未熟さに気づいたことが黒木を変えた!?
冒頭、灰谷純(加藤シゲアキ)が桜花ゼミナール吉祥寺校を訪れる。灰谷が黒木蔵人(柳楽優弥)に連絡し、黒木が場所を指定した。そこで、黒木が中学受験最強塾ルトワックを退職した理由の一端が明かされる。
ルトワックで黒木は、将来の日本を支えるエリートを育てていた。それが生きがいだった。灰谷はそんな黒木に憧れ、その背中を追い続けていた。
しかし、黒木はルトワックを辞めて、決して最難関校を狙うような子どもたちばかりが通うわけではない、むしろ中学受験になかなか向き合えないでいる子どもたちも多い桜花ゼミナールに籍を移し、同時に無料塾「スターフィッシュ」も文字通り身を粉にして運営している。
灰谷は問う。「だとしたら、かつてのあなたに憧れていた私は、間違っていたということなんですか? 何があなたを変えてしまったんですか」。黒木が答える。「もし、私が変わったというならば、私が、私の未熟さに気づいたことが、私を変えたのかもしれません」。つまり灰谷はいまも未熟だということ。黒木は灰谷にも早く気づいてほしいのではないか。では、「未熟さ」とは何か。
このシーンでその答えは出ないままだが、中盤にヒントがある。街中で、桜花ゼミナールの社長・白柳徳道(岸部一徳)と灰谷がばったり出くわし、お茶をするシーンがある。そこで白柳は灰谷に「灰谷先生、子どもには、かないませんよ」と言って微笑むのだ。
「勝者」とは何が何でも志望校を譲らないことではない!?
ドラマ「二月の勝者」の第9話の舞台は年の瀬。現実の中学受験生親子が置かれている状況とリアルタイムにリンクしていた。最後の模試を終え、いよいよ現実的な併願校を決める段階。「胸付き八丁」である。
会議室で、各クラスの担当講師が各生徒の受験予定校を発表する。それに対して黒木が、「いまの調子なら可能性はないわけじゃない」「チャレンジですが、このまま走らせましょう」「上方修正を提案します」「念のため、もう少し下の併願校を1校」「危険です。1日に手堅い学校で固め……」などと、本人の性格、調子などを勘案した根拠とともに、自分の考えを述べる。
実にリアルだ。第1話で「私は、君たち全員を第一志望校に合格させるためにやってきた、黒木蔵人です」と言って生徒たちの前に現れた黒木であるが、決して負け戦に放り込んだりはしないのである。さまざまな状況の生徒に対する黒木の柔軟なアドバイスは、この時期、併願校選びに頭を抱えるリアル中学受験生の親にとっても、「考え方」として参考になったのではないかと思う。
中学受験の志望校選びはゼロか百かではない。目標として掲げてきた第一志望校への「想い」を大切にしながら、一方で、合格可能性を緻密に計算しながら、現実的に「納得できる合格」を得るための「冷静な戦略」も必要なのだ。
たとえば黒木は浅井紫に、合格可能性20%以下のE判定でチャレンジ要素が大きい第一志望校の2月1日受験を見送り、その2月1日を利用して第三志望校で確実に合格を得てから、2月2日に第一志望校を受けることを提案する。
一般的に、同じ学校が複数回入試を行う場合、2月1日よりも2月2日のほうが合格のハードルは上がる。だから、浅井さんの場合、2月1日の受験を見送り、2月2日に受験するとなると、第一志望校の合格可能性はさらに下がる。
しかし、合格可能性が20%以下ならそもそも2月1日だってほとんどギャンブルだ。だったら2月2日に受けても合格可能性はさほど変わらない。それならば、2月1日は確実に合格できる学校を受けたほうが良いという判断だ。それでも第一志望校には挑戦できるのだから、受験生本人の「想い」は尊重される。
黒木のアドバイス通りに受験の順番を変えることを母親が娘に提案すると、娘はあっさりと「それでいいよ。紫、行きたくない学校は志望校候補にしてないし。それに、どこに行ったとしても、そこに通いながら将来の夢、考えたいんだ」と答える。この視野があると、中学受験は親子にとって豊かな経験になる。逆に、「絶対にこの学校に入らなければならない」と思い詰めると、中学受験は過酷になる。
第1話の保護者説明会のシーンで黒木は、「私が、みなさんのお子さまたちを第一志望に全員合格させます。私といっしょに、ここにいる全員で、二月の勝者となりましょう!」と宣言している。それを見た視聴者の中には、黒木がどんなウルトラCを使ってできない子を最難関校に押し込むのかと想像したひともいたかもしれないが、「二月の勝者になる」とは、決して子どもに無理・無謀を強いることではないのだ。
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