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子どもは十人十色。さまざまな中受があっていい
――『中受 12歳の交差点』は、優秀で公立中高一貫校を目指す新(あらた)、勉強が苦手で友達ができない自分に悩んでいる広翔(ひろと)、バレーボール命だけれど公立中学にバレー部がなく、失望しているつむぎの三人三様の中学受験(新は公立志望なので「受検」)が描かれています。広翔は偏差値重視ではないこぢんまりした中高一貫校を受験、つむぎはAO受験です。いわゆる難関私立校の受験物語ではないのですね。
工藤さん 難関私立校の受験についてはさまざまな本があふれていますし、あらためて書く必要はないと思いました。私が中学受験でいちばん気になるのは、中学受験が過熱していく一方で、子どもたちの気持ちがおいてきぼりになっていないかな、ということ。子どもが10人いれば10人それぞれ違いますし、違うからこそ、さまざまな受験の形があっていい。それなのに、受験はいい点数をとって難関校を目指すような、ひとくくりにされたイメージがありますよね。
また、中学受験の準備時期がどんどん低年齢化して、小学校低学年から入塾する傾向があるのも気になります。受験勉強を始める時期も含め、それぞれ多様な形、子どもたちの向き合い方があっていいんじゃないかなと思い、この物語を書きました。
12歳は意外に大人。親の知らないところでいろいろ考えている

――受験は大人の目線や心理から描かれることが多いですが、この物語は、子どもたちの受験に対する思いがそれぞれに描かれています。
工藤さん 児童文学なので、目線は基本、子どもです。親や親以外の大人も出てくるけれど、主人公は12歳の子どもたち。親からしてみると、小学6年生はまだまだ子どもというイメージが強いですが、子どもだっていろいろなことを考えているんです。
――そうですね。新は自分の塾代を払うために、お母さんがため息をついているのを見落としていません。広翔は、あまり勉強が得意でないのを自分でもよくわかっているから、他の中学に行きたいと思っても、すぐに「受験したい!」とは言えませんでした。
工藤さん 12歳は、私たちが思っている以上に大人びたところがあり、大人の気持ちを推し量っているときもあります。大人も昔は子どもだったのに、子どもの気持ちを忘れてしまうんですよね。親の立場になると、私もときどきそうなります。
私のときは、中学受験なんて今ほど一般的ではありませんでした。だから、受験に向き合う子どもの気持ちを想像するのは難しいかもしれません。ただ、時代は違っても12歳の心の動きは変わりませんから、そのときを思い出せれば、今の子の気持ちにも近づけると思うんです。
ネットの中で中学受験の情報収集はできるけれど、この子は何を考えているんだろう、何がこの子に合うんだろうということまではわかりません。一般論ではなく、「うちの子」について考えてみるのが大切なんじゃないかな、と思うんです。日頃から、子どもと中学に入ってからのことを話したり、中学の文化祭を一緒に見学したりすると、ヒントが見つかるかもしれません。
公立中学にない部活に入りたいから私立へ、という動機もOK

――工藤さんのお子さんたちは中学受験をしたのですか?
工藤さん はい。私はそれほど中学受験に興味はなかったのですが、ふたりとも自分から「受けたい」と言いまして。
上の子は、受験する友達に影響されて始めた感じでしたが、勉強を続けていくうちに、だんだん本気度が上がっていきました。そうなると、親としても応援したいという気持ちになってきますよね。
『中受 12歳の交差点』の中に、「勉強ばっかり、かわいそうにねぇ」という、となりのおばさんが出てきますが、「子どもは勉強が嫌い」というのは、大人の決めつけじゃないかと思うんです。現実にも、塾がきっかけで勉強が好きになる子がいますし、うちの子も塾が楽しかったようです。
下の子は勉強が苦手だったのですが、「この中学に行きたい」という気持ちが強く、私もびっくりするほどコツコツと勉強を続けることができました。
ふたりの受験を通して、それまで知らなかった子どもの底力のようなものを発見し、私もたくさん教えられました。
もちろん、公立中学だっていいところはたくさんあるし、近くの中学に通うことができれば一番いいと思います。ただ、推薦で高校に進学する子が増えている中、内申点を取ることばかりに気を取られてしまうのも心配です。
中学生って、小学生と高校生の間、大人になる前の微妙で多感な時期で、人生のなかでも大切な期間です。内申のために生徒会に入るとか、部活で部長に立候補するとか、自分らしさとは違うところでがんばったり時間をかけたりするのは、どこか違うなと感じます。
かといって、中学受験さえうまくいけば安心とか安全というわけでもありません。先のことなんてわかりませんから、物語の中でも、主人公の新は悩みます。でも、その悩んだり考えたりすることは、絶対にむだにならないと思うんです。
中学受験は多感な時期をよりよく過ごすための選択肢

