中学受験を終えたいまヒリヒリとした痛みを感じている親御さんたちに手渡したい「言葉の絆創膏」 教育ジャーナリストおおたとしまさ

2026年の中学受験シーズンが終わりました。望み通りの結果が訪れたご家庭、そうでないご家庭、さまざまな心境でこの時期を過ごされていることと思います。

この時期、ずっとお子さんのサポートをされてきた親御さんに贈りたい言葉を、教育ジャーナリスト・おおたとしまさ氏の著書『母たちの中学受験』あとがきから抜粋し、前後編でお届けします。

タイムマシンに乗って過去を修正したらどうなるか?

小学校の遠足の最後、バスで学校に戻って校庭に整列したときに、校長先生がよく言っていましたよね。「無事におうちに帰るまでが遠足です」と。中学受験も同じです。

合否が出ておしまいではありません。結果を受け入れて日常を取り戻し、家族それぞれがまた新しい目標に向かって歩み始めるまでが中学受験です。

実は、中学受験を終えてまだヒリヒリとした痛みを胸に感じているときにこそ読んでもらいたいと思って、『母たちの中学受験』を書きました。いわば、傷口につける「絆創膏」みたいな本です。

わが子の中学受験で思い通りの結果が得られなかった母親たち六人が、失意の”中学受験ロス”から少しずつ回復していく心境を描いています。彼らは口々にさまざまな「たられば」を語ってくれました。

ではたとえば、タイムマシンに乗って過去を修正できたら、完璧な中学受験になったでしょうか。おそらくそうはなりません。なぜか。

修正された時点から分岐した「パラレルワールド」では、きっと別のところで別のトラブルやミスが起こるからです。コロナに感染するかもしれません。筆箱を忘れて慌てるかもしれません。入試直前に親子喧嘩が始まって最悪のメンタルで当日を迎えることになるかもしれません。

親御さんたちはそれぞれに後悔や反省の弁を述べてはくれましたが、それ以外のところではみんなうまくやっていました。現実世界でせっかくうまくやれていたことが、「パラレルワールド」でうまくできるとは限りません。

しかも、奇しくも第四章の親御さんが言っていました。「完璧にやろうとしすぎたことがよくなかった」と。深いです。完璧であることすら落ち度になり得るのです。

要するに、中学受験だろうが、人生だろうが、この世の中は100パーセントの思い通りになんてならないんです。だから冒険なんです。だから面白いんですよね。

自分の人生だって思い通りにならないのに、他人である子どもの人生を思い通りにしようなんて、どだい無理な話です。第六章の親御さんが「結局は他人事」と言っていたとおりです。思い通りにするのではなくて、ままならなさを面白がる穏やかさを身につけたとき、わが子のありのままを受け入れられる親になれるのだと思います。

どんなに自分が一生懸命やっても結果がともなわないことだらけ。だからこそ、中学受験はその視座に立つチャンスにもなり得るわけです。そんなことに気づいてもらうために私が六人の母親それぞれと交わした対話の様子が、本には事細かに掲載されています。

真っ黒なオセロの盤面を一つ一つ白に変えていく日々

第二章で、進学先を好きになるために、真っ黒なオセロの盤面を一つ一つ白に変えていくという表現が出てきました。第四章では、子どもが学校の魅力を毎日おみやげに持って帰ってきてくれて、おかげでお母さんも一つ一つ学校のファンになっていくくだりがありました。進学先が第一志望でなかったとしても、自分たちがその学校に来ることになった意味を拾い集めるようにしていく姿勢には、鼻の奥がツンとする感じがします。

第一志望以外の学校に進学した子どもは、そこでしか出会えない友達や先生と出会い、そこでしか見られない景色を見て、そこでしか得られない経験をするはずです。それが神様からの贈り物です。その贈り物に気づけたとき、その学校に通わなかった人生などもはや考えられないと思えます。そうなれば、その学校がそのひとにとっての最善だったことになります。

人生の岐路において、その時点では誰の目から見ても「最高」とされる選択肢を選んだとしても、それを活かせなければ、その選択は悪かったことになります。逆に一般には「不利」といわれる選択肢を選ぶことになったとしても、それを最大限に活かせれば、結果的に最善の選択をしたことになります。

要するに、人生における「決断」の良し悪しは、決断したときの情報量や判断力ではなく、決断したあとの生き方が決めるのです。決断のあと頑張れるかどうかは、もちろんその決断に自分が責任をもてているかどうかが鍵となります。

人生においてはときどき、一応の「結果」が出ることがあります。でもその結果は、人生の一瞬の状態を写した一枚の写真にすぎません。そこにどんな解釈を付け加えるかは、常にそのあとの生き方が決めます。

中学受験は、12歳にしてそんなことを学ぶ絶好の機会でもあるのです。

中学受験で不合格より怖いものとは?

