中学受験必笑法キーワードから『二月の勝者』裏話まで!おおたとしまさ×漫画家・高瀬志帆 【中学受験を笑顔で終える方法】オンライン対談レポート|前編

2024年7月21日に開催されたオンラインイベント「中学受験を笑顔で終える方法」。書籍『「二月の笑者」になるために 名場面が教えてくれる中学受験必笑法』を出版された教育ジャーナリスト・おおたとしまささんと、ついに完結した漫画『二月の勝者』の作者・高瀬志帆さんが対談しました。
お互いに聞いてみたいこと、必笑法キーワード、視聴者からのQ&Aと盛りだくさんな内容をお届けします。

第1部 おおたさん/高瀬さん、お互いに聞いてみたいこと

第1部では、おおたさんと高瀬さん、それぞれが聞いてみたいことをピックアップ!

高瀬さんへの質問① 島津父以外、親が子どもの勉強を見る場面が描かれてないのはなぜ?

おおたさん 今回、書籍を作成するにあたって『二月の勝者』をスミからスミまで読み直したんですが、親がわが子に「解き直しなさい」とか「こうやるのよ」のように教えている場面がほとんどないんですよね。それってなんでだろうなと。

高瀬さん 基本的な問題を親子で解いたり…というのは、わりとどのご家庭でもやられていることなんですよね。やっぱり子どもに「勝手にやりなさい」ではダメで、進捗を見たり丸つけしたり。ただ、一般向けの青年誌連載の漫画のシーンとしてそれが挿入されて、楽しいかというと…というのがあり(笑)。あとは塾の先生の物語なので、島津家は例外として、先生たちから見えない世界の話をボリューミーに描かなくていいかなという判断で省きました。

高瀬さんへの質問② 最終話で黒木の左手薬指に指輪を加筆した意図は?

以前から親交のあるおふたり。和やかに、時に熱く、トークが進みます。

おおたさん これはもう、「ご想像にお任せします」でしたらそれでもいいんですが(笑)。僕、最初は気づかなかったんですよ。SNSで話題になっていて、単行本を読み返したら「本当だ!」と。

高瀬さん 本誌の最終話の時点でも案はあったんですけど、ペンディングしたんです。加筆は担当さんとも相談して。個人的に、黒木には幸せになってもらいたいんですね。この人、21巻分めちゃくちゃ悩んできたんで…相手はお好きにご想像していただければと(笑)。

おおたさんへの質問 。取材先はどうやって探してらっしゃいますか?

高瀬さん 『二月の勝者』執筆中、取材先を探すのが本当に大変で。おおたさんは日々たくさん取材していらっしゃって、それで何度かご相談させていただいたりもしたんですが。

おおたさん 僕ね、取材先の引きがすごく強いんですよ。もちろん取材してみて「なんか違うぞ」と思うことはたまにありますが。学校への取材にしても何にしても、アポ入れを人に任せないようにはしています。最初の電話の時点から取材が始まっていて、その感触でどこまで取材するか…場合にとっては手前でやめておこう、という判断になったりもします。自分の教育感と近しい人たちが自然と周囲に集まっているのかなと。

第2部 『二月の勝者』×必笑法キーワード

『二月の勝者』×必笑法 7つのキーワード

おおたさん HugKumと僕で、7つのキーワードを用意しました。「島津る」「狂気」「空手」「大冒険」「無料塾」「不登校」「ミサンガ」です。最初にみなさん気になっているだろう、「島津る」からいきますか。

高瀬さん これ、ネットスラングみたいになっていましたね(苦笑)。おおたさんが書籍の中で書いている「浅ましい人生観で中学受験にのぞんだら、子どもも視野の狭いせこい点取り虫になってしまう」という…この通りです。ただ、誰もが島津父のようになる可能性があるぞ、というつもりで描きました。島津父ほどでなくても、心の中に大なり小なり抱えている。ネット上では「ここまでしなくちゃダメだ」という人もいれば「こういうやつはダメだよね」という人もいて…二極化してしまったのは本意ではないんです。

おおたさん 誰の心にもある弱さの部分ですよね。最終集で島津父の背景についても描かれていますが、彼も彼なりの苦しみを抱えていて、それがこういう形で表出してしまうという。彼にも幸せになってほしいですが、そこはご想像にお任せします、ですかね(笑)。

高瀬さん はい(笑)。そこが漫画の楽しいところだと思うので。

画像『「二月の笑者」になるために 名場面が教えてくれる中学受験必笑法』より

おおたさん 次の「狂気」いきましょうか。『二月に勝者』1話目で、「君たちが合格できたのは父親の経済力、そして母親の狂気のおかげ」という名台詞がものすごいインパクトをもって出てくるんですよね。でも、これがちょっと1人歩きというか。

高瀬さん 1人歩きですね(笑)。あれって、単にトップ塾の中のトップの子たちに「おごるな、これからが本番だ。君たちだけの力だけでここまで来れたんじゃないぞ」ってカツを入れているだけの台詞なのに、これこそが全て、のような伝わり方をしてしまって。でも漫画の作りとしてミスリードするような描き方をしているのはこちらなので、しょうがないですね。

おおたさん 漫画を読み進めるとちゃんと高瀬さんの言いたいことが伝わってくるんですが、最初だけ切り取ると、それこそ母親は狂うくらいに子どもを追い詰めないと、と捉えられてしまったりね。今日は高瀬さんの意図をお伺いしても?