――中学受験ってどういうものだと思いますか?
工藤さん 多感な時期をよりよく過ごすための選択肢であってほしいなと思います。たとえば中学の学校見学に行って、サッカー部がすごく楽しそうで「この中学でサッカーをやりたい!」と思ったり、その学校の校舎で友達と笑い合っている自分を想像したり、そんな気持ちがふくらめば、選択肢のひとつになるのでは。私立だと公立にはない部活もありますから、その部活に行きたい、というのもきっかけになりますよね。
下の子は、鉄道研究会に入りました。みんなで旅行に行き、行った先でその土地ならではの鉄道に乗ったり、写真を撮ったり、それがすごく楽しいみたいです。
――つぐみも同様ですね。公立の中学にバレーボール部がなくて、AO受験でバレーボール部のある私立中学に挑戦します。また、広翔も自分らしくゆっくりしたペースで勉強して、少人数の学級で安心して過ごせる私立中学校の環境を選びました。このふたりの中学受験は、まさに「自分らしい選択」ですね。
工藤さん 受験の方法も多様化しています。今までにいただいたご感想の中に、「中学受験に対する見方が変わった」という親御さんや、「こんな中学受験ならしてみたい!」というお子さんがいました。また、「物語の子たちが、どこかで本当にがんばっていると思えるから、自分もがんばりたい」なんていうご感想も。中学受験というと、勉強ができる子が難関中学にいくために、がむしゃらに勉強するイメージが強いですけれど、そんなふうに画一的に考える時代ではないなと、あらためて思います。
子どもが先生から受ける影響は大きいかもしれない

――本のなかには、学校の先生、塾の先生、受ける中学の先生、さまざまな先生が登場します。12歳の子どもたちは、それぞれの先生の言葉に気づきを得たり、励まされたり支えられたり……、先生とのいい出会いも印象的です。
工藤さん 子どもが先生から受ける影響って、大きいような気がします。
私は小学生のときから作家になりたいと思っていました。小学校5,6年生の頃の担任の先生は、私が書いた物語を読んで、ていねいに感想をくれたんです。それがうれしくて、どんどん続きを書きました。そのときのノートは、今でも大切な宝物です。私がこうして児童文学を書いているのも、あのとき先生がくれた感想のおかげです。
でも、今の先生方は本当に忙しくて、ゆっくりと子どもに関われる時間がないかもしれません。それがとても残念だなと思います。学校の先生じゃなくても、親や塾の先生、近所の人でもいい、大人が子どもに向き合って、ちょっとした言葉をかけてあげられたら……子どもの気づきや心の支えになると思うんです。
中学受験は結果で語られがちですが、物語を書いていく中で、実は過程のほうが大きな意味を持っているのではと気づきました。先生との関係、親との葛藤、友達とのやりとり……。そういう中での出来事が、子どもたちを豊かにして成長させるのだと、読者にも感じていただけたらうれしいです。
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お話を聞いたのは
東京都生まれ。2017年、『セカイの空がみえるまち』(講談社)で第3回児童ペン賞少年小説賞を受賞。おもな作品に、『となりの火星人』『あした、また学校で』『サイコーの通知表』『だれもみえない教室で』『ルール!』(以上、講談社)、『てのひらに未来』『はじめましてのダンネバード』(ともに、くもん出版)、「恋する和パティシエール」「プティ・パティシエール」シリーズ(ともに、ポプラ社)、「リトル☆バレリーナ」シリーズ(Gakken)、『ひみつのとっくん』『しんぱいなことがありすぎます!』(ともに、金の星社)などがある。日本児童文学者協会会員。全国児童文学同人誌連絡会「季節風」同人。
小学6年生の新は、都立中学合格を目指し、進学塾に通いながら勉強漬けの日々を送っている。そんな折、あこがれだった従兄が有名高校を中退したことを知り、「進学校に行けば成功するわけではない」と思い知らされる。なんのために、誰のために受験をするのか? 悩む新。
一方、クラスメイトから軽く扱われがちな広翔は、自分の意見をうまく言えず、自分のことを透明人間のように感じていた。広翔にとって学校とは「楽しくない場所」なのが当たり前。しかし私立中学の見学に行き、「ここなら友だちができるかもしれない」と自分なりの受験を決意する。
バレーボールに打ち込むつむぎは、勉強が得意とはいえない。近所の公立中学にはバレーボール部がなく、中学生になったらバレーをやめなければならないと思っていた。だが、「AO入試」を知り、6年生の12月という遅い時期から、家族一丸となり合格を目指し……。
「中受」を考えている方、「中受」真っ最中の方、「中受」を終えた方、そして保護者の方にも読んでいただきたい一冊です。
取材・文/三輪 泉 撮影/五十嵐美弥
