子どもの発達障害を受け入れるまで…「障害受容」と親の気持ち
―立石さんの息子さんは、今は25歳で成人しておられますが、幼少期に発達障害だと気づいたきっかけは、何だったのでしょうか。
立石さん:息子が自閉症の診断を受けたのは2歳でしたが、赤ちゃんの頃から他の子とは違うと思っていました。1歳のとき、息子と公園に行ったときに、ベンチにおじいさんが何人か座っていました。息子から遠いところにいたおじいさんが杖を持っていて、その手前にいるおじいさんが犬を連れていたのですが、普通だったら犬をよけるなり、犬に興味を持ったりする子が多いじゃないですか。でも、長い棒状のものが好きだった息子は杖しか見えていなくて、犬の足を踏んづけたのです。その、犬の存在を意識しない行動をしたときに、おかしいなと思いました。
他にも、人見知りもしないし、逆に他の人に興味を示して愛想を振りまいたりもしなかったので、人を人として見ていない、背景の一つとしか見ていない様子に違和感を感じました。

―息子さんの障害がわかってから、息子さんの障害を受け止めるまでに、どのような葛藤がありましたか?
立石さん:小学校に入るまでは、保育園という定型発達の子がいっぱいいる中で過ごしていたので、孤立していました。でも小学生になり、特別支援学校に通い、放課後等デイサービスにも通い始めると、周りが障害児だらけなので、親子ともに精神的に安定してきました。
あとは、20年ほど前のことですが、療育で行った病院で鉄格子の中で縛られている子を見て、衝撃を受けたこともきっかけとなりました。病院の先生に話を聞いたところ、そのお子さんは、発達障害に対して適切な環境を提供しなかったことで二次障害を起こし、自傷や自殺などをしようとしてしまったことで、入院していると聞きました。その先生から、「自閉症なら自閉症をしっかり受け入れて、適切な環境を整えて、二次障害をくれぐれも起こさないようにしっかりと育てなさい」と言われたことが、息子の障害を受容する大きなきっかけでしたね。

―二次障害を防ぐために、日常で親が気をつけておきたいポイントは何ですか?
立石さん:こだわりを認めてあげて、無理に苦手の克服をさせようとしないこと。学校も含めて、環境を整えてあげることですね。
―「障害受容」はよく聞く言葉ですが、立石さんにとってはどのような状態を指しますか?
立石さん:今は、完全に受容しているし、もう一度産むとしてもこの子でいいかなと思っています。それでも私の年齢だと、孫がいる人がいっぱいいるわけです。そういうのを見ると、「うちにはない未来だな」と思ったり、見たくないなと思ったりはするので、そういう意味では受容していない部分もあるのかもしれません。
「受容しなければいけない」と鼻息荒く言うことでもないし、家族として育てていく中で、自然と受け入れていくものだと思います。「受容できていない自分は悪い母親だ」などと思うことはないし、他の子を見てうらやましく思う自分を否定することはないと思います。
―著書の中で「比べる病」という言葉が印象的でしたが、そこから抜け出すために意識してきたことを教えてください。
立石さん:私たちの胃や心臓は、自分の意思で動かすことはできないじゃないですか。脳も同じように臓器なので、「うらやましい」と思ったり、誰かと比べたり、人の幸せを見て素直に喜べない感情が出てくるのは、自然と湧き上がる脳の動きだと思うんです。だから、そういう自然に湧き上がる感情を自分で責めていたら、精神疾患になってしまうこともあると思います。そういう感情を持っている自分を、「今、自分はこう思っているんだな」と認めてあげることです。比べるのは当たり前です。人と比較して幸せを感じるのが人間なので。