高瀬さん はい、もう書籍で取り上げていただいているシーンの通りで、お母さんの「信念」ですよね。子どもを傷つけたくないと想って自分を律する、コントロールする力

おおたさん まるみちゃんのお母さんの鬼気迫る表情に表れていますよね。僕の言葉で言い換えるとするなら、「狂気」とは正気じゃ持てないほどの「強靱な精神力」「折れない心」。それによって、子どもを守っているんですよね。

画像『「二月の笑者」になるために 名場面が教えてくれる中学受験必笑法』より

おおたさん 中学受験漫画ですが、「空手」が主人公・佐倉の大事なパーツとして出てきています。序盤の回想で出てきた佐倉の元教え子の少年はどうなったんだろうというのが、最終21集で加筆されていましたね。空手をこの漫画に入れ込んだ意図は?

高瀬さん スポーツ界においても「教育虐待」もどきのようなことがあるんですよね。親が子どもを追い込んでしまう。それを表すのに、空手じゃなくてもよかったんですが、担当さんが「せっかくだから、あなたがやっているやつで」と…私、空手をやっているので。

おおたさん 中学受験はよく親の過熱が問題視されがちですが、スポーツ界でもまったく同様に起きているんですよね。空手は武道なので、勝ち負けだけではなく、自分を超えていけるかどうか、肉体だけではなく精神を高めていけるかどうか、という点がいいなと思います。

高瀬さん 勝ち負けだけを重視すると、優勝した人以外が全部ダメになってしまうけど、そんなことないわけで。

おおたさん スポーツも中学受験も突き詰めれば突き詰めるほど、勝ち負けじゃなくなるんですよね。僕は中学受験もそういうことを学ぶきっかけにしてくれればいいなと思います。

画像『「二月の笑者」になるために 名場面が教えてくれる中学受験必笑法』より

おおたさん 次の「大冒険」はまるみちゃんのお母さんが「大冒険に連れてきてくれてありがとう」と言って受験へ送り出しますが、僕もよく中学受験を大冒険に例えていて。傷つきながら、転びながら、ドロドロになりながらそれでも前に進んでいく経験。これをゲームではなく現実世界で、リアルな恐怖や悲しみを味わいながら親子で進んでいく、その後の人生を輝かせてくれる経験を積む機会が中学受験にはあると。

高瀬さん 付け加えるなら、親子が共同で頑張れる最後の行事かな、というのは経験者のみなさんよく仰られます。中学に入ると部活や友だち優先で、親とは別人格なんだということもより鮮明になる。なので、この最後の大冒険を、親は何年経っても覚えているんですよね。

画像『「二月の笑者」になるために 名場面が教えてくれる中学受験必笑法』より

おおたさん 子どもは結構忘れているんですけどね(笑)。次は「無料塾」いきましょうか。

高瀬さん 私はおおたさんに無料塾の取材先を紹介いただいたので…ありがとうございました。

おおたさん 『二月の勝者』21集の協力先に書いてある「中野よもぎ塾」ですね。『二月の勝者』って中学受験の漫画だと一般的に言われているんですが、大きな裏テーマとして「教育格差」がありますよね。

高瀬さん 中学受験と無料塾は離れた世界ではないと思っていて。なぜか対立軸で語られることが多いんですが、教育格差は社会全体で解決しなくてはならない課題なんですよね。公立の小学校に通っている以上、クラスにいるかもしれない。例えば親が「今日は楽したいからファミレスでいっか!」という家庭がある一方で、「誕生日だから特別にファミレスに行ったんだ!」と自慢する子がいる家庭があったり、ちょっとした会話の中で齟齬が生じる。自分は中学から私立に行くから、その子たちとはもう無関係…ではなくて、同じ町内のコミュニティとしては地続きのはずで。中学受験を描いているから、教育格差の世界には触れない、という考えは私の中でまったくなかったんです

画像『「二月の笑者」になるために 名場面が教えてくれる中学受験必笑法』より

おおたさん 僕も無料塾の本を出していますが、本当に無関係ではないですよね。ちなみに私立の中高一貫校や進学塾の存在自体が格差を広げてるんじゃないかという意見もありますが、どう思われますか?

