「自分のお金だけ増やしたい」と思ったら人生がお金中心になってしまう
――田内さんの著書『きみのお金は誰のため』は、お金をどう扱うかを、社会のしくみの中でわかりやすく考えていくような本です。ほかにはない視点ですね。主人公の中2の佐久間優斗はひょんなことからアメリカ投資銀行に勤める若い女性・久能七海と出会います。そして一緒にお金の専門家である「ボス」の家に通い、「社会から見たお金」についてレクチャーを受けることになる。それがとてもユニークなレクチャーで……。
田内:そうですね。世の中の「お金の本」の多くは節約だとか投資だとかの方法を説明するもので、自分のお金を増やすことに終始してしまいがちです。そうじゃなくて、経済のしくみ、社会の中のお金について知ってほしいのですが、今度はそうなると小難しい経済専門書のような本が多く、なんだか自分とはかけ離れた人ごとのような気がしてしまいます。
この本では、「社会の中でのお金」を自分ごととして引き寄せて考えることを主眼にしています。お金は社会の中で生きていくための道具、でも近視眼的に「自分のお金さえ増えればいい」と考えると、世の中はどんどん不健全な方向に行ってしまいます。自分個人もお金に鎖のように縛られて、人生の選択がお金中心になってしまうこともよくあります。
これから社会を担っていく若い世代には、社会とお金と自分の関係をしっかり見極め、お金だけに左右されない人生を自分で選択していてほしい。そういう思いもあって、中高生向けにわかりやすく書いています。
親子で一緒に、「お金と社会」について考えてほしい
田内:でも、知識としてこの本の内容を知ったとしても、家の環境が「お金に縛られている環境」だったら、子どもは行動や考え方を変えることができません。だから、子どもを持つ保護者のみなさんにもぜひ読んでいただいて、親子で「お金と社会」について考えていただきたいなと思っています。
保護者にわかっていただければ小さなお子さんにも主旨が伝えられるので、家庭全体で、お金だけに左右されない人生の決断ができるんじゃないかと思うんです。
お金でなんでも解決できるは間違っている!?
――では、さっそく説明していただければと思います。この本で「3つのお金の謎を解き明かそう」と書かれているんですけれど、その謎がまた「えっ!?」と思うような内容ですね。
著書の中で示された謎は
「お金自体には価値がない」
「お金で解決できる問題はない」
「みんなでお金を貯めても意味がない」
ですね。まず「お金には価値がない」は、腑に落ちる方は少ないのではないでしょうか。みんなお金に価値があると思うから一生懸命働いて給料を得たりするわけですよね?
田内:お金それ自体には価値がないです。お金は紙切れでしかないですよね。重要なのはその紙切れを渡すと、働いてくれる人がいるということです。つまりお金自体に価値があるわけではなく、価値があるのは働いてくれる人の存在です。
――たしかに……。働いているからお金を得ることができる。世の中は働いている人が価値を作り出しているのですね。
田内:そうです。だから問題を解決しているのも「働いている人」なんです。家にパンがないからパンを買うとしますね。「お金で買えばいいじゃん」って思うかもしれないけれど、まずパンを買えるのはパンを販売する人がいるからです。
でもパンを作る人がいなければパンは売れません。パンを作るには小麦が必要で、小麦を育てる人がいて収穫する人がいる、それをパン工場に運ぶ人がいて、パン工場で働く人がパンを作る。工場の機械を作る人や工場を建てる人も必要です。1個のパンを買えるのは、そのパンを形にするためにいろんな人が働いているからです。
逆にいえば、働く人がいなければパンは買えないんです。少子化で働く人が減るとこれまで1時間に200個パンを作れていたのが100個しか作れなくなるかもしれません。生産量が減れば、100円で買えたパンは200円になって、お金が足りない人が出てくるでしょう。もっと働く人が減ればパン工場が稼働しなくなることもあります。そうなると、いくらお金があっても買えないんです。
だから「おなかがすいた」という問題はお金が解決してくれるのではなくて、食べ物を作っている人が解決しているんですね。
――それはよくわかりました。でも、いつ物が買えなくなるかわからなくなったり、自分が働けなくなったりするから将来のためにお金を貯めるんじゃないですか? 3つめの謎の「みんなでお金を貯めても意味がない」とは?
