ドキュメンタリー映画『ゆめパのじかん』「子どもたち一人ひとりに流れている“じかん“を見つめる」重江良樹監督インタビュー

神奈川県川崎市にある子どもたちの自由な居場所「川崎子ども夢パーク」=通称「ゆめパ」。重江良樹監督はそこで約3年間、大阪から週2回通って子どもたちの生きる力を育む貴重な“じかん”を映し出しました。本作は子どもを取り囲む大人たち、そして未来を生きる子どもたちに大切なメッセージを投げかけてくれます。

「川崎市子ども夢パーク」は、2000年に制定された「川崎市子どもの権利に関する条例」をもとに、神奈川県川崎市高津区に作られた公設民営の施設です。子どもたちの「やってみたい」がたくさん詰まった約1万㎡の広大な敷地には、プレーパークエリアや音楽スタジオ、創作スペース、そして学校に行っていない子どものための「フリースペースえん」などが開設されており、乳幼児から高校生くらいまで幅広い年齢の子どもたちが利用しています。

そんな子どもたちの遊び場「ゆめパ」を映し出したドキュメンタリー映画『ゆめパのじかん』。前作『さとにきたらええやん』(16)に続き、こどもの居場所やじかんを丁寧に見つめた重江良樹監督に、こどもの学びや居場所の重要性、そして現代を生きるお母さんお父さんたちへ伝えたいメッセージまで、たっぷりとお話を伺いました。

©️ガーラフィルム/ノンデライコ

ゆめパは、いろんな人たちが集う場。無意識に刺激や反応が起きていて魅力的

__前作『さとにきたらええやん』では、釜ヶ崎にある子どもたちの集い場「こどもの里」を撮影されましたが、今作を撮ろうと思ったきっかけは?

前作『さとにきたらええやん』を観た方たちから、「私がしんどかった子どもの頃にはこんな居場所なかった」「私の子どもにも欲しかった」というような声を聞きました。僕も地方などを回らせてもらいながら、子どもに関わる方たちのお話を聞かせていただいて、そもそも子どもの意思でアクセスできなかったり、そういった場所自体の数が少ないとか、ある種不平等な状況を耳にしてきたので、やっぱり次も子どもの居場所を描きたいなと思ったんです。

__今回「川崎市子ども夢パーク(ゆめパ)」を選んだ理由は?

最初はオムニバスのような形で2~3ヶ所交えて子どもの居場所をと考えていた時期もあったんですけど、実際に何回か「ゆめパ」に来させてもらって、ここだなと。運営されている皆さんも素晴らしいんですけど、この規模できちんと税金を使って運営されているという点も大きかったです。税金を使って運営しているところは全国的に見るとまだまだ少なくて、もっと子どもにお金を使って、これが当たり前の社会にならないととは思っていますね。

__撮影は約3年間、重江監督がずっとお一人で撮られていたと。

まずは人となりを知ってもらうというか、最初に子どもたちが集まる場で自己紹介だけして、映画を撮りに来ましたと伝えて、そこから週2回大阪から通って一緒に喋ったり遊んだりして徐々にカメラを回し始めました。打ち解けるのが早い子もいれば、時間がかかる子もいましたね。毎日来る子もいれば、来ない子もいるので。

©️ガーラフィルム/ノンデライコ

__川崎市には、下記のような「川崎市子どもの権利に関する条例」があるんですよね。

「川崎市子どもの権利に関する条例」(2001年4月1日から施行されている条例)

※下記は、前半の部分

・安心して生きる権利

・ありのままの自分でいる権利

・自分を守り、守られる権利

・自分を豊かにし、力づけられる権利

・自分で決める権利

・参加する権利

・個別の必要に応じて支援を受ける権利

条例だけ作って中身がないような場所も多い中で、川崎市はしっかりとそれを具現化して、それに基づいて運営されているのはすごいなと思います。

__ゆめパ自体が本当に素晴らしい空間で、まさに小学生の子を持つ私も、近くにこんな場所があったらいいなと映画を観ながら感じていました。

職員の方たちの子どもを見る眼差しが、やってあげようという上からではなくて、本当に同じ高さですよね。おせっかいはしないし、求められたら答えるし、でも冷たいわけじゃなく隣で一緒にいるみたいな。

