「いつか3人で手をつないで歩きたい」3つの病気を抱えながらの妊娠・出産。「お互いさま」の社会になるために伝えたいこと【塚本明里さんインタビュー・後編】

3つの病気を抱えながらも、2025年3月に娘・希来里ちゃんを出産した塚本明里さん。現在は単身赴任中の夫や実家の両親とともに、子育てに奮闘されています。また、講演やSNSでの発信、ヘルプマーク普及啓発などにも積極的に取り組んでいる塚本さん。インタビュー後編では、出産、子育てについて、そして「お互いさま」の社会を実現させるための思いを伺いました。

前編では、塚本さんの抱える病気と、結婚までの歩みについて伺いました。

3つの病気を高校生のときに発症「24時間全身に痛みが続く」周囲に理解されない日々の中、マッチングアプリでの出会い、そして結婚【塚本明里さんインタビュー・前編】
高校2年生のときに突然発症した3つの病気。いくつも病院を回り、診断されたのは1年半後 ――塚本さんのご病気について教えてください。 ...

2025年3月に女の子を出産。体はしんどくても、子育てで充実した日々

ーー妊娠がわかったときはどんな気持ちでしたか?

塚本さん:「子どもができたらいいね。楽しいだろうね」と話していましたが、夫は私に無理をさせたくない気持ちがあったみたいです。「子どもがいなくても、2人でも楽しく暮らしていけるよね」と自然な流れに任せる感じだったので、妊娠がわかったときはとにかくびっくりでしたが、素直にうれしかったです。

ただ、痛みを緩和する薬を飲んでいたので、赤ちゃんへの影響は心配でした。そこからすぐに病院に確認して、問題がないことがわかり、ホッとしましたね。妊娠による体の変化で痛みが和らいだこともあり、妊娠期間は少しずつ薬を減らすことができました。

塚本さんのInstagramより。

ーーそして2025年3月に無事に希来里ちゃんを出産されたのですね。出産後はどんな生活を送っていましたか?

塚本さん:出産直後は、数日間、何の不調も感じなかったんです。不思議でしたね。赤ちゃんが泣いたら即座に起きて対応できたり、夜中でも動くことができて、母親の体ってすごいなと思いました。

塚本さんのInstagramより。

ただ、「私、子育てできるわ」って少し調子に乗っていたら、ここ数か月で妊娠前の体に戻ってしまって…。でも、とにかく愛おしい存在がそばにいるということは何よりもうれしいことで、体はしんどいですが、心は毎日本当に充実していると感じます。娘は今(取材時)生後10か月で、もう2歩くらい歩けるようになりました。

塚本さんご提供。出産後、比較的よくなっていた体調が悪化。「体はしんどいけれど、娘の存在で心は満たされています」

ーー子育てはどんなふうに分担されているのですか?

塚本さん:夫が東京に単身赴任中なのですが、「離乳食担当」としてすごくやる気満々で、帰ってくるたびに大量に娘用のごはんを作って小分けにして冷凍してくれています。アレルギーのことまで調べて、食材の進め方も把握してくれているので、私はそれをあげるだけという感じになっていますね(笑)。

夫は離れて暮らしているからか心配になるようで、大好きな娘のために本当にいろんなことを調べてくれています。娘に喜んでもらいたい、そして健康的なもので元気に育ってもらいたいっていう気持ちがあるのだと思います。

塚本さんのInstagramより。

ーー普段はご実家で、ご両親も子育てのサポートをされているのですね。

塚本さん:母とは役割分担というより、全部一緒にやっていて分量が半分ずつ、という感覚です。時には父も絵本の読み聞かせなどをしてくれています。娘もじいじの読み聞かせが大好きなようで、すごく集中しているんです。私たちを育ててくれた頃は仕事が忙しくてなかなか一緒に遊ぶ機会が少なかったので、父の意外な一面を知ることもできました。

今も気持ちは病気になる前の自分と変わらない。娘にも「自分らしさ」を大切にしてほしい

ーー子育てで大切にされていることはありますか?

塚本さん:娘はまだ0歳ですが、たくさんほめるようにしています。娘も自分がほめられているのが声のトーンでわかるみたいで、いっぱい笑ってくれるんです。私は育児を100%完璧にできるかと言われたらそうではない。だからこそ、娘にはたくさん笑っていてほしいなと思っています。娘の希来里という名前には「希望が里にやって来る」という意味を込めています。「里」は家族を表しています。娘が生まれてきてくれただけで家族は幸せです。とにかく健康でいてくれたらうれしいです。

あとは、私自身、病気になってもあまり「病人」という感覚がなくて、気持ちは「病気になる前の自分」と全く変わってないと思うんです。だから、娘も何かがあっても自分らしくいてほしいですね。そして感謝と思いやりの心を大切にしてほしいなと思います。

塚本さんご提供。

ーー4月からは希来里ちゃんが保育園に入園し、新しい生活が始まるのですね。

塚本さん:はい、今はそこに向かって準備をしているところです。早生まれなので、少し心配ではありますが、保育園でいろいろな刺激を受けて成長してくれるのが楽しみです。

ーー将来、お子さんに病気のことをどんなふうに伝えたいと思っていますか?

