つらいとき、子どもが踏ん張るための力は「関わる大人が信頼できるか」が重要。お手伝い療育を通じて、子どもからの信頼を育もう【発達障害児の療育を専門家がレクチャー】

この連載では、発達障害のある子どもの療育に長年携わってこられた言語聴覚士・社会福祉士の原 哲也先生が、家事のお手伝いを通じて行う療育をご紹介します。子どもの自尊心を育てながら、家族も喜ぶ「お手伝い療育」。今回のテーマは「玄関掃除」です。

「踏ん張る力」はどう育てる?

春、入園入学進級のシーズンはさまざまな変化の時期であり、お子さんにとって不安がつのる時期です。この時期に大切なのは「周囲のサポート」と、そして、子ども自身の「踏ん張る力」です。
今回はまず「踏ん張る力」が育つには、何が大切かというお話をしたいと思います。

実行機能のサポート

昨年12月のコラムで「実行機能」のお話をしました。実行機能というのは「何かをやり遂げる力」であり、発達障害の特性のある子どもは実行機能が「苦手」であることが多いです。

ですから、

・子どもができることや自分でやりたいことは自分でやらせる

・苦手なことやできないことは大人が手伝ったり代わってやってあげたりする

など、適切なサポートが必要なのです。

踏ん張る力のもとは信頼関係

実行機能の基礎になるのは「自己制御の力」すなわち「踏ん張る力」です。

「マシュマロテスト」という有名な研究があります。子どもの目の前にマシュマロを置いて、「待っててね」と言って大人がその場を離れた後、子どもが食べずに待っていられるかを観察します。子どもたちのその後について調査したところ、マシュマロを食べたい衝動を「がまん」できた子は、学齢期の学習成績が優秀だったといいます。

このマシュマロテストを発展させた最新の研究もあります。まず、子どもとアシスタントが一緒にお絵描きをして遊びます。アシスタントが部屋を出ていくと、実験者が入ってきて2つのパターンでアシスタントの作品を壊します。

実験者A

実験者Aは、うっかり作品を壊してしまいます。アシスタントが部屋に戻ってくると実験者Aは、アシスタントに自分が壊したと正直に言って謝ります。

実験者B

実験者Bは、わざと作品を壊します。アシスタントが部屋に戻ってくると実験者Bは、アシスタントに「自分が壊したのではない」と嘘をつきます。

子どもは実験者A、Bのふるまいを見ています。次に、実験者A、実験者Bがそれぞれ子どもに対して先ほどの「マシュマロテスト」を行います。結果はどうなったでしょう?

実験者Aが「待っててね」と言った場合は、実験者Bが「待っててね」と言った場合よりも、子どもはマシュマロを食べる衝動を約3倍もの長い間がまんしました。

この結果は、信頼できる人への信頼感は、子どもの「踏ん張る力」を強めること、信頼できない人への不信感は「踏ん張る力」を弱めること、を示しています。つまり、関わる人が信頼できる人かどうかが子どもの「踏ん張る力」を左右する要素の一つだということなのです。

※ここまで『子どもの発達格差 将来を左右する要因は何か』(著/森口祐介・PHP新書)52-58ページ参照

お手伝い療育で子どもの「踏ん張る力」を育てる

ですから、子どもにとって「信頼できる大人」であることを大事にしましょう。前回のコラムでお話ししましたが、お手伝い療育を実践する中では

・家事に熟達した大人がゆったりと接してくれる
・ルールがブレない
・わかりやすく幾度でも教えてくれる

など、子どもが大人を信頼するポイントがたくさんあります。お手伝い療育を通じて子どもに信頼されることで、子どもの「踏ん張る力」は励まされ、育っていく。これもまた、お手伝い療育の効用でしょう。

第11回 玄関掃除

玄関がきれいだととても気持ちがいいものです。玄関掃除は、「きれいっていいな」を実感してもらうよい機会です。ぜひ子どもと一緒に挑戦してみてください。

適応年齢

2歳~

期待できる効果

・明確な一定のルールを親が伝え、子どもは伝えを受け取るという学習経験
・熟達している親が丁寧に教えてくれることによる親への信頼
・道具を適切に使う経験を通して運動機能が育つ
・人からの依頼を受ける対応力
・家族に喜ばれることで勤労意欲が育つ
・仕事を任せられることで責任感が育つ
・家族の役に立つ経験ができる
・位置のことばを覚えることができる
・曜日感覚を育てることができる

用意するもの

・ほうき
・ちりとり
・雑巾(マイクロファイバークロス)
・新聞紙

手順

① 靴や傘など玄関にあるものをどかす
※下駄箱も掃除するなら、下駄箱から靴を出して、砂などを棚から掃きだす。

② 掃く
大人がほうきを使って玄関を掃いてみせる。状況によっては、ほこりや砂が舞わないように、ちぎって濡らした新聞紙を散らしてから掃いてもよい。
※やり方を見せることで子どもが道具の使い方を含めた玄関掃きの方法を学べるようにする。

③ 拭く
中性洗剤を使って雑巾で拭く
※床材の材質によっては中性洗剤が使えない場合があるので注意する。

④ 戻す
出した靴などをもとに戻す。
※お父さんはここ、お兄ちゃんはここ、というように、各人が靴を入れる場所を固定するのもよい。片付けがスムーズにいくし、家族がそれぞれ自分の靴を責任をもってしまうようになることも期待できる。
※2歳くらいなら、例えば玄関や下駄箱から靴を出す、掃除が終わったあとに靴をそろえるなどのお手伝いができる。

お手伝いのルーティンを作ることで、時間感覚も身に付く

子どもが曜日や1週間などといった「時間」を理解するのはなかなか難しいものですが、例えば、毎週水曜日と日曜日に玄関掃除、2週間に1回  日曜日に下駄箱掃除、などと決めてカレンダーに記入するようにすると、「時間」というものを感覚的に理解する助けになります。

また、お手伝いをして家事のルーティンをわが手で行い、一定のリズムで繰り返される毎日の暮らしを実感することも、時間の感覚を育てることにつながります。

子どもにとって信頼できる存在に

「踏ん張る力」は「実行機能」の基礎となるだけでなく、子どもの成長・発達のさまざまな場面で必要な力です。ですから、周囲のおとなが子どもにとって信頼される人になることが、その「踏ん張る力」を育てる上で大事であることは、ぜひ覚えておいていただきたいと思います。

玄関がきれいだと運気が上がるとも言います。ぜひ、家族で玄関掃除をしてみてください。

この記事を書いたのは

原 哲也|言語聴覚士会福祉士
一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業、国立身体障害者リハビリテーション学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダのブリティッシュコロンビア州の障害者グループホーム、東京都文京区の障害者施設職員、長野県の信濃医療福祉センター・リハビリテーション部での勤務の後、『発達障害のある子の家族を幸せにする』ことを志に、一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPANを長野県諏訪市に創設。発達障害のある子のプライベートレッスンやワークショップ、保育士や教諭を対象にした講座を運営している。著書に『発達障害のある子と家族が幸せになる方法』(学苑社)、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)がある。

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