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家庭の中で性別役割分担をなくすには、夫婦関係の見直しから
――「男子が散らかして、女子が片づける」のような性別役割分担(性別によって役割を決めつけること)が教室で再現されることについて、お話しいただきました。片づけない子どもに対し、親はどのような声かけをするとよいのでしょうか。
星野さん:まず、この質問自体に少し立ち止まって考えてみたいのですが、「片づけない子どもへの声かけ」という問いの立て方は、目の前の現象を子どもの心がけや意識の問題として捉えています。
しかしジェンダーの視点が問うのは、心ではなく構造です。ジェンダーとは「社会的に構築された性差」を指します。「男子が散らかして女子が片づける」という光景は、その子どもたちが意地悪だとか、しつけが悪いといった話ではなく、社会的に構築されたジェンダー規範が教室という空間で再現されていることを意味します。
ジェンダーの視点で目の前の事象を見れば、「どうすれば子どもが動くか」ではなく、「何がその子どもをそうさせているのか」という構造の問いに変わるはずです。
ですから、親が考えるべきは「どう声をかけるか」よりも先に、「家庭の中にどういう構造があるか」です。
――子どもではなく、親自身のあり方が問われているのでしょうか。
星野さん:その通りです。たとえば、「『女らしく』『男らしく』ではなく『自分らしく』が大切だよ」と日々子どもに伝えていたとしても、家庭内で性別役割分担が当然のものとして存在しているとすれば、女の子は「女らしく」男の子の散らかしたものを片づけ、男の子はそのケア労働を当然のものとして受け取るようになるのは自然なことでしょう。
言葉よりも、日常の中で目にする構造のほうが、子どもにとってはるかにリアルな「社会のあり方」として刻まれていくのです。
――ジェンダー平等な家庭にするためには、どうしたらいいのでしょうか。
星野さん:まずは、親が性別役割分担をしないこと。それから、支配や抑圧によらない、パートナー同士の健全な関係性がとても大事です。なぜなら子どもは親のパートナーシップのあり方をロールモデルとして学ぶからです。
もし、不健全なパートナーシップであった場合、子どもも他者と関係をむすぶとき、支配や抑圧による関係をあたりまえのものと考えてしまいます。家事を家族みんなで、自分の仕事としてあたりまえに分担したり、力や言葉による暴力がなく、家が誰にとっても安心で安全な場所であったりすることが、家族一人ひとりの人権意識を高め、ジェンダー平等な家庭につながります。
父親が家事や子育てに対してコミットせず、ノータッチなのであれば、一度この記事を読んでもらうといいかもしれません。

「ジェンダーの話は耳が痛い」と感じるお父さんたちへ
――なかには夫に「家事・育児に積極的に関わってほしい」とお願いすると文句を言われたり、聞く耳をもたなかったりするケースもあるようです。また「夫は仕事で忙しい」という場合もあるかと思います。
星野さん:本来は、家事は家族みんなでするものであって、相手の顔色をうかがいながら、「お願い」するものではありません。母親だけにそういう伝え方をさせること自体がアンフェアだと思いますね。
なので私はあえて、この記事を読んでくれているお父さんたちに伝えたいことがあります。
「男性からすると、ジェンダーの話は耳が痛いし、説教されていると感じることもあるかもしれません。しかし、女性は家族をケアする役割を担わされながら、仕事のキャリアアップや社会での活躍も同時に期待され、男性優位社会の中で、不平等や生きづらさを何十年間も感じながら生きています。
ですから、男性たちには、パートナーが困りごとを訴えている、せめて数十分くらいは、黙って耳を傾けていただきたいのです。その数十分ですらしんどいと感じるのであれば、まさにその感覚こそが、ジェンダー平等を阻んでいるのではないでしょうか」
また「夫は仕事で忙しい」と言っても、母親だって仕事、家事、子育てで毎日忙しいですよね。共働き家庭も今や珍しくありません。
ニッセイ基礎研究所が2020年に実施した調査では、コロナ禍でテレワークに移行して夫が家にいる時間が増えても、家事時間が増えた割合は女性が男性を大きく上回り、育児時間に至っては女性が男性の約2倍だったという結果が出ています。
男性の「残業があるから」という言葉は、家事・育児にコミットしないための口実に過ぎなかったことが、このデータからも明らかになったのです。
家庭でのジェンダー教育は、幼児期から。絵本などを通して教えよう
――これまでのお話を伺って、ジェンダー教育の必要性を実感しました。一方で、親御さん自身がジェンダー教育を受けて育っていないので、「どのように教えたらよいのかわからない」という方もいると思うのですが…。
星野さん:家庭でのジェンダー教育は、なるべく早く始めるのがベストです。できたら幼児期から始めるとよいでしょう。第一歩としては、プライベートゾーンやバウンダリー(ここから先は入らない自分と他者の境界線)を教えましょう。性加害や性被害に関係することなので、知識として伝える必要があります。
教え方も「〇〇しちゃダメだよ」と一方的に言い聞かせるのではなく、絵本を読み聞かせたり、親子で一緒に映画を見たりして話し合ってほしいと思います。また絵本や書籍は、子どもがすぐに手に取れる場所に置いて、自由に読めるようにしておくとよいでしょう。
私のおすすめの絵本・書籍、映画を紹介します。
絵本・書籍
『いいタッチわるいタッチ』(安藤由紀著・復刊ドットコム)

人を愛したり、守ったりする「いいタッチ」と、人に暴力を振るい、権利を奪う「わるいタッチ」があることを伝える教育絵本。自分を守るために大切なことが学べます。
『だいじ だいじ どーこだ?』(遠見才希子著・大泉書店)

