【言語聴覚士 原先生が伝える世界のインクルーシブ教育】入学直前のいま、就学先のあり方を考える。すべての子がともに学べる場が理想。日本では?

発達障害のある子どもの療育に長年携わってこられた言語聴覚士・社会福祉士の原 哲也先生が、世界のインクルーシブ教育についてご紹介します。今回は、インクルーシブ教育の基本知識と、日本の現状についてです。

就学先を決定しても、不安は尽きないもの

この春、お子さんが小学校に入学する保護者の方の中には、入学を目前にドキドキしている方もたくさんおられることでしょう。

特に、発達に不安を抱えるお子さんをお持ちの方は、就学先が決まるまでに、就学相談の先生方との協議、支援学校や特別支援学級や通級教室などの見学を重ね、あれこれと考え悩んだ末、最後はえいっと決断されたのだろうと思います。

でもそれでも今、
「通常学級でやっていけるのだろうか?」
「ちゃんと授業が聞けるかな?」
「友だちができるかな? 休み時間にひとりぼっちにならないかな?」
と心配は尽きず、不安な気持ちでおられる方もいるのではないでしょうか。

※写真はイメージです

障害のある子どもの学ぶ環境。通常学級と離れた場所がメインに

ところで、日本で障害のある子どもの学ぶ環境としては、以下の3つの選択肢があります。

①通常学級
②通級指導教室や特別支援学級に在籍し、状況に応じて通常学級で学ぶ
③特別支援学校

いずれの場合も、学校が、保護者や関係機関と連携しながら校内体制を整え、支援計画をたてて教育を行います。

就学先は、本人・保護者の意見を可能な限り尊重し、教育的ニーズと必要な支援について合意することを原則とし、障害の種類だけでなく支援の内容、教育学等の見地からの専門的意見などを総合的に評価して、市町村教育委員会が決定することとなっています。

参照:文部科学省(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1422234.htm

日本型インクルーシブ教育システム。特性や障害のある児童は、切り離された場で学ぶことが多い

すべての子どもが、皆同じ場所で学ぶことは、子どもの当然の権利であり、文部科学省も通常学級で学ぶことを奨励しています

しかし、現実には必ずしもそうではありません。通常学級が良いけれど今の学校制度や通常学級の現状を考えると特別支援学級や特別支援学校を選ばざるを得ない、逆に、特別支援学級を希望したが通常学級に進まざるを得なかった、という場合も多々あるのです。

「インクルーシブ教育」について理解を深めるクイズ

ここで「インクルーシブ教育」についてみなさんに質問です。次の文章は「〇」でしょうか「×」でしょうか。

Q1:インクルーシブ教育は「障害がある子どもに対する教育」のことを言う。

答えは「×」です。

「インクルーシブ教育」の対象は障害がある子どもだけではありません。社会には、性的マイノリティであったり、外国にルーツがある、ヤングケアラーなど多様な教育上のニーズを持つ子どもがいます。

「インクルーシブ教育」は、「障害がある子ども」だけでなく、これらの多様な教育上のニーズを持つ子どもを含む「すべての」子どもの教育を保障することをめざしています

では第2問。

Q2:「インクルーシブ教育」で多様な教育上のニーズを持つ子どもをすべて通常学級で教育することができる。

答えは、残念ながら現状では「×」です。

日本には、学校で何をどんな風に教えるかについて「学習指導要領」という「枠」があります。この「枠ありき」のシステムをそのままにして、そこで多様なニーズを持つ子どもを教育するのは確かに無理でしょう。

しかし「インクルーシブ教育」は、今のシステムはそのままで多様な子どもを通常学級に入れるのではなく「教育システムの方を変える」ことを考えます。

子どもの多様なニーズに合わせて教育システムを変えることで、すべての子どもが同じ場所で学べるようにしていく。それが「インクルーシブ教育」の本質的な考え方です。そうすればすべての子どもが通常学級で学ぶことは可能なのです。

インクルーシブな社会をつくるには、教育がインクルーシブであることが必要

「inclusive(インクルーシブ)」とは、日本語で「包括的な」「包み込む」という意味です。ですから「インクルーシブ社会」はすべての人を包みこむ社会、インクルーシブ教育はすべての人を包みこむ教育を意味します。

障害のある人もない人も、男性も女性も、性的マイノリティの方も、ありとあらゆるすべての人が自分らしくともに生きられる社会。そのようなインクルーシブな社会を作るには、まず、学校がインクルーシブであることが必要です。

障害があってもなくても、多様なバックグラウンドがあってもなくても、同じ場所ですべての子どもがともに学びながら個々の自立と集団への参加をめざし、ともに育つこと、それがインクルーシブ教育の目的です。そしてインクルーシブな学校で育った子どもたちはやがて自然にインクルーシブな社会を築けるようになると私は思います。

インクルーシブ教育に関する世界の方針は?

