前編では不登校とHSCについてお話しを伺いました。
目次
学校が怖くて体が動かない!「凍りつき反応」とは
沢木:今回の本で詳しく紹介される「ポリヴェーガル理論」は、不登校の保護者の間でも話題になってきていますね。その特徴の一つ「凍りつき反応」について、解説していただけますか。
明橋:ポリヴェーガル理論は、人間を含む生き物が強い脅威に直面したときの体の反応を説明する理論です。ポリヴェーガル理論では、脅威にさらされたとき、2種類の防衛反応を取るとされています。そのうちの一つは「闘争/逃走反応」と言われるものです。つまり逃げるか戦うかという反応です。しかし、脅威の中には戦うことも逃げることもできないことがあります。このときに発動するのがもう1つの防衛反応、「凍りつき反応」なのです。この反応が起きると、まず体が動かなくなり、意欲や思考力も損なわれます。自律神経の反応ですから、自分の意志ではどうすることもできないのです。そして、この反応が起きると回復には長い時間がかかります。
沢木:うちの子は小学校の入学式で体が硬直して動けず、会場に入ることができませんでした。その後も、おんぶや抱っこをして学校に連れて行くということがありましたが、今思えばまさに「凍りつき反応」だったのですね。

明橋:そういうことです。学校で同じ教室にいても、ある子は登校を続ける一方で、別の子は玄関で体が固まり、どうしても足が教室に向かないということがあります。どちらの子にも同じ仕組みは備わっているのに、なぜ反応が違うのか。ここでHSCの話が重なります。
ひといちばい敏感なHSCの子どもは、危険のサインをいち早く察知しやすいという特徴があります。群れの中に、そういった個体がいることは、生物としては必要です。人間の社会でも、そういう遺伝的気質が受け継がれてきたと考えられます。学校という環境の中で、先生の怒鳴り声やいつもと違う給食の味、みんなの前で競争させられる場面など、HSCにとって「危険だ」と感じられる刺激が重なると、凍りつき反応が起きやすくなります。
HSCの子が学校を脅威と感じる2大原因は「先生の叱責」と「給食」
沢木:その「危険」を子どもはなかなか言語化できません。うちの子も中学年くらいになってから、「自分が怒られるより、他の子が怒られているのを見る方がいや」「自分がやっていないことで先生に怒られて怖かった」と、学校に行かなくなったきっかけや自分の感覚、気持ちを語ることが増えてきました。でも、低学年のころは自分の気持ちを言葉にできませんでした。こうした「その場では言えない気持ち」を、大人はどうキャッチしていけばいいのでしょうか。
明橋:子ども自身がその場で言葉にできないことは、とても多いです。だからこそ大人の側に「仮説」が必要だと思っています。私はHSCの子が学校でつまずくパターンを、臨床の経験からいくつか整理しています。

たとえば、「先生の叱責や大きな声が怖い」「給食がつらい」「みんなの前で発表や競争をさせられるのが怖い」などです。とくに先生の叱責と給食は2大原因だと感じています。子どもが何も言わなくても、「もしかして、こういうことがあった?」と大人の側から具体的に聞いてみると、うなずいてくれることがよくあります。
沢木:運動会のダンスを大声で怒鳴って指導、おしゃべりとかちょっとしたルール違反への厳しい叱責、やり直しの指示……。「教室マルトリートメント(不適切な対応)」とも言われますが、私も付き添い登校で何度も目撃しています。給食のにおいなどがつらい子も多いんですね。「HSCの子は、こういうことで苦しくなることが多い」という知識を、大人側が持っていることが大切ですね。
また、凍りつき反応を解除するには「安心・安全」を感じられることが大切だと書かれていました。遊びや一緒に食事をすることに加えて、歌声(とくに高音の女性の声)が有効だというのが興味深いです。我が家でも、声をかける内容だけでなく、声音のトーンが子どもの機嫌に影響しているように感じて工夫していました。
明橋:そうですね。HSCの子は、親がドアをバーンと閉める音だけでもビクッとして、怒っているんじゃないかと感じてしまうわけです。ですから、大きな物音や大きな声ではなく、優しい声や穏やかな話し方はすごく大事です。子どもに必要なのは安心・安全な環境ということは不登校支援に関わる人にとっては経験的に誰でも知っていることですが、ポリヴェーガル理論はそこに神経科学的な裏付けを与えています。
沢木:学校って、緊張しやすい空間やシチュエーションも多いですね。たとえば「担任の先生の叱り方が怖くて教室に入れない」という場合、どのように伝えるのがよいでしょうか。
