被災された「自閉症・発達障害の人」を案じる~児童精神科医・佐々木正美さんのメッセージから学ぶこと

児童精神科医として半世紀以上、子どもの育ちを見続け、お母さんたちの悩みに寄り添ってきた佐々木正美先生。逝去から6年経った今も、先生の残された子育てのについての著作や言葉は私たちの支えとなっています。2011年の東日本大震災に際して寄せられた佐々木先生のメッセージを、この度の能登半島大地震により被災され、不安な生活が続いていらっしゃる方々にエールをお送りする意味で再びお伝えします。

佐々木正美さんが新聞に投稿した被災者の方々への思い

東日本大震災が起こった当時、佐々木正美さんは福島県の「自閉症児を持つ親の会」とお付き合いがあり、震災が起こった3月にも講演を控えていらしたそうです。

混乱の中ようやっと連絡がつくと、会の保護者の方たちは、避難所で過ごす子どもたちの対応に大きな不安を抱いていました。アドバイスを伝えるとホッとしたという声が数多く届いたことで、同じことを新聞で伝えたらより多くの被災地の人々に届くのではないかと考えた佐々木さんは朝日新聞の「声」欄に、ファクスで投稿をされたのでした。

投稿は思いがけず掲載され、被災地だけでなく、全国から「こういう心を配っている人がいることに救われた」という声がたくさん届き、こんなことで力になれるのだと改めて思われた、と佐々木さんは語られました。

2011年3月25日 朝日新聞「声」欄に掲載された佐々木正美さんの投稿

以下、投稿された当時の佐々木正美さんの思いをお伝えします。

自分が守られていることを実感すれば、不安は和らぎます

投稿記事のなかでつづった子どもへの対応は、自閉症や発達障がいのある子どもだけでなく、すべての子どもに共通して行っていただきたいことです。

子どもは皆、親の不安を敏感に察知して、自閉症や発達障がいの子どもほどではありませんが、不安定になります。たとえば震災をきっかけに始まった、夜泣きや赤ちゃん返りのような行動はそうした不安のひとつの表れです。また、「地震ごっこ」をする子どもがいるようですが、それも何らかの不安を感じて行っているのだと思います。

もし、お子さんがそうした不安定な行動をしていたなら、「してはいけないよ」と否定せず、温あたたかい目で見
守って、「部屋に入ってパズルをしよう」とか、「ブランコに乗ろう」などと次への行動を具体的に簡潔に伝えましょう。重要なのは言葉をかけるより、子どもに寄り添い抱きしめてあげること。〝自分が守られている〟という実感がわくと子どもは自然に安定していきます。

ひとつのことに集中することが不安の解消につながります

今回の震災では、未来への不安や死への恐怖を抱いた親御さんも多いと思います。けれども、こんなときはあれこれ多くのことを考えず、ひとつのことに集中すると不安の解消につながります。たとえば今夜の夕飯を何にするか、子どもに何を着せるかなど、実に単純なことでいいのです。自分がしなければならないことを実行することで、ある種の自信や安心感が生まれ、それを積み重ねていくことが希望につながります。そして、それがひいては子どもの心の安定につながるのです。

貧しく不自由な時代には家族の強い絆があった

私は昭和10年生まれで、小学1年生になった年に第二次世界大戦が勃発。小学3年生から高校を卒業するまでは、東京から疎開して父の故郷である滋賀県の農村で育ちました。
父は東京では軍需工場の工場長で、私たち家族はある程度豊かな生活をしていましたが、疎開をしてからは貧しい生活になりました。農村で田畑を持たず生きていかなければならなかった私の両親は、日雇いで農家の手伝いなどをしながら、懸命に3人の子どもを育ててくれました。それは過酷な生活で、学校へ持っていく弁当だけでなく、その日の食事にも事欠いたことがありました。今から思えば、私は母が子どもといっしょに食事をしている姿を見た覚えがありません。いったい母は何を食べていたのだろうと思います。

私たち兄弟は、子どもなりにそうした貧しさを実感していましたが、自分たちの生活をひがんだり、卑屈になったことは一度もありませんでした。むしろ、自分たちの貧しさが村のなかでどの程度なのか兄弟で話し合うことができるくらい、貧しさを真しん摯し に受け止め暮らしていました。
なぜなら、私たち兄弟は両親が必死に働いて努力をして育ててくれていることを、知っていたからです。近隣の人たちや友人も、そんな私たち家族をさげすむこともなく、やさしく見守り接してくれました。

人間は苦しみや悲しみといった困難をいっしょに乗り越えたとき、よりいっそう絆が深まります

今なぜこんな話をしたかといえば、私は被災した日本人に、自分の子ども時代と同じことを思うからです。
被災された方々の生活は、モノが不足して不自由でつらいものでしょう。しかし、食べ物を分け合ったり、助け合うといった人間の強い絆を目にします。その姿は世界の人々をも感動させました。

戦後、豊かで平和で自由な時代を生きた私たちは、物理的な豊かさを得た反面、人間関係をおろそかにして生きてきました。しかし本来、人間は人間関係が豊かでなければ、自分の存在意義や生きる価値を見いだすことはできません。

安易な気休めをいうつもりはありませんが、私は今回の震災は、そうした人間関係を修復する契機になるのではないかと思っています。

人間は喜びを分かち合ったときよりも、苦しみや悲しみといった困難をいっしょに乗り越えたとき、よりいっそう絆が深まります。多大な犠牲と代償を払いましたが、今後私たちは人と人との絆の大切さを、被災された方々の生き方を通して学ぶことになるのではないでしょうか。そして、家族や友人、地域社会の人たちと人間関係を紡ぐなかで、夢や希望を見いだすことができるようになると確信しています。

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佐々木正美さん|児童精神科医
1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。

*『いま、思うこと だから、伝えたい』edu増刊号(2011年)記事から再構成 写真/繁延あづさ

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