算数好きの原点は、遊びの中で「のびのび考える楽しさ」を味わったこと
車のナンバープレートで数遊び
―栄光学園から東大大学院へ進まれ、現在は算数・数学の第一人者としてご活躍の川島さん。プロフィールにも「算数・数学好き」とあるほど、根っからの数字好きということですが、子どもの頃から、算数が好きでしたか?
川島さん: 今から思えば、好きだったんだと思います。
ゴールデンウィークになると実家の横浜から千葉の柏にある祖父の家に行っていました。毎回のように高速道路で渋滞につかまって、車内の空気はちょっとピリピリ(笑)。
でも、私にとってはその時間が楽しかった。なぜなら、車のナンバープレートの4桁の数字を見て、「この4つで10を作ろう」などといった感じで、自分のルールで数字を探して遊んでいて、それがすごく面白かった。

―それは何歳くらいのことですか?
川島さん: 小1〜4年くらいですね。2つ上の兄が、2年生のときに九九を覚えていたのを隣で聞いていたらいつの間にか自分も覚えていて、年長のころには九九が言えるようになっていました。でも「すごい」という感じではなく、ただ数字の響きや並びがリズミカルで、「なんか楽しい」と感じていたくらいです。
―ナンバープレートの数字遊びは、ご両親に言われて始めたのですか?
川島さん: それは全く。母はいい意味で私を放っておいてくれた。九九のエピソードも、友達のお母さんから「慶くん、もう九九できますよ」と聞いて知ったそうです。
だから、「これをやりなさい」「勉強しなさい」と言われた記憶はなく。むしろ、何も言われなかったことが、私にとってすごく大きかったと思います。「これやれ、あれやれ」と親に言われなかったから、自分で何にでも興味を持ちました。自分から動ける“余白”を残してもらえたことが大きかった気がします。
―川島さんは、小さい頃から自分で行動するタイプだったんですね。
川島さん: 母に聞くと、なんでも自分でやりたがる子だったそうです。おむつトレーニングも気づいたら自分でやっていたらしいです(笑)
幼稚園のときも、「逆上がりができたらかっこいい」「跳び箱ができたらすごい」と思って、公園で自分から練習していました。誰に言われたわけでも、褒めてほしかったわけでもなく、できるようになるのが楽しかったんです。
―川島さんが代表を務めるワンダーファイ株式会社は、「子どもの知的なわくわくを引き出す」ことを大切にされていますが、ご自身もまさにそんな子どもだったんですね。
川島さん: そうですね。算数もまさにその「わくわく」の延長でした。数字や形に触れているときは、ただ“考えるって楽しいな”と思っていました。その感覚がそのまま算数や数学につながったんです。大人になってもずっと算数や数学が好きでいられるのは、子どものころにのびのびと“考える楽しさ”を味わえたからだと思います。
頭の中でピッチを描き、夢中で遊んだ「箸サッカー」

―ほかにはどんな遊びが好きなお子さんでしたか?
川島さん: サッカーが大好きでした。外ではボールを追いかけ、家に帰ると台所の箸を両足に見立てて、机の上で「箸サッカー」をしていました。お皿やビンを並べて、カチャカチャ音を立てながら手で試合を再現していたんですが、母に「みっともないからやめなさい」と言われて(笑)
それからは自分の部屋で“無音の試合”です。頭の中でピッチを描きながら鉛筆や消しゴムを動かしていました。空間を立体的にとらえて、ボールの位置、角度、動きのイメージを頭の中で組み立てる中で、自然と空間認識力が鍛えられていたのかもしれません。
公園では、石を使って図形あそび

