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2018年10月に、第一子朔玖くんが誕生
岡田優介さん(以下、岡田さん):朔玖が生まれたのは、2018年10月です。私が35歳のときに生まれた子です。
妊娠中はとくにトラブルはなく、夫婦で生まれる日を楽しみに待っていました。出産のときは、福岡で試合があり始発で向かいましたが間に合わず、立ち会うことができなかったのですが、新幹線の中で妻の姉から朝6時に「生まれたよ」とメールをもらいました。
広い視野を持つ人になってほしいと願いを込めて命名
岡田さん:初めて産院で、生まれたばかりの息子を抱っこしたときは「小さくてかわいいな~」と思う反面、不思議な気持ちになりました。妊娠中に夫婦で、赤ちゃんの名前は決めていたのですが、息子の顔を見たら直感的にほかの名前にしたいと思い、名前を決め直すことにしました。
岡田さん:妻が「“さく”ってどう?」と言い、夫婦で漢字を決めました。朔は新月の意味があります。玖は、美しい黒い石という意味があります。月と石。月は白、石は黒という相反する意味を持つ漢字を名前に入れることで、物ごとをあらゆる面から見られる視野が広い人、柔軟な発想ができる人になってほしいという願いを込めて「朔玖」と命名しました。
最初の気づきは、こだわりが強い、指差しをしないこと
岡田さん:朔玖の様子が気になり始めたのは1歳ごろです。最初は妻が「こだわりが強い」「指差しをしない」と言い始めました。私は「元気だし、大丈夫じゃない?」と言っていて、1歳半健診でも「まだ小さいし、経過観察」と言われました。
しかしその後も、おもちゃを一列に並べるなどの遊びが目立つようになりました。これは自閉スペクトラム症の特徴の1つです。
「ママ」「パパ」「でんしゃ」という言葉が出たけれど、語彙が増えない
岡田さん:ほかに気になったのは言葉の発達です。1歳後半から「ママ」「パパ」「でんしゃ」という言葉が出始めましたが、語彙が増えません。朔玖は5歳ですが、気づいたらいつの間にか「ママ」「パパ」とも呼ばなくなりました。
3歳で診断されたときは、夫婦で心の準備はできていた
岡田さん:朔玖が自閉スペクトラム症と知的障害と診断されたのは、3歳になってからです。しかし朔玖の様子が気になり始めてから、夫婦でインターネット検索して「多分、自閉スペクトラム症だろう」と話し合っていたので、医師から「自閉スペクトラム症と知的障害」と言われたときは、大きな衝撃は受けませんでした。夫婦で心の準備はできていました。
靴下のはき方などにマイルールが
岡田さん:自閉スペクトラム症は、こだわりが強い一面があります。朔玖もこだわりが強くて、たとえば身支度をするときもルーティーンが決まっています。靴下は右足から履き、次は左足を。
マンションのエレベーターのボタンは自分で押す。エレベーターから降りたら、エレベーターが閉まるのを見届ける――こうした朔玖のマイルールを無視すると、激しくかんしゃくを起こします。5歳になって力も強くなり、かんしゃくを起こすとなだめるのが大変です。
試合で何日間から家を空けるときは、妻がワンオペで子どもたちを見ているので、朔玖のスイッチが入ってしまうとかなり大変なようです。また足が速いので、妻は外で走り出されると追いつかないと言っています。
言葉はないけれど、表情や目の動きで気持ちがわかる
岡田さん:しかし朔玖との生活の中で次第にマイルールを理解し、言葉はないけれど、表情や目の動きで朔玖の言いたいことは手に取るようにわかるようになりました。
活発で、リビングのソファでジャンプしたりもするので「こら!」とちょっと怒ると、ケラケラ笑うんです。「こら!」が笑いのツボみたいで、笑った朔玖が、本当にかわいいです。
就学について夫婦で話し合っている
岡田さん:朔玖は、現在保育園の年長クラスです。週5回、午前中療育に行き、午後から保育園に登園しています。今、夫婦で話し合っているのは就学のことです。
言葉がないので通常の学級に通うのは難しいと思っています。この間は、特別支援学校の見学に行ってきました。小・中・高学部があり、高校生を見ることで「朔玖もこんなふうになるのかな?」と将来の見通しを持つことができて、少し不安が軽減しました。これから夫婦で、特別支援級も見学に行き、朔玖の就学について考えていこうと思っています。
後編ではこだわりの強い朔玖くんとのお出かけや、岡田さんの新たな目標について伺いました
お話を伺ったのは
撮影/五十嵐美弥 取材・文/麻生珠恵 撮影協力/TENT幕張