中学受験でわが子を守る「最強の親」になるために、今すべきことは?【おおたとしまさ×尾崎英子対談】

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プロフィール

おおたとしまさ
1973(昭和48)年東京都生まれ。育児・教育ジャーナリスト。麻布中学・高校出身で、東京外国語大学中退、上智大学英語学科卒。中高の教員免許を持ち、リクルートから独立後、独自の取材による教育関連の記事を幅広いメディアに寄稿。

 

プロフィール

尾崎英子
1978年、大阪府生まれ。小説家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒。2013年『小さいおじさん』で第15回ボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。『たこせんと蜻蛉玉』(光文社刊)『くらげホテル』(KADOKAWA)など著書多数。
発売後、即重版がかかったおおたとしまささん『勇者たちの中学受験』と尾崎英子さん『きみの鐘が鳴る』。

息子の受験が終わって、自分を振り返ることができたのは6

ご自身の息子さんの中学受験の経験から、小説の執筆を決意した尾崎英子さん。

おおた 尾崎さんはこれまで少女の気持ちや家族関係などをテーマに小説を書いてこられたわけですが、中学受験の小説を書こうと思ったきっかけは。

尾崎 私には子どもが二人いて、上が中2なのですが、私も母親として中学受験に伴走して、「こんなに大変なんだ」と思ったんですね。終わったら、もぬけのからになりました。その後すぐに小学校の卒業式、中学の入学式とあって、制服を着て通学することにも慣れた6月くらいになって、子どもの制服の後ろ姿を見て、「ああ、終わったんだ」ってようやく思えたんです。

おおた 6月ですか、たしかにそれくらいかかるかもしれませんね。

尾崎 我が家の中学受験も物語のベースになるくらいのいろいろなことがあったし、想定していなかった結果に落ち着いたのですが、これでよかったのかな、と思えたのも6月でした。考えてみれば、中学受験をしたお友達それぞれにもドラマがあり、ドラマがない家庭はないんじゃないかな、ならば、まだ気持ちがあたたかい、フレッシュな間に中学受験を題材に物語を書いてみたらどうだろう、と思ったんですね。

子ども目線で受験を見ると親の厳しすぎる面が見えてくる

(左)おおたとしまささん (右)尾崎英子さん

おおた 実は僕も6月くらいからインタビューをしていたんですよ。時期も一緒ですね。尾崎さんの『きみの鐘が鳴る』は子ども目線で書かれていますが、最初からそのような構想でしたか?

尾崎 最初は塾の先生とか親の目線で書いていたんです。けれど、編集の方と相談した結果、「子ども目線の中学受験の物語はあまりないから、新鮮でいいのでは」と言うことで書き直しました。

おおた 1回書いたものを子ども目線で書き直したんですか!? 作家さんってすごいなぁ……。その子ども目線の小説は、エイト学舎という小規模な塾に通っている生徒と家族が主人公ですね。6章立てですが、最初の2章をつむぎちゃんが、それから345章はそれぞれ塾の仲間が主人公で。同じ塾のクラスの仲良しが、それぞれの視点で自分やお友達を見ている。

尾崎 子ども目線で書くと、「親ってこんなひどいことするんだ」って思うことがあって、でも自分も全部やっていた! と気づきました(苦笑)。暴言吐きますしね、子どもを打ちのめしてしまいます。でも、そうだったからこそ、「この子たちに救いの道がありますように」という気持ちで書いていました。ほかの小説だと私は背後霊みたいになって書くことが多いのですが、この子ども目線の小説では守護霊のような気持ちでした。どんな結果になっても、みんな幸せになってほしいなって。

すべて実名の話題作!ノンフィクションにする意義は

実名&塾名も明かして書いた理由は?

尾崎 おおたさんは以前にお会いしたとき、ご自身の著書について「小説みたいなものを書きました」とおっしゃってましたね。取材をした上でフィクションで書かれたのかなと思っていましたが、学校名も塾の名前も実名のバリバリのノンフィクションで。驚きました。

おおた 中学受験について「こうしたほうがいい」「ああしたほうがいい」という指南書のようなものを書いても、「理想論でしょう」みたいに終わってしまうもどかしさがずっとあったんです。もっと読む方の感情を動かすようなことができないか、それにはノンフィクションで物語風にしてみたらいいのでは、と考えました。

「ひとことアンケート」のようなものを配って、ぬくもりが感じられるコメントをお寄せいただいた方々に、「詳しくお話を聞かせてください」とこちらからお願いしました。どのご家庭の経験談にも必ずドラマがあるのは経験上わかっていたので、おもしろいものになると想像していました。

尾崎 だからすごくリアルなんですよね。作品は3つに分かれていて、それぞれ3人の受験生のご家庭を描いています。まず一番目のアユタくんの場合、受験への過熱が気になっていたお父さんが、すごくいい感じでブレーキをかけているところがありますよね。そこが逆にリアルだと思いました。二番目のハヤトくんは、絵に描いたようなエリート中学受験生ですね。すごいです。こういう経験もあるんだなと驚きでした。……ネタばれしますからこのへんで終わりにします()

おおた もともとは実名で載せないつもりだったんです。ですが、塾名にしても学校名にしても、伏せてしまったら中学受験における残酷さとか滑稽さとか、表現したい部分が漂白されてしまうなと思って。
一方で滑り止め校の実名やひどいことを言う塾の先生が出てくるので、申し訳なさもあり、悩んでいたのですが。塾に関しては校舎や教室によってカラーがあるし先生との相性によっても替わってくる。塾全体が悪いわけではありません。

