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突然の無気力・号泣・成績急落…クリニックに来る子どもたちのさまざまな症状
――中学受験期、メンタルトラブルを抱えて来院されるお子さんが多いと聞きます。どのような症状が見られるのでしょうか。
吉田たかよし先生(以下、吉田先生):受験うつの症状として多いのは、急に塾に行けなくなる、勉強から逃げるようにゲームばかりする、「もうダメだ」と泣きだす、といった行動の変化です。また、それまで普通に解けていた問題でケアレスミスが一気に増え、模試の成績が急落するケースも少なくありません。
――親から見ると、「怠けている」「気持ちが弱いだけでは」と感じてしまい、気がつかないこともありそうですね。
吉田先生:心の限界に、気がついていない親子は多いと思います。これはたんなる怠けや甘えではなく、多くの場合、脳とメンタルが限界に近づいているサインなんです。
本人も相当つらい状態ですが、小学生は自分の不調を言葉でうまく説明できません。そのため、「泣く」「逃げる」「荒れる」といった行動として表に出てしまうのです。
放っておくとさらに悪化してしまうため、早めの気づきがとても重要です。

メンタル回復のカギは、意外にも親の生活習慣⁉ 親子で「立て直す」視点が大切
――先生のクリニックでは、メンタル不調に対して、まず何からアプローチされるのでしょうか。
吉田先生:意外に思われるのですが、最初に行うのは生活習慣の見直しです。具体的には、睡眠・食事・運動。この3つが崩れているケースが非常に多いですね。
そして見落とされがちなのが、生活習慣の乱れは子どもだけに起きているわけではない、という点です。子どものメンタルトラブルをきっかけに来院されるご家庭のお話をうかがうと、親御さんご自身の生活リズムや心の状態が崩れていることも少なくありません。
夜更かしが続いて睡眠リズムが乱れていたり、忙しさから食事をおろそかにしてしまったり、運動習慣がまったくなかったり……。親御さん自身の生活が整わず、心にも余裕がない状態であるケースが、じつはとても多いと感じています。
――親の生活習慣や心の状態が、子どもにも影響するのでしょうか。
吉田先生:非常に大きく影響します。子どもは、親のメンタルを映す鏡のような存在です。
親が睡眠不足でイライラしている、食事がおろそかになっている、運動不足でストレスを溜めている――。そうした状態は、言葉にしなくても、子どもに伝わってしまいます。これを医学的には「セカンドハンド・ストレス」と呼びます。

ヒアリングを行い、家庭全体の状況を把握してサポートをしている。
――ストレスが「伝染」するようなイメージでしょうか。
吉田先生:その通りです。最近の研究では、強いストレスを抱えた人が視界に入るだけでも、それを見た人のストレスホルモンが上昇することもわかっています。ましてや、毎日密接にかかわる親子関係では、その影響はさらに大きくなります。
だから私は、「子どもを変えようとする前に、まず親御さん自身の生活習慣とメンタルを整えましょう」とお伝えしています。親の状態が安定すると、家庭全体の空気が変わり、子どもの脳とメンタルも回復しやすくなるのです。
「睡眠時間が少ない=努力」は大きな誤解! 理想は8時間程度の睡眠
――かつては「四当五落(よんとうごらく)=4時間睡眠で合格、5時間睡眠では不合格になる」とも言われました。中学受験生の睡眠時間は、どのように考えるべきなのでしょうか。
吉田先生:睡眠時間を削ることは、できるだけ避けてほしいですね。12歳までの子どもであれば、ひとつの目安として8時間以上の睡眠を勧めています。ただ、実際に受験生を見ていると、5〜6時間睡眠になっているケースが非常に多いのが現状です。なかには、「眠気対策としてカフェインをとらせている」というご家庭の話を聞くこともあります。
しかし、そもそも記憶には「記銘(覚える)」「保持(保つ)」「想起(思い出す)」という3つの段階があり、そのすべてに睡眠が深く関わっています。
そのため、睡眠が不足すると、どれだけ勉強しても情報は短期記憶のままで終わってしまう。2週間ほど経つと、ほとんど忘れてしまうのです。

――睡眠時間を改善していくにあたっては、まずはどのように管理していけばよいのでしょうか。
吉田先生:「何時にベッドに入ったか」「何時に起きたか」を、毎日メモしてもらうことをオススメしています。睡眠は可視化しないと、「足りているのか」「削りすぎているのか」が理解できません。まずは親子で現状を可視化することが、睡眠を整える第一歩になります。
運動習慣が、受験に必要な「記憶力」を底上げする
――受験期は、勉強を優先するあまり、どうしても運動から遠のいてしまうご家庭も多いですよね…。
吉田先生:とてももったいないと思います。体を動かすことで脳の神経細胞が活性化します。また、運動によって、海馬では新しい神経細胞の生成も促され、記憶力そのものが高まるのです。