さて、ここで、インクルーシブ教育に関する世界の方針を確認しておきましょう。

1994年ユネスコの『サマランカ宣言』

1994年6月、ユネスコ(国連教育科学文化機関)とスペイン政府は「インクルーシブ教育」に関する『サラマンカ宣言』を採択しました。

サラマンカ宣言

① インクルーシブ教育は障害のある子どもだけでなく、すべての子どもを対象とする
② すべての子どもの学びの場所は通常の学校である
③ 子どもを教育システムに合わせるのではなく、教育システムを子どもの多様性に合わせることで多様なニーズに対応する

この宣言から考えて、日本はどうでしょうか。日本の場合、「インクルーシブ教育」で想定されているのは「障害のある子ども」であり、他の教育的ニーズのある子どものことは考慮されていません。

子どもの多様な「教育ニーズ」が先にあり、それは充たされなければならないという意識が日本ではまだ薄いのは確かです。

また、障害のある子の教育についても、通常学級とは分離された形で特別支援学校、特別支援学級があり、通常学級で「ともに学ぶ」ことは決してスタンダードにはなっていません。しかも、特別支援学級在籍児童数の増加にみるように通常学級から分離された形での教育という傾向は強まっています。

国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」

サラマンカ宣言から12年後の2006年12月、国連総会で「障害者の権利に関する条約」が採択され、より具体的なインクルーシブ教育システムが提言されました。

この条約では、多様性を尊重し、障害がある者が一般的な教育制度から排除されることなくともに学ぶこと、個人に必要な「合理的配慮」を受けられるようにすることなどを定めました。

同条約は2008年5月に発効し、世界各国は相次いでこれを批准。インクルーシブ教育と合理的配慮の実現を国際的に約束しました。2025年時点で、締約国は193カ国、日本は2014年1月20日に、世界で141番目に同条約を批准しました。

次回から、海外のインクルーシブ教育の現状についてお届けします

同条約の批准後、各国はそれぞれインクルーシブ教育の実現に取り組んできました。私はその現状を知るために、2024年、2025年と2度にわたってベルギー、デンマーク、イタリアを訪れました。

短い滞在でしたが、教育現場や発達障害のある人たちが働く現場を見学させていただき、これらの国のインクルーシブ教育や社会の一端を知ることができました。

そして、振り返って日本の教育現場や社会のあり方を見つめたとき、複雑な思いを抱きました。今の日本の特殊教育の「現状」を思うと、すべての子どもが通常学級でともに学ぶインクルーシブ教育の光景など、想像だにできないというのが正直なところです。

もちろん私が訪れた国も楽々とインクルーシブ教育を実現したわけではありません。さまざまな問題を抱えながらも、インクルーシブ教育実現に向けて取り組みを続け、今、それが少しずつ実をむすびつつある、そういう姿に触れて私は大いに刺激を受けました。

今後しばらくの間、少し、ゆっくりのペースでの配信になるとは思いますが、私がヨーロッパで見聞きし、感じたことをお話ししていきたいと思います。

この記事を書いたのは…

原 哲也 言語聴覚士・社会福祉士

一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業、国立身体障害者リハビリテーション学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダのブリティッシュコロンビア州の障害者グループホーム、東京都文京区の障害者施設職員、長野県の信濃医療福祉センター・リハビリテーション部での勤務の後、『発達障害のある子の家族を幸せにする』ことを志に、一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPANを長野県諏訪市に創設。発達障害のある子のプライベートレッスンやワークショップ、保育士や教諭を対象にした講座を運営している。著書に『発達障害のある子と家族が幸せになる方法』(学苑社)、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)がある。

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