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連載「子どもの未来を想う人に会いに行く」Vol.7 ヘラルボニー株式会社 小野静香さん
「多様性」が謳われる時代。我が子には、唯一無二の個性を発揮して社会で輝いてほしいと願う一方で、小さい頃は成長度合いなどでまわりとの違いが気になったり、できるだけ「普通でいてほしい」と多様性とは真逆の価値観に押し込めてしまうこともあるのではないでしょうか。親自身の中にもどこか「普通と違うと差別される」という偏見が潜んでいることの現れかもしれません。
そんな中、「異彩を、放て。」という鮮烈なメッセージを発信し、福祉を起点に社会の偏見、常識を変えようとする企業があります。
アートの力で知的障害のある人々への偏見をなくし、すべての「異彩」が輝ける社会を目指す「ヘラルボニー」。彼らが目指す未来は、知的障害がある人だけでなく、さまざまな個性が排除されることなく、当たり前に輝ける社会なのではないでしょうか。
ヘラルボニーの活動や理念、今後目指していく社会の在り方について、広報を担当する小野静香さんにお話を伺いました。
株式会社ヘラルボニー 東京 広報室 シニアマネージャー 小野静香(おのしずか)さん
/新卒でサイバーエージェント入社後、女性向けメディアの編集・マーケを経験。子会社の広報部門立ち上げに貢献し、2022年ヘラルボニー入社。広報室・シニアマネージャーとして社内外のコミュニケーションを統括。2023年ACC「PR部門」グランプリ受賞。1児の母。
支援ではなく、対等な人間として…障害のあるアーティストたちとの向き合い
――ヘラルボニーの代表である双子の兄弟の松田崇弥さん・文登さんは、世界を変える30歳未満の30人「Forbs JAPAN 30 UNDER 30」に選ばれるなど、日本だけでなく世界からも注目されていますよね。社員から見たお二人のことを教えてください。
小野静香さん(以下敬称略):違いを面白がり、フラットに捉える人たちだなと思っています。二人は創業のときから、全国津々浦々、福祉施設や障害のある方の親御さんのところに訪問しながら契約アーティストを探しており、私たち社員も福祉施設に伺う機会が多いんですね。
私は入社するまで、障害のある方との接点があまりなかったため、福祉施設で重度の知的障害のある方々に会ったとき、どう振る舞えば良いのか考えてしまうことがありました。
でも代表の二人を見ると、“何かしてあげよう”という感覚はなく、フラットに目の前にいる1人の人間のユニークなポイントを見つけようとするんですね。「誰々さんはこういうところがあって、こういうところで怒ったりするんだよ」など。普通に接すれば良いのだな、と思いましたね。
ヘラルボニーも、支援ではなく障害のあるアーティストさんたちと対等なパートナーとして伴走していきたいという思いがあり、あえて株式会社の形でビジネスを行っています。ありがたいことに、ここ1年はJALやディズニー、資生堂といった大きな企業様からのお声がけも増えてきました。事業が拡大していく時期にも、代表の二人は、アーティストさんやその親御さん、福祉施設の担当者さんのことを一番に考えている姿勢が感じられ、すごく素敵だなと思いますし、我々社員もあらためて初心に返ることができます。
――普段からアーティストさんと接する機会は多いんですか。
小野:そうですね。ヘラルボニーの社員は1人ひとりが担当の福祉施設を持っているんです。私たちは「作家ファースト」を掲げていて、何をするにおいても彼らの意思を尊重しようと考えています。例えばアーティストさんの作品を「空間装飾に使います」とか「企業のプロダクトにパッケージとして採用されます」という場合、必ず本人に確認を取り、許諾をいただいてから使うというフローを大事にしています。
アーティストさんは重度の障害があって、会話でのコミュニケーションが難しい方も多いのですが、「どうせわからないだろう」と勝手に決めつけることはしません。許諾にかかる時間も、こちらの都合で急がせるのではなく、アーティストさんのペースに合わせています。ご理解いただくため、企業のご担当者様に福祉施設に来ていただくことも多いですね。
また、アーティストさんのご家族とも仲良くさせていただいていて、まるで家族のように接してくださる方もいるんですよ。創業期からいる社員の中には、アーティストさんのご自宅に泊まらせてもらう者も。代表も、講演会等で地方へ行くときは、その地域のアーティストさんのお宅を訪問して、ご挨拶をしているようです。
アート作品をライセンスとして扱い“持続可能なビジネス”の形に
――アートという手段を選んだのは、広く伝えやすいとか、そういったところでしょうか。
小野:創業のきっかけになったのは、代表の地元・岩手県の花巻市にある「命のミュージアム るんびにい美術館」です。その美術館は、福祉施設に併設されており、施設に通所している方々のアート作品を展示しています。松田が初めて訪れたとき、純粋にアート作品として衝撃を受けたと。そこから、アート自体に可能性があるし、何かビジネスができるんじゃないかと考え、生まれたのがヘラルボニーです。
松田崇弥はくまモンの生みの親である小山薫堂さんの会社に新卒で入社したのですが、くまモンはライセンスフリーにしたことでいろいろなところで使われ、有名になりましたよね。そこからインスピレーションを受け、アートをライセンスとして扱うことで広く展開することができ、納期で縛ることなくアーティストさんを資本主義の中に巻き込むビジネスモデルを思いつきました。
仕事には締め切りが生じますが、重度の知的障害がある方たちはそれを理解するのが難しい点があります。結果、社会のシステムに入れず、資本主義から排除されている現状があります。
しかし、アートをライセンス化することで、アーティストさんを納期で縛ることなく資本主義のビジネスの中に巻き込むことができ、収益をロイヤリティとしてお渡しすることもできる。ヘラルボニーでは、このライセンスビジネスを軸に、持続可能なビジネスモデルとして展開しています。
――基本的にはアーティストさんが自由に描いて、その作品をプロダクトに落とし込む形ですか?
