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ある日突然向き合うことになった砂場
――以前から砂場に関わるお仕事をされていたのですか?
いえいえ、まったくそんなことはありません。前職では、医療法人で経営企画や広報などを担当していました。ちょうど2016年、「保育園落ちた日本死ね」という言葉が流行語大賞のトップ10に入るほど、待機児童の問題が深刻化していた時期です。
子育て世代に向けて何か地域貢献ができないか――そんな想いを強く持っていた法人の経営者の意向もあり、当時、広報や企画の責任者だった私が、地域に受け入れていただける保育園づくりを進めるプロジェクトのリーダーを任されることになったんです。ブランディングも含めて、ゼロからのスタートでした。

ただ、私は保育士でも幼稚園教諭でもありませんから、子どもの教育や保育のあり方、そして保育園設置に向けての課題に、まっさらな状態から向き合うことになりました。
その中で出合ったのが、園庭、そして砂場だったんです。
「砂場って、そもそも必要?」悩んで、調べるうちに感じた砂場の“奥深さ”
――突然「園庭を作って」と言われても、遊具の種類や配置なんて、すぐにイメージできませんよね。
本当にそうなんです。中でも、「砂場って、そもそも必要なんだろうか?」というところで、すごく悩みました。というのも、全国の人気保育園を見学して回ったとき、砂場のある園もあれば、ない園もあって、なぜなんだろうと。
調べてみると、1993年の都市公園法の改正によって、砂場の設置義務がなくなっていたことがわかりました。さらに1995年には、幼稚園設置基準からも外されていた。つまり、設置するかどうかは各園の判断に委ねられるようになっていたんですね。そうやって、知らないうちに砂場がどんどん減っていったのだと思います。
でも、調べるほどに感じたのは、砂場の奥深さ。子どもたちの脳内のフィルターを通すことで、キッチンにも山にも川にもなる。遊具のほうが、子どもに合わせて形を変えてくれる。子どもたちにとって、こんなにも豊かな遊びの場は、ほかにないんじゃないかと思うようになりました。

そして気づけば、保育園の園庭づくりを終えたあとも、その関心は冷めることがありませんでした。休日を使って、自分の足で全国の砂場を訪ね歩くようになったんです。ただ見て回るだけでなく、実際に砂に触れたり、子どもたちの遊ぶ様子をじっくり観察したり。いつのまにか、砂場の研究は私にとってのライフワークになっていました。
人生が変わった! 「100万円プレゼント企画」の当選
――仕事を辞めて、砂場研究家として歩み始めたきっかけがあったんですか?
2019年1月に、ZOZO創業者の前澤友作さんが「100人に100万円をプレゼントする」という、総額1億円のお年玉企画を実施されたのを覚えていますか? 実は、あの企画に私、当選したんです!

――当選されたなんてすごい! 当たったら仕事を辞めようと思っていたんですか?
それが、まったくそんなことはなくて(笑)。前澤さんのフォロワーではあったので「また面白いことを始めたな」と思いながら、当初は自分とは無関係の話だと受け止めていました。
でも、「きっと誰にでもあげるわけじゃないよね」と考え始めたときに、「もし自分が選ばれたら、砂場の研究費に使えるかもしれない」と思ったんです。

私は、気になることがあるととことん調べないと気が済まない性格で…。
昔の砂場文化を知るために古い文献を取り寄せたり、全国の砂場を実際に巡ったりと、調査費がかさんでいたんですね。当選しようがしまいが、当時は仕事を辞めるつもりはまったくありませんでしたが、「当たったらありがたいな」と思っていました。
応募条件は「フォローしてリプライするだけ」。ただ、どう選ばれるかはわからない。だからこそ、ハッシュタグ込みジャスト140文字に、「砂場の研究に使いたい」という想いをぎゅっと込めて投稿しました。
「好きなこと」を仕事にしようと決意
――想いをつかみにいったんですね! 実際に当選したときは、どんなお気持ちでしたか?
「やっぱり、ちゃんと見てくれていたんだな」という気持ちと、前澤さんご本人から直接メッセージをいただいたことへの驚きと。今でも、すごくうれしかったのを覚えています。
もちろん、1億円が当たったわけではないので、すぐに仕事を辞められるような金額ではありません。でも、何かが変わるタイミングかもしれないなと。
「好きなことを仕事にする」という前澤さんの言葉を見たとき、それまでは「得意なこと」を仕事にしてきたけれど、「好きなこと」を仕事にしてもいいのかもしれないと思えたんです。
研究にも自然と自信が持てるようになり、「よし、自分の未来に投資しよう」と決めて、100万円を握りしめ、起源があるといわれるヨーロッパの砂場を、自分の目で見に行くことにしました。
世界の砂場に触れて見えた「日本との違い」
――ヨーロッパでは、ホテルを転々としながら砂場を見に行かれたんですか?
いえ、保育園や幼稚園の砂場も見てみたかったので、現地のご家庭にホームステイさせてもらったんです。送り迎えに一緒に行かせてもらって園庭を見せてもらったり、公園を歩き回ったりして。
そうして見ていくうちに、日本の砂場とはまったく違うことに気づいて。正直、とても驚きました。
ベルギーの砂はさらさら、オランダでは砂場に水路まである
――世界の砂場事情、考えたこともなかったです。どんなふうに違っていたんですか?