どこか特定の塾や学校を否定するわけではないけれど、塾業界の構造的な問題や、受験するご家庭共通の問題点など、問題提起したい部分があるのに、学校や塾に忖度してリアルに書かないのはジャーナリストとしてどうかと。それで取材にご協力いただいた保護者の方やお子さんにお話して、実名でのご掲載の了解をいただきました。その勇気に感謝して、きちんと描かせていただいたつもりです。

「中学受験に失敗はない」これがふたりの共通メッセージ

尾崎 チャレンジングですよね()

ただ、アプローチは違いますし、お互いのを見せ合いながら書いたわけでもないのに、最後に言いたいメッセージが似かよっていたのが驚きでした。私は自分の子どもの経験ですが、「中学受験に失敗はない」と思っています。全部不合格でもだれに怒られることでもないし、高校受験や大学受験で再チャレンジもあります。受験のさなかでは何が成功で何が失敗かわからないけれど、終わってからよく考えてみれば、息子も私も「すごくがんばったじゃないか!」と思えるんです。それはおおたさんのご著書の解説にもありましたよね。

おおた そうなんです、2冊読んでみると答え合わせができ、中学受験に対する理解が深まると思います。中学受験のただ中にいると、「いかにパフォーマンスを上げるか」が目的になりがちですが、作家さんたちって、その渦中にいる本人や家族の人生とか人間を描いているわけじゃないですか。僕も中学受験だけでなく、不登校とか教育虐待とかのテーマで書くときもあり、受験を外から眺めることが多い。そんなふうに外から見たときに、中学受験という体験を通して、子どもはどう生きていくのかを描けば、「失敗なんてないよね」となるんですよね。

尾崎 失敗させてしまうのは大人なんだなって。

中学受験の第一志望合格率は3割。圧倒的に分の悪い戦い

中学受験をしてよかったと思うには?

おおた   そもそもね、中学受験は圧倒的に分が悪い戦いなんです。第一志望に受かる確率は平均3割、割りの悪い負け戦です。

それでも中学受験をしてよかったなと思うには、「経験として」よかったと思う意義づけを、親が子どもにしてあげないといけない。つまり、「受かる」「受からない」の戦ではなくて、人生全体でとらえ、「自分なりに精一杯がんばったのだ」という経験としてよかったと思えるか。その視野を取り戻すために、今回のような作品がある、と考えてもらえれば。

尾崎 この対談をする前にご質問をたくさんいただいたのですが、中学受験に対する切実な言葉がたくさんありました。子どもだけでなく、大人も追い詰められて……。大変な経験でもありますよね。

おおた 「中学受験を経験としてよかったと思える意義づけをしましょう」とただ言っても、理想論に思えるじゃないですか。それを、物語の力で、理屈ではなくて感情として理解できるのが、小説なり、ドラマ仕立てのノンフィクションのよさなのかなと思いますね。『きみの鐘が鳴る』で言えば、先生方のちょっとしたスピーチ、主人公にかける言葉に真実がある。

尾崎 それと、親には子どもの受験を横取りしないでほしいという気持ちがあって。親があれこれがんばって「自分のおかげでうまくいった」とポケモンマスターみたいになっちゃったらおかしなことになります。本当の意味での伴走、ですよね。中学受験は、親も自分の未熟さを実感できます。親にも学びがたくさんあります。

大人は自分の中にある「魔物」を手なづけることが重要


おおた 本当にそうですね。では最後に、今回の対談のテーマでもある「中学受験でわが子を守る『最強の親』になるために」。尾崎さんは親はどうしたらいいと考えますか? 

尾崎 子どもと親は違う人間であることを忘れず、ひとりの人格として尊重する。だけど、人生経験が長い分、「全体として言えることはあるよ」っていう、人生の先輩・後輩くらいのスタンスをまもっていれば、そんなに道を誤ることはないかな、と。
親って「この子をゼッタイに危険なめにあわせない」みたいな関係性になってしまいがちですが、先輩・後輩くらいの距離感を持つことが大事かな。ひいて見ているようで、結果的には大らかにまもっている、くらいがいいのかな。それが結果的に「子どもをまもる強い親」なのかもしれませんね。

おおたさんはどう考えますか?

おおた 今おっしゃられたことの言い換えになりますが、尾崎さんが経験されたように、締め切りが決まっているこの競争において、中学受験生の親の中には、ふつふつと湧き出て抑えきれないものが、だれにでもあると思うのです。尾崎さんの中にも、我々の中にも住んでいる魔物みたいなもの、中学受験によって抑えきれなくなるその魔物をいかに制御するか、手なづけるか――。

中学受験は過酷です。子どもをまもるときに、一番危険なのは自分の中に住んでいる魔物です。これがあばれているときに、「子どもの成績のせいだ」と、子どもを変えようとするとうまくいきません。自分を変えないとね。

大人は、自分と向き合う覚悟と勇気をもって、この魔物を抑え込む。これこそが子どもをまもるっていうことなんじゃないかなと思いますね。

 中学受験を迎える親の心構え、お二人から学ぶことは

――まだまだ幼い小学生が、「価値」を問われるように偏差値で、模擬試験の判定で、そして本番の試験で優劣を着けられていく中学受験。パパママはもちろん、だれよりも子どもがつらく空虚な気持ちになりがちです。しかし、尾崎さんやおおたさんが言うように、この競争の沼に大人がはまってしまわないように。魔物を上手に胸の中に押し込めて、その子にとって「よい経験だった」といえるような受験にしていきたいですね。

『勇者たちの中学受験』(大和書房)

『きみの鐘が鳴る』(ポプラ社)

*この対談は2022年11月15日、本屋B&Bにて行われた、おおたとしまさ×尾崎英子 「中学受験でわが子を守る『最強の親』になるために」でお話された内容を抜粋させていただいています。
文・構成/三輪 泉

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