―私も自閉症の息子がいるので、子どもの「こだわり」とどこまで付き合い、どこで線引きすべきか悩むのですが、立石さんはどうされていますか?
立石さん:こだわりは、基本は認めます。普通の人でもこだわりはありますが、自閉症の人の場合は生まれつきの脳の仕組みで想像力が弱いので、パターン化して安心を得るところがあるんですよ。
定型発達の人は、想像力や汎用性があるから、ひとつのものにこだわらずに「いろいろなものがあるんだ」と思えます。でも自閉症の人はそうじゃないので、ひとつのこだわりをなくしても、また別のこだわりが出てきます。私はよくそれを「こだわりボックス」と呼んでいるんですが、自閉症の人たちは、こだわりボックスをいつも満タンにしたいんです。
だから、命にかかわったり、人に多大な迷惑をかけたりするようなものは絶対に止めないといけないですが、何とかなるようなこだわりは、応じてあげた方が良いと思います。ずっとそのこだわりが続くように思うかもしれませんが、意外と飽きてきて、いつかはやめて、別のこだわりに代わっていくものです。
幼稚園選択や学校選択、子どもに合った「学ぶ場所」を選ぶには
―発達障害の子の幼稚園、保育園選びで重視すべきポイントはどういうところだと思いますか?
立石さん:身近な自閉症の子の話なんですが、自閉症の診断が出る前だったので、熱心な親が集まる幼稚園に入れたそうなんです。すると、年少さんのときは周りもまだ幼くて目立たなかったのが、だんだん教室から飛び出したり、音楽発表の場で勝手に楽器を鳴らしたりして、目立つようになっていったそうです。そうしたら、年中に上がるときに先生から、遠回しに転園を勧められたと言っていました。
やはりお受験に注力していたり、発表会で良いものを出そうと力を入れている園だと、足を引っ張る存在になってしまうんだと思います。だから、こだわりがあったり集団行動が苦手だったりする子でも受け入れている幼稚園を選んで、入園時には子どもの特性をしっかり話しておくことが大事かなと思います。ただ、保育園の場合は0歳から入園することもあるので、入園の時点ではまだわからないこともありますよね。

―息子さんが特別支援学校に通うことにした理由を教えてください。
立石さん:保育園では自分の子が全然できなくて、行事にも参加できなくて、すごく孤独な状態だったんです。私は特別支援学校の教員免許を持っていて、特別支援学校に教育実習に行ったこともあるのですが、当時はまだ養護学校と呼ばれていて、あまりよくない雰囲気もありました。でも息子の就学先として検討し、見学に行くと、校舎も立派でお金をかけているし、教員の数も圧倒的に多くて、個別対応をしてくれる時間があって、こっちのほうが絶対に伸びるなと思ったんです。
息子はまだ小学校入学時点ではオムツもとれたばかりで、言葉も拙く、身辺自立を重視したいと思っていました。でも支援級は勉強重視なので、目的からしても、特別支援学校だと思ったんです。息子と一緒に特別支援学校に入った同級生にはオムツをしている子もいましたが、先生たちがオムツはずしのトイレトレーニングを積極的にしてくれて、一か月でとれていました。息子はその後、学年が上がって支援級に行ったのですが、支援級でもオムツをしている子はいました。でも支援級ではオムツ交換はしてもトイレトレーニングはしてくれないので、その子たちは6年生までずっとオムツでしたね。
―普通級か支援級、支援学校かで迷う保護者に、どのような視点で判断することをおすすめしますか?
立石さん:身辺自立ができていなければ特別支援学校ですね。着替え、排泄の自立ができていなければ特別支援学校だと思います。
支援級と普通級で悩む場合は、知的障害の有無ですね。普通級の授業はIQが100ある子の前提で進むので、知的な遅れがあったら迷いなく支援級にした方が良いと思います。例えば、「5デシリットルは何ミリリットルですか」などのかさの問題を小学2年生で習います。これは定型発達の子でも理解するのが難しいですが、知的な遅れがある子だとさらに厳しいです。そういう問題が普通級の授業で理解できそうか、ということも考えてみたら良いと思います。

―親の意向で無理に普通級を選ぶリスクについて、どのように感じていますか?実際に「うまくいかなかったケース」などについても教えてください。
立石さん:やはり二次障害ですね。途中でついていけなくなって不登校になる、というケースが多いです。あとはおとなしい子だと、親に反発せずにそのままいってしまって、お客様状態になってしまうこともあります。
息子が高校のときの特別支援学校のクラスに一人、重度知的障害の自閉症だけど、小学1年生から中学卒業まで9年間、普通級にいた子がいたんです。 他のクラスメイト5人は特別支援教育を受けてきた子だったんですが、その、特別支援教育を受けてきた5人は全員一人で登校しているのに、普通級からきた一人だけは、親御さんが送迎していました。おとなしい子だったので、普通級のクラスにいても問題が表面化しなかったんだと思うのですが、その子はずっと椅子に座ってにやにやしているだけで、特別支援学校高等部の授業についていけてなかったですね。教室移動も着替えも、何もできないんですよ。
もし、この子が特別支援学校に行っていたら、もっといろんなことができていたんだろうな、普通級にいても暴れないから、ほっとかれていたんだろうなと思いました。これはある意味ネグレクト状態だといえるかもしれません。こういう子は二次障害を起こさなくても、かわいそうだと思います。

