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連載「子どもの未来を想う人に会いに行く」Vol.4 パナソニック株式会社 白鳥真衣子さん&東江麻祐さん
子どもが大きくなるにつれて親を悩ませる問題のひとつが、性についての話題をどう取り扱うべきか、ということ。最近では子ども向け、親子向けに性のことをわかりやすく書かれた本も多く出版され、多くの親が興味・関心を持っていることが伺えます。
男性器や女性器について。セックスについて。そして、多様な“性”のあり方について。いざ子どもに聞かれると、しっかりした性教育を受けていない親世代はしどろもどろになりがちですよね。
そんな中、親子で性について学べる幼児向けの絵本を、家電メーカーとして有名なパナソニックが制作しました。タイトルは、「YOUR NORMAL きみを かんがえる ほん」。出版はされていませんが、公式ホームページから絵本のPDFをダウンロードすることができます。
なぜ、パナソニックが幼児向けの性教育絵本を制作したのでしょうか? 絵本を含む「YOUR NORMAL」プロジェクトを立ち上げた、パナソニックのデザイナー、白鳥真衣子さんと東江麻祐さんの2人に話を伺いました。
パナソニック株式会社 デザイン本部
東江麻祐さん(あがりえまゆ・左)白鳥真衣子さん(しらとりまいこ・右)
パナソニック株式会社 くらし事業本部 エレクトリックワークス社 技術本部 デザインセンター
2019年4月~2021年3月 同社デザイン本部 FUTURE LIFE FACTORYに在籍。
自分らしさを問う「YOUR NORMAL」プロジェクト
事業部にとらわれず先行提案を行う「FUTURE LIFE FACTORY」とは
――まず、お二人が所属していたパナソニックのデザインスタジオ「FUTURE LIFE FACTORY(FLF)」というのは、どういった活動をしている部署なのでしょうか?
白鳥真衣子さん(以下敬称略):「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直し、モノ・コト問わず具現化するという活動を2017年より行っています。テーマを設定する際は、課題解決や技術活用だけではなく、未来洞察を元に人々の価値観の変化や社会課題を起点とすることを心掛けています。
原則任期は1~3年で、現在はデザイナーとデザインエンジニアが組んで、さまざまなプロダクトやサービスのプロトタイプを作りながら提案していくという活動をしています。
白鳥:有名なものだと、「WEAR SPACE(ウェアスペース)」があります。ちょうどコワーキング、ノマドワークが始まった頃に出たアイデアです。視界と音を制御することでオープンな場で作業に集中したいときに、手軽にパーソナルスペースを作れるんじゃないかということで、頭部に装着する、ノイズキャンセリングヘッドホンとパーティションを組み合わせたような製品を作りました。今はアマゾンでも買えます。
東江麻祐さん(以下敬称略):事業領域に捉われることなくテーマを設定していまして、プロダクトよりも思想、サービスみたいなものも増えてきています。
例えば、言葉でその人を知るのではなく、図形とかオーラのようなものでその人のことを知ろう、自分のことを見つめ直そう、という「オーラメディテーション」というサービスがあります。パナソニックの表情解析や感情センシングといった技術を使って、288通りの診断ができるんです。その人自身の特性を “オーラ” として可視化することで、バイアスがかからず、自分とありのまま感覚的に向き合うことができる、新しい瞑想体験を提案しました。
幼少期の子どもが大人と性について考えるきっかけになる仕掛け絵本が誕生
――そんな中、誕生したのが「YOUR NORMAL」。プロジェクトが立ち上がった経緯についてお聞かせください。
白鳥:自分とは何か、自分らしさを問うというテーマで考えていたときに、衣食住に関してはすでに弊社でもさまざまな商品がありますが、性に関してはまだタッチされていない部分だな、と。でもよく考えると性は三大欲求に入っている重要なものですし、今の状況的にも考えるべきなんじゃないかというふうに思いまして。同様に感じていた東江と一緒に始めたプロジェクトです。
内容としては、性を「個性」というものでとらえ、性別やジェンダーロール、服装、趣味や健康、安全などの意味も含めて、もう少し広く定義したいなと。性は今まで、人生の土台的な部分になっていくにもかかわらず、狭義で認識されてしまいやすかった。性について深く考える土壌を作れないかということで、「“普通”をとらえ直して形にする」というテーマでプロジェクトを始めました。
人生を一貫して見たときに、各ステップで考えるべきトピックスみたいなものを提示した方が、「性って広い」「普通ってひとつじゃない」ということを伝えられるのではないかと思い、幼少期、思春期、成人期と3ステップに分けて製品を作ったり、メッセージを発信したりしています。
――3ステップの中で、幼少期の子どもへのアプローチとして絵本を作ったのはどういった理由ですか?
