学習効果の高い「85点の課題」がカギ。発達障害児のソーシャルスキルトレーニングを家庭で実践するために【専門家が解説】

発達特性のある子どもたちへのトレーニングのひとつとして近年、注目が集まっている「ソーシャルスキルトレーニング(SST)」。今回はこのSSTに関して、長年、障害のある子どもたちへの早期支援や家族支援に関する研究を続けてこられた星槎大学共生科学部、星槎大学大学院教育学研究科の教授で副学長でもある西永堅先生にお話を伺っていきます。

ソーシャルスキルトレーニングとは?

(以下談話:西永堅先生)発達障害児への支援のひとつとして「ソーシャルスキルトレーニング[※以下SST]」という言葉を聞いたことがある人はいるかもしれませんが、具体的にイメージできる方は多くはないように思います。SSTとは「社会性を向上させ、対人関係を円滑に進めるためのスキルを磨くトレーニング」のこと。

ただしここでいう「スキル」は、我が国では「技能」と訳されていますが、本来の「学習した能力」のことを指します。つまりSSTとは「学習次第で誰もが獲得できる能力を得るための練習」のことであり、なにか特別な技能を身に付けるための練習ではないのです。

そもそも対人関係や社会性は、技やテクニックを駆使して磨くものではありません。また、発達に特徴があり、集団生活が苦手なお子さんに対して、私たち大人は「発達障害が原因で対人関係が困難である」と考えがちです。しかし、「適切なスキルを獲得できていないから、対人関係が不得意」なだけなのです。その事実を知ることからSSTがスタートするのではないか、と私は日頃から考えています。

対人関係の難しさの原因は「適切な行動の未学習」

(西永先生:)私が研究を行っている応用行動分析学においては、発達障害児によく見られるコミュニケーションの苦手さや問題行動は、障害が原因なのではなく、「適切な行動の未学習」もしくは「不適切な行動の誤学習」が原因だと考えます。

たとえば同じ小学3年生でも、身長が4年生の平均より高い子もいれば2年生の平均より低い子もいますよね。また、野球やサッカーだって、練習をしなくてもできる子もいれば、練習を繰り返すことで技が身につく子もいます。

発達には誰しも個人差があるわけで、同様に「対人関係や社会性」においても、習わずとも自然に身につく子もいれば、発達に合わせて練習が必要な子もいて当然なのです。

個々のレベルに合わせた訓練が重要

しかし発達に特徴のあるお子さんは、年齢で一律に区切る学校教育の中では、その子の成長段階に合ったソーシャルスキルを学ぶ機会が、平均的な発達の子どもたちに比べて少なくなってしまう結果、より発達の遅れが生じる可能性も考えられるのです。

さらに言うと、言葉の上達が平均よりもゆっくりであることも多く、抽象的なルールの理解が難しいことが原因でソーシャルスキルが身についていない可能性も高いのです。

SSTは「障害をできない理由にする」のではなく、「合理的に学んでいく機会を増やしていく」ことです。「小学3年生だからこれくらいはできて当たり前」「周りの子ができるのに、できないこの子に問題がある」と考えるのではなく、個々に応じた適切なレベルの課題にそって、社会性の訓練をすることが重要なのです。

家庭で行う「ポーテージプログラム」とは

(西永先生:)SSTは療育施設や医療機関などに在籍する専門家によってのみ行われるものだと思っている方もいるかもしれませんが、実はそうではありません。日常生活の中で、親御さんが関わりながら行っていくことも可能なのです。

現在、発達障害児への早期教育プログラムのひとつとしても導入されている「ポーテージプログラム」。1970年代に米国ウィスコンシン州のポーテージという場所で開発されたこちらは、応用行動分析の考え方を日本に導入したプログラムのひとつで、我々のような専門家が直接的に子どもを指導するのではなく、親御さんを支援することで「家庭を中心に行うプログラム」となっています。

