きっかけは、アメリカで見た学校に来ない子どもたち
お話を聞いたのは、ソニーマーケティングMESH事業室の萩原丈博さんと原援又さん。2024年にソニーグループから生まれた一般社団法人Arc & Beyondでも活動するお二人に、少年院でのプログラミング教育についてうかがいました。
ソニーグループが少年院でプログラミング教育を実施することになったきっかけは、萩原さんがアメリカで目にした光景でした。
「2015年にプログラミングツールであるMESH™の事業を立ちあげ、日本とアメリカでビジネスを始めました。アメリカの拠点はシリコンバレーのベイエリア。シリコンバレーといえば大手IT企業が集まる西側のイメージが強いと思いますが、東側は貧困の方も多く、学校の前には銃を持った警察官がいるような地域でした」と萩原さんは当時を振り返ります。
萩原さんが直面したのは、そもそも学校に子どもたちが来ていないという現実でした。
「アメリカのある州では高校までが義務教育ですが、その州の一部地域では高校生の多くが中退していました。犯罪など、いろんな理由で社会とのつながりが断たれてしまう若者が少なくなかったのです」(萩原さん)

アメリカでは若者の約7人に1人が、Disconnected Youth(ディスコネクテッドユース)と呼ばれる、学校や仕事につながれず、社会から孤立してしまった状態にあるといわれているそうです。萩原さんたちは、少年院から出所後の若者を支援するセンターで、ボランティアでワークショップを実施するようになりました。
「試しにやってみると、『学ぶって楽しい』『自分にもこんなことができると思わなかった』と子どもたちの表情が変わり、前向きなコメントをたくさんもらうことができました」と萩原さん。この手応えが、日本での活動につながっていきます。
少年院という教育が困難な場所での手応え
やがてこの活動が、日本の法務省の目に留まりました。日本でも学校でプログラミングが必修になっていましたが、少年院にいる若者はそうした教育を受ける機会がないケースが少なくありません。そこで2021年から日本の少年院でトライアルがスタートし、2025年には全国42か所で導入できるよう、プログラムが正式採用されました。
「少年院は一般的な教育現場よりも難しい場所だと思います。ただ、そこにいる若者たちに届くものができれば、不登校の子どもたちや障害がある子どもたちの力にもなれるのではないかという思いがありました」(萩原さん)

少年院での授業は選択制で、1回約100分で完結します。授業にはソニーのIoTブロック「MESH™」を使用。専門知識がなくてもプログラミングを体験できるツールで、小学校などでも使われていますが、少年院向けに専用の教材を開発しました。
「日用品を便利なものに変える仕組みをつくってみよう」「他者の困りごとをプログラミングで解決してみよう」など5つのワークがあり、3〜4人のグループで身近な課題解決に取り組みます。大事なのはアイデアの質よりも問題への取り組み方。身の回りにどんな不便があるのか考え、解決策を形にして、最後はグループで発表してフィードバックし合います。
たとえば、あるグループはほうきに動きセンサーをつけて、振った回数をカウントし、30回振ったら、歓声と拍手の音声で知らせる仕組みを作りました。「掃除って終わりがわからないよね」という身近な困りごとから生まれたアイデアです。
普段は私語ができない少年院ですが、この授業ではテーマの中でならおしゃべりOK。自然と「これどう?」「あれどう?」とアイデアを出し合うように。その様子を見た職員の方が、「ここまでみんなでアイデアを出し合えるとは思わなかった」と驚くこともあるそうです。
直感的に学べるMESH™

みんなMESH™を触るのは初めて。最初は「難しそう」「自分には無理」という顔をするそうです。でも、あまり教えなくても触りながら直感的に学べるため、多くの人がすぐに使いこなせるようになります。
「意外にできるという感触をつかむと、ガラッと変わりますね。じゃあ次は何をやろう? と、どんどん前のめりになっていくのがわかります」(原さん)
失敗してもすぐやり直せるのも特長です。一般的なプログラミングはコードを書いて、変換して、書き込んで…と手順を踏まないと動きませんが、MESH™はブロックをつないだ瞬間にすぐ反応します。
「あれ? どうしてだろうと思ったら、ちょっと変えてみようかなとすぐ試せるので、試行錯誤しやすいんです。それから、みんなで同じものを作ろうとすると苦手な子が出てきますが、MESH™は自分で作りたいものを決めるところから始められるので、それぞれが自分なりに表現できます」(萩原さん)
AI時代に、なぜプログラミングなのか
AIがコードを書いてくれる時代に、プログラミングを学ぶ意味はあるのでしょうか。原さんは、AIかプログラミングかという二者択一ではないといいます。
「ツールはどんどん進化しますが、それをどう活用して価値あるものに変えていくかという考え方は変わりません。MESH™の使い方を覚えること自体が目的ではなくて、問題への取り組み方を学んでほしいと思っています。目標を設定して、細かく分解して、筋道を立てて、論理的に行動する、いわゆる『プログラミング的思考』と呼ばれる力は、AIがどれだけ進化しても必要なものです」(原さん)
萩原さんは、試行錯誤する行動力の大切さを挙げます。
「AIってアイデアをぱっと出してくれますよね。でも、それを実際に試してみようと動くかどうかが大事。やってみたら想定通りにいかないことも多いし、じゃあどうしようかと考えて試行錯誤していける行動力が、今後より求められるのではないかと思います」
「自分にもできた」が立ち直るきっかけに
授業前後のアンケートでは、「多角的視点の模索」「相互支援の実践」「課題解決プロセスへの実践」「言語化能力」など、さまざまな項目で学習効果が認められました。
「少年院の若者は、自己効力感※が低かったり、新しいことに挑戦することに抵抗を感じたりする子も少なくありません。でもやってみると、意外にできることがあるとわかります。実際、誰かの困りごとを解決することに興味がある自分に気づいたと話してくれた人もいます」と原さん。子どもたち自身も気づいていなかった可能性に気づく瞬間が一番大きいと感じているそうです。
「少年院を出たあとも厳しい環境の中でチャレンジしていかないといけない場面があると思いますが、諦めずに試行錯誤していくマインドを、このプログラムで身につけてもらえたらと思っています。本当にほんの少しのきっかけで大きく変わる子を何人も見てきました」(原さん)
少年院での学びは、今後さまざまな場所へ広がっていきそうです。Arc & Beyondでは、地域での学びの場づくりや、障害のある人とのワークショップも始めています。

「支援する、されるという関係ではなく、一緒につくっていくのが大事だと思っています。そんな環境づくりも進めていきたいです」(萩原さん)
※自己効力感:自分の力を信じられる感覚のこと。
「違い」が強みになる時代へ
「100分程度の授業でも、大きく変わったり新たな可能性に気づいたりする瞬間を目にしてきました。ほんの少しのきっかけで変わる子を何人も見てきたので、困難な状況にあっても可能性が芽吹く機会はつくれると思っています。それから、グループで取り組むと1人では思いつかなかったアイデアにたどり着くことも多いんですよね。悩んでいる親御さんも、1人で抱え込まず誰かに相談してみると、新たな視点が得られることがあると思います」(原さん)
「いろんな教育現場を見てきて思うのは、違いが強みになる時代が来ているなということです。自分の子どもが他の人と違うことで悩んでいる方もいるかもしれませんが、実はそこが武器になることもあると思います。テクノロジーによってできることも広がっているので、お子さんの”できるかも”を探してみてほしいですね」(萩原さん)
挫折しても、回り道をしても、ちょっとしたきっかけ一つで変われることがあります。少年院での取り組みには、子育てのヒントにできることも多そうです。
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取材・文/古屋江美子