フルインクルーシブを達成したイタリアから学ぶ姿勢とは? 障害があっても地域でともに育つ仲間【言語聴覚士 原先生が伝える世界のインクルーシブ教育】

発達障害のある子どもの療育に長年携わってこられた言語聴覚士・社会福祉士の原 哲也先生が、2024年と2025年の2度にわたってベルギー・デンマーク・イタリアのインクルーシブ教育を見学。現地の教育の様子を数回に渡ってお届けするシリーズです。今回は、「フルインクルーシブ」を実現しているイタリアの教育について後編をお届けします。

日本とは全く違う、イタリアにおける就学時の対応

日本の「就学相談」では、特別支援学校、通常学校の特別支援学級、普通学級のうち「どの学校・学級へ行くかを決めること」がメインです。

イタリアではどうでしょうか。例えば5歳のAくん。自閉スペクトラム症があり、発語はなく、要求は絵カードなどで伝えます。予定変更があると強い不安からパニックになることがあります。就学の際、Aくんは「どの学校・学級へ行くか」を決める必要はありません。イタリアでは、1977年に特別学級が廃止され、障害のある子どもも通常学校で学ぶのが原則だからです。

Aくんについては次のような流れになります。

①ASL(地域保健公社)による障害認定

保護者の申請を受けてASLの医師が認定を行います。ASLは診断だけでなく、リハビリや療育を提供し、学校に専門職を派遣して継続的に子どもを支援します。

②「機能プロフィール」の作成

ICF(国際生活機能分類)の考え方に基づき、「どんな環境なら、この子は学べるか」が整理されます。機能プロフィールには「発語がない」こととともに、「絵カードを使って意思を伝えられる」「予定変更には視覚的な予告が必要」などの支援方法が記載されます。

③PEI(個別教育計画)の作成

学校は機能プロフィールをもとにPEI(個別教育計画)を作成します。(次の段落で詳しく説明)
つまり、イタリアでは就学時から「通常学校で学ぶために何が必要か」の検討がメインなのです。出発点から「子どもを学校へ合わせる」のではなく、「学校が子どもに合わせる」という考え方で制度が組み立てられているのです。

イタリアの小学校

必要な支援内容や人員配置などを決める、個別教育計画(PEI)

PEIは、校長が主宰するGLO(インクルージョンのための運営作業部会)で作成されます。GLOには、担任、支援教師、保護者、地域保健機関(ASL)の多職種チームなど校内外の専門職が参加します。

大きな特徴は、障害のある子ども本人が参加する権利が保障されていることです。Aくんのように発語がない場合でも、絵カードや写真、タブレットなど、その子に合った方法で意思を表せるようにします。そこには、「自分のことを自分抜きで決めない」という考え方があります。

この会議では教育目標や学習方法だけではなく、在籍学級に支援教師による支援が週何時間必要か、自治体の支援員にどのような支援を何時間求めるかについても検討します。そして必要な支援内容と時間数をPEIに記載し、関係機関に人員配置を求めます。

PEIに基づいて、支援教師は教育行政、支援員は主に自治体が、配置可能な人員などを踏まえて実際の配置を決めます。求めた人員配置が必ず実現するわけではありませんが、PEIは子どもに必要な支援を具体化する機能を果たしています。

一般の教諭以外に、多職種による支援が用意される

障害のある子どもが通常学級で学ぶことを支えるために、イタリアでは一般の教諭以外にも多職種の大人が学級に関わります。

①支援教師(insegnante di sostegno)

障害のある子ども2人につき支援教師1人が配置されます(重度の場合は追加配置あり)。支援教師は「障害のある子どもが在籍する学級」に配置されます。

支援教師は補助員ではなく、国が雇用する正式な教員で、授業も持ち、クラス全体の評価にも責任を持つ共同担任として位置付けられています。

現在、約26万人の支援教師(全教員の約4人に1人)が配置されています。支援教師は、通常の教員資格に加えて大学で約9か月、実習を含む約300時間の専門課程を修了しています。日本では通常学校に置かれる特別支援学級の教諭には必ずしも特別支援教育の教員免許は必要とされていません。

②自治体の支援員

子どもの身辺自立やコミュニケーション、友だちとの橋渡しなど生活面を支える支援員は8万5,000人と言われます。自治体が直接雇用する場合もありますが、自治体の委託を受けて、社会協同組合(後述)が雇用することが多いです。

③多職種の専門職 

ASLから小児神経精神科医、心理士、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士などが関わり、それぞれの専門性を生かして子どもの学びを支えます。

