「二月の勝者」最終話から思う、本当の「勝者」とは?黒木蔵人が私たちに気づかせてくれたこと【おおたとしまさ連載最終回】

PR

先日最終回を迎えた日本テレビ系ドラマ「二月の勝者−絶対合格の教室−」。HugKumではドラマ放送期間中に、教育ジャーナリストのおおたとしまささんによる前週のストーリーの振り返りと、ドラマに出てきた中学受験情報の解説をしてきましたが、こちらの連載も今回が最終回。このドラマを振り返ります。

ΩクラスからRクラスまでそれぞれの有終の美

ドラマ「二月の勝者−絶対合格の教室−」の最終回が終わった。入試本番に挑む桜花ゼミナールの子どもたちの背中。リアル中学受験生の親は、数週間後のわが子に重なってしまい、まともな心境では見ていられなかったのではないかと思う。

©Nippon Television Network Corporation

入試当日の朝、塾講師たちが列をなして受験生たちを待ち構え、励まし、入試会場に送り出す様子は、受験業界の冬の風物詩であったが、コロナ禍では自粛要請が出ており、2022年の入試会場でも見られないだろう。

家庭で大変な思いをした島津順くんも、引っ込み思案だった柴田まるみさんも、なかなかやる気を見せなかった石田王羅くんも、みんなそれぞれにがんばった。それぞれの合格を得た。

©Nippon Television Network Corporation

合格した学校の偏差値を比べてみれば、高いの低いのはあるのだが、中学受験を最後までやり抜いた子どもたちの自信と達成感に満ちた笑顔を見れば、受かった学校の偏差値の違いなんてほとんど無意味に感じられることが、視聴者にも実感として伝わったのではないかと思う。

首都圏だけでも毎年約5万人の子どもたちが中学受験を経験する。どんな結果であれ、最後までやり抜いた彼らを私は心の底から尊敬する。

人生で最も長い一週間

拙著なぜ中学受験するのか?から引用する。

結果、第一志望校に合格できれば、努力が報われる大きな成功体験になる。それが今後の人生の励ましになる。

一方、第一志望校以外の学校に進むことになったとしても、その結果を堂々と受け入れ、そこでしか得られない学びの機会やひととの出会いを大切にして、そこでの六年間を存分に満喫すれば、結果的にその学校に行けたことが正解だったことになる。

自らの努力によって、事後的に正解をつくり出したともいえる。正解がない時代においてはこの力こそがものをいう。第一志望校以外に進むことになった子どもたちは、それを身につけるチャンスを得たことになる。

人生におけるいかなる決断だって同じだ。選択肢の中からどれかを選ぶ場合に、どんなに情報を集めて論理的に考えても、正解なんてわからない。

仮にいちばん良さそうな選択肢を選んだとしても、そのあとに努力が続けられなければ、その選択をしたことが間違いだったことになる。逆に、どんなに不利な選択肢を選ぶことになったとしても、その環境を最大限に生かす努力を続けられれば、それを選んだことが正解だったことになる。

つまり、人生の決断の良し悪しは、決断したあとに決まる。

そんなことも、中学受験という経験から得られる教訓の一つである。

中学受験という壮大な冒険を終えたとき、「あぁ、あのときああしていれば……」と後悔することの一つや二つ、あるかもしれない。

では、SF映画のように過去に遡ってあのときをやり直せたら、完璧な中学受験になるのだろうか。

たぶん違う。おそらく別のところで別の悔いが生じるだけだ。つまり、やり直したいところがいっぱいある中学受験の経験の中にも実は、自分たちが気づかないうちにとてもうまく乗り越えていた落とし穴や回り道があったはずだということだ。客観的に見れば、案外いい中学受験だったのかもしれないと思ってほしい。

むしろ、後味にほろ苦さが残るくらいがちょうどいい。

極上の冒険物語を読み終えたときに残るほろ苦さが物語の余韻を増幅するように、中学受験の日々の最後に残ったほろ苦さも、家族にとっての宝物になる。壮大な冒険物語を共有した家族がそれぞれの立場で、今後の人生の味わいの一部として生かしていけばいい。

最後は必ず笑顔で終われる。そうはわかっていても、子どもたちのがんばりを見守る大人たちの心境は普段通りではいられない。百戦錬磨の黒木蔵人(柳楽優弥)でさえ、東京・神奈川の中学入試本番前夜の1月31日には、怖くて、足が震えるのだ。決して大げさな描写ではない。多くの中学受験塾講師が毎年同じ日に同じ心境になっているはずだ。

ましてや初めてわが子の中学入試本番を迎える親の心境や……。かつて、わが子の中学入試が2月6日まで続いたある母親は、「人生で一番長い一週間だった。もう一度やれと言われたらもう無理」と当時の心境を語ってくれた。

「勝者」とは必ずしも第一志望合格者ではない

黒木が運営する無料塾「スターフィッシュ」の子どもたちもがんばった。都内に10校ある都立中高一貫校への合格者が2名。都立中高一貫校は平均倍率が約5倍にもなる難関だ。簿記二級に合格した女性もいる。さらには高校受験が待っている。

「スターフィッシュ」つまり「ヒトデ」。黒木の無料塾の名称は、ナチュラリストのローレン・アイズリーの『星投げびと』というエッセイに由来することを、とうとう灰谷純(加藤シゲアキ)が突き止める。

©Nippon Television Network Corporation

もともとのエッセイの意味するところは深遠で難解だ。しかしそれをもとにして語り継がれるメッセージはこうだ。浜辺に打ち上げられる無数のヒトデを救うことはできない。できる限りのヒトデを海に帰してやっても、全体から見れば焼け石に水で、無意味に見える。しかし海に戻されたヒトデにとっては大きな違いとなる。

『中学受験生に伝えたい勉強よりも大切な100の言葉』(おおたとしまさ・著、高瀬志帆・画、小学館・刊)より

灰谷は言う。「あの子たちは学ぶことに対して純粋な好奇心をもっています。学ぶことが楽しいことだということを、あの子たちは確認させてくれます。あの子たちは黒木先生に、学びの喜びを教えてくれるのではないでしょうか。それが、いまの私がたどり着いた答えです」。

©Nippon Television Network Corporation

黒木は「そうですね。あなたの言う通りだと思います。受験で合格することは最終目的ではない。受験を通し、学ぶことの喜びや、己に勝つことの尊さを知った者が、未来を切り拓いていく本当の勝者だと思います。私自身が、子どもたちから学んだことです」と応える。

そして二人は、それぞれの持ち場でそれぞれの使命を果たすことを誓い合う。

©Nippon Television Network Corporation

 

次ページ 誰にでも手に届く「星」はあるはず

次のページは▶▶誰にでも手に届く「星」はあるはず

編集部おすすめ

関連記事