まずは砂そのものの質です。たとえばベルギーの公園にあった砂場の砂なんですが、ぱっと見ただけで「さらさら感」が伝わるくらい細かくて。
土の粒の大きさには分類があって、0.075〜2ミリの粒が「砂」、それ以上は「礫(れき)」と呼ばれるんです。でも日本の多くの砂場は、この「礫」寄りの粗い粒が多くて、ごろごろしていて痛い。だから、子どもが集中できなかったり、長く遊べなかったり、砂場がカチコチになる原因にもなってしまうんです。

次に感じたのが、砂場の設計の違いです。
ベルギーの公園では、砂場が「遊びの動線」に自然に組み込まれていて、段差も囲いもありません。日本だと柵や縁で囲まれたスペースの中に「わざわざ入って遊ぶ」というスタイルが主流なので、その違いには驚きました。

さらに、オランダやドイツやデンマークの砂場などでは水路が設計の一部として組み込まれていたんです。たとえば古い木材でつくられた水の通り道があって、子どもたちはそこに水を流しながら遊べるんです。
――日本では、水は自分で汲んでくるものという感じですよね。
そうなんです。日本の公園では、バケツで水を汲みに行って、それを流す。でも地面にすぐ染み込んでしまって、また汲みに行って…の繰り返し。川をつくりたいのに、なかなかうまくいかないんですよね(笑)。
でも、私は砂遊びに水は必要不可欠だと思っているので、設計の段階から水の流れが考えられているヨーロッパの砂場には感動しました。

――遊びやすい環境が、最初から整えられているんですね。
最近は日本でも、有料施設などでは質の高い砂場が整ってきている場所もありますが、公共の公園となると、まだまだ課題が多いのが現実です。
もちろん、維持管理の問題やコストなど、簡単にはいかないこともたくさんあります。でも、子どもたちにとって「土に触れる時間」や「自由に遊べる空間」は、本当に大切なもの。
今、八ヶ岳の森の中に、ひだまりのような砂場をつくろうとしているところなんです。
挑戦の途中ではありますが、自然の中で思い切り遊べる場所として、日本で初めてのようなユニークな砂場にしたいなと思っていて。
こういう砂場が日本にももっと広がっていったらいい。そして、土に触れることの楽しさや、砂場がもつ可能性を、これからも丁寧に伝えていきたいと思っています。
科学的にも証明されている「土に触れること」のメリット
――土に触れることって、楽しいだけじゃなくて、もっと深い意味があるんですか?
実はあるんです。たとえば土の中にいる「マイコバクテリウム・バッカエ」というバクテリアには、幸せホルモンとも呼ばれるセロトニンを分泌する神経細胞を活性化する作用がある、という研究結果があります。
このセロトニン、実は日本人にとってすごく大事なもの。

というのも、日本人は「S型」というタイプのセロトニントランスポーター遺伝子をもつ人が多く、このタイプはセロトニンが体内にとどまりにくい特徴があります。そのためストレスを感じやすい傾向があり、土に触れてセロトニンを増やすことが、心の安定につながりやすいと考えられます。
――たしかに、家庭菜園や陶芸でも、土に触れているときって無心で夢中になれて、すごく幸せな気持ちになります。
まさにその感覚です。セロトニンには「集中力を高める作用」もあるとされているので、そうやって本能的に夢中になるのも、自然なことなんですよね。

今、毎週どこかの保育園や幼稚園に呼んでいただいて、園児たちと一緒に砂場遊びをしているんですが、お昼の時間になっても気づかないくらい夢中になっている子も多くて。「まだ遊びたい」と泣き出してしまう子もたくさんいます(笑)。
集中力を高めたり、気持ちを落ち着かせたり、体を思い切り動かしたり。そんな体験を自然に引き出してくれるのが、土や砂場のもつ力だと、子どもたちと遊ぶ中で日々感じています。

砂場は、公園の中でも、0歳の赤ちゃんから成長に合わせた遊び方ができる、めずらしい場所です。「汚れちゃうから」とちょっとためらってしまうこともあるかもしれませんが、それ以上に、得られるものが本当にたくさんあります。
最近は、衛生面を気にして、なるべく清潔な環境で…と頑張っていらっしゃる方も多いと思います。でも、ほんの少しでも、土や砂に触れる時間を、暮らしの中に取り入れてみてほしいなと。きっと、思っていた以上に、子どもたちの表情や集中力に変化があらわれると思いますよ。
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【後編】では、「土や砂にふれる楽しさをもっと多くの人に知ってほしい」という、どろだんご先生の想いから生まれた 「ピカピカどろだんご」の作り方をご紹介します。
まるで宝石のように美しく、壊れにくい丈夫などろだんごは、夏休みの自由研究にもおすすめ。親子で夢中になれる土遊び、ぜひ体験してみてください。
後編では「ピカピカどろだんご」の作り方を教えてもらいました
お話を伺ったのは
1982年愛知県生まれ。土にふれる楽しさをもっと知ってほしいという想いから砂場研究家として、世界2700箇所以上の砂場をめぐり、公園・園庭・砂場づくりのアドバイス・プロデュースを全国各地で行う。また、土や砂ににふれるきっかけづくりとして、本気の砂場あそびのワークショップ・ピカピカどろだんごづくりのワークショップを全国各地で開催している。今までのワークショップの参加人数はのべ、3000人を超える。
2023年、子どもたちと公園の社会課題に取り組む「SUNABANASHI」をスタート。
キャンプインストラクター・防災士の資格も所持しており、公園×アウトドア×防災についても情報発信をしている。
SDGs目標14. 「海の豊かさを守ろう」目標15.「陸の豊かさも守ろう」に配慮し、廃棄される川砂を再利用した砂場づくりを推奨している。
HP SUNABA inc.
Instagram @dorodango_sensei
X @sunaba_asobi_
取材・文/篠原亜由美 撮影/横田紋子、杉原賢紀 資料・写真提供/どろだんご先生