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入試本番の記憶がフレッシュなうちに当時の生々しい感情を聞きたかったので、『母たちの中学受験』の本編では入試を終えたばかりの中一の親御さんたち六人に話を聞きました。でもその後、彼らがどうなっていくのかも気になりますよね。
そこで、中学受験を終えて何年か経ったひとたちにも聞き取りを行いました。より高い視座から中学受験をふりかえってもらいました。いわばそれぞれの中学受験のエピローグです。その一部を紹介します。中学受験の意味は、たいていあとからわかるものなんです。
目次
ケースA(2022年受験)
妻は中学受験をさせる前提で、小学校低学年から公文や理科実験教室に息子を通わせました。大手中学受験塾で、最上位クラスを出たり入ったり。最後は最上位クラスでした。
母親が叱って叱って膨大な課題をやらせる日々でした。それでなんとか成績は維持できていたものの、最大の課題はいつまでたっても受験が自分事にならなかったことです。ようやく息子が自分の受験だと気づいたのは、二月一日の第一志望に落ちた二月三日だったと思います。そこで初めて息子は成長しました。
一方、「子どもはコントロールできる存在」という認識を無自覚に母親がもってしまったことが、わが家の中学受験のネガティブな側面かと思います。親の言うことを聞く子が高度化した受験産業がつくる膨大な課題をこなすことでそうした学校の椅子を獲得しているのが現在の中学受験という印象です。
ケースB(2021年受験)

小六に上がるタイミングでコロナ禍の一斉休校。自分自身もリモート勤務主体となり、サポートはしやすくなったものの、そのぶん衝突も増えました。ただただ時間が過ぎ、あっという間に本番を迎えてしまいました。
一月の埼玉の学校に特待で合格して気が緩んだのか、千葉の二校は不合格。メンタルが落ちたまま二月を迎え、合格なしの悪夢の三日間を経験。二月四日にようやく合格を手にしたときには家族で抱き合って喜びました。
本人にとってはさほど思い入れがある学校ではありませんでしたが、入学してみると大好きになり、部活に行事に積極的に参加しています。おそらく、一生の友達、一生の思い出、そして彼の人生を決定づける体験を得ているのだと思います。
結果、「志望校=いい学校」というわけではないことがわかりました。息子のこれからの人生において、「志望する」という概念を考えるいい体験だったと思います。大学受験、就職活動、転職、もしかしたら結婚においても。
ケースC(2021年受験)
小五の九月に転塾して正解でした。運動好きだから体育会系がいいだろうと思っていたのですが、一人っ子で構われることに慣れていたので、面倒見がいい塾のほうが合っていたみたいです。そこは親が見誤りました。
本人が「受験はこれで最後にしたい」と言ったので、大学付属校に絞り、三校に合格。その瞬間、もう一生勉強しなくていいんだと思ってしまったらしく(そう思わせてしまったのも親の責任)、見事に勉強しなくなりました。
親としては、とにかく余白の多い中高時代をすごしてほしいと思って、大学付属校を選びました。進級がここまでシビアだということだけが誤算で、いま留年の危機に怯えています。
これから中学受験をする親御さんにアドバイスをするならば、学校には期待しすぎないこと。子どもはどこに行ってもその場なりの楽しみを見つけるし、そうあってほしいと思います。
付属校か進学校か、共学か別学か、そのあたりは絞ってもいいと思いますが、あとは偏差値に大きな乖離がなければどこでもいいというくらいの気持ちでいたほうが、結果的に中学受験して良かったと思える可能性が増えると思います。
ケースD(2021年受験)
塾のすすめで、新設されたばかりの一日午後入試を受けたものの、蓋を開けてみると思いのほか高倍率になり、まさかの不合格。予定が狂い、以降の受験校を大幅変更。急遽ラインナップに組み込んだ学校に進学するも、担任とのそりが合わず、中二で「この学校をやめたい。高校受験をさせてほしい」と言われました。公立中に転校すると「バカみたいに楽しい」と本人は大満足。
ちゃらんぽらんで自走できないタイプの子どもだったので、管理してもらえる学校がいいと思って志望校を選びましたが、結果的に息子は超自由な学校以外受け付けないひとであることがわかりました。高校受験では、本人の意思で校則がゆるい学校ばかりを受けました。本命校の三校は逃したものの、校則のない自由な私立高校に入学しました。
わが子に合う学校選びをしたつもりでしたが、初めての子育てで見極めができませんでした。その子の弱点を修正するのではなく、その子らしさを尊重した選び方をすべきだったなと、三年の時を経て、いまさらながらに反省しています。
ケースE(2020年受験と2022年受験)

