生徒の半数以上が発達障害の子どもの時期もあったというピアノ教室とは。「ピアノと出会って世界が広がった!」というレッスンにはどんな工夫が?

ピアノ指導者である中嶋恵美子先生の教室には、20年ほど前から、知的障害や自閉スペクトラム症、広汎性発達障害などさまざまな発達障害を持つ子どもたちが通っています。もともとは発達障害についての知識はほとんどなかったという中嶋先生は、どのように工夫してレッスンをしたのか、そして子どもたちにはどんな変化や成長があったのか伺いました。

1本の電話から始まった知的障害のある子どもへのレッスン

――発達障害のある子どもたちに教えるようになったきっかけを教えてください。

中嶋さん:2001年に重度知的障害と軽度知的障害の双子を育てているお母さんから電話で問い合わせがあり、ピアノを教えることになったのが最初です。 私は当時、発達障害については全くというほど知識がなかったので、「お母さんにいろいろと伺いながらのレッスンになると思いますが、それでも構わないようでしたら、ぜひいらしてください」とお伝えしました。そこから、口コミでさまざまな発達障害の生徒さんが増えていき、気づけば生徒の半数以上が発達障害のある子どもになっていた時期もあります。

――はじめは戸惑いもありましたか?

中嶋さん:子どもに合わせて試行錯誤の連続ではありましたが、戸惑いはあまりなかったですね。私は大学で幼児教育を専攻していたんですね。もちろん障害の特性について知っておく必要はあったけれども、もともと幼児の発達については知識があったので、そんなに敷居は高くなかったように思います。

――発達障害を持つお子さんには、どんなレッスンをされているんですか?

中嶋さん:例えば、最初にお話しした双子ちゃんのうちの一人は重度知的障害だったので、言葉で何かを伝えるということは難しくて、お母さんに抱っこしてもらいながらタンバリンをたたいてみるようなことから始めました。

そうすると、普段は親子でなかなか言葉でコミュニケーションが取れなくても、音楽を介して通じ合ってるって感じる瞬間があるんですよね。それが音楽の素敵なところです。だから、私はグループレッスンをする場合は親御さんもどんどん巻き込んで、音楽を通して繋がってるっていう感覚を体験してもらいたいと思っています。

――お子さんの状況に合わせてレッスンをされているんですね。

中嶋さん:よく「発達障害の生徒さんに、特別に何かしていますか?」とか聞かれるのですが、私にとっては障害の有無や、大人、子ども関係なく、考え方は同じです。とにかく、目の前にいる子をよく見るということですね。先生向けの講習会でも、「この診断名のある子には、このように対応しなきゃいけないと決めつけないでほしい」と最初にお伝えしています。決められた物差しで見ないということですね。

そういったものを全部取り払って、目の前の子がどれぐらいの理解力があって、どれぐらいの身体能力があって、どういった個性や性格なのかということをしっかり見て、その子に合わせた方法を考えるということが大切だと思います。

例えば、5歳ではできなかったことも、少し大きくなると受け止められることもある。理解力も同様で、以前は理解できなかったけど、今このアプローチをしたら理解してもらえるかもしれないということもあります。ですから、個性、理解力、身体能力という3つの視点でその子を観察して、現時点で何を指導するかを決める。そこはしっかり考えていますね。

「ピアノと出会って、世界が広がった」ピアノ教室が大人になっても大事な居場所に

――印象に残っている生徒さんとのエピソードがあれば教えてください。

中嶋さん:私が間違いを指摘すると「間違っていません」とか「黙っていてください」のように言ってくる子がいたんですね。私も「これが彼の特性だから」とぐっとこらえる。でも間違いを指摘できないピアノの指導ってすごく難しいんです。指摘はしなくても私は心の中では「ここは間違ってるし、わかってないんだな」と思ってしまっていたんです。

でも、あるとき、彼が一人で練習するのをただ眺めているときがあったんです。そうしたら何回か弾いているうちに間違えていた箇所が直って、最終的にはちゃんと弾けるようになったんですよね。それで気づいたんです。彼は私に口ごたえしたり、わがままを言ったりしていたわけじゃなくて、頭の中ではわかっていたのだと。それなのに、私は彼を信じていなかったということが、自分でもショックで、それからは彼の言っていることを信じると決めました。そうすると、そこからは不思議とレッスンもスムーズに進むようになったんですよね。

――先生から信頼されていることがわかったんですね。

中嶋さん:「自分のことをわかってくれている」って生徒さんに思ってもらえたら、レッスンは本当にうまくいきますね。発達障害の子は「これをやりたい」って自分でうまく言えない子が多いので、例えば「ここをあと3回くらい弾いてみる? それとも次の小節にいく?」とか、「右手から譜読みする? 左手からにする?」というように選択肢を与えてあげて、その子の意見を聞き入れてあげるということも意識するようにしました。

