なぜパンダを中国から借りていたの? パンダ外交の歴史を小学生にも分かるように解説【親子で語る国際問題】

今知っておくべき国際問題を国際政治先生が分かりやすく解説してくれる「親子で語る国際問題」。今回は、選挙後の日本と、アメリカや中国との関係がどうなるかを、小学生が分かるように解説します。

国内最後のパンダを中国へ返還

上野動物園の人気者、ジャイアントパンダの返還ニュースでは、多くの人が寂しい気持ちになりました。2026年1月に最後のパンダが返還されてからは、国内でパンダを見ることはできなくなりました。

では、そもそもなぜパンダは日本と中国の間を行き来し、私たちの心を捉えて離さないのでしょうか。その背景には、単なる「かわいい動物の貸し借り」以上の、深い外交の歴史が刻まれています。

パンダは日本と中国の友好の証としてやってきた

日本に初めてパンダがやってきたのは1972年のことです。当時の日本と中国は、長い間正式な国交(国同士の付き合い)が途絶えていました。

しかし、この年に両国が再び手を取り合う「日中国交正常化」が実現。その記念すべき友好の証として、中国から贈られたのがカンカンとランランの2頭でした。

当時、パンダは世界でも非常に珍しい生き物であり、中国にしか生息していない宝物でした。その宝物を贈るという行為は「これから仲良くしていきましょう」という中国からの最大級のメッセージだったのです。これが日本における「パンダ外交」の始まりでした。

アメリカやヨーロッパの国々ともパンダ外交が行われてきた

中国のパンダ外交は日本だけに限りません。中国は、古くから関係を深めたい国や重要な局面にある国に対してパンダを贈ってきました。

例えば、日本より少し早い1972年の春、当時のアメリカ大統領が中国を訪問したことをきっかけに、アメリカへもパンダが贈られています。

これを機に米中の緊張が緩和されたため、パンダは「平和の使者」と呼ばれるようになりました。他にも、フランスやドイツ、イギリスなど、世界中の多くの国々がパンダを受け取ることで、中国との対話の窓口を開いてきた歴史があります。

パンダが貴重になってからは「共同研究」という形に

しかし、現在ではパンダの「贈り方」に変化が起きています。以前は「プレゼント」として贈られていましたが、パンダが絶滅の危機に瀕している貴重な動物であることから、現在は「共同研究」という形をとるのが一般的です。

つまり、パンダは中国から「借りている」状態であり、日本で生まれた赤ちゃんパンダも、成長すればお見合いや繁殖のために中国へ帰る決まりになっています。これが、時折ニュースになる「パンダの返還」の理由です。

パンダは両国が歩み寄った歴史の象徴

パンダがいなくなるというニュースを聞くと、国同士の難しい関係を思い浮かべる大人もいるかもしれません。しかし、パンダが私たちに見せてくれるのは、言葉が通じなくても、一つの命を大切に見守ることで生まれる温かな交流です。

日本で愛されたパンダが中国へ帰り、そこでまた新しい家族を作る。そのサイクルは、国境を越えた命のつながりを私たちに教えてくれます。

パンダはただの動物ではなく、かつて両国が歩み寄った歴史の象徴です。たとえ目の前から姿を消す日が来ても、彼らがつないだ日本と中国の心の橋が消えるわけではありません。これからの未来、パンダが安心して暮らせる環境をともに守っていくことが、新しい形の「友好」になっていくのかもしれません。

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記事執筆/国際政治先生
国際政治学者として米中対立やグローバルサウスの研究に取り組む。大学で教壇に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。

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