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発達障害の特性を持ち、高IQの息子が安全に暮らせるように
――まず、お子さんの麻布中学の合格、おめでとうございます。すでに進級もされて、元気に学校へ通われているのでしょうね。
だと良いんですが……。小学校に比べて中学校は情報がなかなか親に入らないので息子の状態がわからないんです。毎日通っているので、今のところは大丈夫なのかなと。ただ、思えば、中学受験で「麻布中学を受けてみよう」と息子が決心したのが受験2カ月前。発達障害の特性で日常生活に苦労の多い息子が、支援の少ない私立中学校に毎日通えていることは、感慨深いです。
息子はADHD(注意欠如多動症)の診断を受けています。発達障害はいくつかの障害を併せ持つことがほとんどで、彼の場合もASD(自閉症スペクトラム障害)、LD(学習障害)、DCD(発達性協調運動障害)などさまざまな特性があります。集団行動が苦手だったり、細かい作業が苦手だったりとあれこれの困り事があります。その上で高IQも併せ持っています。息子の場合は情報を入れるキャパシティは大きいものの効率的に取捨選択できず、頭の中がパンクしてしまいます。そのため判断が大幅に遅れたり迷ったりすることが多いのです。
――小学生の頃は送り迎えをしたり、宿題のやりかたのサジェスチョンをしたり、きめ細かく寄り添い、子育てされていました。
自ら危険を回避し、安全に安心してひとりで生活できること、そして幸せな人生を送れるようにすることが親の務めだと思っています。親は先に死んでしまうので、私がいなくなった後でもやっていけるよう、日々考えています。
子育てで「こうかな?」と思うことが実はMBAの学びで証明されていた
――そんな中で、MBAに出会い、子育てに生かしたのですか?
早稲田大学大学院にMBAの勉強に行っていたのは2015年頃、まだ子どもが5歳くらいのときでした。この頃はまだ息子が発達障害だと気づいていませんでしたし、子育てに使おうとは思っていませんでしたね。異なる世代・国籍の同級生は総じて信じられないくらい優秀で、凡庸な私は「赤平は大学に住んでいるのではないか」と言われるくらい朝から深夜まで大学にいて時間をかけて勉強しないとついていけませんでした。
ただ、学んでいると、「これまで自分が本能的にやっていたことは、世界中の有識者が提唱するMBAの戦略と似ている!」と腑に落ちるが多かったんです。自分のやってきたことが間違っていなかったのだと背中を押された感じがしました。同時に、MBAの学びを意識して使っていけば、日常生活にことごとく応用できるということに気がつきました。
たとえば、MBAで学ぶ定番のひとつ「上司になったら人に対してどうマネジメントするか」。これは、「子育てで子どもをマネジメントするのに似ているな」と。また、経営戦略の「今置かれている状況と課題をどう解決するか」も、結果的に中学受験でそのまま応用できました。
MBAでは、物事の考え方をロジカルに整理していきます。息子の子育てでは、なんとなくやるのではなく論理的に考えて伝えていったほうが納得してくれるし、結果も出やすいと感じました。
「ひとりの人間」として子どもを扱う
仕事でも子育てでも、自分なりに実践しているぼんやりとした手法は、実はMBAではすでに研究ずみだったことが多く、太鼓判を押してくれる気がしたんです。
――それは心強いですね。
子育てをMBAの戦略に当てはめるときには、子どもを「うちの子」というより「ひとりの人」というふうに親子関係を外して抽象化します。すると「何度言ったらわかるんだ!」のような感情が先に立つのではなく、「この人」はどうしたらいいパフォーマンスになるか、幸せになるのかを考えるので、発達障害の特性に悩む親のストレスが少なくなる。一般的な子育てでも同様だと思います。
高IQの子には先取り学習と習い事、「両利きの経営」につながる
――実際にはどんな考え方をあてはめるのですか?