パニックになったときも、「パニックになって1番辛いのはあなただよね」と、私が言葉で表現してあげるということを大切にしています。

障害が軽い子やグレーゾーンのような子は、学校などでも怒られやすいし、理解されにくいことが多かったんですよね。それで自信がなかったり、居場所がなかったりする子もいます。だから、そういう子たちにとってピアノ教室が、自分の居場所の1つになってくれていたのかなと思います。

――ご家族にとっても安心できる場所があるとうれしいですね。

中嶋さん:私は子どもに対しても、親御さんに対しても発達障害の子を特別視したような接し方をしませんでした。そうすると、他の生徒さんの親も、発達障害のお母さんたちに気を遣わないで普通にやり取りできるようになっていくんです。だから、そのあたりはすごく気を付けましたね。

「先生は辛抱強いですね」ってよく言われるんです。でも、私、辛抱した記憶はないんです。それは多分30分、45分という限られた時間の中でお子さんと100パーセント向き合っているからだと思うんです。でも、親御さんは24時間ですよね。今は発達障害に対しても少しずつ理解が広がっていますが、20年前、30年前は周りにひどいことを言われながら過ごされていたと思います。だから私は親御さんのことも少しでも理解したいし、私の教室にいる間は何も気を遣わないでほしいと思っています。

――長くレッスンを続けている生徒さんもいるのですね。

中嶋さん:大人になってもレッスンを続けている生徒さんもたくさんいます。高校を卒業して、社会人になると会社と家の往復のような感じになってしまう子も多いんです。

でも、そこにピアノ教室という居場所があって、教室のイベントがあって、社会人になっても挑戦できるし、成長できる。人生に彩を与えられるから、長く続けてきてよかったって言ってくれますね。中学生くらいで全然上達しないからと辞めてしまう子がいるとよく聞きますが、本当にもったいないと思います。周りと比べて不安になったとしても、中学生以降は理解力がグンと伸びるので、ぜひ続けてほしいなと思います。

「ピアノと出会って、世界が広がった」「ピアノのおかげで特技ができて、自信を持てるようになった」「ピアノ教室の仲間と出会えてよかった!」という感想を親御さんからもいただきます。

「受け入れてもらわなきゃ」と思わないで! 子どもを知ろうとしてくれる先生を選ぼう!

――発達障害のある子がピアノを習う際の教室選びのポイントを教えてください。

中嶋さん:発達障害についてはあまりよく知らなくても、子どものことをすごくよく知ろうとしてくれる先生であれば、私はおすすめします。

また、親御さんにお願いしたいのは、診断名をもらっているかどうかに関わらず、発達障害の傾向がある場合は、それを先生に伝えていただくことです。その方が先生も指導しやすくなりますし、親御さんとのコミュニケーションも取りやすくなるので、ちょっと勇気を持って先生に伝えてほしいと思います。場合によっては、先生の方から、「発達障害の子を教える自信がない」などと言われてやんわりと断られるというケースもあると聞いたことがあります。そんなことを言われたら親御さんはとても傷つくと思いますが、そこは「早めにそういう先生だったとわかってよかった」と思うくらいにと割り切るのがよいのではないでしょうか。

これから長く付き合うピアノ教室ですから、体験レッスンなどを受けて、先生とお話しして見極めるのがいいと思います。「受け入れてもらわなきゃ」と下手に出る必要はなくて、冷静によい付き合いができるかどうかを大切にしてくださいね。

――ありがとうございました! 中嶋先生の著書『発達障害でもピアノが弾けますか?』は発達障害の子どもたちとのレッスンの様子がコミックで描かれています。ぜひ読んでみてください!


お話を伺ったのは… 中嶋恵美子先生|ピアノ指導者

国立音楽大学音楽学部音楽教育学科幼児教育専攻卒。2000年より自宅でピアノ教室を開始。2001年に初めて発達障害の生徒を受け入れたことをきっかけに、発達障害児に向けた独自の指導方法を確立。その効果的なレッスンアプローチがネットで評判を呼び、現在では教室の半数が発達障害の生徒となっている。2011年1月にはそのノウハウを集約した著書『あきらめないで! ピアノ・レッスン』(ヤマハミュージックメディア)を上梓。現在もブログやSNSなどを通じ、ピアノ指導者同士の情報交換やネットワーク作りを行う。  
ブログ 想い出の樹 ~ピアノなブログ~  
X @NKJMpiano


中嶋 恵美子 株式会社ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス

中嶋ピアノ教室”に初めて発達障害の生徒さんがやってきたのは10数年前…… 試行錯誤のうちに編み出した独自のレッスン方法が評判を呼び、いつのまにか教室の半数以上が発達障害の生徒さんに! ピアノ指導者のあいだで話題を集めロングセラーとなった『あきらめないで! ピアノレッスン』の著者、中嶋恵美子原作、『漫画家ママのうちの子はADHD』『発達障害うちの子将来どーなるの!?』の著者、かなしろにゃんこ。の漫画による異色のコミックエッセイです。

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取材・文/平丸真梨子

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