東江:まず社内でアンケートや座談会をやって、みんなが性について気になっていること、違和感についての話を吸い上げていき、そこからアイデア出しをしました。
白鳥:たとえば自分が子供だったときに、大人からされたことに対して何か変だなと思いながらも言えずにいて、今思うとやはりあまりよくないことだったなとわかる。そういうことにもきちんと「NO」と言えるようになったほうがいいということや、そもそも自分の体の変化が出てくるときに大人に悩みを打ち明けることが本当に難しいよね、という話などが出ました。
まずは幼少期にまわりの大人に自然と性について話せる関係性を築くべきなんじゃないか、ということで作ったのがこの仕掛け絵本「YOUR NORMAL きみを かんがえる ほん」になります。
東江:2人で「幼少期に親子で性の話題を自然に話し合えるツールになるものを作りたい」と話していて、最初はお風呂で人形に着せ替えをして遊ぶものという案もありました。お風呂は必然的に裸になるので、機会としてはいいよね、ということで。
――絵本ではなかったかもしれないんですね。
白鳥:お風呂に浮かぶ人形に、濡れるとくっつく素材で作った服を着せるみたいな。それから、濡れると柔らかくなる素材のものをクシャクシャッとしてお風呂に撒くと、フワ~っといろいろな洋服が出てきて、「どの洋服を着せる?」みたいなのもいいね、とか。いろいろ検討していましたね。ただ、ヒアリングをしたときに「お風呂だとカビちゃう」という意見もあって。
東江:それに、プライベートゾーンのことや、自分の好きなものを尊重しようということなど、伝えたいメッセージはいくつかあるよね、ということで、それだったら絵本という形できちんとメッセージを伝えるほうがいいのではないかと思いました。
白鳥:最初はストーリー仕立てにしてみようと考えたんですが、そうすると服を脱ぐってどういうシチュエーション?など、難しい部分も出てきまして。いろいろ考えた結果……。
東江:図鑑と絵本の間のような形になりました。
それぞれの「個性」を深堀りしていく作業も
――絵本の中で工夫した点を教えてください。
白鳥:やっぱり何かしらのアクションができたほうが楽しめるだろうということで、裸のイラストをブラックライトで照らすと、どこがプライベートゾーンかわかるような仕掛けがあるといいかな、など試行錯誤しました。
そして紆余曲折ありまして、ブラックライトはいいけど、何か選択したものを肯定してくれるようなアクションもあった方が、自分の選択を受け入れてもらえる喜びがあるな、と。その方が子供の頃は嬉しかったし、その子供の頃の記憶があることで大人になってからも自信を持って生きていけるかもしれない。そういういろいろなインサイトから、実際に褒めてくれるような本にした方がいいんじゃないかということになり、音声をつけました。
東江:ただ、サイトで無料公開しているPDF版だとその音声は聞けないんですけど(苦笑)。
――ほかにも、いろいろな工夫が凝らされていますよね。
白鳥:そうなんです。最初に「自分の体について知りましょう」ということで裸のイラストがあり、その次に下着のシールがあるので自分で下着を着せることができたり。隠すというよりは、プライベートゾーンは大事なところだから守ってね、という提案です。
「こういう場合は見せていいの、それとも見せちゃダメなの」という難しいシチュエーションもあると思うので、例題を書き込んで「この場合はどうする」ということのヒントを与えたり。
東江:正解ではなくヒント。そこも、親子でコミュニケーションしてもらえたらなと。
白鳥:例えば、祖父母とお風呂に入るのがちょっとイヤだなという子に、そういうときは「自分で入れるよ」と言ってみたらどうかな、とか。絵本を通して、保護者の方やまわりの大人と「こういう状況だったらどうしようか」という話し合いのチャンスを提供できたらと思います。
――最後の章はまさに“性”というより“個性”を表現するような、「好きについて」です。
白鳥:好きな色や服装、髪型などを、ジェンダーイメージにとらわれず自分の好きなよう楽しんでいいんだよ、ということを発信したくて。ここもブラックライトの仕掛けがついているので、楽しくやってもらえたらと思っています。
ブラックライトの仕掛けがついているのは、最初は1~2ページだけだったんですが、実際に親子何組かを集めてワークショップをしたところ、子どもたちがライトを握りしめてものすごく探してくれて。
東江:これは(仕掛けを)散りばめないとな、って(笑)。
白鳥:最後のページは着せ替えページです。いろいろな服や帽子など磁石でつけたり外したりが手軽にでき、イラストに合わせて好きな組み合わせで服を着せてあげることができます。ビーズや羽などさまざまな素材を使って着せ替えの洋服をつくるということもワークショップでは行ったのですが、参加してくれたお子さんたちがかなりのクリエイティビティを発揮していました(笑)。
東江:もともと用意した服はわりとノーマルなものだったのに、おしゃれに仕上げてくれましたね。
白鳥:親御さんも、「この子、こういうのが好きだったの」と思わぬ“好き”に気づくきっかけになったらなって。
体のパーツや性差について、何かあったときに守るべき場所はどこなのか、最後に自分自身は何が好きなのかというのを深堀りするという、3つのステップを保護者の方と一緒に話し合えるものを作ったという感じです。
性について大人も子どもももっと気軽にコミュニケーションできるように
――性を扱うというのは、気を遣う部分もあったのでは?
