ヘラルボニー契約作家、marinaさんのご両親が語る18年間。「ダウン症の告知時は目の前が真っ暗に」それでも前に進めた理由は…? 古代・宇宙文字のような《marina-moji》が人気!

障害のある作家が描くアート作品をIPライセンスとして管理し、正当なロイヤリティを支払うことで持続可能なビジネスモデルを構築。自社ブランド「HERALBONY」の運営をはじめ、企業との共創やクリエイティブを通じた企画・プロデュースを行うクリエイティブカンパニー「ヘラルボニー」。たくさんのアーティストが所属する中でも、企業からのコラボレーション依頼が殺到する人気作家であるmarinaさんは、古代なのか宇宙なのか未来の言語なのか、独自のタイポグラフィ「marina-moji」を描き続けています。
18歳を迎え、学生から社会人になったmarinaさん。これまでのことと、これからのことを、お父さん、お母さんにもお伺いしました。

ダウン症の告知。崖の上から突き落とされるような絶望からのスタート

――marinaさんはダウン症と伺っていますが、告知されたときのことを差し支えない範囲で教えてください。

お母さん:出産当日に、わが子がダウン症児で心臓に合併症があることを告知されました。障害のある子が生まれてくることをまったく想像していなかったので、真っ暗闇の中で崖から海に突き落とされたかのようなショックでした。

周りの人に悟られないよう、なるべく明るく振る舞うようにしていたものの、頭の中では「なぜ自分たちだけこんな目にあうのか」「この先どうすればよいのか」など、常にぐるぐると回っていましたね。

お父さん:出産当日に医師から「心臓に問題があるかも」という話を聞いて、手術のために大きな病院にすぐに搬送されたんです。その後、その病院の医師から詳しくダウン症候群の疑い、先天性心奇形、特異顔貌などの話を聞きました。

妻には落ち着いてから話をしようと思いましたが、妻から「早く聞きたい」と言われ、言葉を選びつつも大筋の話をその日のうちにしました。自分は泣いてはいけないと決心していましたが、結局妻と二人で涙を流しました。

恐怖や不安を和らげてくれたのは同じ境遇の友達や制度を知ること

――障害の宣告から今までに、どのような心境の変化がありましたか?

お母さん:marinaは出生後しばらくNICUに入っていたため、その間に医師や看護師の方がダウン症についていろいろと教えてくださり、私たちが気落ちしないよう励ましの言葉もかけていただきました。

出産後の手続きで区の窓口へ行った際には、ダウン症児の親の会を紹介してもらって。同じ立場のご家族との交流を通して、産後の複雑な想いを分かち合ったり、合併症や発達特性、療育などについて学んだりしていく中で、少しずつ不安が和らいでいきました。

また、わが子も含めダウン症児特有の愛らしさや優しさが、障害のある子どもの親になったショックを少なからず癒してくれたと思います。

出産直後は、待ち受ける未来を知ることが怖くて不安でいっぱいでしたが、障害の特性や支援制度について正しく広く知ることで、徐々に現実を受け入れ前に進んで行くことができたと思っています。

赤ちゃんの頃のmarinaさん。(本人ご提供)

お父さん:障害があることの宣告を受けたときは、失神してしまうのではないかと思うほどショックでしたが、自分の両親や家族に支えられながら何とか前向きに考えようとしていました。marinaが成長し、心臓の大きな手術をしたとは思えないほど元気に動き回る姿を見ていくうちに、少しずつ「前向きに考えなければ」と自然に思えるようになりましたね。

また、marinaは驚くほど細かいところに気がつくんです。一緒に料理をしていると、状況を見て次に必要なものを用意してくれたり、冷蔵庫を開けてくれたり。marinaは私たち(親)の想像を超えて成長してくれている部分もあるので、そういう姿を見るとうれしい気持ちになり、励まされます。

子育ての悩みは特別なものではありません

――これまでの子育てで特に大変だったことはなんでしょうか?

お母さん:強いて挙げるなら、先天的な心臓の病気の合併症の手術や入院、その後の通院や療育への付き添いなどは大変だったかなと思います。

「marina-moji」とヘラルボニーとの出会い

取材当日お持ちいただいたmarinaさんの「marina-moji」作品の数々。

――「marina-moji」はいつ頃から書き始めていたのですか?