明橋:先生も忙しくて大変だと思うのですが、やんちゃな子の影でひたすら耐えている子のことはあまり気づいていないことが多いんです。ですから、先生の叱責で子どもがこういう状態になっているということを事実として伝えてよいと思います。学校の中には、HSCに理解のある先生も必ず1人はいます。養護教諭、特別支援教育コーディネーター、スクールカウンセラー、教頭先生や校長先生など、誰か1人でも理解してくれる大人を見つけて、その人にまず分かってもらう。そこから担任に伝えてもらうと、保護者から直接言うより届きやすいこともあります。
場面緘黙の子どもには負担なくコミュニケーションできる工夫を
沢木:「凍りつき反応」の話を聞いていて、思い浮かべるのが「場面緘黙(大勢の前など特定の場面で話せなくなる症状)」です。息子もそうですが、HSCのなかには、人前で話すのが極端に苦手、という子も少なくないように感じます。
明橋:場面緘黙の子どもの中には、一定数HSCの子がいます。ただし、全員がHSCというわけではなく、発達障害の特性から来ている子もいます。場面緘黙の対応の基本は、「無理にしゃべらせないこと」です。指さしで答えられるなら、指さしで選んでもらう、うなずく・首を振るで答えられる質問にするなど、子どもが負担なくコミュニケーションできる工夫が大切です。
HSCの場合は、「恥ずかしい」「どう思われるかが怖い」という気持ちから話せなくなっていることが多いです。一方で発達障害の子どもの場合は、「こだわり」や過去の嫌な経験から話せないことが多い、など、背景には違いがあります。いずれの場合も、「しゃべらせること」を目標にするのではなく、「その子なりの安心できるコミュニケーションの形」を一緒に探していく視点が大事だと思います。
学びの遅れは取り戻せる──「心配しすぎない」ことも大事
沢木:子どもがいざ不登校になると、学習についての不安を持つ親もとても多いです。「うちの子だけ遅れている」「放っておくと全然勉強しない」と、あれこれ干渉してはうまくいかず、より焦る、という経験も我が家だけではないかと……。でも、「凍りつき反応」が出ているときは、そもそも学習を始める段階ではない、と。
明橋:ポリヴェーガル理論の視点から言うと、「凍りつき反応」が出ているとき、思考力はほとんど働きません。頭がフリーズしている状態なので、教科書を開いても入ってきません。ですから、まずは「安心・安全な状態」に戻すことが先です。落ち着いてくると、むしろ学習への意欲が出てくる子も多いです。そのときには、驚くほどのスピードで吸収していきます。
小中学校をほとんど不登校だったけれど、高校から通い始めて大学に進学した、という子もたくさんいます。「今この瞬間の遅れ」が、一生取り戻せないわけではありません。もちろん心配してしまうのが親心ですが、「きっと大丈夫」という前提で見守る方が、子どもにはプラスに働くことが多いと感じています。
「甘え」や「怒り」も回復への大切なプロセス
沢木:何とかなると、どーんと構えているのがよさそうですね。HSCの子は学校など「外ではいい子」なのに、家に帰ると親からするとささいなことで癇癪を爆発させたりして、「育てにくい」「かわいくない」と感じたことがある親もいると思います。とくに不登校になるとその傾向は強まりますよね。
明橋:学校で必死に我慢している分、家ではエネルギーがあふれ出して、「きょうだいを叩く」「怒りをぶつける」「暴言が増える」といった形で出ることもあります。ここで大切なのは、感情の表出を「わがまま」「性格が悪くなった」と捉えないことです。それは、「外で我慢している証拠」でもあります。HSCというと「おとなしくて繊細」というイメージを持たれがちですが、実際には感情が激しく出る子も多いです。
沢木:確かに、そう思います。振り回されるくらい意思がはっきりしていて感情が強い。
明橋:私はよく、「HSCの本来の姿は“超めんどくさいタイプ”なんですよ」とお伝えします。細かいところまで気づき、こだわりが強く、文句も多い。学校では「いい子」で頑張っているから、安心できる家で本当の自分を出せている、と見た方がいいのです。
沢木:そういった個性をおもしろがって接していくと、育てやすくなり、かわいさを感じるようになってくるので不思議です。先生の本の中で印象的だったのが、「甘えた人が自立する」というメッセージです。私たち親は、「我が子を甘やかしてはいけない。なんでも自分でやれるようにしなくては」と思っているのが普通かもしれません。優しすぎませんか?