田内:個人としては働いてその分のお金を貯めれば、誰かが作ったものを買いたいときに買えます。お金をたくさん持っていれば、働かなくても生活していけるという思いがあるかもしれません。
これは、老後に備えてお金を貯めておく話にもつながります。数年前に話題になった老後資金2000万円問題。少子化が進んだせいで十分な年金が受け取れない、豊かな老後生活を送るには2000万円不足する、という話です。
ところが、みんなでお金を貯めても問題は解決しません。根本的な問題は、みんなが高齢になったときに働ける若い人が少なくなってしまうところにあります。さきほどの例のように、生産されるパンが減れば、欲しい人全員に行き渡りません。パンの価格が高くなって、誰かは我慢しないといけなくなります。
みんなでお金を貯めておくだけでは、全体としては将来の備えにはならないのです。根本的な解決は、少人数で小麦を作ったり材料を運べたりできるように「生産性」を高めておくことや、少子化問題自体を解決することです。
経済はイス取りゲーム?
田内:このまま少子化で働く人の割合が減れば、安心して暮らせる人の数は減ります。イス取りゲームってあるじゃないですか。座れるイスの数が減っていくっていうことです。
働く人が減る中でパン屋さんを無理くり増やして、パンを十分作れるようにしたら、今度は別の仕事をする人が減ります。たとえば介護職の人が減ったら高齢者が困る。そして、働く人が少なくなってきたら誰かがイスからはじき飛ばされるんです。
イスに座れるのは、より多くのお金を持っている人だけ。以前は老後に2000万円必要だと言われていましたが、最近では単身者で3000万円、夫婦で5000万円と言われていて、その額が増えています。競争社会、ですよね。
会社に通っていれば安泰…なわけじゃない
――なんだか恐ろしくなってきました。この日本はどうなってしまうのでしょう。イス取りゲームに勝てる方法はあるんでしょうか?
田内:うーん……。僕のことを例に出しますね。
僕の本に出てくる優斗の家はトンカツ屋ですが、僕の家はそば屋だったんです。父親は中卒だったのですごく苦労して、僕に「大学に行け、大学を卒業して安定した仕事に就いたほうがいい」と、家計の中から一生懸命に学費を出してくれました。おかげで僕は私立の中高に行き、大学も卒業でき、ゴールドマン・サックスというアメリカの証券会社に入社、安心して暮らせる給料を得て働いていました。
でも、2008年にリーマンショックが起こると、同僚が大量にクビを切られました。そのときようやく僕は気付いたんです。安泰な仕事なんてない、会社が自分たちを支えてくれると思うなんて間違いだと。
会社が悪いんじゃないんです。会社というものに頼り切ることが違っていた。自分たちが会社という箱を通して社会を支え、役に立つことをしているからお金がもらえるんだってことにやっと気付いたんですね。
自分ごとにすることが何より重要
田内:つまり、「毎日会社に通っていれば、会社がお金を与えてくれて将来もそこそこ安定」という発想から脱却する必要があるということです。これだとお金も社会そのものも他人ごとです。
そうじゃなくて、我々は社会の中で生きて働いて、社会や社会で暮らす人たちの役に立つからこそ、お金を得て生きていけるんです。社会の役に立つことを一生懸命に考えて実践していかないといけない。そこをみんなが自分ごとにしないといけないな、と。
日本の会社なら終身雇用で安泰と思われるかもしれませんが、会社ごとつぶれることもあります。これまでみたいに国が会社ごと守ってくれることも期待できないでしょうね。個人の老後の生活を保障するのも難しくなって、「自己責任でNISAやiDECOなどで資産形成してね」と言っているわけですから。
ただお金を増やすことだけ考えていては、イスの奪い合いしか起きません。だけど、みんなが社会に役立てることが増えれば、イスの数も自然と増えていきます。
そのためには、社会の流れを変えないといけません。
――流れを変えることはできるのでしょうか。
それは次回、お話します。
↓後半のインタビューでは、「年収の高い仕事」に就くよりも大切なこと、投資の考え方についてお話を伺っています。
ある大雨の日、中学2 年生の優斗は、ひょんなことで知り合った投資銀行勤務の七海とともに、謎めいた屋敷へと入っていく。
そこにはボスと呼ばれる大富豪が住んでおり、「この建物の本当の価値がわかる人に屋敷をわたす」と告げられる。
その日からボスによる「お金の正体」と「社会のしくみ」についての講義が始まる。
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お話を伺ったのは…
撮影/五十嵐美弥 取材・文/三輪 泉