白鳥:お医者さんとママクリエイターさんが運営していらっしゃる命育さんというメディアの方に協力していただきまして。今回のすべての内容は、お医者さんの監修を受けた資料に基づいて作らせていただきました。
あと婦人科と形成外科と泌尿器科の先生にもお話を聞きましたね。その際に、女の子の中には、陰部にできものができたときに言えず、悪化してどうしようもなくなってからくる子も多いと聞きました。
膿が破裂して下着についたのを親が発見して、本人に聞いたら「痛くてつらい」と。お医者さんとしてはもっと症状が出てすぐの段階で来てほしいけど、なかなかそれが難しいという話でした。
東江:その状態が正常か正常じゃないか子ども自身がわからないということと、それを言える人がいないということですよね。
白鳥:自分の子ども時代を振り返っても、まず「陰部」って、どう表現していいのかわかりませんでしたよね。なので、「どこが変」とかを絵本を使って言えるといいのかなというのもあり、体のパーツの名称を言うステップも入れています。
表記についても悩んだのですが、「膣」「ペニス」と入れています。例えば「あそこ」なんて言うと、言っちゃいけない感じになりますよね。体の一部、ただのパーツですよっていう意識を持ってもらうためにも、きちんと正式名称で入れようということになりました。
ただ言いにくいとかもあるかもしれないので、家族の中で親しみを持って呼べる名称を決めてそれで呼んでも構わない、と保護者の方へのメッセージとして入れています。
――あちこちにかなり細かくメッセージが入っていますよね。
東江:でも、これだけ細かくメッセージを入れたつもりでも、ワークショップでは親御さんたちから「こういうときはどうしたらいいんですか」とすごくたくさん質問が来て。絵本に書いてある以上に、知りたいことはまだまだあるよなあと感じました。
白鳥:例えば、「子どもが動物の交尾に興味を持っているけど、どう説明したらいい? 人間だとどう起こると伝えたらいい?」という質問がありましたね。監修の先生は、「女性の体の中にある卵子に、男性が持っている精子をペニスという器官を使って届けるんだよ」という生物的なことを伝えて、「それは動物も人間も同じだよ」と答えればいいと話していました。
こういうことを突然聞かれて答え方がわからなかったときは、「なんでだろうね?」と聞き返したり、「ちょっと一緒に考えてみようか」と時間稼ぎをするのもいいそうです。
東江:そういうことを描いている絵本もあって、ワークショップではそのあたりの知識を別の絵本で補ったりしていました。
――ちなみに、表現などで気を付けた点は?
白鳥:今回、お父さん、お母さんという単語は使っていなくて、基本は保護者の方とか、周りの大人という言い方をしています。いろいろな関係性があると思いますし、例えば保育園とか幼稚園、児童館とか、そういうシチュエーションにもこの絵本は合うんじゃないかなという思いがあったので。
文章量が多く、小さいお子さんだと自分で読むのは大変なので、そこは要検討項目なんですが、大人と一緒なら楽しく読める範囲かなと思っています。
――最後に、プロジェクトを通して伝えたいメッセージは?
東江:自分にとっての「普通」ってなんだろう?と考え直してみてほしいです。自分らしくハッピーにみんな生きられたらいいですよね。
白鳥:弊社のダイバーシティのイベントに来ていただいたドラァグクイーンの方が、「ほどよい無関心がいいんじゃない?」とおっしゃっていて、それってすごくいいなって。関心がありすぎてもいけないし、まったく知らないのもダメ。なんとなくいろいろな人がいることは知っていて、こういう人もいるよねって思える。そういう感覚をこれからの世代は身に着けていくだろうし、これからの世代にギャップを抱いている親世代もそういう感覚にギョッとしないというか、「そういうものだよね」と受け入れられるような世の中になるといいな、と思います。
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取材を通じて、HugKum編集部としてもぜひ、保育園などで読まれ、広まってほしいと感じました。幼児期向けの絵本のほかに、思春期向けにさまざまな背景を持つ5組の日常を切り取ったショートムービーの公開、青春期向けには、関係性が多様化する中でどんな関係性をも肯定してくれるプロダクト「イマーシブヘッドフォン」の製作などのアプローチも予定されているそう。今後もその動きに、注目していきたいと思います。
取材・文/小林麻美 カメラ/黒石あみ 構成/HugKum編集部
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