写真と同じように、子育ても子どもの「ありのまま」に向き合えばいいと気づくまで

― 親が子どもを「ありのまま」に見るのは難しいですよね。田部さんは最初から「ありのまま」のお子さんたちに向き合えていたのでしょうか。
田部さん:まったくそうではありませんでした。幼稚園の頃、体操教室で息子たちがどうしてもブリッジができず、お手本を見せる子たちに囲まれて座っているのを見て、私は「できるようにしてあげなきゃ」という気持ちが先走ってしまいました。そして、その日から毎晩 、鬼のブリッジ特訓を始めたんです。泣きながらブリッジをする2人に、「今日こそ最後までやるよ!」と声を荒らげてしまった夜もあったほど……。
息子たちが大学生になった今でも「あれはひどかったよね」と笑われるくらいです。
― やらせる親の方もつらそうです……。
田部さん:特訓をしながら私も心の奥底で苦しくなる感覚がありました。なぜ特訓させてしまうのか、よくよく考えてみると、私が見ていたのは、目の前の子どもではなく……過去の自分だと気づきました。私は運動が苦手で、子どもの頃からずっとコンプレックスだった。運動が苦手だった昔の自分の痛みが、できる子たちに囲まれてポツンと座っている2人に重なってしまったんです。
でも、それでは子どものありのままを見ることにはなりませんよね。もちろん、特訓しても効果は出ないし、かえって子どもを追い詰めてしまう。目の前の子どもを見ずに、こうなってほしいという姿を親が思い描いて、子どもに押し付けていないだろうか。
そうした苦しさや違和感を味わう中で、「写真を撮るときと同じように子どもをちゃんと見ればいいんだ」と、だんだんわかってきました。

―それが著書の中にもある、カメラマン視点のひとつめ「ありのままを見れているか?」につながっていくんですね。
田部さん:私はカメラマンなので、被写体のありのままの魅力を探しにいきます。そういう視点で子どもを見ると、子どもの表情がふっと変わる瞬間があります。「これ、やってみたい!」という顔になったときのエネルギーは、あのときのブリッジ特訓では絶対に引き出せませんでした。
田部さんの実践したカメラマン視点の子育て方法

心が動いたままに感動を伝える
―本の中で、息子さんたちが「お父さんとお母さんはダブルで褒めてくれた」と話していたエピソードが、とても印象的でした。
田部さん:褒めようと思って言った言葉ではないんです。感動した瞬間に「すごい!」が自然に出ただけ。私が言うと、夫も同じように「本当だ、すごいね」と乗ってくる。打ち合わせたわけでもなく、ただ一緒に感じていただけなんです。
― 感じたことをストレートに伝えたからこそ、息子さんたちに届いたのですね。
田部さん:一時期は「過程を褒めて育てる」を真面目に実践しようとして、「今のは過程?結果?」と考えすぎて、自分がつまらなくなってしまって。それより、心が動いた瞬間をそのまま言葉にしたほうが自然で、子どもにも響く。親の素直な驚きや喜びは、子どもの自己肯定感の土台になると感じています。
大泣きしている顔さえも「おもしろがる」

― 子育て中の日常を、どのようにおもしろがって見たのでしょうか?
田部さん:日常でも、被写体である息子たちの魅力を探しにいくスイッチを入れていました。「あ、この子はこんな表情をするんだ」「こんな泣き方をするんだ」と、一つひとつを観察しながらおもしろさを拾っていく感じです。
― 具体的には、どんな場面ですか。
田部さん:育児ブログを書いていた幼少期、道端でひっくり返って泣いている姿でさえ、「これはネタになるな」と写真を撮っていました。反抗期になったら見せてやろう、とひそかに思いながら撮った一枚も(笑)自分から能動的におもしろがる姿勢でいると、何でもない日常が驚くほど豊かに見えてくるんです。
双子育児だからこそ気づいた「観察」の視点

―寝返りのエピソードなど、双子ならではの成長スピードの違いについて書かれていました。観察する中で、特に印象的だった気づきはありますか?
田部さん:2人は二卵性双生児なので、双子といえどもDNAの一致率は約50%。赤ちゃんの頃から似ているようで全然違いました。寝返りの練習をしてもなかなかうまくいかなかった兄が、ある日突然スッと成功してみせたり、一方で弟は何もしていないように見えて、初挑戦で一発成功したり。毎日「抜きつ抜かれつ」で、こちらが予想していた展開とは違う動きをしてくるんです。小6の秋には模試の偏差値で10近い差がついた時期もありましたが、結局はそれぞれのペースで中学受験に向かっていきました。
育児書には「子どもによって成長のスピードは違う」と書いてありますが、私は双子の育児でそれを毎日見せつけられて、もう腹の底から納得しました。「同じ親が同じように育てても、こうも違うのか」。そう実感すると、人と比べても意味がないと心から思えるようになりました。
期待ではなく予測すると、心に余裕が生まれる
― 「期待しないで予測する」という視点は、新鮮でした。期待と予測は違うのですね。
田部さん:カメラマンは一瞬を撮るために「どこにいればいいか」を予測します。予測はこうあってほしいという期待とは違って、起こり得る事態を冷静に見通すことです。孫悟空とお釈迦様の手のひらのイメージで、絶対に越えてはいけない結界だけは決めておいて、その手のひらの中はできるだけ広く取っておく。あとは、その範囲の中で自由に泳がせるような感覚ですね。
―予測しておくと、心に余裕ができるのですね。
田部さん:そうですね。小学校入学のときは、先輩ママから公立校の現状を聞き、「いじめなどでつらい思いをするかもしれない」と予測して、劇団や美術教室というサードプレイスを意図的につくりました。実際、弟は学級崩壊のクラスで理不尽な思いをしたこともありましたが、サードプレイスが助けになってくれました。
受験では、どちらかだけが合格する場合も想定し、声のかけ方を何度もシミュレーションしました。それでも、さすがに当日はハラハラしたものですが(笑)
「寄り」と「引き」 視点を切り替える

