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数と仲良くなるには、 “できる”より“好き”が先
算数を好きになる第一歩は、数を数えること
―家庭で算数の基礎をつくるには、どんなことから始めるとよいでしょうか。
川島さん:まずは数を数えることです。サッカーでいえば、ボールと仲良くなる段階ですね。
お風呂で「10まで数えよう」、階段を上り下りするときに「1、2、3」と数える。それだけでも立派な算数です。

―“基礎”といっても、親はつい「算数を得意にしてあげたい」と考え、いろいろなことをやらせがちです。
川島さん:そうですね。でも、いちばん大切なのは、“好き”が先にあること。サッカーなら、まずボールを蹴るのが楽しいのが基礎になりますよね。算数も同じで、数を数えたり、扱ったりすることに抵抗がない。それが“算数と友だちになる”第一歩なんです。
日本の家庭の日常には、数との出合いがたくさんある
―特別なことをするというより、日常の中に算数があるのですね。
川島さん:そうなんです。日本の家庭では、算数の基礎が日常の中で自然に育まれていると感じます。食卓でお皿を並べたり、お風呂で「10まで数えよう」と言ったり。野球が好きなお子さんは、割合を学ぶ前から打率の話を親子でしていませんか? それがいいんです。日ごろ何気なくしている声かけが、すでに“数との出合い”になっているんですよ。

弊社が主催する「シンクシンクカップ」という大会に、世界中から子どもたちが参加したのですが、日本の子どもたちは全体的に高得点でした。理由を考えると、日本では家庭の中で「数える文化」が根づいていることが大きいと思います。10個の小石を左から順に数えるなど、日本では当たり前のことが他の国では意外と難しい。
日本の子どもは、自然と「順番に並べて数える」「そろえる」といった感覚を身につけているんです。算数の基礎になる“数のセンス”や“考える土台”が育つ環境を親御さんが自然と作ってあげているのだと思います。
図形は、形を見つける目を育てる

―図形は苦手な子が多い印象です。友だちになれるでしょうか。
川島さん:図形と“友だちになる”入り口は、三角形や四角形など、身の回りの形を見つけて「これ三角だ」「これ四角だ」と感じること、つまり、形を見つけたい、と思う経験をたくさん経ることです。
私は正六角形が好きなのですが、好きな人やものは周りから“浮き上がって見える”ことがありますよね。雑踏の中から母親の声を聞き分けられる感覚です。
算数でも同じで、形に興味がある子は、複雑な図形の中から正三角形や四角形をすぐに見つけられる。その「見える力」は、中学受験の図形問題でも生きてきます。補助線を引いたり、隠れた形を見抜いたりする発想は、形を楽しく見る感覚から生まれるんです。
―小さいうちからできる“図形の遊び”にはどんなものがありますか。

川島さん:立体を切る、組み立てる、回すといった体験ですね。フラワーアレンジメントに使うオアシスというスポンジを切って断面を観察したり、積み木をバラして形を変えてみたりして遊んでみてください。高学年になって理屈で図形を学ぶ前に、「立方体の角を斜めに切ったら三角形ができる」と、触って感じておけば、のちの展開図や断面図の理解にもつながっていきます。
算数の文章題は子どもは「苦手で当たり前」

―読み聞かせや日常会話は、算数の文章題の理解にもつながりますか。
川島さん:もちろんつながります。「聞いて理解する」経験がある子は、文章題の意味をつかむ力が育っていきます。
ただし、子どもにとって“読む”行為は、実はとてもハードルが高いんです。だから、算数の文章題で子どもがつまずくのはごく当たり前なんですよ。
―つまずくのが当たり前!? それはなぜですか。
川島さん:大人は文章を読めばすぐに状況を思い描けますが、まだ言葉の発達途中の子どもたちにとって、文章題に書かれている状況ひとつひとつを想像するだけで大変だからです。
たとえばクイズを口頭で出すと、子どもたちは楽しそうに答えますよね。でも、それを文字で書かれた問題にした瞬間、やる気がなくなる。さらに「すぐ理解して」と言われると、考えること自体がいやになってしまう。
だから、家庭では「聞いて考えさせる」体験を増やしてあげてほしい。読み聞かせや日常会話の中で、「どう思う?」「どっちが多いと思う?」と問いかけるだけでも、算数の文章題につながる考える力が育っていきます。
「算数、苦手だよね」は絶対NG
“できたね”より“おもしろいね”を伝えて

