママ」と言われてママの写真を選べる)をしてから言わせるほうがよいでしょう。特に自閉症の子どもはパパ・ママの区別がつきにくい傾向がありますので、ほかの人の名前から憶えてもがっかりしないように。
音声模倣は、すぐに結果が出るものではありません。3~4年がかりだと腹をくくって、気長に取り組みましょう。
ABAホームセラピーに取り組む親たちと、それを応援するセラピストや医療・療育・教育関係者の集まりで、ABA療育の普及のために2000年から非営利で活動しています。2019年現在の会員は全国に1600人以上。ABAセラピーの勉強会や親御さんたちをつなぐ交流会も定期的に開催しています。ABAに関心のある人ならだれでも入会できます。
監修・藤坂龍司
NPO法人つみきの会代表、株式会社NOTIA代表。コンサルタント。わが子が2歳のときからABA家庭療育に取り組んだ経験を生かして、つみきの会を設立。以後、ABAホームセラピーを日本に普及させる活動に取り組む。「自閉症の子どものためのABA基本プログラム2 家庭で無理なく楽しくできるコミュニケーション課題30」学研教育出版(井上雅彦共著)などの著書あり。兵庫教育大学大学院学校教育研究科修士課程修了。臨床心理士。著書に、家庭でゼロから始められるABAホームセラピーの入門書『イラストでわかるABA実践マニュアル 発達障害の子のやる気を引き出す行動療法』(共著・合同出版)がある。
取材・構成/赤塩和香子 イラスト/本田亮
具体的な事例からもっと詳しくABAを知りたい人のために。「情熱セミナーONLINE」開講中!
藤坂先生が代表を務める「ABA公費化を目指す親の会(https://www.abaforeverybody.org/)」では、ABAについてより具体的に知ることができる全6回のオンラインセミナーを開催中です。現在第2回目まで終了し、次回は8月30日(日)「ABAホームセラピーのコツ」。着席が続かない、かんしゃくになるなどABAのホームセラピーでよくある悩みを解決するコツが学べます。
ZOOMでのライブ配信なので、自宅で子どもと一緒でも、どこでも自由に視聴できます。質問コーナーは、「質問欄」に書き込む形なので対面講座よりも質問しやすいとの声もあり、たくさんの質問が出て勉強になりますよ。聞き逃しても後日、動画配信があるので、何度でも聞けて安心です。
【スケジュール】※全日14時~16時開催
第3回2020年8月30日(日)「ABAホームセラピーのコツ」 丸山隆子
第4回同10月25日(日)「余暇活動~ティーンからのABA~」 辻奈央子 with 浅間ペンギン
第5回同12月13日(日)「だれでもなんでも強化子になれる!」 長渡あすか
第6回2021年2月28日(日)「ABAによる育児・教育」 浅間ペンギン
▮チケット 1回2000円
※6回10000円のセットで申し込みも可(終了した分は動画配信になります)
▮詳細・お申込み https://jounetsu-online2020.peatix.com/
▮問い合わせ asamapenguinaba@yahoo.co.jp ※件名に【情熱セミナーONLINEの件】とご記入ください