個の生き方を尊重するデンマーク社会
ある国の教育を理解するには、社会的な背景を知る必要があります。この点、デンマークでまず感じるのは「この生き方が正しい」という固定的な人生モデルがあまり強くなく、「それぞれが自分の生き方を大切にしながら人生をつくっていくものだ」という考え方が広く共有されているように思えることです。
日本では「いい学校、いい大学、いい会社」といった考え方が強いように思えますが、デンマークでは大学進学がすべてではないようです。それは義務教育修了後、日本に比べてかなり高い割合(約4割)が職業教育(EUD)に進むことからもうかがえます。
また、デンマークでは基本的に18歳になると親の扶養義務は終わります。大学の授業料は無料、かつ、学生には一定額が給付されるので(独立住居者月額約16万3000円、実家住居者月額約2万5000円)親の経済状態に関わらず誰でも高等教育を受けられます。

障害は個人の問題ではなく、社会との関係の中で発生するもの
ところで、ヨーロッパでは「社会モデル(social model)」といって、障害や学習困難は個人の資質や努力によるものではなく、社会との関係の中で発生するものとする考え方が普及しています。
例えば、子どもの学校生活に困難があるとき、それを子どもだけの問題とせず「学校の環境や教育の仕組みのあり方も検討してみよう」「子どもを学校に合わせるのではなく学校の側が子どもに合わせて変わろう」と考えるのです。デンマークのインクルーシブ教育の背景にもこの社会モデルの考え方があります。
デンマークのインクルーシブ教育の仕組み
① 原則は通常クラス
デンマークの義務教育は、6歳から15歳までの10年間が、フォルケスコーレ(公立学校)の0年生から9年生までに当たります。
デンマークでは、発達障害の特性や学習の困難がある子どもも通常クラスで学ぶことが基本です。そして特別教育の対象は「週9時間以上の特別な支援が必要な場合」に限定されます。
つまり、発達障害の特性があっても「特別な支援が週9時間未満」で学ぶことができる子どもは、通常クラスで学ぶことになります。そして、その子が通常クラスで学ぶのに支援が必要であれば、その支援が組み立てられます。
一方、週9時間以上の特別な支援が必要な場合は、まず通常クラスでの学習が可能かどうかを検討し、通常クラスでの支援だけではその子にとって最適な教育が行えない場合に、通常学校内の特別クラスや特別学校(日本の特別支援学校)で学ぶことになります。
重要なのは「通常クラスに不適応だから特別クラスか特別学校へ」ではなく「通常クラスでは子どものニーズが満たせない場合に特別クラスか特別学校を検討する」という考え方である点です。
実際は、2015年には特別教育対象の子どものうち、5%が通常クラス、39%が特別学校、56%が通常学校内の特別クラスで教育を受けているとされています(デンマーク教育省関連の研究プロジェクト報告)。

② 子どもを支援する「ペダゴー」を配置
デンマークの教育を特徴づける職種の一つに「ペダゴー(pædagog)」という専門職があります。大学の専門教育を要する国家資格であり、教師が主に学習を担当するのに対し、「ペダゴー」は子どもの生活面や社会性、感情面の支援をします。

