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「がんばってよかった!」の体験を重ねられる音楽教室
音楽教室「ツナガリMusic Lab」では、発達特性のある子どもたちが笑顔でピアノやドラムを演奏する姿が見られます。「この曲を弾けるようになりたい」と、驚くほど集中力を発揮して真剣に練習する姿も見られます。最初はお母さんに連れてこられて「渋々通い始めた」子も、次第に教室が楽しくなり、「練習してがんばってよかった!」という体験を積み重ねている結果です。
「子どもたちが音楽を通して自信と意欲をもてるよう、その子に必要な‶オーダーメイドの階段〟を作ってあげるのが私たちの役目です」と教室を主宰する武藤紗貴子さんは話します。
どこにつまずきがあるかは、ひとりひとり違う
発達に特性がある子どもたちは、「頑張ったけどできなかった」「やる気がないと叱られた」という経験から、自信や意欲をもちにくくなることがあります。周りの人に「なぜ理解できないんだ」「なぜ集中できないんだ」などと言われ続けて、自信をなくすケースもあります。
「子どものつまずきは、ひとりひとり違うものなのですが、周囲がそのことに気づいていなかったり、サポートできない環境だったりすることがあります。適切なサポートがあれば、どのような子どもたちも自信や意欲をもてるようになります」
「これはどの駅の発車メロディーかな?」から始めることも
「例えば、ピアノを習わせたいという保護者の希望があっても、いきなりピアノを弾くのはハードルが高いと思われる子には、好きなこととピアノを結び付けるようなプログラムの提案をしていきます。小学生で電車が好きな子には、‶これは何駅の発車メロディーでしょう?〟とメロディー当てクイズをから始めることもあります」
「失敗したらどうしよう」という不安な心を少しずつ解放
「教室に初めてくるとき、大きな不安を感じているお子さんは多いですね。特に自閉傾向があると物事の見通しが立ちづらいことがあり、初めての場所や活動への不安感が強く現れるケースもあります。‶ここでは何をするのだろう〟‶何か嫌なことが起こるのではないか〟など、期待よりも不安が勝っている場合があります。なので最初は‶この先生は楽しいことをやらせてくれる〟‶この教室は安全だ〟という実感や安心感をもってもらうところから始めます」
それまで長い間「失敗したらどうしよう」「間違えたら怒られる」と縮んでいた心を少しずつ解放していくことで、「大丈夫、自分はできる」といった心の土台を作っていくのです。
丁寧な分析から考える子ども目線のプログラム
例えば子どもが「ピアノがなかなか上達しない」という場合、単にやる気がない、練習しない、向上心がないといった大人目線の理由で片付けないで、「この子はどの段階でどのようにつまずいているのか」をていねいに分析して、どうしたらできるようになるのか、子ども目線でプログラムを考え、レッスンに反映していきます。
一口に「ピアノが弾けない」といっても、その原因要素はいろいろ。「そもそもピアノに興味がない」「白鍵と黒鍵の区別ができない」「黒鍵が2個、3個という規則で並んでいることを理解できない」「指先を分離して動かすことができない」「楽譜と手元を視線が行ったり来たりしていない」「一定時間集中できない」……など、様々な理由が考えられます。
「その子の‶できない〟がどこにあるかをよく観察したうえで、それに合った支援の方法で子どもが‶できた!〟という経験につなげていきます。言葉で伝えたり、視覚的な工夫でわかりやすくしたり、お手本を見せたり、実際に子どもの指を持って一緒に動かしたり……。指導方法も子どもの理解度や情報処理の特性に合わせて考えます」
特別支援教育の考え方を取り入れたプログラム
また、スキルの向上だけでなく、集中力やコミュニケーション力、問題行動の改善の面のサポートとして、特別支援教育の考え方「ABA(応用行動分析)」の手法を取り入れています。アメリカではABAは多くの州で保険適応されている科学的な効果が実証された療育の理論で、言葉通り「行動を分析」して、人の心を理解しようとする心理学の一種です。見えない「心」というものを、観察可能な「行動と環境」に分けて分析するのが特徴です。
例えば
- スーパーで欲しいお菓子が目の前にある(環境)
- 泣いてお母さんを叩くと(行動)
- お菓子を買ってもらえる(結果)
というケースがあるとしましょう。
「泣いてお母さんを叩く」という行動は、大人からみれば「問題行動」ですが、子どもにとってはお菓子を買ってもらうための「有効な手段」です。そこで、この「泣いてお母さんを叩くという手段」を使っても、「お菓子は買わないよ。そのかわり‶これを買って“と言葉で教えてね」ということを子どもに何度も伝え、できないときも「どうするんだっけ?」などと尋ねながら、新しい行動ができるように促します。
すると次第に
- スーパーで欲しいお菓子が目の前にある(環境は同じ)
- 「これ買って」と言葉で伝える (新しい行動)
- お菓子を買ってもらえた (親子ともに望ましい結果)
というコミュニケーションができるようになります。子どもは「自分ががんばって新しい行動を起こしたことで望ましい結果になった」ことを実感できると、自分行動に自信をもてるようになります。
細かいステップを子どもに合わせて作っていく
この理論を音楽レッスンに取り入れ、「その子に必要なスモールステップの階段」を作ることで、子どもは自己肯定感を高めながら成長できるようになります。
「やってみて難しければ、まずは一緒にタンバリンを叩くことから始めるなど、いくらでも細かいステップを作ることができます。正解がないものを作れるのが音楽の強みです」
音楽を通して「自己肯定感」の土台をつくる
教室での個人レッスンでは、ピアノやドラムセット、カホン、ハンドベル、タンバリンといった打楽器や、歌、手遊び歌、指の体操、ダンス、紙芝居……などたくさんのプログラムのなかから、講師がその子に合った内容で45分のレッスンを構成します。発達特性のある子は興味の幅も狭くなりがちですが、「音楽」は好きなことを見つける入口を作りやすいのメリットです。
最初はドラムよりもピアノの方が好きだった女の子。集中力が続かず「ピアノ20分、打楽器15分、ドラム10分」と区切ってレッスンを行っていました。ところがある時からドラムに目覚め、「このリズムを叩けるようになる!」など意欲も出てきて、今では45分間通してドラムレッスンになり、高い集中力を発揮しています。ピアノを希望していたお母さんも娘の変化に驚きながらも、今では心から「すごい!」と応援しています。
自己肯定感の好循環を生み出すのが音楽のよさ
「楽器を演奏するのが楽しい」→「楽しいからもっと練習する」→「上手になって自信がもてるようになる」→「みんなで練習するのも楽しい」→「人前で演奏すると喜ばれたので、もっとがんばる」と、自己肯定感のベースを固めながら、力強く前進する姿勢を育んでいくのです。
「発達特性があることで、我が子がほかの子と違うことに不安や葛藤を感じておられる親御さんもいます。しかし違いが魅力として輝いているお子さんもたくさんいます。学校や福祉施設と違って、習い事の教室はずっと続けられるので、ここを第三の居場所として子どもの成長を長い目で一緒にサポートし、個性や成長を喜び合える、そんな教室にしていきたいですね」と武藤さんは話してくれました。