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負けず嫌いだった自分が「お兄ちゃんを超えたい!」から中学受験の道へ
――松丸さんが中学受験をしようと思ったきっかけは、どんなことだったのですか?
小学4年生のとき、テレビ番組の「脳内エステIQサプリ」を家族で見ていたんです。僕は男4人兄弟の末っ子で、何をやっても兄たちには勝てなかったのですが、このときはひらめき問題で、だれよりも早く答えがわかったんです。しかもその問題はIQ120の東大合格レベルだ、と。いま思えば番組の演出なんでしょうけれど、子ども心にうれしくて、「これが解けたんだから東大に行けるぞ!」みたいな気持ちになったんです。
すると母親が「東大に行きたいなら今から勉強をがんばったほうがいい」と言ったので、それでは中学受験だ、となり、日能研に行くことにしました。
――かわいらしいエピソードです。
小学生なんてそういうものですよね。大人が「いい中学に入れば、いい大学に入れて、就職ができて、いい人生がおくれる」と言い聞かせたとしても、そんな長期目標は理解できない子が多いと思います。子どもにとっては「いま」が大事ですから。それに、そのときの「東大」だって、僕はどの程度の難関なのかわかっていなかったです。小学生が知っている大学は東大くらいのもので、「東大ってすごそうだから行ってみたい」くらいの単純な動機です。
麻布に行こうと思ったのも東大合格人数などは関係なくて、三男のお兄ちゃんとケンカしていて、そのお兄ちゃんが当時通っていた中学が、男子の私立中学一貫校の偏差値表で上から3番目、麻布はその1個上にあったんです。「お兄ちゃんを超えたい」一心で、よく分からないけれどひとつ上にある麻布中学を受験しようと思ったんですからね。
きっかけはどれだけ不純でもいいんです。子どもなら論理的にモチベーションをつけようとしても無理だし、東大合格人数だとか割合だとかも響きません。最初は感情が優位でいいと思っています。
麻布の学園祭に行って「この学校しかない!」と衝撃を受けた
――麻布には学校見学に行きましたか?
はい、文化祭の見学に行きました。そこで衝撃を受けました。麻布の文化祭はクラスによって色分けされているので、その色に合わせて髪を染めていたりしてすごく派手で。僕にとっては、みんながめちゃくちゃ楽しそうでキラキラして見えたし、自分のやりたいこと突き詰めていてカッコいい!って思ったんです。
それで、開成(開成中学校・高等学校)でも筑駒(筑波大附属駒場中・高等学校)でもなくて麻布がいい!って強く憧れるようになりました。
――受験勉強は大変でしたか?
めちゃ大変でしたよ。塾からたくさん宿題が出ますし、何より、嫌いな教科をやらないといけないことが辛かったです。
算数はとにかく得意で好きだったから、算数を勉強する時間はすごく楽しいんです。理科も好きで点が取れていましたね。でも国語はすごくムラがあり、社会に関しては苦手で嫌いで、偏差値40みたいな数字も出てしまう。好きでもないのに暗記するということに疑問も感じていました。
ただ、受験は4教科の合計点で決まるので、僕の場合は算数と理科で点を稼ぎ、国語がいまひとつで、社会が全くダメでも模試では「麻布中学」のA判定かB判定は出ていました。
――そんなに成績がよかったなら、開成でも筑駒でも受かったのではないでしょうか。
塾にも「もっと上を目指そう」って言われていました。でも、行きたいのは麻布ですから。自分には開成も筑駒も関係なく、麻布しか目に入っていませんでした。
意外と緊張するタイプ…。12月、1月校をうまく組み合わせ、落ち着いて受験を
――併願校はどちらでしたか?
千葉県在住なので、東邦大学付属東邦中学校高等学校、市川学園市川中学校・高等学校、渋谷教育学園幕張中学校・高等学校でした。あと、函館ラ・サールも受けましたね。それらは12月と1月が入試日です。東京の私立中学受験は2月1日からなので、本命の前に4校を「慣らし受験」すると落ち着けるだろうと親が配慮してくれました。僕は自信家のくせに緊張しぃなんですよね。
――結果はどうでしたか?
1月までの4校は全部合格でした。でも、初めての受験はやっぱり緊張しました。2月1日の麻布の試験は落ち着いて受けることができました。そして、算数が終わった時点でものすごく自信があって、「これはイケた!」と思いました(笑)。全部解けたと思ったし、実際、解答速報を自己採点したところ、満点でした。麻布の入試は合格最低点が4科合計点の半分より少し多いくらいなので、合計200点のうち数学が満点の60点ならまあ、大丈夫かなと。
苦手な社会も、麻布に限っては、過去問を解いたときもなんとかなっていたんですよ。暗記問題は全然ダメで勉強する気にもなれないのですが、麻布の社会は、世の中での大事なテーマに関する文章を読ませ、自分の考えを交えて書いていくようなものだったので、暗記していなくても取り組めたんですよね。問題の相性は絶対にありますから、自分に合った問題を出す学校を選ぶのも大事かなと思います。
実は、受験は2月1日の麻布で終わりではなく、親からは「筑駒も受けるように」と言われ、気乗りしないままに2月3日に筑駒を受けに行きました。人に言われても自分の考えを曲げない性格ですし、自分の中ではもう麻布に行く気だったのもあり、試験中は爆睡してしまって…(笑)。帰ってきて「どうだった?」と聞かれて、「寝てたからよくわからない」と答えたら、親はガッカリしていましたねぇ。
「ちゃんと努力をした!」それが本人の糧になるのが中学受験
――ともあれ、第一志望に合格できてよかったですね。今、中学受験の功罪が世の中で問われていますが、松丸さんは、中学受験は「したほうがいい」と思いますか? それともしなくてもいいでしょうか?
僕は中学受験は絶対やってよかったと思っています。
いろんな意見があっていいと思うんですが、僕の意見で言うと、いま振り返ってみて、「人生の中で明確な努力をしていた」ふたつの時期が「中学受験」、そして「大学受験」だな、と。中学受験に向かって勉強することって、自分の限界を超えようとするほどに努力しますよね。その「精一杯努力する」体験がすごく大事だと思うんです。
第一志望に受からなくても、努力は残ります。僕は反抗して筑駒をきちんと受けなかったことは悪いと思っていますが、もし受けてハッキリ不合格の結果が出たとしたら、それも苦い経験になる。悔しい、中学に入ったらもっと頑張ろうって思えたら、また別の世界が開けると思います。
転ばぬ先の杖みたいに、「落ちたらかわいそう」と、親御さんがいろんなことからお子さんを守ってあげようと思いすぎなくていいんじゃないかな、と思います。大きな挫折をして限界を味わった人こそ、そこから先の人生の拓き方が違ってくる。それに、もっと大人になってから大きな失敗をすると、なかなか立ち直れないかもしれない。失敗は幼いうちに経験するほうがいいし、自立も早くなるのではないでしょうか。
結果はもちろん大事ですが、「体験」として考えると、中学受験から学べることは大きいです。合格して大きな成功体験を得ればそれが自信につながる。不合格の体験も悔しさから立ち上がる大きな力になります。どっちに転んだとしてもかけがえのない体験になるから、思い切ってチャレンジしてもらえるといいかなと思いますね。
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後半の記事では中学受験に寄り添ってくれた、亡きお母さまの素晴らしいモチベーションアップの方法についてお話を伺います。
お話を伺ったのは
取材・文/三輪 泉 撮影/五十嵐美弥