塚本さん:まだ、かみくだいて説明するのは難しいですが、「ママはこういう体で、こういうふうに暮らしているんだよ」ってありのまま伝えたいですね。娘が大きくなったら、周りの子に「なんで他の人と違うの?」「なんであなたのママは車椅子に乗っているの?」と聞かれる場面もあると思うので、そのときの答えも一緒に考えたいです。

病気や障がいがある人もない人も、それぞれいて当たり前。正確に知ることはできなかったとしても、相手のことを想像することはできるはずです。だから、私や娘を通して病気のことを知ってもらえればと思います。

誰もが病気や障がいを持つ可能性がある。だから「お互いさま」の社会を目指したい

塚本さんのInstagramより。

ーー塚本さんはご自身のことについてSNSで発信されていますが、フォロワーの方からはどんな反応がありますか?

塚本さん:病気や障がいのある方から「結婚や子どもをあきらめていたけど、頑張ろうと思えた!」「明里さんから勇気をもらって頑張って、結婚できた!」などDMやコメントをいただくことがよくあります。実際に病気や障がいがありながら結婚や子育てをしている人は多くいますが、発信している人は多くありません。不特定多数の人が見るSNSなどに、その事実を投稿することは否定的な声があることを覚悟しなければいけないからです。

私もこれまで「旦那さんに一生介護生活させるの?」「子どもをヤングケアラーにするつもりか?」などの言葉をもらいました。病気や障がいがありながら結婚や子育てをすることに否定的な人たちは一定数いらっしゃるので、わざわざ公表したくないのではないかなと思っています。

でも世の中に“私のような人たち”がいるのも事実なので、まずは「こんな人もいるよ」ということを知ってもらえればなと思います。誰しも、いつ病気や障がいになるかわかりません。だからこそ、「お互いさまの社会」になるといいなという思いを強く持っています。

ーー塚本さんはヘルプマークの啓発活動などもされているのですよね。

塚本さん:現在は、講演活動やメディアの取材を受けたり、「歩ける車椅子タレント」として活動したりしています。見た目ではわかりにくい病気や障害のある方が困ったときに、周囲の理解や手助けにつながるよう、「岐阜県ヘルプマーク普及啓発大使」としてヘルプマークの普及啓発にも関わっています。

また、母校の高校では非常勤講師として、高校生たちと一緒にヘルプマークや筋痛性脳脊髄炎の患者会活動を題材に、見た目には病気や障がいとはわからない人たちのことをより多くの人に知ってもらうにはどうしたらいいかを考える取り組みも続けています。

塚本さんのInstagramより。

発信をきっかけに診断や受診につながった方、家族に病気を理解してもらえた方がいると知り、同じ病気の方の環境が少しでもよくなることがうれしいです。私の場合は両親がこの病気が発症してから疑うことなく、私のことを信じてくれて、診断されるまで一緒に頑張ってくれました。でも、そういう家族ばかりではないという現実もあり…病気を多くの方に知っていただくことはもちろん、患者さんのご家族にも理解が広がるといいなと思いながら活動していますね。

ーー今後やってみたいことはありますか?

塚本さん:私は長時間頭を起こすことができないので、夫とデートをするときもいつも車椅子を押してもらっていました。でも、限られた時間なら立って歩くこともできるので、娘を真ん中にして、3人で手をつないで歩いてみたいです。当たり前にできないからこそ、そういう時間を大切にしたいなって思っています。

娘は3月生まれで一緒に桜を見られるのは今年が初めてなので、3人で手をつないで桜と一緒に写真が撮れたらうれしいです。娘の靴を選ぶのも楽しみです。

お話を伺ったのは

塚本明里さん

1990年2月17日生まれ。
高校2年生の春、突然高熱を出し倒れ動けなくなり病気を発症する。
発症より1年半後に筋痛性脳脊髄炎と線維筋痛症と診断され、発症から7年後に脳脊髄液減少症を発見。2012年に筋痛性脳脊髄炎患者会「笑顔の花びら集めたい」を設立し代表を務める。
現在、岐阜県ヘルプマーク普及啓発大使、可児市ふるさと広報大使、可美マルシェアンバサダーを務めるほか、講演活動や学校での授業協力、地域の広報活動、ラジオ出演なども行っている。1児の母。

取材・文/平丸真梨子

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