ーー運動が、記憶力を底上げしてくれるんですね! いそがしい受験生でもできるオススメの運動はありますか?
吉田先生:受験生にとって長い運動時間を確保するのは簡単ではありませんよね。そこで私がオススメしているのが、「HIIT(高強度インターバルトレーニング)」というものです。
やり方は【20秒間、二重跳びや屈伸運動で息があがるまで体を動かす→40秒間休む】これを3〜5回くり返します。
わずか数分ですが、脳への刺激としては十分な効果があります。「時間がないから運動は無理」と思わず、短時間でもぜひ取り入れてみてほしいです。
子どもの成長を後押しする声かけの比率「ネガティブ1:ポジティブ2」
――どうしても受験に対して不安が募ると、子どもに対してどう声をかけるべきか悩みます。「これは言わない方がよい」という言葉はありますか?
吉田先生:よく親が言いがちなNGワードは「大丈夫?」「あと少し頑張れ」といった声かけですね。親としては心配していますし、励ましているつもり…。しかし、こうした言葉がお子さんのメンタルをさらに追い込んでしまうケースが非常に多いんです。
ーーつい「試験大丈夫?」などと子どもに聞いてしまいそうですね。なぜダメなのでしょうか?
吉田先生:子どもは「大丈夫?」と聞かれると、とっさに「大丈夫ではないところ」を探してしまいます。自分の不安や足りない点に意識が向きやすくなり、不安やプレッシャーを感じてしまうのです。そのほかにも、成績が落ちたことを指摘したり、兄弟やお友達と比べてしまったり…。ときには、つい感情的な言葉をぶつけてしまう親御さんもいますね。
――では、親が子どもをサポートしていくために、どのような声かけが望ましいのでしょうか。
吉田先生:いつもお伝えしているのは、「ネガティブ1に対して、ポジティブ2」という比率です。「1:2」と言わず、「1:5」くらいでもいいかもしれません。
ネガティブな感情やできごとを、完全になくすことはできません。模試の結果が悪い日もありますし、うまくいかない日もある。それは受験期ではごく自然なことです。だからこそ、そのネガティブなできごとに対して、ポジティブなフィードバックを2倍重ねてあげることが重要です。

ここで大切なのは、「すごい」「えらい」といった抽象的な言葉ではなく、事実をそのまま伝えることです。
たとえば、
「今日はこの問題集を最後までやったね」
「この問題は、ケアレスミスなく解けていたよね」
「解き方を自分で考えようとしていたね」
「今回はうまくいかなかったけれど、前回の実力テストではここまで取れていたよね」
このように、結果ではなく行動やプロセスを具体的に伝えてあげることがポイントです。
もし不合格だったら——最初にするべきは「一緒に泣くこと」
――不合格だった際、子どもへの声かけが難しいという声も多く聞かれます。どのような関わり方が望ましいのでしょうか。
吉田先生:落ち込んで帰ってきた子どもをうわべの言葉で元気づけようとするのは、逆効果になることが多いです。「大丈夫」「次があるよ」といった言葉も、魔法のように気持ちを切り替えてくれるわけではありませんよね。
ーー親としては、少しでも早く立ち直ってほしいと思うほど、つい前向きな言葉をかけたくなってしまいそうです。
吉田先生:まず大切なのは、ネガティブな感情を無理に抑え込まないことです。親子で一度、思い切り泣いてもいい。涙にはストレスホルモンが含まれており、泣くことでそれが体の外へ排出されることがわかっています。
30分ほど、感情を出しきる時間を取ると、心はいったんリセットされます。そのうえで少し落ち着いてから、次の試験に向けて「これからどう進むか」というプロセスを、親子で一緒に描いていく。この順番が、とても重要です。
もちろん、合格できるに越したことはありません。ただ、それ以上に大切なのは、受験までの期間、親子が二人三脚で努力を重ね、ともに挑戦してきたという事実です。そのプロセス自体にとても大きな価値があることを忘れないでほしいですね。
合格だけがゴールじゃない。受験が親子に残す「一生ものの財産」

――最後に、日々子どもと全力で向き合う親御さんへメッセージをお願いします。
吉田先生:合格を目指して全力を尽くすことは、とても大切です。ただ、それと同じくらい、受験を通じて子どもが心豊かに成長していくことが重要だと私は考えています。たとえ、第一志望校への合格が叶わなかったとしても、挑戦のプロセスが充実していれば、その経験は確実に子どもの人生を後押ししてくれます。
親子二人三脚で乗り越えた経験は、あとになって「一生ものの財産」になることも少なくありません。ぜひ、親子で手を取り合って、前向きに乗り越えていってくださいね。
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お話を伺ったのは
医師、医学博士。本郷赤門前クリニック院長。
灘中学校・灘高等学校を卒業後、東京大学工学部に進学。東京大学大学院を修了し、NHKアナウンサーとして活動したのち、北里大学医学部に進学して医師免許を取得。その後、東京大学大学院医学博士課程修了。
現在は、受験生に特化した心療内科「本郷赤門前クリニック」にて、受験期の子どもが抱える不安や心身の不調に向き合い、医学的知見に基づいた適切な教育とメンタルサポートの普及に取り組んでいる。
本郷赤門前クリニックHPはこちら
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構成・文/牧野 未衣菜
