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特別支援学校と普通級の違いに、親が受けたカルチャーショック

私には、重度知的障害を伴う自閉症の息子と、そのきょうだい児にあたる娘がいます。
息子は特別支援学校に通う小学5年生。
そして娘は普通級に通う小学1年生です。
昨年の春、娘が小学校に入学しましたが、二人目育児とはいえ、娘の小学校入学は、私にとってカルチャーショックの連続でした。
一人目が特別支援学校に通っていた私にとっては、地元の小学校の普通級は未知の世界。
特別支援学校という手厚い環境に4年間もズブズブだったので、「普通級はこんな風にはいかないだろうな」とは思っていましたが、やはりギャップが大きかったのです。
特に最初に戸惑ったのは、学校生活における情報共有の少なさでした。
特別支援学校に通う息子の場合は、毎日連絡帳で先生から事細かに学校での様子が共有されていました。
特別支援学校の連絡帳は、まるで先生と親との交換日記のようで、先生は毎日その日の子どもの様子をびっしり書いてくれましたし、特別な持ち物や不規則な下校時間などがあれば、逐一書いてくれました。
もちろん、おたよりでも事前にお知らせはありましたが、忘れないように連絡帳にも書いてくれていたのです。
そのため、何か見逃してしまっても大丈夫、という安心感がありました。
一クラスの人数が少ない特別支援学校では、連絡帳以外でも何かあればすぐに先生が電話をくれて、親も先生も「チームの一員」という雰囲気があり、とても距離感が近く感じていたのです。
しかし、普通級は全然違いました。
保育園時代は娘の場合も、毎日の送迎の際に先生からその日の様子を聞けましたし、毎日親が送迎しているので、先生の口からも掲示物などからも、情報を得ることは多かったです。
しかし、小学校に上がると、親が先生と接する機会はほぼなくなりました。
連絡帳はありますが、普通級でいう連絡帳は、特別支援学校の連絡帳とは全く別物です。
毎日小学1年生の娘がつたないひらがなで、次の日の時間割や持ち物、宿題を書きますが、先生からはスタンプ一個のみ。
その上、何の説明もなく集金袋をもらってきたりするので、配信アプリやおたよりが頼みの綱でした。
息子の特別支援学校に慣れていた私からすると、学校からの情報が少なすぎて、困惑したものです。
これが世の中の普通なのだと思いましたが、普通級は、目に見えない親の負担が大きいと痛感しました。
実は大変だった、普通級に通う娘へのフォロー

いくら小学生になったとはいえ、1年生はちょっと前まで保育園児、幼稚園児だった子どもたちです。
それが小学1年生となると、持ち物管理、人間関係、学校のルールなど、自分で考えて判断して行動することが一気に求められるようになります。
そのため、特別支援学校に通う障害がある息子以上に、普通級に通う娘に対しての家庭での声かけやフォローが必要でした。
まず、日常的な学校の先生とのやりとりがないので、なんでも子どもの話が頼りになります。
しかし、そこはまだ1年生。
学校で何があったかを聞いても、持ち物のことを聞いても、半分くらい事実ではないようなことも混じっていたり、要領を得なかったりすることも多々あるので、都度確認が必要でした。
確認と言っても、今の時代、学校からのおたより以外にも配信アプリや子ども用タブレットへのメッセージなど、あちこちに重要な情報がちらばっているので、慣れるまでは神経を使います。
同級生のお母さんたちと連絡先を交換していたので、お互いに「この件ってどこに書いてあった?」「明日の持ち物って…」と確認しあえたのが助かりました。
障害がある息子に比べて、娘はなんでも覚えが早くてトラブルもなく、これまで育児で困ることもあまりなかったのですが、ここにきて、「支援がない健常児育児ならではの困りごと」に直面しました。
正直、幼児期は障害がある息子の方がフォローが大変でしたが、小学校入学以降は、学校の支援体制の差から、娘へのフォローの方が気を遣う気がします。