関わることに喜びを感じられるようになる
例えば授業中に落ち着かない子どもがいれば、「ペダゴー」がそばで支援します。友だち関係のトラブルがあれば、子ども同士の関係づくりを助け、感情が高ぶったときには落ち着く場所への移動をサポートします。
「ペダゴー」はフォルケスコーレの教育スタッフのうち約2~3割※とも言われ、多くの学校では複数の「ペダゴー」が配置されています。
「ペダゴー」は授業補助や休み時間、放課後活動などで子どもと日常的に関わり、教師と協働して子どもを支える体制を作っています。
※ デンマーク統計局 Statistics Denmarkの情報等参照
③ PPR(教育心理相談機関)
「PPR(教育心理相談機関)」は、自治体が設置する学校外の専門機関で、心理士、特別教育専門家、言語聴覚士、作業療法士などが所属しています。
日本でいえば、教育委員会の教育相談機関や発達支援センター、スクールカウンセラーの機能を併せたような役割を果たします。
ただし「PPR」が学校を直接指揮することはなく、行うのは子どもの発達や学習の状態の「評価」と学校への「助言」です。
例えば、通常クラスの教師が支援に困ったときは、教師とペダゴーだけで抱え込むのではなく、「PPR」に相談できます。
ただ実際には、現場の教師からは「PPRは評価や助言をするというが、実際に学校に来てくれる時間は限られている」「もう少し現場に入って支援してほしい」という声もあるようです。
④ 「制度設計」が肝要
ところでフォルケスコーレの学級児童・生徒数は上限28人と法定されていますが、実際のところ多くは20人程度です。
それは、教育権限を持つ自治体(コムーネ)が、支援の必要な子どもが多い場合には、より少人数にするなどの調整を行っているからです。
1学級の児童・生徒数は支援の上で非常に重要な要素です。インクルーシブ教育は「こうあるべきだ」という理念だけでは実現しません。
インクルーシブ教育を実現するには、理念をこうした学級人数や専門職の配置といった制度設計に落とし込むことが重要なのです。
私は、今回、ヨーロッパのインクルーシブ教育を見て歩いてこのことを実感しました。

実例:無発話の自閉スペクトラム症(ASD)の子どもの場合
このような仕組みの下で、デンマークでは実際にどのようなインクルーシブ教育が行われているのでしょうか。
無発話の自閉スペクトラム症(ASD)の子どもの場合で見てみましょう。
無発話の自閉スペクトラム症(ASD)の子どもの場合は、未就学段階から「PPR」が関わることが多く、就学時には「PPR」の心理士や言語聴覚士が子どもの発達を評価し、保護者、保育園のスタッフ、自治体が就学先を検討します。
その結果、特別学校に就学する場合もありますがその数はごく僅かで、多くの子どもは地域のフォルケスコーレ(公立学校)に入学します。
もし通常クラスで学んでみて学校生活で困難が見られる場合には、教師や保護者が「PPR」に評価を依頼し、学ぶ場所を再検討します。
社会で、そして教育の場で、「対話」が重視される
ところで、デンマークでとても印象深かったことがあります。それは、支援者が保護者との対話を非常に大切にしているということです。
教師や「ペダゴー」、「PPR」の専門家は、子どもの支援について保護者と時間をかけて丁寧に話し合います。支援の方法や教育の場を一方的に決めるのではなく、保護者と共に考えていこうとする姿勢を感じました。

保護者と支援者の関係に限らず、デンマークでは「対話」は非常に重視されています。「社会は対等な人間同士の対話を通じて調整され運営されるべき」という考え方が社会の中に根づいているのだと思います。
それは子どもとの関係でも同じで、子どもとの間でも対話を通して関係を築くことが大事だとされます。そして対話ができるようになることこそが、人間形成の基盤になると考えられているのです。
そのためデンマークでは、大人は子どもとの対話の方法を学びます。教師やペダゴーの養成課程でも、子どもとの対話の仕方は教育の重要な要素として重視されます。子どもの意見を聞き、子どもの視点を理解しながら関係を築くことが教育の基本として位置づけられているのです。
こうした「対話」の姿勢は、発語のない子どもとの関わりでも同じです。「ペダゴー」はことば以外でも子どものあらゆる表出を追い、働きかけて「対話」する中で子どもが何を感じ、何に困っているのかを理解しようとします。
子どもの行動の背景にある気持ちや状況を一緒に考えながら関係を築くことが支援の基本とされているのです。
次回も、デンマークのインクルーシブ教育についてご紹介します。
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この記事を書いたのは…
一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業、国立身体障害者リハビリテーション学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダのブリティッシュコロンビア州の障害者グループホーム、東京都文京区の障害者施設職員、長野県の信濃医療福祉センター・リハビリテーション部での勤務の後、『発達障害のある子の家族を幸せにする』ことを志に、一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPANを長野県諏訪市に創設。発達障害のある子のプライベートレッスンやワークショップ、保育士や教諭を対象にした講座を運営している。著書に『発達障害のある子と家族が幸せになる方法』(学苑社)、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)がある。