高校2年生のときに突然発症した3つの病気。いくつも病院を回り、診断されたのは1年半後
――塚本さんのご病気について教えてください。
塚本さん: 私には「筋痛性脳脊髄炎」「線維筋痛症」「脳脊髄液減少症」という3つの病気があります。私はこれらの病気によって、24時間全身に激しい痛みと頭痛、強い倦怠感があるという状態で、長い時間、頭を起こすことができません。外出時は介助式のリクライニング車椅子を使っています。
- ●筋痛性脳脊髄炎…原因不明の激しい全身倦怠感が長期間続く病気で、微熱や頭痛、睡眠障害、思考力低下などの不調が現れます。患者の約3割は寝たきりの重症といわれています。
- ●線維筋痛症…原因不明の全身の激しい慢性的な痛みがあり、疲労感、睡眠障害などの不調が現れます。
- ●脳脊髄液減少症(脳脊髄液漏出症)…脳脊髄液が漏れ出し減少する病気で、頭痛や頭部痛、めまい、倦怠感、不眠、記憶障害などの不調が現れます。
――病気を発症されたのはいつ頃だったのでしょうか?
塚本さん: 高校2年生の春です。その日は朝から体調が悪くて…でもテストのために頑張って登校したら、テストの最中に目の前が真っ暗になって動けなくなり、担架で運ばれました。熱も高かったので、近所のお医者さんを受診したところ「風邪でしょう」と言われ帰宅しましたが、その日を境に全身にいろいろな不調が表れるようになりました。
いくつも病院を受診し、筋痛性脳脊髄炎と線維筋痛症と診断されたのが、発症してから1年半後。脳脊髄液減少症はそこから5年半後(発症からは7年後)に診断されました。

――診断されるまでにとても長い時間がかかったのですね。
塚本さん:そうですね。診断されるまでの時間は、私の人生の中でいちばんつらい時期だったと思います。病名がわからないと、周囲の人に説明ができない。体の症状は明らかにおかしいのに、「病名がないと病気だと信じてもらえないのではないか」「怠けていると思われてるのではないか」と感じていました。ただ、母は「この症状は病気だ」と確信していて、一緒に病院を回って病気が診断するまで頑張ってくれました。
周囲に理解されない苦しさ、40か所の麻酔で痛みを和らげる日々
――病名がわからないことで、周囲から理解されないという苦しさがあったのですね。
塚本さん:そうなんです。無理をして動いて、後になって倒れ込んでしまうということもよくありました。また、当時の私は心身ともにつらすぎるからこそ、毎日笑顔で過ごすようにしていたんです。それが周囲には「元気に見えるのに」と思われてしまうことにもつながったのかなと思います。
診断がつくまでの期間は、薬局で市販薬を試してみたり、どうしたら体調がよくなるのかを模索したりする日々でしたね。
――診断後、状況はどのように変わりましたか?
塚本さん: 診断がついてから、先生に「あなたは麻酔が効くタイプだからペインクリニックを探しなさい」と言われて、現在のかかりつけ医にたどり着きました。当時は週5回、ほぼ毎日クリニックに通って、麻酔の注射を全身40か所くらい打っていました。それで数時間は痛みが和らぐんです。

今も痛みはありますが、週2回の通院になっています。急激に良くなるというより、薄皮をはぐように少しずつ…という感覚です。
マッチングアプリで病気を理解してくれる彼と出会う

――その後、塚本さんは2023年にご結婚されたのですよね。
塚本さん:私は病気になる前は、早く結婚したいと思っていたんです。30歳になった頃、そんな昔の自分のことを思い出して、マッチングアプリに登録してみました。メッセージでやり取りして、相手のことを知った上で会えるというのが私にとっては魅力的でした。
とくに私の場合、外出先ではリクライニング式の車椅子で横にならないと外出できないこともありますし、車椅子を使わない場合でも、ソファーなどで頭を倒した状態でないとお話しできないことがあります。ですから、実際に会う前に、メッセージのやり取りでそのことを伝える必要がありました。
なかにはメッセージを送ったらブロックされたり、返信がなくなったりということもたくさんありました。そういうときは落ち込みますし、疲れてしまって休んでいた時期もあります。
――そんな中で、ご主人との出会いがあったのですね。
塚本さん: 「病気」というフィルターを通しても、それでもいいって言ってくれる人がいたら、その人は絶対にめちゃくちゃいい人だと思ったんです。だから、そんな人を見つけるために頑張ろうって…そんなときに出会ったのが今の夫です。夫にももちろん病気のことを事前に伝えましたが、夫はそれでも会ってくれました。私の病気のことを理解する上で、私がそれまでに取材に答えてきた記事などを読んでくれて、「これなら一緒に暮らしていけるかもしれない」とイメージしてくれたみたいです。
夫と会うようになってから3回目のデートで告白され、すぐ結婚の話になって…3月に結婚を決めて、11月に婚姻届を出しました。お互いに本当にいいタイミングで出会えたから結婚できたのかなって思います。

――ご主人はどんな方ですか?
塚本さん:とにかく「人の笑顔を見ていたい人」だと思います。例えば、私は病気になったことで、青春時代がなかったのですが、私がその青春を取り戻すかのように楽しんでいる姿を見ていつも喜んでくれます。最近、私はクレーンゲームにハマっていたのですが、私が楽しんでいるのがうれしいようで、横からさりげなく課金してくれています(笑)。
現在、夫は単身赴任をしていますが、自宅にいるときは私だけではなく、一緒に暮らしている両親の分も食事を作ってくれたりと、本当に思いやりのある人だなと感じます。
後編では、ご出産と子育てについても伺いました
お話を伺ったのは
1990年2月17日生まれ。
高校2年生の春、突然高熱を出し倒れ動けなくなり病気を発症する。
発症より1年半後に筋痛性脳脊髄炎と線維筋痛症と診断され、発症から7年後に脳脊髄液減少症を発見。2012年に筋痛性脳脊髄炎患者会「笑顔の花びら集めたい」を設立し代表を務める。
現在、岐阜県ヘルプマーク普及啓発大使、可児市ふるさと広報大使、可美マルシェアンバサダーを務めるほか、講演活動や学校での授業協力、地域の広報活動、ラジオ出演なども行っている。1児の母。
取材・文/平丸真梨子