©️ガーラフィルム/ノンデライコ

__その中でも「フリースペースえん」は、学校に行っていない子どもたちが自由に来られる場所です。

不登校の子って、すごい暗いとかそういうイメージを勝手に持っていたんですけど、年に1回やっている子どもたちの大規模な学芸会のようなものを初めて見に行った時に、みんなものすごくはっちゃけていて。むしろこっちの方が元気じゃないかと(笑)。なにが不登校だみたいなことがあったんですけど(笑)、えんには学校に行っている子もいれば、行ったり行かなかったりしている子、全く通わない子や、徐々に学校に行き出している子もいたり、本当に人それぞれです。

__映画では「フリースペースえん」に来る子どもたちの様々な考えが垣間見えて、ハッとさせられることも場面も多くありました。「とにかく感受性の豊かな子ばかり、単なる学校に行けない子ではなくて」と、ゆめパの木工ボランティアの方も仰っていましたが、だからこそ学校に馴染めなかったり、逆に自分を持っている子たちというか。

いろんなことを考えていると思いますし、もちろんカメラの前で話してくれたことは本心なんだけどごくごく一部であって、もっといろんなことを考えていると思いますし。そこを映画としては少し切り取らせてもらったという感覚です。(映画に登場する)リクトはもう自分の世界観を持っていて、ヒナタは自身の学力や進路について悩んでいたり、もう少し上の世代に行くとサワのように何か夢を見つけたり…いろんな世代間の繋がりのような、大人も子どもも含めていろんな人たちが集う場だから、そういった人たちと出会うことによって無意識に刺激を受け、化学反応が起きている。あの場はすごく魅力的だなと思います。

©️ガーラフィルム/ノンデライコ

子どもの学びと、居場所の大切さ

__子どもたちの居場所があるというのは本当に大事なことだと本作を観ると感じます。ああいう場がもっと増えてくれたらいいのにと、心から思いました。

少なくともこういう子どもたちを見つめる眼差し、理念みたいなものを持った、本当に子どもたちにとって出会う意味のある大人たちが増えて、近くにこういった場所が増えたらいいなと思います。何でもいいんです、子どもにとって有用であれば。子ども食堂や児童館、学習支援をベースとしている場など、子どもたちが楽しく行けて、信頼できる大人がいて、安心して話したり聞いたりしてもらえるような場であれば。それがない子が、家で1人になってしまったりする。そこからどんどん沈んでいって苦しんでしまう子もたくさんいると思うので、そういった子たちに何かしら届くような場が増えたらいいなと思います。

__それが子どもたちの未来にも繋がっていきますよね。

多様な学びの場ですよね。本当にスイッチが入ったら子どもってすごい。(映画にも登場する)ミドリは、僕がゆめパに行きだした時に来た子で、最初はなんだか暗い顔をしていた印象だったんですけど、だんだん木工とかいろいろやっていくうちに楽しくなってきて、すごく馴染んでぴゅんっと変化していった。何かしらやりたいこととかを見つけた子は、「これをするためには高校を卒業しないといけないんだ」とか、そういうのを見つけた子は勢いがすごいですね。そういう子を見ながら、また同世代の子が学校に行きだしたりとか、そういう連鎖も起きて見ていて面白いです。人がいるということは、やっぱり無意識的に何かしらの化学反応みたいなものが起こっているんですよね。

重江良樹監督

__ゆめパを通して、新しい子どもの学びのあり方みたいなものは何か感じられた部分はありますか?

逆に今まで学校や教育機関が、あまりにも固着してたんじゃないかなとは思います。学びや教育のあり方って多様であればいいと思うし、そもそも学びや育ちを1つの形に押し込めるのではなくて、いまの学校教育がいいという子は学校でいいですし、それが合わない子にはまた別の選択肢があればいいと思うんですよね。多様であればいいというのは簡単ですけど、前時代的な価値観のもとで、いわゆる普通の小中学高校と歩んできた人からしたら、自分の価値観とは完全に異なるので、なかなか許容できないんじゃないかなと思います。でもそれって当たり前のことなので、少しずつみんなで理解を広げていくことが大切。いろんな学びや育ちのあり方を、社会も大人ももっと学んでいかないとというのはすごく感じますね。