お母さん:marinaが小学校6年生のときに、急に書き出しました。「静かにしてるな」と思って何をしているのか見てみたら、ノート一面が文字で埋め尽くされていて…。私はびっくりして、少し引いてしまうくらいだったのですが、夫がそれを見て「すごく面白いから、これは取っておこう」と言ったんです。

marinaにとっては何かのイラストではなくて、おそらく、文字なんですよ。多分marinaにとっては、私が連絡帳を書いたりとか、兄が勉強してスラスラ文字を書いたりしているのを見て、自分もそうなりたいと思ったのかもしれません。marinaも文字を書けますが、ゆっくりですし、言葉を文字にして書くという感じではないので…。

お父さん:僕らみたいに速く文字を書きたいという思いから始まっていると思うのですが、スピード感と集中力がすごいんです。最初見たときは没入感に驚いてしまうような佇まいだったので、これは尋常じゃないと思いました。

いつもはダイニングテーブルや自分の学習机で書いているので、いつかはもっと広いスペースでダイナミックな作品を作り上げることもやらせてあげたいなと思っています。

ヘラルボニーで制作中の1枚。(本人ご提供)
「marina-moji」作品。(本人ご提供)

歌ったり踊ったり、体を動かすことが楽しい!

――アーティスト活動以外でmarinaさんが好きなことを教えてください

marinaさん:ダンスやカラオケが好きです。音楽に合わせて踊ったり、放課後デイサービスのお友達やスタッフさんとカラオケに行って楽しむこともあります。エヴァンゲリオンの『残酷な天使のテーゼ』とか、ミセスグリーンアップルの『ダンスホール』も歌います。

お母さん:marinaは心臓の大きな手術をしたこともあるのですが、そんなことを感じさせないくらい、小さい頃から体を動かすことが大好きな元気な子です。学校の授業で行うダンスも好きですし、サークルにも入っていました。コロナがきっかけでダンスサークルの活動ができなくなってしまったのですが、そろそろ再開できそうなので、また通うのを楽しみにしているところです。

お父さん:marinaはとても運動神経がいいんです。コロナのとき、家にこもってばかりでは運動が足りないと思い、一緒に公園に行ってキャッチボールをしたんですが、コントロールもいいし、投げるボールのスピードも速い! 石垣島へ家族で旅行に行ったときには、浮き輪をつけて海でたくさん泳ぎました。

石垣島の海で。(本人ご提供)

marinaさん:石垣島にまた行きたいです。お寿司と石垣牛がおいしかったです。

お母さん:石垣島へ行ったときには、あのきれいな海や星空に感動したみたいで、それがモチベーションになっていろいろなことを頑張っていたりもします。沖縄で聴いた民謡もお気に入りとなりました。

4月から就労。不安や心配は消えないけれど…

――marinaさんは18歳。高校を卒業してこの春から社会人ですが、ヘラルボニーのアーティスト活動以外に何かされていることはありますか?

お母さん:marinaは、4月から就労支援B型の事業所で働いています。marinaの職場は、通勤が一人でできることが条件の中に含まれているので、一人でバスに乗って通っています。

marinaさん:片栗粉の計量などの作業をしています。

インタビューに応えるmarinaさん。marinaさんの作品「colorful brush1-mm2025」を起用したHERALBONYのコットンカーディガンを着用。

――marinaさんが一人で通勤することに不安はありますか?

お母さん:そうですね。不安がないわけではないです。ただ、marinaは高校3年生の3学期くらいから電車で通学していたのですが、近所にゴールデンレトリーバーのお友達ができたんです。marinaが家を出る時間が、ちょうどその子のお散歩の時間と重なっていたのがきっかけです。

ある日、飼い主さんが「明日はこの子の誕生日だよ」と言ったのをmarinaが聞いていて、お友達とバースデーカードを買いに行って飼い主さんに渡したみたいなんです。そこからもっと仲良くなったみたいで、バス通勤になってからもお散歩をその時間に合わせて、バス停まで一緒に歩いてくれています。最初はそんなことをしてくれている人がいるなんて全く知らなくて、驚きました。

今までは親が参加できるコミュニティを探してあげることが当然と思っていましたが、marinaはmarinaなりに自分で人間関係を築くこともできるんだなと。

お父さん:ワンちゃんの方もmarinaのことをとっても気に入ってくれているのがありがたいですね。

“18歳の壁”に直面。心を解放できる場所を一つでも多く作ってあげたい

――障害のあるお子さんには、“18歳の壁”があるとニュースで知りましたが、marinaさんも“18歳の壁”を感じていますか?