小1でも「女子」、人間関係と男女意識が一気に変わる
娘の周りの人間関係も、保育園時代とは変わりました。
保育園時代は男の子も女の子も「みんな仲良し」という雰囲気でしたが、この一年間の間に徐々に女の子同士のグループ化が進み、人間関係が複雑化。
同じクラスでも、距離感や立ち位置が一人一人違うようで、娘自身もうまく理由を説明できないけれど、「あの子とはグループが違うからクラスでは一緒に遊べない」と言うようになったり…。
他にも、誰かを仲間外れにしようとする子が出てきたり、女の子の世界特有の、ジメジメした雰囲気の片鱗を感じる話を聞くようになりました。
男女の区別も意識するようになり、少し前まで男の子とも一緒に遊んだり帰ったりしていたのに、急に「異性」として意識し始めたように思います。
「好きな男の子」の話をしだしたり、外でクラスメイトと会っても、男子だと恥ずかしがって声をかけなくなりました。
そして、保育園時代とは違い、学校からの登下校を子どもたちだけでするようになったことで、帰宅途中のトラブルも起きるようになりました。
学校帰りにそのまま友だちの家に寄ってしまったり、公園で遊びながら帰ってきて、帰宅時間が大幅に遅れ、心配して探しに行ったこともあります。
もちろんそういう「ルール違反」はきちんと叱るのですが、小学生になって、「大人が知らない子どもの世界」が急に拡大したというのでしょうか。
幼児期は完全に把握できていた子どもの世界が、少しずつわからない部分が増えたと感じます。
自立の一歩ではあるのでしょうが、まだ親の監視下におかなければいけない部分も多く、どこまで干渉したらいいのか悩みながらの毎日です。
娘と向き合うために決めた4つのルール
そんな中、親としては次のようなことを意識して、娘と向き合うようにしています。
・話は最後まで聞く
・「こうすべき」と断定はせず、一緒に解決策を考えながら感情を整理する手助けをする
・なんでも話してもらいやすい親子関係を作る
・「まだ小さいから」と軽く扱わない
娘にも、「もう小学生だから」というプライドがあるように感じます。
とはいえ、まだ子どもだけでは解決できない問題は多いですし、トラブルや困りごとには早めに対処できるよう、何でも相談してもらえる親子関係を作っていきたいと思っています。
学童という放課後の居場所
娘が小学生になり、放課後の過ごし方でもいろいろと戸惑うことがありました。
障害がある息子は、放課後は「放課後等デイサービス」に通っています。
放課後等デイサービスは、児童福祉法に基づく通所支援事業の一つで、障害や、発達に課題がある小学生以上の子どもの放課後や休日の居場所になっているところです。
息子は、学校が終わると送迎車が学校に迎えにきてそのまま放課後等デイサービスに行き、手厚い人員配置の中、支援計画に基づいた療育プログラムなどを行いながら、夕方までの時間を過ごします。
そして時間になると、送迎車で家の前まで送迎。
放課後等デイサービスも学校と同じく連絡帳があり、その日の様子などが細かく書かれていますし、送迎の際にもスタッフの方からデイでの様子や気になることなど伝えてもらえます。
対して娘は、放課後は学校内にある学童(キッズクラブ、児童クラブ)に行っています。
学童は、共働き家庭など、放課後親が留守にしている家庭の子どもが夕方までの時間を過ごしていますが、私の中ではなんとなく、保育園の延長のような気持ちでいました。
もしくは、障害がある息子が通う放課後等デイサービスの定型発達の子版、みたいなイメージでいたのです。
しかし、初日からそのイメージは崩されました。
学童は入学式前の4月1日から使えるのですが、初日、娘を学童に迎えに行くと、スタッフの方からはその日の様子などについて、何の報告もなかったのです。
当たり前といえば当たり前なのかと思いますが、これまで、保育園でも放課後等デイサービスでも、お迎えに行くと必ず何か「今日はこんなことをしました」というお話があるのが普通だったので、私の中では衝撃でした。