―サッカーで培われた空間認識力に加えて、公園や砂場での遊びも独自の工夫があったそうで。
川島さん: 公園の石を見ながら「ここにこれを足したら真四角になるのに」と考えていました。形が“ぴたり”と合う瞬間が気持ちよかったんです。パズルも好きで、平面をぴったり敷き詰めて形を作るのが楽しかった。
当時はただ遊んでいただけですが、遊びが空間認識力や図形のセンスを育ててくれたのだと思います。子どもが夢中になって遊ぶ時間って、あとから思うと一番大事なんですよね。
小5で決めた中学受験。算数を武器に栄光学園へ進学
中学受験のきっかけは「高校受験せずに6年間サッカーが続けられるから」
―中学受験を決めたのはいつ頃ですか?
川島さん: 小5です。兄の友人が栄光学園に合格したのを聞いて「かっこいい」と思ったのもきっかけの一つですが、一番の理由はサッカーです。
私は小1からずっとサッカーをしていて、「これだけは続けたい」と思っていました。ある日、サッカー仲間に言われたんです。「慶、高校受験があるとサッカーできないよね。でも、中学受験したら6年間できるよね」と。それを聞いて「いいじゃん!」と(笑)。理由は単純でしたが、自分で決めたこと。前向きに勉強しました。何より、中学受験の算数の問題を解くのが楽しくて。最初は“サッカーのため”だったのが、だんだん“考えるって楽しい”に変わっていったんです。
―では、中学受験の算数では苦労しなかった?
川島さん: むしろ算数が一番楽しかった。塾で定義を聞いて、あとは自分の頭で考えるスタイル。数やルールを少しずつ組み合わせていくのが、パズルを解くようで心地よかったです。でも、その分、国語の物語文、特に「登場人物の気持ち」を答える問題はお手上げでした。
―中学受験の算数で苦手な単元がなかったというのがすごいですね!
川島さん: 実際にはなかったのですが、実は、小5のころまで、自分は図形が苦手だと思い込んでいました。きっかけは、小2の通知表をみた母に、「あなた、図形苦手でしょ」と言われたこと。それから、そう思い込んでしまいました。でも、中学受験の図形問題をやってみて、実際には得意だったことに気づいた。子どもは、親の何気ないひと言をそのまま“自分の設定”にしてしまいますよね。今でも、「親のひと言って本当に影響が大きい」と感じています。
算数は“少ない道具でなんとかする力”が鍛えられる学び

―川島さんは、「算数・数学が好き」とおっしゃっていますが、その魅力はどんなところにあるのでしょう。
川島さん: 理由はすごくシンプルで、算数は“少ない道具でなんとかする学び”だからです。教科の中で、考えることを一番純粋に扱っている科目だと思います。そして、この思考力は、算数の中だけでは終わりません。物理や化学のような他の科目でも、数学的な考え方をベースにしています。
―算数はまさに“思考力のトレーニング”なんですね。
川島さん:そうですね。私は、思考力というのは「今ある手持ちのものでどうにかする力」だと思っています。これまでの教育は、将来困らないようにと知識という“道具”をたくさん身につけさせる方向に進んできました。でも、これからの時代は先が読めません。だからこそ、「今ある道具でどう考えるか」「どう動くか」のほうが、ずっと大切になってくると思います。
考えるって、“遊び”なんです。だから算数でもっと遊んでほしいですし、楽しめるようになってほしい。それができれば、どんな時代になっても“自分の頭で考える力”を持って生きていけると思います。
後編の「家でできる算数好きになる子育て」はこちら
お話を聞いたのは
栄光学園高校卒業、東京大学大学院修了。2011年に株式会社こうゆう(花まる学習会)に入社。4歳から大学生までを対象に教鞭をとる傍ら、アジア各国の公立校や国内外の児童養護施設で学習支援・教員研修に従事。延べ1万人以上の子どもたちと直に接した経験をもとに教材開発を行っている。2014年、株式会社花まるラボ(現:ワンダーファイ株式会社)を設立。思考力育成アプリ『シンクシンク』を開発し、世界150カ国・累計300万ユーザーに拡大。「Google Play Awards」など国内外のアワードを多数受賞。2020年には、STEAM領域の通信教育『ワンダーボックス』を発表した。世界中の子どもたちから「知的なわくわく」を引き出すことをミッションとし、アプリや授業、イベントなど、形式を問わず多様なコンテンツを生み出している。「算数オリンピック」「世界算数」の問題作成、東京大学非常勤講師を歴任。2025年7月全世界同時リリースされた『ポケモンフレンズ』にて教育監修・問題設計を担当。
AIが急速に広がり、正解のない時代を生きる子どもたちに本当に必要なのは、「知識量」ではなく自分の頭で考える力です。与えられた問題を解くだけでなく、「なぜ?」「こうしたほうが面白い」と感じる意欲や感性、そして自分なりに試行錯誤する思考力が、学ぶ力を伸ばしていきます。子どもはもともとすばらしい力を持っており、親ができるのはその力が“伸びる環境”を整えること。「考えるって楽しい」という体験が、子どもの未来を切り拓く――そんな希望をもたらしてくれる一冊です。
取材・文/黒澤真紀
