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専門職が常駐する教育支援ネットワーク=地域ポール(Territorial Poles)
インクルーシブ教育というと日本ではどうしても「通常学校の先生が頑張る」ことになりがちです。しかし前回の記事でお話ししたように、ベルギーのフランス語共同体ではかなり早い時期に「通常学校だけでは無理」であることを理解し、「地域ポール(Territorial Poles)」という「学校の外側から通常学校を支える」仕組みを作りました。
前回の記事はこちら
各分野の専門家が関わる地域ポール
地域ポールには、元特別支援学校教師、言語聴覚士(ST)、作業療法士(OT)、心理士、教育支援スタッフ、教育コーディネーターなどの専門家が関わっています。
地域ごとに置かれた地域ポールが、それら多職種の人的資源を集約し、地域の通常学校にコミットして通常学校に在籍する障害のある児童・生徒を支援します。
STは子どものコミュニケーション面を、OTは教室で無理なく過ごせるかという感覚面や身体面を、心理士は不安や行動の背景などを見ます。元教師や教育支援スタッフは、授業への参加方法や教材の工夫を考えます。多職種の専門家でことば、身体、感情、学び方、教室環境などを総合的に見ていくのです。

地域ポールが学校に入るプロセス
地域ポールによる通常学校の支援は、関係者、当事者からの相談から始まります。
通常学校の中で以下のような課題が出てくると、学校や保護者などが地域ポールに相談し、それを受けて地域ポールのコーディネーターが動き、地域ポールの多職種チームが学校を訪問します。
・この子をどう支えたらよいか
・合理的配慮として何が必要か
・教師だけでは判断が難しい
・授業参加が難しい
・いわゆる「行動問題」がある
・保護者も学校も不安を抱えている
そして子どもだけではなく、教室の音環境、座席、授業の流れ、教師の声かけ、友だちとの距離、休める場所、視覚情報の量、課題量、移動のしやすさなど、学校環境を調べます。
そのうえで、学校・保護者・専門職が話し合い、以下の内容を整理していきます。
・どのような合理的配慮が必要か
・どのような教材調整が必要か
・どのような支援が必要か
・授業参加をどう保障するか
・休息や感覚調整をどう入れるか
・保護者との連携をどうするか
つまり、通常学校で学ぶことを前提にまず「この子が通常学校で学ぶために学校側に何が必要か」を考えるのです。

事例:重度知的障害のある無発話の子どもの就学相談
地域ポールは就学相談も行います。例えば重度知的障害があり、発話によるコミュニケーションが難しい無発話の子どもがいて、保護者は通常学校に通わせたいという思いを持っていたとします。
①通常学校で確認すること
・授業参加が可能なのか
・意思表示をどう理解するのか
・安全面をどう確保するのか
・集団生活に耐えられるのか
・パニック時どう対応するのか
・担任だけで支えられるのか
上記に不安がある場合、フランス語共同体では「通常学校か、特別支援学校か」を判断する前にまず「その子が、どのような環境なら安心して学び、学習に参加できるか」を考えます。
ここで地域ポールが関わります。STはその子がどのように意思を伝えているかを、OTは感覚面等から教室で無理なく過ごせるかを、心理士や教師は集団参加、不安の強さ、活動の切り替え、環境変化への耐性、一日の持続可能性などを見ます。
そしてその結果に基づいて絵カード、写真、タブレット、座席調整、休憩場所、活動量調整などを行いながら、学校生活への参加方法を考えていきます。
②通常学校か特別支援学校かの判断で重視されること
その子が
・安心して意思を伝えられる
・周囲に理解される
・学びや生活に参加できる
を重視します。その上で「その子にとって、どの環境が最も学びやすいか」を多職種で考えます。
③「合理的配慮をしながら通常学校で」が本当に適切なのかを再検討するケース
・強い不安で気持ちが崩れ続ける
・一日の大半を苦痛で過ごす
・コミュニケーション手段が保障できない
・安全確保が極めて難しい
・集団刺激で極度に疲弊する
のようなケースでは
・通常学校+地域ポール支援
・一部通常参加
・特別支援教育との併用
・より専門性の高い教育環境
など、さまざまな可能性を柔軟に検討していきます。
環境を子どもに合わせて調整するフランス語共同体
就学時を含め、子どもがどこで学ぶかを考える際に、日本ではまだ、どうしてもまず既存の学級や学校のあり方があって、「その枠に子どもが適応できるかどうか」という発想になる場合が多いように思います。
しかしこの点、地域ポールではまず環境を子どもに合わせて調整し、通常教育への参加可能性を探ることが徹底して行われ、その上で就学先を考えていきます。この点がフランス語共同体の大きな特徴だと言えます。
日本の特別支援学校の地域センター「的」機能との違い
日本の特別支援学校も巡回相談やケース会議、教材助言などを通して通常学校への支援を行っています。しかしそれはあくまでも追加的なものであり、特別支援学校の中心的業務ではありません。
そのため通常学校にニーズがあっても、事実上なかなか相談しにくい、対応に時間がかかる、十分に対応できない、ということになりがちです。通常学校との間に大きな「距離」があるのです。
一方、フランス語共同体の地域ポールは「通常学校を支えること」が制度の中心目的であり、「学校が抱え込まないために存在する」点が根本的に違います。
LDの子のためのEureka School(ユーリカスクール)
私は2025年5月にルーヴェンという街にあるEureka School(ユーリカスクール)という学校を見学に行きました。この学校は、1990年に開校したLD(読み書きや計算などの限局性学習症)の子どものための学校であり、ベルギー王室第二王子であるロラン王子(Prince Laurent)が在籍したことで知られています。