明橋:自立の元になるのは意欲。そして、意欲は甘えを受け止めてもらうことによって得られるんですよね。世間では、「自立させるためには甘やかしてはいけない」という考え方が根強いですよね。でも、私の臨床経験から言うと、これはほとんど逆です。

たとえば、不登校の子が「着替えさせて」「ごはんを食べさせて」と赤ちゃん返りしたような甘えを見せることがあります。親は不安になって、「これを受け入れたら、ずっとこのままなんじゃないか」と思ってしまう。でも、これはわがままとか怠け心じゃなくて、不安だからやっているだけなので、それを親が受け止めてくれて、安心感を得れば、自分でやるようになるんです。十分に甘えを受け止めてもらった子ほど、元気になったときにスッと自分で動き始めます。
沢木:とくに不登校で子どもの心が傷ついているときは、常識はいったん脇に置いて、なるべくは「甘え」も言ったとおり受け止めてあげることで、癇癪もおさまっていくことが多かったです。甘えも怒りも、「今のその子が安全な場所で出している大事な感情」だったんですね。
明橋:その通りです。親としてはこの時期は、子どもの感情に振り回されていちばん大変な時期ですが、ようやく子どもの気持ちが表に出てきたので回復してきた証拠と捉えることができます。
沢木:あの忍耐の日々こそ、回復の証拠……。目から鱗です。
明橋:私は親子のコミュニケーションから見た不登校からの回復のプロセスを、「行動化・身体化(「学校に行きたくない」と言い始める)→甘えと怒り→言語化(なんでも話せるようになる)→信頼(親子のコミュニケーションの回復)」と整理して考えています。
不登校になると多くの子どもは自分の状態を説明できず、親も焦ったりモヤモヤしたりします。しかし、子どもが回復してくると少しずつ言葉にできるようになり、親も子どもの気持ちを理解できるようになるのです。それにより、子どもの自己肯定感も回復していきます。
「子どもの学びの権利」を保障するのは社会の問題。親は抱え込みすぎないで
沢木:まさに我が家も、親子の信頼回復のプロセスでした。みんな暗中模索だと思いますが、回復の道案内となる地図が手元にあるのは保護者にとって大きな希望です。もう一つ、今回の本で、先生が強く指摘されていたのが「環境の問題を、子どもや親の問題にすり替えないこと」で、深くうなずきました。
明橋:文科省の調査では、不登校の原因のトップは「子どもの無気力・不安」になっています。でも民間の調査では、最も多いのは「先生の対応」や「いじめ」です。このギャップはとても大きい。そもそも文科省の調査項目には、「学校側の問題」という選択肢がありません。選択肢にないものは、選べないですよね。つまり構造的に、「不登校=子ども・家庭の問題」としてしまう仕組みになっているわけです。しかし、「不登校によって親が仕事を辞めざるを得ない」「子どもの学びの権利や居場所が保障されない」といった状況は、社会の問題です。親が抱え込まず、「もっと助けを求めていい」と伝えていくことが大切だと思っています。

沢木:社会制度はとても大事だと感じます。うちの子は今、特別支援学級に通っています。もとの学級には戻りたくないけど、学校には行きたいという希望をかなえる選択肢でした。1クラス最大8人で、先生たちのサポートも手厚く、2年生から五月雨・付き添い登校を再開。今は毎日朝から登校して、付き添いなしで楽しく過ごしています。