__家庭内でも、考えることは多いです。

子どもの権利と言うと難しそうに聞こえますが、実は簡単なことで親がしっかり子どもと話し合うということ。できる限り大人と子どもの考えてることをすり合わせていく作業が大切です。大人はやっぱり子どもをついつい下に見てしまいがちなので、すり合わせをしないことが多いのではないでしょうか。でも子どもは1人の人格を持った人間。同じ目線で話し合うということはやっぱり子どもも大人も一緒だと思うので…果てしないですけど(笑)。

©️ガーラフィルム/ノンデライコ

不登校になる理由を「明確に答えられる人なんているのかな」

__重江監督ご自身は、子ども時代に自分の居場所みたいなところはあったのでしょうか?

僕は普通の中流家庭の団地育ちで、大阪出身で今も大阪にいるんですけど、居場所のようなところは子ども時代はなかったですね。でも結構友達グループがころころ変わる方だったので、何かしらコミュニティというか、自分が落ち着ける場を求めていた記憶があります。

__ドキュメンタリーを撮り始めたきっかけは?

映像ジャーナリストみたいなものに最初は憧れていたんですけど、映画学校に入ってみたらドキュメンタリー映画というものがあることを知ったんです。それがすごく魅力的というか、速報的に情報を一過性で流すのではなく、かつ白黒はっきりさせるというわけではなくて完全に二つを対立させずに、こういう面もあればこっちにはそういう側面があるんだよと。そこで見た側がどう受け止めて考えるかというのがすごく面白いなと感じて、そこからです。

__子どもたちを撮り始めたきっかけはあったのでしょうか?

それまでは子どもに興味もなければ、ボランティアも一切したことがなかったんです(笑)。ただ映画学校に通っている時に、家庭用のハンディカムみたいなカメラで一人で自主制作するっていう授業があって、大阪の西成区に釜ヶ崎(あいりん地区)と言われる、いわゆる貧困集積地域があるんですけど、そこへ行ったら何か社会性のあるものが撮影できるんじゃないかとブラブラ歩いていたら、前作の「こどもの里」と出会ったんです。

__ブラブラしていたら?

いや、そういうことがあるんですよ(笑)。上半身裸で裸足、短パンみたいな子どもがパーっと目の前に走り出してきて、それを金髪のアフロヘアのお兄ちゃんが追いかけ回していたんです。彼らが入っていったのが「こどもの里」で、本当に偶然のご縁です。どういう場所なんだろうと思って僕も入っていって、そのまま一緒に子どもたちと遊んで「また来てやー」みたいに言われて、また行って。そうこうしているうちに楽しくなってきて(笑)。映像制作の仕事をしながら「こどもの里」に通っていたのですが、気づいたら5年くらい経っていたんです。そろそろこの先どういうふうに生きていくか決めなければと思ったときに、ドキュメンタリー映画を撮りたいと。どうせやるなら自分が大好きな「こどもの里」でやらせてもらえないかなと思ったのがきっかけですね。でもそれがまた今作に繋がって、やっぱりご縁だなと思います

重江良樹監督

__監督自身は、子どもの頃はご両親とよくお話されていたのでしょうか?

思春期ぐらいから断絶期はありました。中学ぐらいから関係性が悪くなっていって、高校へ行ったんですけど、すぐやめてしまって。それで家を出て働き始めました。両親と会話が戻ったのは18~19才ぐらいです。たまたま僕が実家に物を取りに戻った時に、親父が超絶酔っぱらって帰ってきて(笑)。父親はいつも寡黙で厳しい存在でしかなかったんですけど、ぐでーんとなっていて。その時に「親父って人間やったんや」と思ったのは、よく覚えていますね。僕自身、働くようになり、年上の人たちとの付き合いもあって、少しは大人になっていたんだと思うんですけど。