しかし、考えてみれば当然です。
学童は保育園や放課後等デイサービスのように、先生が子どもたちの行動を逐一しっかり見ているわけではありません。
もっと自由度が高くて、宿題をする子もいれば、遊ぶ子もいるし、おやつの時間はあるけれど、基本的にカリキュラムのようなものはないのです。
その子が何をしていたか、事細かに報告する感じでもないのでしょう。
だから、何があったか、どんなことをしたかはすべて子どもの報告頼りです。
最初はその感じになかなか慣れませんでした。
帰宅時間についても悩みの種になりました。
保育園と違って小学校は、子どもによって家庭環境が大きく違います。
学校が終わったらまっすぐ帰る子もいれば、学童に行く子もいるし、学童も3時ころに帰って習いごとなどに行く子もいれば、5時までいる子もいるし、6時すぎまでいる子もいます。
保育園時代は、みんな帰る時間がおおまかには一緒だったので、5時くらいになるとなんとなく「帰るムード」になるし、帰宅時間は親が完全に主導できました。
しかし、小学生になってからは、仲が良い子が学童無しで帰る子だと、「学童行きたくない」と言いますし、学童に行っても早帰りする子がいると、「〇〇ちゃんと一緒に帰る」と言って聞きません。
帰宅時間を巡って娘と言い合いになることもしばしばで、あまり強引に学童に行かせようとして学童自体を拒否されても困るので、難しい攻防が始まりました。
安心で快適な保育園生活とは違い、学童は「預ければ安心」ではなく、親の調整力が求められる場所だなと思っています。
きょうだい児の入学で、親が意識したいこと

娘が小学校に入学して約1年。
障害がある息子ときょうだい児の娘、小学校入学に際しての困りごとはどちらもいろいろありましたが、両者では困りごとの「質」が違うと思います。
娘は身辺の自立や学習面での困りごとはありませんでしたが、そうはいってもまだ1年生。
一見何も問題ないように見える子でも、だからこそ周囲に気づかれにくく、助けを求めにくいこともあるため、親のきめ細かいフォローが必要なのです。
そして、普通級は学校側からの特別な支援がないとわかってはいたけれど、特別支援学校を経験している身としては、思った以上に何もなく、子どもに任されていることも痛感しました。
学校の先生と話すタイミングとして面談もありましたが、面談時間も、特別支援学校の息子の面談50分に対して、普通級の娘の面談は10分で終わります。
話すことがそんなにないというのもありますが、おそらくそこまで先生が子どもの様子を把握しきれていないのだろうというのも感じました。
特別支援学校だと、先生の方から相談、提案の電話がくることが多いですが、同じ温度感で普通級の先生が対応できるはずもありません。
受け持っている子どもの人数が違うので、無理は言えません。
ただ、普通級の先生も、ちゃんと親から相談したり聞いたりすれば応えてくれるというのもわかりました。
どんな子でも、1年生のうちは親がしっかり子どもの状況を把握し、適宜先生に相談していくことが大事だと思います。
私も二人の子どもの入学を経験して、親としての視野が広がった実感があります。
これからも、それぞれの環境に寄り添いながら、親として見守っていきたいと思います。
べっこうあめさんの息子さんが特別支援学校を選ぶまでの記事はこちら
教えてくれたのは
知的障害を伴う自閉症の息子ときょうだい児の娘を育てながら、電子書籍作家としても活動する。出版した電子書籍は障害児育児をテーマにしており、Amazonランキング1位を獲得するなど、障害児や発達に特性がある子を育てる多くの家族に読まれている。「ママがしんどくて無理をして、子どもが幸せになれるわけがない」という信念のもと、「障害がある子ども」ではなく「障害児のママ」に軸足をおいた発信を、Xやnoteなど各種SNSで続けている。
イラスト/べっこうあめアマミ