小野:そうですね。でも、アーティストさんの中にはアートだと思って作っていない方もいらっしゃいます。評価されたいとか、賞を取りたいとかで描く方はあまりいなくて、表現をすること自体がその方の日常生活の中でのこだわりだったりするんです。
例えばアーティストの佐々木早苗さんは、ボールペンで黒い丸をただひたすらに描くことが生活習慣の一部。キャンパスではなく、チラシの裏に描いて全部埋め尽くしちゃうとか、そういった中で生まれるが彼女の作品なんです。
岡部志士さんは、絵を描きたくて描いているのではなく、クレヨンの削りかすを集めて丸くしたお団子を作るのが目的。絵はあくまでも副産物なんです(笑)。
――面白いですね。アーティストさんやアートを選ぶ基準はあるんですか?
小野:専門家の視点で「アートとして評価できるもの」ということは大事にしています。アートとしての評価ができないと「チャリティーでやってるんだよね」という部分を乗り越えられないと思うんです。ヘラルボニーのアドバイザー顧問契約をしている黒澤浩美は、金沢21世紀美術館でチーフキュレーターを務めています。障害のある方の作品を見て、表現の手法や、技術的にすごくユニークであるなど、評価できるところを言語化してくれるため、アーティストさんの選定や契約作品は、黒沢の目を通して決めています。
――そういったアートを落とし込んだ商品を、実際に購入されたお客様からの声を聞くことはありますか。
小野:ありがたいことに、長文でメッセージをくださる方もいらっしゃいます。例えば妊娠中にお腹の中の子がダウン症だということが分かり、悩まれていたご夫婦の方から、「人生に希望が持てました」という声をいただきました。また、日本橋三越さんで大きなポップアップを行った際、障害のある成人のお子さんを連れたご家族がいらして「周りの目が気になるので普段は子どもを連れて外出することは少ないけれども、ヘラルボニーがあるから一緒に来ました」といううれしいお声をいただきました。
私たちは百貨店やラグジュアリーブランドが並ぶようなところに出店するという戦略をとっていますが、それは「障害者の作るものは安い」というイメージを覆したいから。ブランドとして憧れやリスペクトを作りたいという思いからそうしています。
クリエイティブなアクションで、堅苦しすぎない発信を
――小野さんがヘラルボニーに入社されてから今まで特に印象的だったお仕事はありますか?
小野:たくさんありますが、昨年1月31日に行った「鳥肌が立つ、確定申告がある。」というソーシャルアクションは特に印象的でした。
障害者雇用で企業に入る方たちの多くは、コミュニケーションが取れるなど、障害が軽度の方々なのですが、中度・重度の方は企業で働くことがかなわないことが多く、例えば空き缶を潰すお仕事や、商品にパッケージを貼るお仕事といった作業を福祉施設で行っているんですね。
そこでいただける賃金は月額1万6,000円ほどで、時給にすると200円台の世界。福祉サービス制度の一つなので、決して悪ではないのですが、親御さんたちからすると、自分たちがいなくなった後、子どもはどうなるのかという心配はあると思います。
そんな中、ヘラルボニーのアーティストさんの中から、年収が数百万を超え、サラリーマンの平均年収よりも高い収入を得る方が現れたという事実がありました。。そして、あるアーティストさんのお父様から「今年、うちの息子が確定申告をすることになりました」とメッセージをいただきました。この事実を、私たちは「異彩」が当たり前となる社会に向けた大きな一歩だと捉えました。
エピソードをもとに「鳥肌が立つ、確定申告がある。」というコピーを作っていただき、私たちが「異彩(イサイ)の日」と名付けた1月31日からの約1週間、ちょうど2023年の確定申告が始まる時期に、屋外広告を掲出しました。ボディコピーもすごく素敵なのでぜひ読んでいただきたいです。
この広告は、昨年の「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」のPR部門でグランプリをいただきました。こんなふうに、クリエイティブやアイディアの力で堅苦しすぎずに世の中に発信していくことは、ヘラルボニーの使命の一つだと思っています。
目指すのは障害も関係なく、すべての人間がありのまま存在できる社会
――ヘラルボニーが目指している社会はどういうものでしょうか。
小野:ヘラルボニーは「異彩を、放て」というミッションを掲げ、「普通じゃないことが可能性」、「違いにリスペクトを」などの価値観を発信しています。「1人ひとりが異彩」ですので、世界80億人の異彩が、ありのままに存在できるような社会が実現することが理想だと考えています。
代表の二人が語る夢は本当に大きいのですが、ヘラルボニーという言葉や、ヘラルボニーという存在自体が、すごくフラットであり、インクルーシブであると社会から認知されていくといいよねと話しているので、そうなれるように頑張りたいですね。
――そのためにいろいろな手段で発信されているというところですよね。ヘラルボニーのプロダクトに子ども服もありますが、今度子ども向けの展開として考えていることはありますか?