お母さん:それはもう、とても感じています。今までは、学校が終わると週に3回ほど放課後デイサービスに行って、気心知れたスタッフさんや長年のお友達と一緒に遊んで帰ってくることができました。それが全くなくなってしまったという現実が、私たち親もつらいですし、marina本人も悲しんでいます。

一応、3月にお別れ会をしたのですが、marinaは「もうここには来られない」ということがどういうことかが理解できていなかったみたいで…。最近になって、もう利用できないことを知ってからはかなり落ち込んでいました。

お父さん:marinaは、2歳から18歳までずっと同じデイサービスでお世話になっていました。お友達もスタッフさんも長年一緒に過ごした仲間ですから、家庭以外でリラックスができる場所として、デイサービスは大切な存在だったんです。

お母さん:今までも小学校から中学校、高校と場所や先生が変わって戸惑うこともあったんですが、デイサービスはずっと同じところに通っていたので、学校で環境の変化があってもmarinaが自分を取り戻せる場所として存在してくれていました。そこで自分を解放して、変化した生活に徐々に慣れていけたと思うのですが…。それがなくなってしまうと、一気に突き放されたように感じてしまいます。

でも、marinaが大好きだったダンスサークルを再開しようと思っているので、そこがデイサービスに代わってmarinaの自分を解放できる居場所の一つになってくれることを期待しています。

障害に対する考え方は人それぞれ。自分を大切にしてほしい

「marina-moji」制作の様子。迷いなくペンを進めていきます。

――最後に障害のある子どもの親御さんにメッセージをお願いいたします。

お母さん:marinaが障害を持って生まれてきたと知ったときは本当にショックで、どんな障害なのかを知るのも怖かったんです。でも、区の窓口で支援のことを知ったり、療育で知り合った他の親御さんと情報交換したり、自分が抱えているいろんな気持ちをちょっとずつ共有して、お互いの子どもの成長を喜んだりすることで、少しずつ不安が解消されていきました。何も知らない状態だと、本当につらくて不安でした。

それと、子どもに障害があるなしに関わらずだと思うのですが、お母さんって自分のことを後回しにしてしまうことが多くなって、一人でなんでもやろうとしてしまいがちですよね。でも、そうすると体調を崩したり元気でいられなくなったりしてしまうので、頼れる人やサービスは積極的に利用することをおすすめします。結局自分が元気でいないと、仕事も家庭も回らなくなってしまう。自分のことも大切にしてほしいと思います。

取材当日お持ちいただいた「marina-moji」作品。

お父さん:僕も妻と同じで、自分が経験して、体験してみて、その子どもと、その家族ごとに向き合っていくものだと感じています。

ただ、子どもの未来って全く想像できないものなんですよね。僕は、marinaから逆に教えられたり、学ばされたり…自分自身の成長に繋がることが夥しくありました。ヘラルボニーとの出合いもそうです。

いいことも悪いことも含めて、子どもは親の想像を超えてくるので、面白いなと思えるようになりました。

僕は、障害のある子もそうでない子も、すべての子どもたちが自分らしく幸せに暮らせる社会になってほしいと思っています。娘のmarinaが生きやすい社会になることは、それはきっと障害の有無に関係なく、誰もが望んでいることだと思います。

社会には今もさまざまな課題がありますが、私たちが子どもの頃と比べれば、世の中は少しずつ確実に前に進んでいます。だからこそ、ここで立ち止まることなく、これからもみんなが暮らしやすい社会に向かって進んでいけたらと思っています。

株式会社ヘラルボニーとは

「異彩を、 放て。」をミッションに、障害のイメージ変容と福祉を起点に新たな文化の創出を目指すクリエイティブカンパニー。障害のある作家が描く2,000点以上のアート作品をIPライセンスとして管理し、正当なロイヤリティを支払うことで持続可能なビジネスモデルを構築。

自社ブランド「HERALBONY」の運営をはじめ、企業との共創やクリエイティブを通じた企画・プロデュース、社員研修プログラムを提供するほか、国際アートアワード「HERALBONY Art Prize」の主催など、アートを軸に多角的な事業を展開しています。2024年7月より海外初の子会社としてフランス・パリに「HERALBONY EUROPE」を設立。

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お話を伺ったのは

marinaさんとご両親 株式会社ヘラルボニー契約作家

株式会社ヘラルボニー契約作家。お寿司やゲーム、料理、そして絵を描くことを楽しみ、12歳から創作活動を続けている。なかでも情熱を注いでいるのが、ノートにびっしりと描き連ねる独自の「文字のようなもの」である。それは古代の碑文や宇宙の暗号、未来の言語を連想させるタイポグラフィであり、流れるように走り書かれた筆跡は見る者ごとに異なる解釈を促す。意味を求める人々の想像力の数だけ、新しい物語が紡がれていく。

この記事を書いたのは

鬼石有紀 ライター

教育学部を卒業し、幼稚園・小学校教諭免許を取得するも、教師は母の希望だったため教師にはならず。自分自身の経験から、子どもは矯正せずにありのまま育てるのが一番だと思っている。勉強は嫌いだけと、学ぶことは楽しいと大人になって気づく。趣味は腸活と音楽を聴くこと。最近は子どもの影響で城・神社、世界遺産巡りにハマっている。

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