「家族が呪いになったら、逃げ出してもいい」虐待される子に語る言葉が心に刺さる…声なき声に耳を傾けることの大切さを伝える映画『52 ヘルツのクジラたち』現在公開中

日本アカデミー賞監督賞他9冠を受賞した『八日目の蝉』の成島出監督が、杉咲花を主演に迎えた深みのある人間ドラマ『52 ヘルツのクジラたち』が 3 月 1 日(金)より全国公開されました。多様性が叫ばれる令和の時代、また1本、それをテーマにした傑作映画が誕生しました。

「52 ヘルツのクジラ」というタイトルが実に意味深い

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

町田そのこによる2021 年の本屋大賞受賞小説を映画化した『52 ヘルツのクジラたち』。メガホンをとった成島出監督のもと、主演に杉咲花、共演に志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨といった魅力的なキャストが、非常に繊細かつヘビーな人間ドラマを紡ぎ上げています。

主演の杉咲さんは、昨年公開された時代劇コメディ『大名倒産』に、法廷ミステリー『法廷遊戯』、第47回日本アカデミー賞優秀主演女優賞や毎日映画コンクール女優主演賞を受賞した『市子』で、それぞれに卓越した演技力を見せてきましたが、本作でもしかり。その安定感はハンパなくて、今や押しも押されもせぬ国民的女優となりました。

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

さて、杉咲さんの最新主演作となる映画のタイトル「52 ヘルツのクジラ」とは、他の仲間たちには聴こえないような高い周波数で鳴く世界で1 頭だけのクジラを指します。本作では、痛ましい環境に身を置く中で声なき声を挙げる人や、その声に耳をすませようとする人々が登場。今、世界を見渡せば、きっといろんな環境でそういう声があふれていると思いますが、まさに本作を観終わった時、人々のSOSを察知しようとする行為自体の大切さを改めて実感させられました。

「家族が呪いになったら、逃げ出してもいい」という核心を突く助言

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

杉咲さんが演じるのは、心に傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へとひっそり移り住んできた主人公の三島貴瑚。ある日、母親から虐待され、「ムシ」と呼ばれている少年と出会います。実はかつて自分も、悲惨な家庭環境で家族に虐げられてきた経験があるため、貴瑚はその少年を見過ごすことができず、一緒に暮らし始めます。

やがて、夢も未来もなかった少年に、たった1つの“願い”が芽生えた時、その願いを叶えようと貴瑚は動き出します。また、自分の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた友人、岡田安吾とのかけがえのない日々に想いを馳せつつ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度立ち上がろうとします。

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

貴瑚の幸せだけを願う塾講師の安吾役に志尊淳、職場の上司で貴瑚の初めての恋人となる新名主税役に宮沢氷魚、貴瑚の親友・牧岡美晴役に 小野花梨、そして貴瑚が海辺の街で出会う少年役に桑名桃季。そのほか余貴美子、倍賞美津子というベテラン女優も含め、絶妙なアンサンブルを繰り広げ、丁寧にドラマを積み重ねていきます。

劇中では、思わず目を背けたくなるような虐待について語られるシーンも登場します。ひとくちに虐待と言っても、直接手を出すものもあれば、言葉による暴力もありますが、本当にそれを受ける側の子どもはいつも無力だなと(涙)。そんな時、ある人物が「家族が呪いになったら、逃げ出してもいいんだよ。新しい人生を生きてほしい」と声をかけるシーンがなんとも心に刺さりました。

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

令和の時代になり、いろんなセーフティーネットができていますが、確かにどうしようもない環境に置かれたら子どもたちは、逃げるべきなのかもしれません。本作では周りのサポート体制も含め、そこの難しさをリアルに実感させられるのですが。

また、劇中には、本当に根性がひん曲がったろくでもない親から、子どもに異常なほどもたれかかってしまう親、子どもを愛していながらも自分が守りきれなかったことを悔いる親など、いろんなバージョンの親たちが描かれるので、Hugkum世代にとっても身につまされるものがありそう。最終的に一番優先させるべきなのは、子どもの人生、そしてその命を守ることで、そこについてもいろいろな感情がこみ上げてきそうです。

「魂のつがいとの出会い」という素敵なフレーズが心に染みわたる

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

現代と過去の時間軸を行ったり来たりする巧みな構成をとっている本作。すなわち観ていく中で、少しずつ貴瑚たちの壮絶な過去が明かされていくという作りで、後半にいくに従って「なるほど、そうだったのか!」という種明かしがされていくことに。そこでも「人が助けを求める声を決しておざなりにしない」という大事なメッセージにガツンとやられます。


ネタバレ厳禁な箇所がいくつかありますが、そこに触れずにご紹介したいのが「魂のつがいとの出会い」というロマンティックなフレーズです。それは、誰しもがきっと自分が愛を注ぎ、注がれる人ときっと出会える、という素敵な言葉。劇中で何度か出てきますが、この意味合いが、まさに本作のもう1つのテーマにもなっている気がします。

かなり重厚な人間ドラマとなっている本作ですが、観終わったあとに、未来を照らす希望が感じ取られるところが秀逸です。3ピースギターロックバンド「Saucy Dog」が書き下ろした主題歌「この長い旅の中で」も映画に寄り添った歌詞となっていて、深い余韻に包まれそう。

ぜひ本作は、今絶賛子育て中のママパパ世代はもとより、ちょっと心がささくれているなと感じている幅広い世代の方に観ていただきたいです。

『52ヘルツのクジラたち』は3月1日(金)より公開中
監督:成島出 原作:町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)
主演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李/余貴美子、倍賞美津子…ほか
公式HP:gaga.ne.jp/52hz-movie/

文/山崎伸子

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