―中学受験を意識すると、親も焦ってしまいそうです。気をつけたい声かけはありますか。
川島さん:「算数が苦手だね」は言わないようにしてあげてください。縄跳びが苦手だと言われたら、恥ずかしくて跳ばなくなる。それと同じで、「苦手」と言われた瞬間、子どもは挑戦しなくなってしまうんです。
小学校低学年くらいの算数は、ほんの少しの経験で得意にも苦手にも変わります。親が「計算ができるかどうか」だけで判断してしまうこともありますが、1年生や2年生のテストで、本当の算数の得意・不得意なんて測れません。
苦手だと決めつけることで、伸びる芽を摘んでしまうこともあるんです。
―逆に、どんな声かけが子どもの力を伸ばしますか。
川島さん:「おもしろい方法を思いついたね」「その考え方いいね」と、“考える過程”そのものを認める声かけが大切です。「すごいね」「できたね」と褒めること自体は悪くありませんが、そればかりになると、子どもは“できたときだけ認められる”と感じてしまう。そうすると、「失敗したら怒られる」「うまくいかないことはやりたくない」と思うようになり、意欲が失われていきます。
子どもが親を喜ばせたいには自然な感情ですが、「できた=偉い」ではなく、「考える=楽しい」と子どもに伝えることが、長く学び続ける力につながります。
「正しい方法」にこだわらず、子どもをよく見る
―受験や学習の情報が多い中で、親も「こうすべき」と思い込みがちです。
川島さん:「毎日30分は勉強すべき」「宿題は必ず全部やらせる」といった固定観念に縛られることが一番危険です。
教育に“絶対”はありません。中学受験を続けるかどうかも例外ではないと思います。
大切なのは、「この子にとって、今どうだろう?」と立ち止まって考えること。データや一般論ではなく、目の前のわが子をよく見てあげてください。「今日は少し疲れてるかな」「この問題は楽しそうにやってるな」と、子どもの表情や反応を手がかりにできる親御さんが、いちばん柔軟に寄り添えると思います。
中学受験の算数は、解き方を発見した瞬間が最高におもしろい

―最後に、川島さんがご著書でもおっしゃっていた、「中学受験の算数の問題はおもしろい」と感じるのは、どんなところですか。
川島さん:中学受験の算数の問題は、単に“言われた通りにやる”だけではつまらないんです。たとえば、最短経路の問題に斜めの近道を一本入れるだけで理屈が変わる。右と上だけで進んでいた考え方が崩れ、「なぜこの数になるのか」を自分で考える必要が出てくるんです。
出題する先生方も、算数の知識だけでなく、考えることを楽しめるかどうかを問うています。“ひとひねり”の中に、「あ、そうか!」という発見の瞬間がある。それこそが中学受験の算数のいちばんのおもしろさだと思います。
算数は、正解を出すための教科ではなく、考える喜びを味わう教科。その感覚に気づけたとき、子どもはもう“算数と友だち”になっているんです。
前編「算数好きに育った子ども時代のエピソード」はこちら
お話を聞いたのは
栄光学園高校卒業、東京大学大学院修了。2011年に株式会社こうゆう(花まる学習会)に入社。4歳から大学生までを対象に教鞭をとる傍ら、アジア各国の公立校や国内外の児童養護施設で学習支援・教員研修に従事。延べ1万人以上の子どもたちと直に接した経験をもとに教材開発を行っている。2014年、株式会社花まるラボ(現:ワンダーファイ株式会社)を設立。思考力育成アプリ『シンクシンク』を開発し、世界150カ国・累計300万ユーザーに拡大。「Google Play Awards」など国内外のアワードを多数受賞。2020年には、STEAM領域の通信教育『ワンダーボックス』を発表した。世界中の子どもたちから「知的なわくわく」を引き出すことをミッションとし、アプリや授業、イベントなど、形式を問わず多様なコンテンツを生み出している。「算数オリンピック」「世界算数」の問題作成、東京大学非常勤講師を歴任。2025年7月全世界同時リリースされた『ポケモンフレンズ』にて教育監修・問題設計を担当。
AIが急速に広がり、正解のない時代を生きる子どもたちに本当に必要なのは、「知識量」ではなく自分の頭で考える力です。与えられた問題を解くだけでなく、「なぜ?」「こうしたほうが面白い」と感じる意欲や感性、そして自分なりに試行錯誤する思考力が、学ぶ力を伸ばしていきます。子どもはもともとすばらしい力を持っており、親ができるのはその力が“伸びる環境”を整えること。「考えるって楽しい」という体験が、子どもの未来を切り拓く――そんな希望をもたらしてくれる一冊です。
取材・文/黒澤真紀
