前編から読む
目次
大学に行かずに起業するのもひとつの道だと思った
――原田さんは中学3年から高校3年まで、オールジェンダートイレを研究したり、ジェンダーやSDGsを考えるためのイラスト入りトイレットペーパーを配布したり、トイレを発端にジェンダー課題を考え解決することに心血を注いできました。大学進学はどのように考えていたのですか?
原田さん 実は、「行かない選択肢」も考えていました。やりたいことを実現するには高卒でも問題ないですし、起業するなどほかの道もたくさんあるからです。
私は中3でフロリダに行ってオールジェンダートイレのことを知り、トイレからジェンダーの社会課題を発信したり解決したりする活動を広げていました。

原田さん 横浜市の公文国際学園の中高に通っていたのですが、とても自由で先生方もやりたいことをやらせてくれる環境。トイレットペーパーに漫画を描いてSDGsやジェンダー問題を発信し、理解してもらう試みもしていましたし、高校時代から、公共施設や商業施設でのトイレ設置についての提案なども行っていました。
大学に本当に行きたいのか、行かなくても自分のやりたいことはできるのではないか。改めて真剣に考えました。その過程で、東大は「誰もが社会で共生する」インクルーシブに関する調査・論文が多いことがわかりました。自分がトイレを通じてやろうとしていることにも通じますし、研究もおもしろいものが多かったんですね。
東大でトイレの経済を学んでステップアップを
――東大のアドミッションポリシーの中の「期待する学生像」は、原田さんそのものに思えます。受験勉強ばっかりしていないで、自ら体験して社会課題を解決する学生を求めていますよね。
東京大学が求めているのは,本学の教育研究環境を積極的に最大限活用して,自ら主体的に学び,各分野で創造的役割を果たす人間へと成長していこうとする意志を持った学生です。何よりもまず大切なのは,上に述べたような本学の使命や教育理念への共感と,本学における学びに対する旺盛な興味や関心,そして,その学びを通じた人間的成長への強い意欲です。そうした意味で,入学試験の得点だけを意識した,視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人よりも,学校の授業の内外で,自らの興味・関心を生かして幅広く学び,その過程で見出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野,あるいは自らの問題意識を掘り下げて追究するための深い洞察力を真剣に獲得しようとする人を東京大学は歓迎します。【東京大学学校推薦型選抜のアドミッション・ポリシーより】
原田さん そうですね。
ただ、私自身、中学時代から活動する中で、公共施設や企業などに「新しいトイレをつくりましょう」って提案する場合、それがどれくらいお金を産んでくれるのかについては、データもないし考えたこともなかったのです。次のステップとして「経済性」の研究が必要だと強く思いました。

原田さん 経済性のデータがあれば世の中にますますアピールしやすいですし、逆に経済性に乏しくても車椅子の方が使いやすいトイレは世の中に必要だと、どういうデータをもとに提案するのか。トイレを経済の側面から見て地に足のついた事業をしたいという思いがあり、東京大学の経済学部を志願しようと考えたのです。
がむしゃらに勉強したら高2で受けた模試で東大A判定に!
原田さん 大学に行かない選択も考えてはいましたが、どういう道を歩んでも勉強は必要だろうと、高1から大学受験に向けて勉強をしていました。塾に行けるような環境でもないので、自学で受験勉強を始めました。
「東大受験」を決めたものの、1年間留学もしていましたし、わからないところもあるんです。夏休みの無料講習は受けに言ったのですが、東大を受けるような人たちは10聴いて10理解するんですよね。でも私はよくて1だったり、0.5だったり。うらやましいけれど自分は1を100回積み重ねて100にするしかない。必死に勉強しました。
高1のときに留学しましたが、コロナ禍で帰国せざるを得なくて学校の授業もなかったから、「勉強しなきゃ!」とやる気がめちゃくちゃあって。

――しっかり勉強されたら、高2で東大文科二類がA判定だったそうですね!
原田さん 私、当時パソコンを持っていなくて、企業にパワーポイントの資料を出すときも、スマートフォンで作っていたんです。
コロナ禍でオンライン授業がありますから、パソコンがないと困るなと思っていたら、ある塾の全国統一テストで「成績優秀だったらMacBookプロをもらえる」キャンペーンが! 「これをもらうしかない」と獲得に向けてものすごく勉強したら、50位以内になって、高2でいただけたんです。そのときの東大の判定がA判定で。「私も東大をめざしていいんじゃない?」って思えたんですよね。
とにかく、東大に向けて勉強しよう、受からなかったら大学に行かなくてもいい、くらいの気持ちでした。
悩み抜いたあげく、提出前日に東大の学校推薦型選抜を受けることに!
――そんな中、推薦型選抜に目を向けたのは……。
原田さん 公文国際の先生からは、以前から「推薦入学があるよ」と言われていました。が、ふたつの受験方法を追うのは危険だと思いましたし、第一、どうやったら推薦入学で合格できるのかもわからない。当時はいろいろなメディアに東大の学校推薦型選抜のことが取り上げられていましたが、合格した人たちは数学オリンピックとか物理オリンピックのメダリストが多く、そうでないのは『東大王』の鈴木光さんくらいしか知らなくて。果たしてトイレの研究で受かるのかな、と。
それに、トイレットペーパーを使って漫画でSDGsについて発信する事業では、クラウドファンディングによって資金を調達していました。この事業は私だけの力で回したわけではなく、たくさんの方の力を借りて実現しているもの。それを自分の大学入試の材料に使うことも躊躇の理由でした。