私はMBAの論文や発達障害に関する論文をおそらく500以上読みました。その上で息子のような高IQを併せ持つ2Eタイプの教育で重要なのは「早修(学校のカリキュラムで年齢以上の内容を勉強する先取り学習)」と「拡充(学校のカリキュラム以外で個の才能にあった学びを探し深める)」で、これは2E教育の第一人者である関西学院大学名誉教授の松村暢隆先生の論文で知り、実践してきました。
早修の点では、学校での集団学習がうまくいかないことを想定して家で先取り学習をさせ、拡充の点では、さまざまな習い事や体験をさせ、個性を伸ばしました。
この早修と拡充という考えに出会ったとき、MBAで学んだ「両利きの経営」と似ていると思ったのです。企業がイノベーションを起こすには「知の深化」と「知の探求」の掛け合わせが必要、と学んだのですが、これが早修と拡充に非常に似ていました。「両利きの経営」は世界中の多くの企業が実践しているとMBAで教わっていたので、息子の子育てを「早修と拡充」にする安心材料になりました。
受験まで2カ月、仮説を立てて「差別化集中戦略」で合格へ
――受験にも戦略は使われましたか? 赤平さんの息子さんは毎日決まった時間に勉強をし、模試は受けていたものの、塾にも行かずに麻布の受験をされたとのことですが……。
そうなんです、圧倒的に時間が足りなかったのです。そこで、内田和成先生の「仮説思考」を使ってみました。「限られた情報、少ない時間でベストな解を出す方法」です。
もともと発達障害に手厚い私立中に行こうと準備していた中で、麻布に決めたのは受験まで残り2カ月の時点。中学受験をするつもりはなかったのでノウハウを知りませんし、麻布受験の知識もありません。まさに私たちの状況にピッタリです。そんなとき、内田先生の戦略を思い出し、少ない情報の中から仮説を立ててみました。
麻布の試験はどうやら深い思考が問われる記述が多いらしい。しかし息子は、発達検査で思考力が高IQなのに、模擬試験では記述の点数が取れていませんでした。そんな中、息子と話したり少ない解答情報の中から考察してみると、「答えがわからないから記述できないのではなく、答えはわかるけれど記述がうまくできないのでは?」という仮説が出てきたんです。
それならば、自分の考えを文字化することに勉強を集中させようと思いました。
使ったのはマイケル・ポーターの「差別化集中戦略」です。「攻めるフィールドを限定すること」「戦力を自分の強みのある部分に集中させること」。
そこで、たまたま家にあった『山川の日本史』の要約と、国語の過去問の記述式の問題だけを解くことに集中しました。
多くの方とのご縁やサポートのおかげで、結果的にたまたま息子は合格しましたが、MBAで学んだ戦略の効果もあったんじゃないかなと思っています。
発達障害の子の子育て、1万個の言い方を考え抜く
――赤平さんの著書には、MBAの戦略以外にも、発達障害の子の子育ての工夫がたくさん書いてあります。「忘れ物の対策にはクリアファイルやサイドバッグでやりやすく整理する」「口で何度も言うよりホワイトボードで見える化する」「食事をこぼしてイライラするのではなく、トレーの中ならこぼしてもOKとする」など、どんな子の子育てにも通じる知恵がいっぱいですね。
発達障害はひとりひとり違うので、再現性がきわめて乏しいです。同じアプローチをしても同じように育つわけではありません。だからトライアンドエラーばかりですが……。そんな中でもMBAの戦略をあてはめてみたり、1万個の言い方を考えて響く言葉を探したり、工夫はしています。
子どもにあやまることも大事。親子の関係は上下ではなく「人と人」
意識しているのは、親と子の関係を上下で考えないことですね。大人と子どもとでは情報に非対称性があり、つい親がマウントをとりたくなります。でも、親も間違ったことをするし、失敗もする。ビジネスの社会なら失敗をホウレンソウ(報告・連絡・相談)しますが、子どもとの関係だとそのままにしてしまう。
――赤平さんは、そんなとき、お子さんにあやまったりされています。
必ずあやまります。そうしないと、「二度とお父さんの話は聞かない」となってもおかしくないですから。親子といえども「人対人」。その関係をぶらさないようにしたいです。何か意見をしたいときは、「そういうことをすると君にはこういうメリットとデメリットがあるよ」と冷静で対等な言い方をしようと心がけています。子どもを「個」としてとらえることが重要、それもMBAで教えてもらいましたし、今後にも生かしていきたいと思っています。
発達障がいのお子さんに向き合う赤平さんによる、子育ての工夫が詰まった一冊
発達障がいについて学び、発信し続けている赤平さんの新著『
「忘れ物対策」や「学習の習慣化」など、発達障がいのお子さんだけではなく、日々の子どもの生活や学習について悩んでいるご家庭でも参考になる工夫が満載です。子どもの可能性を伸ばすために実践できるヒントの数々を、ぜひ本書でチェックしてみてください。
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お話を伺ったのは…
赤平 大(あかひら まさる)元テレビ東京アナウンサー。現在はフリーアナ・ナレーター・講師。WOWOW「エキサイトマッチ」「ラグビーシックスネーションズ」、ジェイ・スポーツ「フィギュアスケート」、NTTドコモ 「Lemino BOXING井上尚弥 世界戦」、ABEMA「K-1」など実況を担当。発達障害学習支援シニアサポーターなどの資格を持ち、全国の企業や教育機関で講演。早稲田大学ビジネススクール(MBA)2017年卒 優秀修了者。
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著書『たった3つのMBA戦略を使ったら発達障害の息子が麻布中学合格した話。』(飛鳥新社 1760円)
取材・文/三輪 泉 撮影/五十嵐美弥(小学館)