癇癪を起こしがちな翔太郎くんの事例。家事を通じて安心感を育てた方法は? 【発達障害のある子どもがいきいき育つ「お手伝い療育」のすすめ】 

この連載では、発達障害のある子どもの療育に長年携わってこられた言語聴覚士・社会福祉士の原 哲也先生が、お手伝いを通じて行う療育について紹介します。今回は、癇癪を起こしがちの翔太郎くんの事例をもとに、最後まであきらめずにチャレンジできる関わり方を学びます。

癇癪を起こしがちな翔太郎くん(仮名・1年生)のケース

祐子さんには翔太郎くんという支援級に通う、小学1年生の一人息子がいます。翔太郎くんは学校から帰ると「疲れた~」「無理~」といい、すぐゲームを始めます。

落ち着きがなく、日常のさまざまな場面で少しでも失敗すると「うわ~、だめだ~」と癇癪を起してしまい、最後までやりきることができません。

祐子さんは、少しは我慢して最後まで頑張れるようになってほしいと思っています。何とかしなくちゃと考えるうちに、祐子さんはパートと家事で忙しくて、そもそも翔太郎くんとほとんど遊ぶことがないことに気づきました。そこで、週末だけでも翔太郎くんと一緒に遊んでみることにしました。

祐子さんの挑戦その1|一緒に工作をする

翔太郎くんは段ボールで拳銃を作るのが大好きです。そこで、祐子さんは、翔太郎くんと一緒に工作をしようと考えました。

祐子さんが翔太郎くんの側に座ると、怪訝そうな顔をしましたがすぐに拳銃を作り始めました。祐子さんも工作が大好きなので、つい「翔ちゃん、ここ、長くしたら」と言ってしまいました。

「いいの!」翔太郎くんは耳を貸そうとしません。やがて翔太郎くんは持ち手をセロハンテープでグルグル巻きにしようとして、セロハンテープをビャーッと引っ張り出しました。

「そんな使い方しないで!」祐子さんは思わず、声をあげてしまいました。「うるさいよ、ママあっちに行って!」
最後は翔太郎くんに拒否されてしまいました。

裕子さんの挑戦その2|一緒に家事をする

子どもと遊ぶのも難しいなあと思った祐子さんは、「そもそも翔太郎が楽しそうなのってどんなときだっけ?」と考えるうちに2人で風呂掃除をしたときのことを思い出しました。そのときは水をかけあって笑い合い、久しぶりに翔太郎くんが祐子さんに笑顔を見せたのでした。

また、カレーを作っている祐子さんに翔太郎くんが「カレーってどうやって作るの?」と聞いてきたことも思い出しました。

風呂掃除かカレー作りか? どちらがいいか選ばせる

次の日、祐子さんはゲームをしている翔太郎くんに声をかけました。
「ねえ、お風呂掃除かカレーを作るか、どっちか手伝ってくれない?」
祐子さんは「無理」とか「ゲームやっているから嫌」と言うかな、と思っていたのですが、翔太郎くんは意外にも「カレー作るの今すぐ? もう少ししたらこのゲーム終わるからそれからならできるよ」と答えたのです。

祐子さんはびっくりしましたが素知らぬ顔で「じゃあゲームが終わったらお願いね」と翔太郎くんに言いました。

カレー作りのお手伝いに挑戦

「ウチのカレーはね、とにかくたくさん炒め玉ねぎを入れるの。」祐子さんは皮をむいた5個の玉ねぎを指さしました。

「まずこの玉ねぎを切るよ。」と言うと祐子さんは、翔太郎くんに幼児用包丁を渡しました。
「どっ、どうやって切るの? ボク、わからないよ。」
「怖いかな? 左手でここを押さえて、包丁はこう…」と裕子さんは翔太郎くんの手に自分の手を添えながら切り方を教えました。翔太郎くんは最初は祐子さんと一緒に、途中からは自分ひとりで、ゆっくりゆっくり玉ねぎを切りました。

玉ねぎを炒めるとき翔太郎くんは最初は「目が痛い~無理~」と言っていましたが、それでも玉ねぎが焦げないように一生懸命手を動かして玉ねぎが飴色になるまで頑張りました。

玉ねぎが飴色になったら肉と野菜も入れて炒め、水を入れて煮込んで最後にルーを入れます。

「じゃあルーを入れてね」「やだよ、はねたら熱いでしょ? 怖いよ」「そう? ちょっと見てて」
祐子さんはルーを水面すれすれまで持っていきそっと手を放しました。

「ね? 大丈夫でしょう?」「もう一回見せて」
祐子さんがもう1個入れて見せると翔太郎くんは納得したらしく、3個めからは自分でルーを入れました。

無事にできあがったカレーは、お父さんが帰るのを待って家族3人で食べました。お父さんに「このカレーすごくおいしいぞ」と言われて翔太郎くんはうれしそうです。

祐子さんは、翔太郎くんが途中で放り出さずに最後まで頑張ったことがうれしく、また、今日は本当に久しぶりに翔太郎くんとのつながりを感じたなあとしみじみ思いました。

原先生の解説

アタッチメントと「安心感」や「踏ん張る力」の関係

子どもは、恐怖や「できるかな」「どうなるんだろう」という不安などのネガティブな感情が起きると、親のところに来て親にくっつこうとします。

このように、恐怖や不安などのネガティブな感情が起きたときに、肉体的、心理的に、誰か特定の人にくっつきたい、近くにいたいと思って行う行動をアタッチメントと言います。