産婦人科医の遠見才希子先生による、親子で読む性教育絵本。自分の体や口、胸、性器のプライベートパーツへの理解を深め、一人一人が大切な存在ということを伝えます。
『女の子だから、男の子だからをなくす本』(ユン・ウンジュ著・エトセトラブックス)

韓国のジェンダー教育現場で生まれたロングセラー。「男の子は泣いてはいけない」「女の子はリーダーになれない」など、性別の枠組みから自由になるにはどうしたらよいのか、わかりやすく導きます。
『ようこそ!あかちゃん せかいじゅうの家族のはじまりのおはなし』(レイチェル・グリーナー著、クレア・オーウェン絵、艮香織訳、浦野匡子 訳・大月書店)

男女の体の違いから受精、出産まで、科学的説明と人権・多様性をふまえて描いた性教育絵本。低学年から読めます。

映画
『リトル・ダンサー』(スティーヴン・ダルドリー監督)
11歳で母を亡くした少年ビリー(ジェイミー・ベル)。炭鉱労働者の父に言われて、ボクシング教室に通っているが、ある日、女の子たちが集うバレエ教室のレッスンを見て、バレエに興味をもつように…。バレエダンサーを目指す少年と家族の絆を描いた青春ストーリー。
保護者におすすめのドラマ
『ハートストッパー』
Netflixで配信されているドラマシリーズ。学校で出会い、思いがけず友達になったチャーリーとニック。2人はやがて、互いに友情以上の感情を抱くようになり…。イギリスの高校を舞台に、チャーリーとニックの恋と成長が描かれています。
ジェンダー教育によって、自分らしく生きられるように
――ジェンダー教育を受けた子どもたちの変化について教えてください。
星野さん:ジェンダー教育というと、性の多様性への理解・尊重と捉える親御さんもいるかもしれませんが、それだけではありません。
私が担任したクラスの子が、あるとき自主学習ノートに「女子力が低いと言われると、あなたに言われたくないと思う。女子だからこうするべきと言われると、男子がうらやましくなる」と書いてきたことがありました。
私はこれをジェンダーについて教えるよい機会だと思い、先に紹介した『リトル・ダンサー』をクラスで鑑賞して、ジェンダーバイアス(性別による固定観念を持つこと)について子どもたちと考えました。
すると、それまで未経験だった何人かの女子たちが、男子に混じってサッカーをするようになり、しまいには男子と一緒にサッカークラブを立ちあげたのです。

一緒にジェンダーについての考えを深めていった。
星野さん:大人はよく「自分らしさを大切に」と言いますが、教室内には「女らしさ」や「男らしさ」を強要する同調圧力があり、子どもたちが「自分らしさ」を我慢してしまう場面も少なくありません。こうした同調圧力がどのように社会的に作られたのかを知識として伝えないまま、自分らしさを子どもに丸投げしてしまっていては、本当の意味での自由にはつながりません。
この話し合いを経て、女の子たちは「ジェンダー規範にとらわれずに自分らしさを大切にする」ことに気付いたようです。
ーー子どもたちが自分らしく生きるためにも、ジェンダー教育は必要なのですね。
星野さん:「女らしさ」「男らしさ」よりも「自分らしさ」を大切にしようと訴える教育が盛んに行われるようになってきました。そのこと自体は、とてもいいことだと思っています。
けれども、「自分らしさ」を称揚するだけの教育では不十分だと思っています。なぜなら、差別を生み出す社会構造への視点が抜けたままでは、「自分たちを苦しめる理不尽な構造の中でも、自分らしく活躍できればそれでいい」という発想に取り込まれてしまうからです。
現実として、その構造の中で自分を活かすことも必要かもしれません。でも、誰もがそうやって「成功」できるわけではないし、そもそもその「成功」だけを幸せとする生き方は、多くの人を苦しめます。
大切なのは、自分たちを苦しめている構造に気づき、それを変えようとする力です。私が目指したいのは、そういう力を子どもたちが育てていける教育実践です。
これからの子どもたちに大切なのは、時代が変わっても揺るがない教育
――著書『とびこえる教室 フェミニズムと出会った僕が子どもたちと考えた「ふつう」』では、「ふつう」という言葉もキーワードでした。しかし時代が進む中で、親御さんが考える「ふつう」が揺らぎ、子育てに迷う親御さんもいるようです。これからの子育てで大切にしたほうがよいことを教えてください。
星野さん:「教育改革の40年ギャップ」というものがあります。親世代が受けた20年前の教育と、子どもたちが将来活躍する20年後の社会の間に生じるギャップのことです。それほどの時間差があるのですから、大人が「子どもたちの未来のための理想の教育」を問われても、正解を出せるものではありません。
ここ数年でAIは爆発的に進歩しましたが、AIが普及し始めた数年前に、ここまでの進化を見通せた人はほとんどいなかったはずです。20年後の社会はなおさらです。
ただ、そんな中でも、ジェンダー教育が必要なことは確実です。男の子に「男らしさ」の呪いをかけない。女の子の翼を折らない。「らしさ」を押しつけない。大人が教育の名のもとに子どもに暴力や抑圧を行使しない。これらは、時代がどう変わろうとも、確実に必要なことです。
だとすれば、「良い教育」をピンポイントで探すよりも、「害を与えない教育とは何か」を考える方が現実的ではないでしょうか。害になることを取り除いていく引き算のアプローチ。その先に、良い教育と呼べるものが浮かび上がってくるのだと思っています。
前編から読む
著書をチェック
子どもの頃から、スポーツが得意ではなく、女の子とおしゃべりをするのが好きで、「男の子ならふつうは〜」という言葉に息苦しさを感じてきた著者。生きづらさを抱えてきた著者が、学校に根づく性別役割分担などの「ふつう」に疑問を投げかける、教師と子どもの実践物語。
取材・文/麻生珠恵