―「寄り」と「引き」は カメラマンならではの視点ですね。寄りすぎると欠点ばかり見えてしまうと。
田部さん:カメラマンは、被写体にぐっと寄って細部を捉える「寄り」と、背景ごと広く写し込む「引き」とを行き来しながら、ひとつのストーリーをつくります。ひとつのものを立体的に描写をしたい場合は、寄りと引きを混ぜて被写体の魅力を引き出します。子育てもまったく同じで、寄りすぎると小さな欠点ばかりに目が行ってしまい、子どもにも自分にも負荷がかかる。でも、一歩引いて、山の頂上から全体を俯瞰するようなイメージを持つと、不思議と心がすっと軽くなるんです。
― その場で「寄りすぎている」と気づくのは、なかなか難しそうですね。
田部さん:だからこそ、自分の中にキーワードとして「寄り」と「引き」を置いておくと、「あ、今寄ってるな」と気づける瞬間が増えるんです。
それでも感情が前に出そうなときは、「よその子メガネ」をかけます。自分の子だと「何で宿題やらないの!」と怒ってしまうかも知れませんが、よその子だったら「今日はちょっと疲れてるのかな」くらいで済ませられませんか?視点を少し外側にずらすだけで、見えるものが一気に変わるんですよね。
ピントはいいところに合わせる

― 「寄り」「引き」ができると、どこにピントを合わせるかが見えてくるのでしょうか。
田部さん:まさにそうです。写真ではピントが合った場所が主役になる。
以前の私は、字の雑さ、持ち物管理、電気の消し忘れなど、できていないところばかりにピントが合っていました。怒る→直らない→また怒るの悪循環でした。
― ピントを変えてみて、どうでしたか。
田部さん:家の空気が明るくなりました。できなかったことが急にできるようになったわけではありません。でも、言っても言わなくても変わらないなら、言わないほうがお互いにとっていい。親が重要だと思っていても、子どもはそう思っていないことも多いんです。必要になれば、自分でやるようになります。
写真は育児のお守り
― 最後に、読者へのメッセージをお願いします。
田部さん:よかったら今日から写真を一枚撮ってみてください。泣いているときでも、わがままの最中でも、レンズを通すだけで親は少し客観的になれます。撮った写真は家の中に飾ってください。親のまなざしが可視化され、子どもに安心感が伝わります。今日の一枚が、きっと明日以降の自分自身の味方になってくれるはずです。
田部さんの子育てレンズ<7つの視点>
①「ありのまま」見れているか?
②「楽しむ」のじゃなくて「おもしろがる」
③「褒める」ではなく「感動を伝える」
④育児の本質が見えた「観察」という目
⑤「期待」しないで「予測」する
⑥「寄り」と「引き」で見る
⑦ピントを合わせるのは「いいところ」
お話を聞いたのは
青山学院大学文学部英米文学科卒業後、IT企業勤務を経て広告カメラマンに師事し、2002年に独立。双子の妊娠を機に育児に専念しながら、ママ向け写真講座を開始し人気講師として活動を広げる。子どもの小学校入学後は指導業を本格化し、カメラ教室の主任コーチとしてカリキュラム開発にも携わる。2018年にクックパッド株式会社で料理写真や講座を担当し、2023年に再度独立。現在は企業・個人向け撮影や指導、幼稚園・保育園での撮影にも従事している。
「ザ・ふつうの子」だった双子が、そろって京都大学に合格。その過程で親が大切にしたのは、特別な教育法ではなく「目の前の子どもをよく見ること」でした。
子育てに不安だらけだった著者が、カメラマンとして身につけた「見る力」を頼りに、親として歩んできた18年。幼いころにどんな環境を選び、中学受験の時期をどう寄り添って乗り越えたのか。子どもたちが自分から机に向かうようになった背景には、どんな日々の関わりがあったのか。
「ふつうの子」をそのまま大切に育てたいと願う親御さんが、迷ったときのヒントを届ける一冊です。
取材・文/黒澤真紀