このようなときは、子どもの恐怖や不安の気持ちを否定せずに「寄り添う」こと、そして子どもが感情の乱れから立ち直れるように助けることが大事です。

子どもは恐怖や不安の気持ちを否定されず受け止めてもらうことで、保護者を「安全な避難所」=安全基地と感じるようになります。そして、子どもは安全基地を得て初めてそこから旅だって冒険したり、困難に直面したりしても「踏ん張る」ことができるようになります。安定的なアタッチメントの成立は、子どもの心の中に安全基地を作り、冒険や困難な場面で踏ん張る力を養うのです。

失敗しないように先回りをするのは余計なこと

これは大人が先回りして子どもが嫌な思いをしないようにすることとは全く違います。子どもに恐怖や不安などの危機がないときは、子どもの行動や活動を背後から温かく見守るだけで十分ですし、むしろそれ以上に関わることは「余計」ですらあります。

先ほどの例でいえば、段ボールで拳銃を作る場面では祐子さんは見守るだけでいいのに、口を出して翔太郎くんに拒否されています。

一方、カレー作りのときにはいくつものアタッチメントが成立しています。慣れない包丁で切る、熱そうな鍋にカレールーを投じる、これらの場面で翔太郎くんが感じている恐怖や不安に対して祐子さんは、「怖くないわよ」「大丈夫よ頑張って」ではなく、翔太郎くんの怖さや不安をしっかりと受け止め、手を添える、やってみせるという行動をとりました

そのことによって翔太郎くんは安心することができ、それゆえにその後、「一人で切る」「一人でルーを入れる」というチャレンジができ、その結果、落ち着きがない、集中できない翔太郎くんが最後までカレー作りができたのです。

お手伝いとアタッチメントの形成

子どもと関わりたい、子どもに安心感を持ってほしい、チャレンジする子、頑張れる子になってほしいと願う保護者は多いです。

そのような保護者に向けての私の「イチオシ」が「一緒に家事をする」ことです。子どもとの関係の改善、子どもの成長の基本は、アタッチメントの形成です。その点、今回の例を見てもわかるように、家事はアタッチメントを形成するのに最適です。

家事においては子どもは非常に自然に大人の関わりを受け入れ、その結果、アタッチメントが作られることがとても多いからです。

お手伝いに誘うポイント

子どもをお手伝いに誘うには押さえてほしいポイントがあります。まず重要なポイントは「子どもがやりたいお手伝い」であることです。

特に最初は①「子どもの興味を示すこと」を見つけ、それを②「一緒にやってみる」ことが大事です。お手伝いの経験はやがて責任感や自分で段取りをする力へつながっていきますが、それはまだまだ先のことです。

まず、最初は子どもがやりたがるお手伝いをやってもらう。そして大人が一緒にやりながら手助けして子どもに家事を達成させる、そして「やったね、ありがとう、助かったよ」とねぎらうことが大事です。

さあ、皆さん、考えてみてください。お子さんが興味を持ちそうな家事、好きそうな家事は何でしょう。
それを一緒にやるにはどんな風に声をかけ、どんな準備をしたらいいでしょうか。

さまざまな効用があるお手伝いの力

家事のお手伝いをぜひ、と言うと、お手伝いでは何も変わらないとか、どうせやらないなどいろいろな反応が帰ってきます。

しかしお手伝いにはアタッチメントの形成だけでなく、本当にさまざまな「効用」があります。そして、家事のお手伝いをしてもらうときに押さえておきたいポイントというのもさまざまにあるのです。

工夫をしながら、ぜひ、家事のお手伝いをしてもらってください。親子双方に得るものがあると思います。

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この記事を書いたのは…

原 哲也 言語聴覚士・社会福祉士

一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業、国立身体障害者リハビリテーション学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダのブリティッシュコロンビア州の障害者グループホーム、東京都文京区の障害者施設職員、長野県の信濃医療福祉センター・リハビリテーション部での勤務の後、『発達障害のある子の家族を幸せにする』ことを志に、一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPANを長野県諏訪市に創設。発達障害のある子のプライベートレッスンやワークショップ、保育士や教諭を対象にした講座を運営している。著書に『発達障害のある子と家族が幸せになる方法』(学苑社)、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)がある。

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