__中学の時はどういう子だったのですか?

小学校の友達と中学校の友達のノリが違うと感じていたところに思春期がぶつかって、なんで学校に通わなきゃいけないんだろうという根源的な疑問が湧いてきて、途中から行きたくなくなって…。世間的にはそれを不登校と言うんでしょうけど、不登校なんていう概念は僕にはなかったですね。それで中一の半年ぐらいは行かなかったと思います。中二になって、小学校時代から仲のいい子たちとクラスが一緒になってまた行きだしたんですけど。なんか哲学的な問いをするんですかね、思春期って(笑)。なんで勉強しないとダメなんだとか、なんで学校に行かなきゃダメなんだみたいな。行っていない時は、自分の部屋で引きこもって漫画を読んだりビデオを見たりしていました。

__まさに、ゆめパの子たちと少し似たような学生時代があったんですね。

自分では実感はないんです、そんな時期もあったなみたいな。子どもの頃は分からないんですよ。大人になって振り返ったら客観視できるというか、僕も今話していて思い出しました(笑)。

__映画の中でも、サワが不登校になる理由を「明確に答えられる人なんているのかな」って言っていたのが印象的でした。

(31年に渡って学校外の子どもの居場所を運営し続けてきた)西野博之さんも仰っていましたけど、言い方はよくないかもしれませんが、いじめみたいな明確なものがあれば分かりやすいんですよね。でも、なにが理由か分からないみたいな子もいると…。

__そういう時に、ゆめパのような話せる場などで自分の気持ちを伝えられるだけでも全然違いますし、受け止めてくれる職員の人たちがいると救われますよね。

一人だと、ずっと一人ですよね。

©️ガーラフィルム/ノンデライコ

心にゆとりがあって豊かに過ごすじかん“てすごく大事。それは大人も

__子どもは、大人の時間とはまた違う時間の流れで生きているというのを、今回映画を見てより強く感じました。「早くしなさい!」とか、つい言ってしまいますけど…。

いや分かります。僕もそれは「はよせぇ」って言いますよ、子どもが遅かったら(笑)。でも我々にはすごい無意味に見えることでも、子どもっていろんなことを考えて感じていたりするので、そこは尊重するというか、そういう「子どもたち一人ひとりに流れている“じかん“」ですよね。忙しすぎる子どもたちも今たくさんいますけど、心にゆとりがあって豊かに過ごす“じかん“てすごく大事、それは大人もだよと

__どうしたら心の余裕というか、豊かさが確保できるのかと(笑)。時間の余裕=心の余裕ですよね。子どもはやっぱり余白の“じかん“こそが大事だと感じます。

僕も映画を見てて自分で思いますよ。俺じゃん“じかん“ないのって(笑)。考える時間は、すごく貴重ですよね。いろんなことを考えられるから、自分のことを考えられる、やりたいことを考えられる、人生のことを考えられる…という風に繋がっていくと思いますし、そこはすごく大事。

__最後に、お父さんお母さんたちへ向けてメッセージをお願いします。

お父さんお母さんも、“じかん“を大切にしてください(笑)。川崎市の子どもの権利委員会からのメッセージなんですけど、「まず大人たちが笑顔でいてください」と母子手帳に書いてあるんです。大人たちが幸せでないと、子どもは幸せになれません。やっぱりそうなんですよね。前作でも、貧困や虐待などで、子どもがしんどい状況というのは、親がしんどい状況でもあるから、やり方は別ですけど、子どもと親って1セットで考えないとダメなんです。まずは親も笑顔というか幸せに楽しくいたら子どもも楽しいから、忙しいでしょうけど、“じかん“を大切にしてください。そういったことを、この映画の子どもたちから、ちょっと思い出させてもらってください。

『ゆめパのじかん』は7/9(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開中

配給:ノンデライコ

監督:重江良樹

©️ガーラフィルム/ノンデライコ

取材・文/富塚沙羅

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