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仕事辞めようか…友人は全員反対、しかしママ友は賛成だった
――妻のフミコさんが亡くなられた2009年2月から4年8か月後の2013年、大手清掃会社加盟店社長を退任されて、1年間「専業主夫」となりました。仕事と家事育児の両立の難しさを感じられてのことですが、退任後は家事育児に専念されたのですか?
木本さん:まずは家の中を整え、家事や育児にじっくり取り組める環境を作りました。長男は高校1年、次男は小学校5年、三男は小学校1年生になったばかりでしたから。
その前から僕は、「子育てするなら地域に入らないと」と思っていて、次男が小学校3年生のときにはPTAのクラス委員をやらせてもらいましたし、次男の幼稚園時代の「ママ友」とお付き合いさせていただきました。
このママ友たちに、どれだけ助けられたかわかりません。私が風邪でダウンするといろいろ届けてもらったり、子育てに不安があるときに相談に乗ってもらったりしました。僕の周囲の友人は経営者が多く、「辞めてどうするんだ」「後悔するぞ」と言っていましたが、ママ友は「それがいいんじゃない?」と賛成してくれました。辞める少し前、三男は学童保育で「孝太くんはよく指導員の膝に乗ってくる」と言われました。それが気になったんです。ママ友からは「普通、子どものそういうSOSになかなか気づけないよ。木本さん、気づいてよかったね」と。
ママ友とつながるのはおっくうとおっしゃる保護者の方もいますが、つながっていろいろ教えてもらったり、こちらも何かできることをしたりという関係は大事やな、と実感しましたね。
父親が「専業主夫」になったら息子の甘えっ子がしっかりし、勉強に身が入った

木本さん:1年間は仕事のことは考えず、家事と育児に専念しました。仕事を辞めてみると、三男はだいぶ落ち着いて見えました。それだけではありませんでした。次男の成績がUPしました。担任に電話をすると「失礼ですが、お父様がお仕事を辞められてから安心感が持てたようです。授業態度、友達との関係も変わりました」と。また高校受験のときなども勉強をがんばれるようになりました。成績がバーンと上がってびっくりしました。三男のために辞めたんですけれど、次男のためにもなりました。
また、自分自身も目の前の忙しさに追われて、妻が亡くなった悲しみを受け止めきれていませんでした。「遺族会に行けば」と言われていましたが、以前は「誰が遺族」と思っていた私。仕事を辞めて時間ができ、妻の持ち物を整理するとフラッシュバックをして涙が出る。初めて心の底から涙が出ました。自分を遺族と認めるのに私は5年かかりました。
ただ、すごく暇になったかというと、そんなことはありません。「家事には終わりがない」。これは実際に経験してみて思うことです。よく男性は「家事を手伝う」といいますし、自分も妻が存命だったときに「手伝おうか」と思っていましたが、そうじゃない。家事は「いえのこと」なので家族が一緒にやるものだと、実際にやってみて、心の底から思いますね。
「死別父子家庭についてもっと知ってほしい」NPO法人を設立
――仕事を辞めてから、2014年にNPO法人を作られたのですよね。どんな内容のNPOですか?
木本さん:妻が亡くなってから、限られた人にだけ公開するブログで自分の心境を書いていました。そこで自分が書いたことをより多くの人に発信して父子家庭のことを知ってもらい、後に続く同じ境遇の人のお役に立つ活動がしたい、と思うようになりました。
「京都いえのこと勉強会」というのがNPO法人の名前です。シングルファーザーの経験を広く役立てることを目的に、料理や裁縫など、必要だけれど男性がこれまであまりやってこなかった「いえのこと」を実地で学ぶ教室や父子家庭の勉強会を開催しました。
そして、このNPO法人を通じて、私自身が各所で講演に呼んでいただけるようになりました。講演で私は父子家庭について語り、たとえば保険会社の職員向け講演であれば、「保険金を出すだけでは救われない」と、家庭の実態を伝え、社会は何を支援したらいいのかを考えていただくきっかけを作っていきました。

ただ、NPO法人では給与をもらっていないので食べていくこともできませんし、最初のうちは貯金を崩しパートで働きながら発信をしたり家事育児をしたりしていました。社長業をしていてお世話になっていた先輩のダスキン加盟店でもアルバイトをさせていただいたんです。
そのうち、2016年に縁あって上智大学グリーフケア研究所の非常勤講師にお声がけいただき、2017年には企業主導型保育園を展開する株式会社Tnにお誘いいただき、取締役となりました。社長からは、「講演活動やお子さんの世話などはどうぞやってください」と言ってもらえるというとても恵まれた企業環境で、今に至っています(「京都いえのこと勉強会」は2025年に解散)。
「彼女を家に泊めたい」と言われてイエスと言うのか!?
――社長業を退任されてからは、「小さな子のお世話」というより、小学校高学年から中学、高校、大学生、就職と、それぞれのお子さんが成長され、幼い頃とはまた別の対応の仕方が求められますね。
木本さん:学校の進路相談でヒヤヒヤすることもありました。次男は高校のときにピアスをあけてきましたし、長男が結婚する前に「彼女を家に連れてきて泊まってもいいか」と言ってきたり。自分の若い頃には経験のないことばかりでした。そういうときも、ママ友に相談します。長男のときは「彼女の親御さんの許可もいるんじゃない?」。確かにそうです。ママ友、ありがたいですね。いろいろなことが次々に起こって、その都度どうしたらいいか戸惑い、ママ友に救ってもらいました。