「ポーテージプログラム」は普段の日常生活の中で学ぶことが大切

なぜ「ポーテージプログラム」では、家庭を中心にトレーニングを行うことが推奨されているのか。それは、家庭のほうが子どもがより主体的、合理的に学べると考えられるからです。

たとえば「ポーテージプログラム」には561ものクリアすべき行動目標が示されているのですが、そのほとんどが日常生活の動作です。たとえば目標のひとつに「衣服の着脱」があるのですが、療育施設のような場所で「今から服を上手に脱ぎ着できる練習をするよ」と伝えてその場で繰り返すのは、とても自然な行動とは言えませんよね。

専門家のもとで専門的にSSTを学ぶ機会ももちろん大切ですが、家庭の中で必要に応じてソーシャルスキルを身につけていくことが、子どもたちにとってはもっとも合理的、かつ主体的であると言えるのです。

85点をとれる課題が最も学習効果が高い

(西永先生:)SSTを実践する際には、上記のような「行動目標」を決めて取り組むことがひとつのポイントです。ただし、その目標が「同学年の子と同じことができるように」といった物差しにならないようにしてあげてください。

発達に特徴のあるお子さんは、同年齢の子たちに比べてソーシャルスキルの発達が遅い場合も多いのですが、それはあくまで「足が遅い子」「逆上がりが苦手な子」と同じ。発達のスピードは人それぞれなのです。

しかし日々の学校生活では、どうしても同年齢の中での平均値の課題がすべての子に課せられます。ちなみに、「テストで85点をとれるレベルの課題が最も学習効果が高い」と言われているのですが、それはSSTでも同じことです。成功したり褒められたりすることで、適切な行動を学習していくと考えられます。

にもかかわらず、学校という場ではソーシャルスキルの上達がゆっくりな発達障害児にも同年齢の子たちと同じレベルの社会性が求められがちなのです。その結果、「コミュニケーション能力が低い」「社会性に乏しい」とのレッテルが貼られてしまうこともある気がしています。

子ども一人ひとりに合わせ、ソーシャルスキルの発達に応じた声かけやサポートが必要

たとえば、相手にイヤな思いをさせてしまった際に「ごめんね」と謝ることができないお子さんに「お友達に謝りなさい」と言うだけでは、なかなか実践できない場合があります。謝る行為の前提には、自分の行動の何がよくなかったのか、また相手はどうして不快に思っているのかを理解する必要があるからです。

また、お子さんの中には具体的な謝り方が分からない子もいるかもしれません。その場合には、まずは親御さんや支援者と一緒に謝ってみる、という「行動目標」を立てる必要があります。「自分のしたことを理解して、お友達に謝りなさい」は難しくても、「一緒に謝ってみよう」「相手はなんでイヤだったのか考えてみよう」という目標であれば、ソーシャルスキルが苦手なお子さんでも85点をとることができるような気がしませんか?

このように、学年や年齢などといった大人の固定概念は取っ払い、家庭では今のお子さんの発達段階に合った少しやさしめの課題から一緒にトライしてみてください。

ただし、親御さんの中には「そうは言っても、専門家でもないのにどうやって指導していいのかイメージがわかない」「適切な助言ができるか不安だ」という方もいるでしょう。後編では、家庭内でSSTを行う場合のポイントや注意点に関して、より具体的にお伝えしていきたいと思います。

 後編へつづく>>

著者プロフィール

西永 堅(にしなが けん)|星槎大学・大学院教授

星槎大学共生科学部、星槎大学大学院教育学研究科教授。専門分野は特別支援教育・心理学。東京学芸大学大学院教育学研究科修了後、星槎大学共生科学部専任講師を経て現職。研究テーマは、知的障害、学習障害、ADHD、自閉スペクトラム症などの発達障害児への早期支援と家族支援。全国の現職の教員たちへの特別支援教育、教育者の育成にも力を注ぐ。著書に『子どもの発達障害とソーシャルスキルトレーニングのコツがわかる本』(ソシム株式会社)など。

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取材・文/小嶋美樹

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