この学校はLD教育が「特別な一部の子どもの問題」ではなく社会の中で普通のこととして広く認識されてきたことを象徴するものであり、また、「王子が学習障害を公表し、専門支援校に通った」ことは、学習障害への偏見“通常学校でなければ失敗”という価値観を和らげる方向にも作用しました。
校長のAnny Cooreman氏は、「子どもを“できない”で見るのではなく、“どう学べるか”を考える」という姿勢を大切にしていました。

この学校で印象的なのは「努力不足」として扱わないことです。例えば、読み書きに強い困難がある子どもに対しては、
・小集団での学習
・ICT活用
・視覚支援
・処理速度への配慮
・安心できる学習環境
などを組み合わせながら、「学べる形」を探していきます。特に印象的だったのは、ICTの位置づけです。

ユーリカスクールでは、デジタルツールを補助的ではなく「学ぶために必要な道具」として捉えていました。
例えば、「Eureka ADIBib」という仕組みがあります。これは教科書を音声化し、読み上げながら学べるデジタル教材システムで、読み書きに困難のある子どもが「文字が読めないから学べない」ことがないようにするためのものです。
ここには「通常教育に合わせられない子を排除する」のではなく、「その子に合う学び方を作る」という発想があります。そして重要なのはこの学校の在籍期間が2年間と決められており、生徒はその後は通常学校に「戻る」ことです。
前回の記事で、Type8※の児童・生徒を通常学級で支援するか、特別学級で専門的に支援するかをめぐる疑問や議論の話をしましたが、その議論のひとつの結論がこの学校の形なのではないかと私は思います。
すなわち、ユーリカスクールで学べる方法を見つけ、支援が必要なとき支援を求める方法を身に付け、「自分はできる」という自尊心を培い、通常学校で学ぶ「準備」をした後に通常学校に帰る、という道筋です。
※ ベルギーでは、読み書き障害・学習障害・認知処理の困難などの障害を「Type8」と呼ぶ
見学時はちょうど卒業が近く、校長は子どもたちにこう話していました。
「あなたたちはこれから地域の学校に戻ります。2年間で自分たちが“できる”ことを実感したことでしょう。地域の学校に戻った際、もし、あなたたちの学びのための合理的配慮がされないときは、どうぞ、ご両親と合理的配慮を求めなさい。それはあなたたちの権利ですから」

安心して学べる環境づくりを重視する、ベルギー・フランス語共同体のインクルーシブ教育
フランス語共同体ではインクルーシブ教育を理想論だけで推し進めることをしませんでした。現場の負担と専門性の必要性の双方を知り抜いた上で、通常学校だけでは限界があるという「現実」から出発したのです。
そして、単に同じ教室にいることではなく、子どもが安心して育ち学べる環境をどう作るかを最重要の課題に位置づけて制度を設計していきました。
その結果が、通常学校に支援を抱え込ませず専門性を通常学校に届けるための「地域ポール」という仕組みでした。フランス語共同体のこのあり方は非常に示唆に富むものだと思います。
さて、次回はイタリアです。イタリアは、ベルギーとはまったく違う道を歩みました。ベルギーが「専門性を地域へ届ける」方向へ進んだのに対し、イタリアは「通常学校そのものを支援の中心にする」ことで、どの子も同じ教室で学ぶフルインクルーシブ教育の方向へ進みました。
なぜイタリアは、そこまで通常学校にこだわったのか。支援教師とは何か。そして「分離をなくす」とは本当はどういうことなのか。
次回はイタリアのインクルーシブ教育を見ながら、「支援の全体像をどう描くか」すなわち、誰が全体を見て、誰が支援をつなぎ、誰が学校現場で実際に動かすか、という問いを、さらに深く考えていきたいと思います。
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この記事を書いたのは

一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業、国立身体障害者リハビリテーション学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダのブリティッシュコロンビア州の障害者グループホーム、東京都文京区の障害者施設職員、長野県の信濃医療福祉センター・リハビリテーション部での勤務の後、『発達障害のある子の家族を幸せにする』ことを志に、一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPANを長野県諏訪市に創設。発達障害のある子のプライベートレッスンやワークショップ、保育士や教諭を対象にした講座を運営している。著書に『発達障害のある子と家族が幸せになる方法』(学苑社)、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)がある。