「いやいや、そんなの生ぬるい理想論だ。現実はそんなに甘くない」「結果がすべて。どんな手段を選んででも第一志望合格が最高の中学受験だ」という意見もあるでしょう。

しかし子どもを完全にコントロールしようとした結果、それがいわゆる教育虐待と呼ばれるような状況にまでおよんでしまうと、子どもが受けた心の傷は、その後何十年も子どもを苦しめます。華々しい学歴を得たとしても、常に得体の知れない生きづらさを抱えて生きていかねばならなくなります。

また、教育虐待とまではいかなくとも、巧妙な方法で子どもを誘導して、真綿でくるむようにしてコントロールできちゃうのが一二歳の受験の怖さです。親がそのような方法をとった場合、親の望み通りの学校に入れたとしても、子どもはますます不安になります。

この親が自分を愛してくれるのは、〇〇という学校の生徒だからなのか? 成績が優秀だからか? もし自分が深海魚(学年ビリ付近をずっとさまよう生徒)になったとしても、変わらず自分を愛してくれるだろうか? もし自分が〇〇の生徒でなくなったとしても、自分を誇ってくれるだろうか――?

不安を払拭するために、まったくの無意識で悪い成績をとってきて、不登校になって、退学にまで至るケースがあります。一種の試し行動です。いわゆる超名門校と呼ばれる学校の先生たちからたくさんの事例を聞きました。

危機にさらされるのは親子関係だけではありません。子どもの中学受験に熱を上げすぎているうちに夫婦関係が冷め切ってしまうケースもあります。

それが、さまざまな教育現場を観察してきた私にとっての「現実」です。理想論なんかじゃありません。

中学受験で本当に怖いのは不合格ではありません。子どもの人生にとって学力や学歴よりもよほど大切なものを、知らず知らずのうちに犠牲にしてしまうことです。

いまこそ中学受験のエピローグを書き始めよう

『母たちの中学受験』に出てくる六つのエピソード全体から共通して得られる教訓は、「これをするといいよ」「あれはしちゃダメだよ」という受験テクニックの取捨選択みたいな次元の話ではありません。

結局のところ、子どものキャラを理解し、自分のキャラを理解し、家族として何を犠牲にしてはいけないのかという軸を明確にし、自分たちらしい中学受験を自分たちでつくっていくしかないということだと思います。

それができれば、どんな結果になろうとも、やりきったという達成感とともに笑顔で中学受験を終えることができます。逆にいえば、家族の数だけ中学受験の成功の形もあるのです。合否の結果だけで成功・失敗を決められるような単純なことではありません。

自分たちの価値観みたいなものが脆弱なままだと、思い通りの結果が出なかったときに現実を受け入れるのに時間がかかります。巷の中学受験情報に振り回されたり偏差値のような相対的なものにとらわれたりしているうちは、なかなか軸が定まりません。

親の不安の根っこを掘っていくとたどりつくのはたいていの場合、子どものことではなくて、親自身が人生のなかで負ってしまった古傷なんです。自分自身の問題なんです。自らと対峙して古傷を癒やす過程で、自分たちが大切にすべき軸が見えてきます。

いまからでも遅くはありません。自分たちが中学受験を通じて大切にしてきたことは何だったのか、それをもういちど考えてみてください。それが達成できているのなら、その中学受験は十分に成功しているのです。それが中学受験のエピローグを書くということです。

「絆創膏」の字からもわかるように「創」という字は「きず」とも読みます。いまはヒリヒリと痛む「きず」にそっと絆創膏をあてれば、そこからきっと新しい何かが生まれます。

※後編では、必ずしも思い通りの中学受験ではなかった親子の数年後のようすをレポートします。

後編はこちら

最後までやりきったからこそ得られた中学受験の心の傷がいつか必ず「家族の宝物」になる 教育ジャーナリストおおたとしまさ
前編はこちら 入試本番の記憶がフレッシュなうちに当時の生々しい感情を聞きたかったので、『母たちの中学受験』の本編では入試...

中学受験後に読みたい『母たちの中学受験』

本書では、6名のお母さんたちの体験談のほかにも、11名の経験者に数年経ったいま、中学受験を振り返ってどう思うかについてもお話を聞いています。進んだ道で子どもたちは柔軟に、そしてたくましく道を切り開いていることがわかるはずです。中学受験ロスから抜け出すヒントが見つかるかもしれません。いますぐ読む!

この本を書いたのは……

おおたとしまさ 教育ジャーナリスト

教育ジャーナリスト。リクルートでの雑誌編集を経て独立。数々の育児誌・教育誌の企画・編集に係わる。現在は教育に関する現場取材および執筆活動を精力的に行っており、緻密な取材、斬新な考察、明晰な筆致に定評がある。テレビ・ラジオなどへの出演や講演も多数。中高教員免許をもち、小学校教員や心理カウンセラーとしての経験もある。著書は『勇者たちの中学受験』『中学へ旅立つ君へ』など90冊以上。おおたとしまさオフィシャルサイト

構成/HugKum編集部 写真/繁延あずさ

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