「~してはいけない」は子どもには難解なことも
(以下談話:西永堅先生)家庭でソーシャルスキルトレーニング[以下SST]を行う際に多くの親御さんが悩むポイントとして、「我が子が問題行動をとったとき、どのように声をかけるのが正しいのか」というものがあります。
たとえば、何度言っても室内で走り回ってしまう行動をなんとか止めさせたい場合、私たち大人はついつい「廊下を走ってはいけないよ」「お店で走らないで」と注意してしまいがちです。しかし、その声かけは適切とはいえません。「~しない」という抽象的な指示は、実は子どもには理解しづらいワードなのです。
この場合の指示として最適なのは、より具体的な言葉で伝えること。「具体的な言葉」とは、言い換えると「絵に描けるような指示」のことだと覚えていただきたいのです。
小学生は「抽象概念」を理解することが難しい
先ほどの例でいうと、「廊下を走ってはいけません」という否定的な指示は、絵に描いて表すことが難しい抽象概念です。我々大人が思ってる以上に子どもたちの言語能力の発達は遅く、小学生のうちはこの抽象概念を瞬時に理解することが難しいお子さんも少なくありません。
「廊下を走らない」ことよりも「廊下を歩く」ことのほうが、より具体的で絵に描いて説明もしやすい行動だといえるでしょう。つまり「走ってはダメ」ではなく「廊下は歩こう」と伝えることが、問題行動を減らすためにはより効果的なのです。
特に、発達に特徴のあるお子さんは、平均的な発達のお子さんよりも言語の理解がゆっくりである場合も多いので、より具体的な言葉で声かけを行う必要があります。
「ポジティブなフィードバック」が問題行動を変える
(西永先生:)また人の行動は、応用行動分析の理論でいうと「先行刺激」→「行動」→「後続刺激」の3つに分けることができます。お子さんの問題行動を変えたい場合には、最後の「後続刺激」がもっとも重要だと考えられているのです。
人が誰かに会った際に挨拶をする行動を例にすると、「人に会う(先行刺激)」→「挨拶をする(行動)」→「相手も挨拶をする(後続刺激)」の3つに行動を分けることができます。
私たちが人に挨拶をするのは、「相手に挨拶をされたから」というきっかけもありますが、「自分が挨拶をすることで、相手からも挨拶を返されることが嬉しくて行動が定着する」とも分析できるのです。その証拠に、挨拶をしても相手に無視され続けたら「自分から挨拶をする」という行動をいずれしなくなるであろうことは容易に想像がつきませんか?
人に限らず動物の多くは、この「後続刺激」によって自らの行動を減らしたり増やしたりする生き物なのです。この考え方は、問題行動を起こすお子さんへの声かけの際にも重要なポイントになります。
できたときには繰り返し「よくできたね」「えらかったね」と声がけを
ある行動の後に自分にとって有利なことが起こると、徐々にその行動が増え、逆に結果がネガティブなものになると、その行動は減少するのです。
この理論からすると、室内を走ってしまうお子さんに「廊下を走らない」と注意することは効果的とはいえません。逆に走らずに歩くことができた際に「よくできたね」「えらかったね」とポジティブな「後続刺激」を何度も与えることで、おのずと「走る」という行動は減っていくと考えられます。
立ち歩く子どもに対しても「座りなさい」ではなく、座ることができた際に繰り返し褒める、といったポジティブなフィードバックが大切なのです。
親の立場に立つと「我が子が人に迷惑をかけないように」との思いから、目の前の問題行動への注意が先行して、褒めることがなおざりになってしまう気持ちも分かります。ですが、応用行動分析の考え方では、不適切な行動を叱責するなどといったネガティブなフィードバックのみで終わってしまうことで、その子の問題行動がよりエスカレートする可能性も指摘されているのです。
「ポジティブなフィードバックを繰り返すことが、問題行動を変えるポイント」なのだと覚えておいていただけたら嬉しく思います。
「我が子を褒める」にもテクニックが必要?
(西永先生:)問題行動を減らすことを目指すよりも、適切な行動を増やすことを目的とすることで、相対的に問題行動を減少させることができる、ということもぜひ多くの親御さんに知ってほしいポイントです。
廊下を走る子には「走ること」を止めさせようとしがちですが、そもそも「廊下を歩く」行動が増えれば、おのずと走ることはなくなるはずです。それは他の行動でも同じこと。立ち歩くことを叱るよりも、座ることが増えればいいわけですし、人を叩いてしまうことの代わりに言葉で伝える行動が増えればいいわけです。
そして、その適切な行動を増やすためには「褒める」声かけが重要なのです。
褒めるためには具体的な行動目標が大切
ただし「褒める」行為は、いざ行おうとするとなかなか難しくもあります。頭では分かっていても、私たちが子どもや他人を上手に褒められないのは、何を褒めればいいのかが明確になっていないことも一因です。
褒めるためには、まずは「我が子にどうあってほしいのか」といった具体的な行動目標を立てることが重要。この「課題分析」と呼ばれる行動目標は、できるだけ具体的、かつクリアすることが難しくはない「子どもの行動」に着目した目標にすることがポイントです。性格や人となりではなく、あくまで行動を目標にするのです。
たとえば「食事の最初の5分間は座る」とか「お店の中では手をつないで歩く」など、具体的な行動目標を立てることができれば「褒めるポイント」が明確になり、ポジティブな声かけもしやすくなるのです。
子どもたちは誰しも、学校の先生でも主治医でもない、親御さんに褒められることが一番嬉しいものです。親子でSSTが行われる意義は、こういった観点からも非常に大きなものだと感じています。
また、子育て中の親御さんがこういったポイントを知ることで、我が子の困り事を多少なりとも客観的にみられるようになるかもしれません。それがきっかけで以前より少し心が軽くなり、親子の笑顔が増えれば私も嬉しく思います。
子どもを褒めたら行動が変わったという経験を通して、私たちは褒める行動を増やすことができます。社会がそのようにポジティブに変わっていったら素晴らしいですね。
著者プロフィール

西永 堅(にしなが けん)|星槎大学・大学院教授
星槎大学共生科学部、星槎大学大学院教育学研究科教授。専門分野は特別支援教育・心理学。東京学芸大学大学院教育学研究科修了後、星槎大学共生科学部専任講師を経て現職。研究テーマは、知的障害、学習障害、ADHD、自閉スペクトラム症などの発達障害児への早期支援と家族支援。全国の現職の教員たちへの特別支援教育、教育者の育成にも力を注ぐ。著書に『子どもの発達障害とソーシャルスキルトレーニングのコツがわかる本』(ソシム株式会社)など。
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取材・文/小嶋美樹