―普通級を選ぶ場合に、子ども側と学校側で、最低限整っているべき条件は何でしょうか?
立石さん:45分間椅子に座ることを、14時まで続ける、ということができるかどうか。そして個別の指示がなくても、集団に対する全体指示が通るかどうか。あとは、集団行動をとることができるか、友だちとコミュニケーションがしっかりとれるか、自分の名前が言えるか…諸々ありますけど、6歳くらいで普通の子はできますからね。
あとは身辺自立ができているか、親がいなくても自分でちゃんと学校生活を送ることができるか、そういうことができない子が普通級にいると困りますよね。幼児のころは勉強がないから、みんな仲良くで通ってなんとなくいけてしまうように思うかもしれないですが、学校は全然違いますからね。
障害のある子がめざす「自立」とは…将来に向けて
―25年間育ててきた中で、「あのときの選択が大きかった」と感じる転機は何でしたか?
立石さん:小学校入学で、特別支援学校を選んだことです。やはり6年間は大きいので、本当によかったと思います。
―「SOS を出せる子」に育てるために、具体的にどのような関わりをすれば良いのでしょうか?
立石さん:うちの子の場合は数字の操作が苦手で、現金を持って買い物をするのが難しいんです。それで学校の個人面談のときに、「お金の計算ができるようにしてほしい」と相談したのですが、「彼にとっては知的能力的に難しいことなので、そんなことよりも、SOSを出せる力を育てることが、障害がある子の自立なんですよ」と言ってもらったことが印象的でした。
お金だったらレジの人にお財布の中を見せて、「僕はお金の計算ができないので、おつりをとっていってください」といって助けてもらう。そこで「お金の計算ができないことを恥ずかしい」と思ってしまうと、万引きをしてしまうケースもあるのです。
だから、本人が障害を恥ずかしいと思わないで、堂々と障害を言えるようにすることです。就職のときにも、「障害認知をしていない子はとれない」と言われました。面接でも、「自分の障害を言ってください」「どんなことができて、どんなことができないか教えてください」と言われます。それができないと、会社としても仕事の切り分けができません。障害を認められなくてプライドだけ高いと、社会の中では「扱いづらい人」「使えない人」になってしまいますよね。

―子ども本人の障害受容、プライド、ある程度いろいろわかる子だと難しいように感じますが、立石さんは息子さんにどのように障害を告知しましたか?
立石さん:息子は自閉症で中度知的障害ですが、障害告知を改めてしたことはないです。でも自分が知的障害だということはわかっています。小学校の最初が特別支援学校だったので、自分より障害が軽い子も重い子もいましたから、それが「当たり前」という状態です。普通級だったら違うかもしれませんが、特別支援学校に行っていたので、特に何も言わなくても自然とわかっていますね。
―就労や自立に向けて、「小学生のうちから意識しておくといいこと」は何でしょうか。
立石さん:親はずっと一緒に生きているわけではないということですよね。親がずっとみていられるわけではないから、子どもにあった学校に入れて、障害者手帳もちゃんととってあげて、福祉サービスを受けながら、親がいなくても生きていけるようにしてあげることです。親がいなくなっても手帳があることで、周りから助けてもらえるようになるわけです。そういう環境を整えてあげることじゃないでしょうか。ぜひ、「普通という呪縛」から解放されてください。
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お話を聞いたのは
20年間学習塾を経営、現在は著者・講演家として活動。『一人でできる子が育つテキトーかあさんのすすめ』『笑えるひらがな』『はずれ先生にあたったとき読む本』『子どもも親も幸せになる発達障害の子の育て方』など著書多数。『発達障害に生まれて(ノンフィクション)』のモデル
この記事を執筆したのは
知的障害を伴う自閉症の息子ときょうだい児の娘を育てながら、電子書籍作家としても活動する。出版した電子書籍は障害児育児をテーマにしており、Amazonランキング1位を獲得するなど、障害児や発達に特性がある子を育てる多くの家族に読まれている。「ママがしんどくて無理をして、子どもが幸せになれるわけがない」という信念のもと、「障害がある子ども」ではなく「障害児のママ」に軸足をおいた発信を、Xやnoteなど各種SNSで続けている。
取材・文/べっこうあめアマミ