小野:ヘラルボニーのアーティストさんの展覧会にお子さんを連れてお越しいただいたら、すごく面白いんじゃないかなと思っています。
私たちが展覧会やポップアップをする際、アーティストさんご自身に来ていただくことがあります。ライブペイントとして、その場でアーティストさんに絵を描いてもらうと、喜んでくれるお子さんも多いですよ。普段、障害のある方と触れ合う機会がないお子さんも多いと思いますが、コミュニケーションを取った経験があるかないかは、その後の価値観の形成に関わってくると思います。
――本当に、接する機会があるのとないのでは違いますよね。
小野:そうだと思います。偏見なくアーティストの方に近寄ってきてくれるのは、子どもの方が多いです。
日本人は先進国の中でも意識的な偏見が強いと言われていますが、そこは関わったことがあるか、ないかの違いなのかなと思うんですよね。教育の中でも、特別支援級や支援学級という名で分けられていますし、小学校から私立に通われてるお子さんだと、障害のある方と触れ合う機会はほとんどないんじゃないかなと思っていて。
触れ合うことから未来がちょっとずつ変わっていくのは、ヘラルボニーが思い描く未来に近づいているように思います。今後、お子さんが楽しめるようなワークショップもやりたいなと思っていますので、ぜひお越しいただけたらうれしいです。
障害のある子を育てる中で。堂々とした母親でありたい
――小野さん自身も先天的な疾患のあるお子さんを育てているということですが、普段どういった思いで発信活動をされていますか。
小野:私自身も当事者のうちの1人という認識なので、単純に「障害は個性だよ」とか「障害のある人たちって純粋でピュアで素敵だよね」というのはすごく表面的な言葉だと思っていて。当事者の視点を忘れないように、誤解を生まない表現をすることはすごく気をつけています。
松田ともよく話しているんですが、こういった活動をしていると「社会的にすごく良い活動ですよね」と言ってもらえることも多いのですが、現実としては、アーティストさんたちは日常生活を送る中での困難がたくさんありますし、障害のある子どもを育てる親御さんたちも大変なことが多い。個性とか、アートの才能があるとか、きれいごとでは片付けられない感情がたくさんあると思うんですよね。そうした障害のある方の困難をソーシャルアクションなどを通じて伝えていくことも、私たちの役割だと思っています。
とはいえ、難しいものだとも思ってほしくなくて。障害のある方と触れ合ってきたことがない方が抱く「知識がないと接しちゃいけない」「真面目な気持ちで受け入れなきゃいけない」といった壁をなくしていきたいなと思っています。
展覧会って楽しいとか、アーティストさんに話しかけていいんだとか、そういったことから架け橋になれたらうれしいですね。
――当事者という部分で、社会の偏見や自分自身の中にある偏見に触れる機会も多かったのでは?
小野:私は娘に先天性の疾患があるとわかったときに、「これからの私の人生は、かわいそうと思われるんだ」と思い込んでショックを受けました。「絶望」という言葉を本当に理解したような気持ちになって3か月ぐらいすごく落ち込んでいましたね。今まで仲良くしてきたママ友たちとも、私だけ道がわかれてしまったと感じたんです。
そんな中でヘラルボニーに出会い、転職したのですが、自分が感じたショックや「かわいそうって思われるんじゃないか」ということは、誰かから言われたわけでもなく、自分自身で想像したことだと気づきました。つまり、私が障害のある人たちに思っていたことが、鏡になって跳ね返ってきたんです。
自分の子どもが大人になるとき、障害に対するイメージがもっともっと変わっていけば、障害のある子を育てる家族が閉塞的にならなくてよくなるかもしれない。そのために、障害のある人たちとも、もっとフラットな関わり合いを持てるような社会になったらいいなと思っています。
アーティストさんの親御さんたちからも学ぶことが多いですね。人生を楽しんでいらっしゃるアーティストさんのご家族は、これまで葛藤や困難が多くあったとは思うのですが、堂々としているなと感じます。私も、子どもに対して堂々としている母親でありたいと強く思っています。
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取材・文/小林麻美 写真/五十嵐美弥 構成/HugKum編集部