このように多職種の大人が学校に入ることで、子どもを学校に合わせるのではなく、学校が子どもに合わせる、を実現しているのです。

支援教師と手をつなぐ子ども

バザーリア法と社会協同組合

ここで「社会協同組合」について少しお話しします。

1970年代に精神科医フランコ・バザーリアは、「精神障害者は隔離される存在ではなく、市民として地域で暮らす権利を持つ」と提唱しました。その後1978年にバザーリア法が制定されると多くの精神科病院が閉鎖され、精神障害のある人は地域社会の中で医療や福祉の支援を受けながらともに暮らすことが目指されるようになりました。

そうなると地域において、精神障害のある人を支える福祉サービスや働く場が必要になります。そこで市民が地域に非営利の社会協同組合を作り、福祉サービス提供と就労の支援を行うようになりました。社会協同組合はその後、法律で制度化され、現在ではイタリア全国で約1万4,000団体、約48万人が働いています。

「精神障害者がともに地域で暮らす」ことを実現するために、市民自らが仕組みを作る。イタリアにはそのような社会的・精神的土台があります。

この考え方は、イタリアのフルインクルーシブの根底にある、障害のある子どもは「特別な場所で教育を受ける子」ではなく、「地域でともに育つ仲間」という価値観にも通じるものです。

支援対象の児童生徒は10年で2倍に。イタリアが抱える課題

クラスの学習風景

インクルーシブ教育の先進国といわれるイタリアですが、支援対象の児童生徒が10年間でほぼ2倍(約37万7,000人、全体の4.8%)となる中で課題もあります。

2024年度には、支援教師の約22%が無資格のまま配置されていました。そして、約6割の子どもの支援教師が毎年交代しています。言葉で十分に伝えられない子どもにとって、信頼関係を築いた教師が毎年代わることは大きなストレスとなります。

また、自治体の支援員の経費は自治体負担であり、年々増大する費用が自治体の財政を圧迫していたり、自治体の支援員の多くが短時間契約で雇用が不安定であったりする点も課題です。

また、「障害のある子どもは特別な学級で学ぶ方がよい」と考える教員が増えているという現実もあります。インクルーシブ先進国イタリアでも、理想と現実の間の試行錯誤は続いているのです。

「ともに育つことが当たり前」イタリアの教室から、日本が学ぶべきこと

今回の取材で強く感じたのは、障害のある子どもは「特別な場所で教育を受ける子」ではなく、「地域でともに育つ仲間」という価値観が広く受け入れられていることでした。フルインクルーシブを可能にする様々な制度は、この価値観の土台の上にこそ生まれました。

支援教諭や専門職の学校への関与など、イタリアのフルインクルーシブのための諸制度には見るべきものが多くあります。しかし日本がイタリアの制度をいきなり取り入れることは現実的ではありません。

むしろイタリアの教室から私たちが気づき、学ぶべきは、制度の形ではなく、「ともに育つことを当たり前とする社会」をめざし続ける姿勢なのではないかと私は思います。

小学校校長と支援教師、教科担任と著者

イタリアは「障害のある子どもも、地域でともに育つ仲間である」という価値観を1970年代から半世紀かけて築いてきました。そして障害のある子どもが「地域でともに育つ」ために、子どもを変えるのではなく、子どもに合った方法を工夫し環境を創る方法を探し、結果、フルインクルーシブを実現しました。

ともに育つために、子どもを変えるのではなく、子どもに合った方法を工夫し環境を創る。それは障害のある子どもに限らず、すべての子どもにとってよりよい学びの場をつくることにつながります。

ミラノで訪ねた小学校のジョルジョ・ピエトロ・ストゥラーロ校長は、次のように話してくれました。

「先生が障害のある子どもとどう関わるかを、周りの子どもたちは毎日見ています。障害のない子どもが友だちとどう接するか、その手本は教師なのです。

質の高い支援教師は減っています。それでも、どんな経済状況になっても、私たちはフルインクルージョンを誇りに思い、この道を進みます」

課題を抱えつつもフルインクルーシブを貫こうとする姿に、私は強く感銘を受けました。

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この記事を書いたのは

原 哲也|言語聴覚士・社会福祉士

一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPAN代表理事。明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業、国立身体障害者リハビリテーション学院・聴能言語専門職員養成課程修了。カナダのブリティッシュコロンビア州の障害者グループホーム、東京都文京区の障害者施設職員、長野県の信濃医療福祉センター・リハビリテーション部での勤務の後、『発達障害のある子の家族を幸せにする』ことを志に、一般社団法人 WAKUWAKU PROJECT JAPANを長野県諏訪市に創設。発達障害のある子のプライベートレッスンやワークショップ、保育士や教諭を対象にした講座を運営している。著書に『発達障害のある子と家族が幸せになる方法』(学苑社)、『発達障害の子の療育が全部わかる本』(講談社)がある。

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