息子も娘も、塾ではほとんど最下層に近い成績でした。自宅から近い中堅校を中心に志望校を選び、息子は第二志望、娘は第一志望に進学しました。結果、どちらの学校も子どもたちに合っており、生き生きとした中高生活を送っています。
息子は中学受験で自分なりの勉強のコツを身につけたのか、成績は学年トップクラスで、部活でも部長を務めています。娘も学校での勉強が楽しいようで、学年トップクラスの成績を修めながら部活ではキャプテンを務め、英検にも取り組んでいます。
中学受験の三年間は、中高生活を送るための土台を身につける場ではないかと思います。塾では下位層にずっといましたが、自分は自分という自己理解を大切に最後まで挑戦できたことが大きな経験になりました。一人で勉強のスケジューリングができ、定期試験対策も逆算して取り組んでいます。中学生になってからはほとんど「勉強しなさい」と言ったことがありません。
一方で中学受験期間中、家族旅行などの機会は少なくなります。そのぶんいまは、家族で国内外問わず広く遠く大きく多くの経験を求めて飛び回っています。
ケースF(2019年受験)
私がまわりの意見に振り回されて、塾をコロコロ替えてしまいました。本人が「あそこにはもう行きたくない」「ここも嫌だ」と言うので、小六の九月に通える塾がなくなりました。このときは本当に修羅場でした。
個別指導塾と家庭教師の体制に移行。偏差値的には中堅の女子伝統校二校に絞り込み、過去問対策し、そのうちの一校に合格できました。仕事柄、中学受験の知識はそこそこあったのですが、どんなに知識があってもわが子の中学受験はままならないものだと痛感しました。
中学受験では理科が不得意科目だったにもかかわらず、中高では授業も部活も理系にハマり、成績は上位をキープできました。中学受験塾に対する本人のイメージが最悪すぎて、中高でも塾に対して拒否反応を示したため、結果的に大学受験では塾を利用せず学校で完結してくれています。これは怪我の功名でした。
一方で、学校には期待しすぎないほうがいいと思います。ストレスなく通えているならどこもいい学校です。学校が物足りないなら、外に場所を求めたほうが現実的です。そう考えれば、「なんとしてでもこの学校に入れなきゃ」という親の強迫観念も和らぐと思います。
親の満面の笑みこそが子どもにとっては満開の桜

どんな結果であれ最後に親御さんが心から笑顔になってくれれば、それが子どもにとっての「サクラサク」です。それまでの努力のすべてが報われた気になれます。望んだとおりの結果が出たから笑顔になるのではありません。自分にとって大切なひとたちが笑顔になってくれているから、どんな結果にも誇りがもてるのです。それが一二歳の受験です。
そんな屁理屈を、私は「中学受験必笑法」と呼んでいます。私が中学受験生だった約40年前、当時通っていた中学受験塾の理科のゴン先生の合言葉が「必笑」でした。それが元ネタです。
当時、面白い洒落を考えるものだと感心したと同時に、結構真面目に考えました。「合格という意味で勝てば中学受験を笑って終えることは想像できる。でも仮に第一志望に合格できなくても笑っていられるとしたらどんなときだ?」と。一二歳の私にはあんまり具体的には思いつきませんでした。でも何かあるはずだという予感だけはもっていました。
その予感は、私の中に大きな問いとしてずっと残っていました。「必ずしも勝たずして必ず笑うにはどんな方法があるのか?」。受験だけでなく、人生のあらゆる局面でそれを考えてきました。一二歳には難しすぎる問いでしたが、それなりに生きていると、だんだんわかってきます。必ずしも勝たずして笑う自分なりの方法が。
私の経験では、それは得てして「創(きず)」の痕から見つかります。まるで真珠のように生まれたそれは、私にとっての「宝物」です。中学受験生の親をやらせてもらえるくらいに生きていれば、読者のみなさんにも思い当たる節があるでしょう。
中学受験は、親が自分の人生の中で見つけた「創(きず)を宝物にする方法」を、そっと子どもに手渡す絶好の機会になり得ます。親が人生のなかで負った「傷」の痛みそのものを押しつけるのではなくて。
最後に、ヘレン・ケラーの有名な言葉に私なりの和訳を添えます。
When one door of happiness closes, another opens; but often we look so long at the closed door that we do not see the one which has been opened for us.
(しあわせの扉が一つ閉じたときには、別の扉が開くものです。だけどつい、いつまでも閉じた扉を見てしまい、せっかく開かれている扉になかなか気づかないんですよね。)
中学受験後に読みたい『母たちの中学受験』

本書では、6名のお母さんたちの体験談のほかにも、11名の経験者に数年経ったいま、中学受験を振り返ってどう思うかについてもお話を聞いています。進んだ道で子どもたちは柔軟に、そしてたくましく道を切り開いていることがわかるはずです。中学受験ロスから抜け出すヒントが見つかるかもしれません。いますぐ読む!
この本を書いたのは……
教育ジャーナリスト。リクルートでの雑誌編集を経て独立。数々の育児誌・教育誌の企画・編集に係わる。現在は教育に関する現場取材および執筆活動を精力的に行っており、緻密な取材、斬新な考察、明晰な筆致に定評がある。テレビ・ラジオなどへの出演や講演も多数。中高教員免許をもち、小学校教員や心理カウンセラーとしての経験もある。著書は『勇者たちの中学受験』『中学へ旅立つ君へ』など90冊以上。おおたとしまさオフィシャルサイト
構成/HugKum編集部 写真/繁延あずさ