でも、HSCは本来病気でも障害でもないので、制度上「情緒障害」にカテゴライズされることには違和感もあります。また、1年生のときに我が家も経験しましたが、病気でも障害でもないゆえに制度上の支援につながりにくい。子どもが苦しんでいたり、親が家庭に抱え込んでしまうケースも見聞きします。うちの場合は、ある意味では「不登校になったから」制度に乗れたわけです。学校の通常学級がなかなか変わらない中で、こうした「制度のはざま」に落ちてしまうHSCの子どもたちの支援について、どうお考えですか。
明橋:日本のいわゆる「一条校」(学校教育法第1条に定められた学校)は、文科省の標準に沿った仕組みで動いています。そこにぴったり合う子はよいのですが、どうしても合わない子がいます。そうした子どもたちの学びの権利を保障するための答えの1つが、「学びの多様化」です。フリースクールやオルタナティブスクール、ホームスクーリングなどですね。最近はHSCに特化したフリースクールも少しずつ生まれています。しかし、本来は、HSCのような子どもたちが全国どこにいても、自分に合った学びの場を選べるような仕組みが必要です。
「不登校からの回復の地図」を知ることは親にとって大きな助けになる

沢木:お話を伺って、学びの場の選択肢を増やしていくことの大切さを改めて感じました。不登校には回復に向かうプロセスがあり、その道案内の地図がある。先生の本に励まされ、勇気づけられる保護者も多いのではないかと思います。できれば困った状況になる前に読んでほしい1冊です。うちの子がたどった道のりも、先生の地図を歩いているようでとても勇気づけられました。今日のお話でさらに背中を押していただいた気がします。今日はありがとうございました。
プロフィール
異文化理解を主なテーマとする、ノンフィクションライター、編集者、絵本作家。出版社勤務を経て独立。小さな出版社を仲間と営む。ラクダ似の本好き&酒呑み。子どもの小学校入学時に付き添いを行い、不登校になる過程を克明に綴った日記ドキュメント(「毎日新聞ソーシャルアクションラボコマロン編」連載)が反響を呼ぶ。
入学後3週間で小学校に行かなくなったHSC(ひといちばい敏感な子ども)のむすこと親の葛藤を綴る日記ドキュメント。夫婦が試行錯誤しながら情報収集した、専門家からのアドバイス、不登校支援制度なども掲載。
プロフィール
NPO法人子どもの権利支援センターぱれっと理事長も務める。一般社団法人HAT共同代表。児童相談所嘱託医。昭和34年大阪府生まれ。京都大学医学部卒業後、国立京都病院内科、名古屋大学医学部付属病院精神科、愛知県立城山病院を経て、真生会富山病院心療内科部長。心療内科医としての勤務やぱれっとが運営する子どもの居場所&保護者のカウンセリングスペース「ほっとスマイル」などでの活動を通して、30年以上不登校の子どもたちを支援している。シリーズ累計500万部を突破した『子育てハッピーアドバイス』(1万年堂出版)など著書多数。
子どもたちの1割以上が不登校あるいは不登校傾向にある日本。30年以上不登校の子どもたちに関わり、その家族を支えてきた心療内科医が、「これだけは伝えたい」と思ったことを一冊にまとめた本。子どもたちに寄り添う中で見つけた「不登校の子と向き合うとき、いちばん大事なこと」をわかりやすく紹介する。
取材・文/平丸真梨子