次男は特にいろいろありました。勉強のほうはしっかりとスイッチが入って、大学受験はとんでもない集中力を発揮しました。が、大学では休学もしました。2年前親友が交通事故で亡くなり、大きなショックを受け、死生観が変わり、ワーキングホリデーを利用してニュージーランドに行きました。それも心配でしたが、今は帰国し、春から金融機関に勤務することになっています。
長男は社会人になってから知り合った女性と結婚しました。初めての夫婦での帰省で我が家に連れてきました。そのまま泊まるとのことで、「風呂はどうしたらいいんだろう、最初に奥さんに入ってもらうんだろうか……」などと来る前からあれこれ考えていたら、結局息子と一緒に入浴して。「え?」と驚いたりで(笑)。いろんなことがありましたねぇ。
結婚はめでたいことだけれど、少し寂しくてママ友に「大きな声では言えないけれど、息子をとられたような気持ちもある」と言ったら、「木本さん、それ、完全に“子育て脳”です。まるで母親みたい」と笑われました。息子には去年男の子が生まれて、私はジイジになりました。

――3人お子さんがいらっしゃってみなさん大学に入っています。金銭的には……。
木本さん:大変でしたよ。いや今も大変ですよ。長男は大学の奨学金です。次男はもあしなが育英会さんにお世話になりました。三男もあしながさんに、と思っていたら、コロナ禍などで「木本さんのところより大変なお宅が増えたので」といただくことはできませんでした。三男は4月から大学2回生、子育てもあと2年ですね。
「タイムマネジメント」と「マルチタスク」は子育て中の親のすごいキャリア
――今、家事や育児に追われた17年間を振り返って、仕事中心だった頃とその後と、何が変わりましたか?
木本さん:「仕事脳」から「子育て脳」に変わって子どもを思う視点が変わりました。自分のことより子どもが先になる。夜中に熱を出すと思えばお酒も飲まないし、外で食事をしておいしければ、「これ、家で自分で調理できるだろうか」と考えます。
それと、家事や育児には終わりがないし、ひとつずつやっていたら果てしない。タイムマネジメントができるようになりましたね。また、そうするためにはマルチタスクで、さまざまなことを同時進行しているのが子育て中の親です。
そう思うと、産休・育休明けで仕事に復帰した人たちは、家事も育児も仕事も回していく、これはひとつのキャリアアップやで、と思います。子育てする人が社会復帰したときは、その大変さを周囲が理解すると同時に、マルチタスクのノウハウを情報として社内で伝達し、性別を問わず学ぶべきと思います。会社は上層部に女性がいるほうがいいと思いますね。

また、女性が仕事をしていようとしていなかろうと、家事は「いえのこと」で「手伝う」のではなく「一緒にせなあかん」ということ。家事や育児は、想像する以上に複雑で臨機応変さが求められることですから。
――お子さんが巣立った後はどのように過ごしますか?子育てももう終わりですから、第二の人生をほかの女性と、と思うことはありますか?
木本さん:ない、ない。僕が死んで、再婚相手も死んで、お墓の中に3人で入るなんて、それはダメでしょ?これからも僕は死別父子家庭のことを世の中に広めるために講演活動をしていきますし、主夫になった経験を生かして、子育てをしながら働く親たちの代弁者をさせていただくのがいいんじゃないかなと思っています。
――心を込めて家事をして子育てに悩み、今に至った木本さん。そんな経験をした男性が子育て中の働く親の立場を代弁してくれるのはうれしいですよね。木本さんがさらに講演活動などで親としての大変さや責任、そして子育て業が素晴らしい仕事だということを伝えてもらえると心強いですね!
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お話を聞いたのは
1963年生まれ。1985年ダスキン加盟店入社。2006年より代表取締役を務める。人生の転機は2009年2月。妻へのがん宣告からわずか12日後、幼い三人の子ども(11歳・6歳・2歳)を遺し、最愛の妻が天国へ。経営者として働きながら家事・育児に奔走するが、2013年に退職を決意。1年間の専業主夫を経験した後、2014年に「NPO法人京都いえのこと勉強会」を立ち上げ、父子家庭支援に尽力する。現在は株式会社Tn取締役を務める傍ら、上智大学グリーフケア研究所非常勤講師として自身の体験を伝えている。著書に『シングル父さん子育て奮闘記』(2019年、ベスト・ファーザー賞in関西受賞)。2025年11月、続編『悲しみと共に歩いた先に見えた光』を出版(ともにぱるす出版刊)。
妻45歳、幼き子ども3人を残して逝く!
育児、子育て、料理・洗濯・掃除〜男の闘いが始まった。
あれから16年、子どもたちが次々巣立っていく〜闘いは終わりを迎えつつある。
父子家庭の現実を赤裸々に綴った感動の書。
『シングル父さん子育て奮闘記』の続編
取材・文/三輪泉