原田さん 日にちはどんどん過ぎ、もう本当にギリギリ、書類提出日前日になって、先生が改めて「本当に学校推薦型選抜、受けなくていいの?」と聞いてくれたんですよね。そして「周囲の人たちの力添えがあって事業をここまで実らせたのであれば、なおのこと原田さんが東大に入学してステップアップすることをみんな期待しているんじゃない?」って言われたのです。
悩んだあげくに、先生方やこれまでサポートしてくれた人への感謝を込めて「学校推薦型選抜にチャレンジしよう!」と決心しました。
東大の学校推薦型選抜は共通テストの点数も加味される
――学校推薦型選抜では、自分がこれまでしてきたことや志望動機など、書類を提出する必要がありますし、学校の推薦書類も必要ですよね? 前日でよく間に合いましたね。
原田さん 学校には本当に迷惑をかけました。私のために、前日に急いで書類を作ってくださって。私のほうもいろいろと応募書類を作るのですが、これまで企業や自治体などに自分のやっていることを説明する機会が多く、資料はある程度できていましたから、前日でも何とかまとめることができました。
書類で第一次選考を通過すると面接があります。自分のやりたいことを端的に話す必要がありますが、それも事業のプレゼンテーションを数々やってきていたので、何とかなりました。

原田さん しかし、これだけでは東大の学校選抜の合格には至りません。共通テストを受けて、その結果も加味されて2月上旬に合格がわかります。ここで不合格だったら、受けた共通テストを利用して、一般選抜で受けるつもりでした。学校推薦型選抜で受かったのでその必要はなくなりましたが、2月にならないと合格がわからないのが、東大の学校推薦型選抜の特徴ですね。
昨年会社を立ち上げて、政府や企業にもトイレ研究について発表
――大学に入学して現在4年生ですね。大学に入学してからはどのような活動をしていますか?
原田さん 引き続きトイレの研究やトイレ設置のコンサルティングなどを行っています。学業のほうでは、山口慎太郎先生の研究室でトイレの経済性についてのデータ作成など研究のノウハウも教えていただいています。また2024年には株式会社UN&Co.を立ち上げ、法人化しました。研究については『トイレ白書』にまとめ、毎年集計したデータを個人から政府・企業向けに発表し、産学官連携で日本および世界のトイレ環境向上に貢献します。

原田さん 車椅子トイレやおむつ替えベッドの配置なども含めたトイレおよび周辺機器の提案もさせていただいています。そのほか、今トイレの場所や設備内容がわかるアプリを開発中です。8000人の声をもとに、すべての人が快適に利用できるトイレ空間の普及をめざし、国内10万件を超えるデータソースをもとにバリアフリートイレ設備の可視化を行います。
原動力は身近にいたトランスジェンダーや車椅子の友達の存在
――中3からトイレ×マイノリティの研究を始め、10年たった今、振り返って何が原動力だったのですか?
原田さん あんまり気負ってないというか、私、活動家でもないですからね。トランスジェンダーや車椅子の友達のため、かな。何かをすることで友達との生活が1㎜でもラクになるといいな、と思ってきました。車椅子に乗っている子は、一緒に遊んでいても「今のうちにトイレ行っておいていい?」って言うんですよ。行く先々に行けるトイレがないから、今のうちに、となるんです。だから、一緒に自然いっぱいのところに行きたくても行けなかったり。何も気にせずに、友達と心から楽しみたいと思ってやっているのかもしれません。

原田さん マイノリティの課題解決をするときに、自分にペインがないとその人たちに届くサービスにならないと思うんです。今問題を抱えている人たちといかに友達になって話して一緒に同じ方向に向いて課題解決するか。私はそれをやっていきたいなと思っています。
――すごい活動をしてきたのに、原田さんの話す言葉は軽やかです。「マイノリティのために活動するのだ」という意気込みを強くするのではなくて、「すぐ隣にいる人が少しでも楽しくなるように」。こんなマインドで研究する人が増えたら、世界はもっと幸せに包まれるのでしょうね!
前編ではトイレを1000カ所調査するなど“トイレ愛”と両親の教育方針などを伺いました
お話を伺ったのは
2003年生まれ、東京都出身。公文国際学園高等部在学時に「トビタテ!留学JAPAN」代表留学生として渡米。コロナ禍により10カ月間のアメリカ留学となったが、アメリカにおけるジェンダーフリートイレの普及状況調査を行った。トイレにおけるジェンダー課題を解決するためのチーム「Plunger」を立ち上げ「SDGsを漫画で学べるトイレットペーパー」を製作、「日本トイレ大賞2021」を受賞。東京大学に学校推薦型選抜で合格、経済学部で「トイレと経済性」について学ぶほか、2024年には株式会社UN&Co.を設立。
取材・文/三輪泉 撮影/五十嵐美弥