高瀬さん うーん中学受験のせいではないですよね。教育の構造の問題だと思うんですが…話すと長くなっちゃう。

おおたさん 親はどうしても偏差値の高い学校に…と願いがちですが、勝ち組になるために受験するわけじゃない。そもそも私学は負け組というか、辛酸を舐めた人たちが建学しているんですよね…これも話すと長くなっちゃう(笑)。漫画の中でも、前田花恋ちゃんが中学受験を最高の結果で終えて、でも6年後の大学受験を意識していつまでこの競争社会が続くのかぞっとする…そこで黒木が用意していた処方箋が無料塾「スターフィッシュ」という展開がありました。そこで花恋ちゃんはきっと救われるんですよね。勝ち負けだけでやっているんじゃない、お互い助け合える、そういう場所があるんだって。

高瀬さん そうですね。あと無料塾というのは、私たちがいいことをして気持ちよくなるための場所ではないんです。コミュニティなんですよね。人って必ず居場所がほしいと思うので、その居場所なんです。

高瀬さんの着物には、ヒトデ(スターフィッシュ)が!

高瀬さん 「不登校」は、もう特別なことではないですよね。データを見る度に増加していて。自治体によってはフリースクールの支援も始めていますが、もう自治体や国が介入しないといけない社会問題になっている。「不登校=終わりだ」ということではないし、みなさんのお子さんがこの先不登校になったとしても、「育て方が悪かったからだ」ということではないと思います。社会の構造のどこかに歪みがあるから起こっているんだろうな、と。

おおたさん 漫画の中でも晶くんという、黒木が前職の最強塾時代に実力以上の学校に合格させて、でもついていけなくなって、不登校そして退学というキャラクターがいるわけですが、じゃあこの晶くんの人生がダメなのかっていったら、そんなことはないわけで。今回出した書籍、「二月の笑者」というタイトルなんですが、「傷者」でも「しょうしゃ」と読めるなと。彼はそういう意味でも二月の「しょうしゃ」なんだろうなと。傷つくことは悪いことじゃないし、恐れなくていい、必ず糧になるよということが晶くんから伝わってきます。

画像『「二月の笑者」になるために 名場面が教えてくれる中学受験必笑法』より

高瀬さん 最後の「ミサンガ」は、伏線として21集まで種明かしせずに描いてしまいましたが、レジリエンス、つまり「何度もでもやり直せる」ことの象徴として描いています。1巻からずっと、「やり直しがきく人生」についてミサンガで表現したかったんです。

おおたさん 21集の「何度でも新しいミサンガ巻き直そうぜ」というシーンが、本当にいちばんの励ましなんだろうなと読ませていただきました。中学受験生だけではなく、すべての人への。

高瀬さん 夢って何度でも変えていいと思うんですよ。まあ親のお金をたくさん使ってあれもこれもというのはちょっと大変ですけれど(笑)、違うなと思ったらやり直していい。今って「いちど失敗したら終わり」のような風潮があるけれど、挫折したときにもういちど立ち直って頑張ってみようという人を応援したいし、それが許される社会であってほしいなと。

画像『「二月の笑者」になるために 名場面が教えてくれる中学受験必笑法』より

【後編】では参加者からの質問におふたりが答えます!

イベントサブタイトルである「中学受験を笑顔で終える方法」についても熱くトーク。中学受験生の親のみならず、子育て中のすべてのパパママ、必読です。

【中学受験】保護者からの質問に、おおたとしまささんと『二月の勝者』作者・高瀬志帆さんが答えます!「中学受験を笑顔で終えるコツ」も!【オンライン対談レポート|後編】
【前編】では第1部「お互いに聞きたいこと」、第2部「中学受験必笑法キーワード」についてレポートしました。【後編】では、イベント参加者からの質...

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1,650円(税込み)小学館

漫画『二月の勝者 -絶対合格の教室-』作品情報はこちら

>>ビッコミ「二月の勝者 ー絶対合格の教室ー」

©︎高瀬志帆/小学館「ビッグコミックスピリッツ」

おおたとしまささん プロフィール

教育ジャーナリスト

教育ジャーナリスト。リクルートでの雑誌編集を経て独立。数々の育児誌・教育誌の企画・編集に係わる。現在は教育に関する現場取材および執筆活動を精力的に行っており、緻密な取材、斬新な考察、明晰な筆致に定評がある。テレビ・ラジオなどへの出演や講演も多数。中高教員免許をもち、小学校教員や心理カウンセラーとしての経験もある。著書は『勇者たちの中学受験』『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『不登校でも学べる』など80冊以上。おおたとしまさオフィシャルサイト

高瀬志帆さん プロフィール

1995年デビュー。代表作に累計380万部突破、「第67回小学館漫画賞一般向け部門」を受賞した「二月の勝者絶対合格の教室」(小学館/週刊ビッグコミックスピリッツ連載)、「おとりよせ王子飯田好実」(コアミックス/コミックゼノン連載)ほか。

文・構成/HugKum編集部

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