前編では2025年の中学受験の傾向を伺いしました

目次
〝撤退できる〟のが中学受験最大のメリット! 中学受験で学んだ知識は一生の財産
――広野先生のお話を伺っていると、どの学校も魅力的に感じます。これから中学受験をしようと思っている親御さんは、どのような心構えで受験に臨んだらいいのでしょうか?
広野先生(以下、広野):まずはお子さんの成長をしっかりと把握することが大事だと思います。成長期というのはお子さんによって個人差があります。幼児期からひらめきを示すお子さんもいますし、中学受験期に頑張れるお子さんもいます。しかし、その一方で、中学受験期にはまだ遊びが中心で高校入試のころから力を出せるお子さんもいるのです。ですから、お子さんの成長を中学受験期だけで捉えずに、柔軟に捉えて長い目でお子さんを見守った上で、中学受験に臨んでほしいと思います。
そして、もし中学受験の準備をしてみて、まだお子さんが受験に臨むタイミングではないと思ったら、潔く辞めることも視野に入れて臨んでほしいですね。中学受験のいちばんのメリットは〝撤退できること〟です。公立中学校が必ず控えていますから、うまくいかなかったら、受験をいったん辞めて、高校入試でチャレンジすればいいのです。

広野:それと、もし中学受験で本意ではない学校へ進んだとしても、中高6年間で大きく成長する可能性もあるんですよね。「SAPIX」在籍中は真ん中ぐらいの成績だったお子さんが、埼玉の「栄東高校」などから東大へ進学するケースも少なからずあるのです。塾時代の成績を考えると、そういったお子さんは御三家の中学へ進学していたら、おそらく東大に入る確率はそんなに高くないんじゃないかと思うんですよ。しかし、学校環境がそのお子さんとうまくマッチして、本人が前向きに6年間頑張ることで大きく成長するケースもあるわけです。
なぜなら、中学受験で学んだことは決して無駄にならないからです。かつての中学受験では、方程式など中学数学の知識を使えば簡単に解けるような算数の問題や、中学、高校レベルの社会・理科の細かい知識の有無などで点差がつきましたが、昨今の入試はそういった知識量や解法の暗記が必要な問題より、その場で頭をきちんと使って解く問題や自分の言葉で書かせる問題が主流になっています。そのため、塾では知識を断片的に覚えさせるより、知識を系統立てて頭の中で整理させていく授業を行っています。そして、そういった知識は中学受験を撤退したとしても、中学入学以後も大いに役立ち、お子さんの財産として一生残るのです。
「SAPIX」に通われているお子さんの中には、そういった知識を身につけるために、私立や国立の小学校に通われていて内部進学が決まっているお子さんもいるくらいです。
私立校と公立校の併願も充分可能
――なるほど。いまの受験問題を解くためには単純な知識の詰め込みだけではダメなのですね。そのような学習は公立中高一貫校の受検に必要なのかと思っていました。
広野:公立一貫校は、適性型の出題をしますが、ベースが算数、国語、理科、社会であることには変わりがありません。いまの私立難関校の入試問題は、公立一貫校と同様に、単純な知識の暗記量で解答できる問題より、問題文をよく読んで、その場でデータや表、写真などを読み取り、解答を自分の言葉で書かせる記述問題も増えています。
ただ、公立一貫校の出題形式になれる必要はありますので、過去の適性検査問題をしっかりと解いて練習する必要があります。公立一貫校と私立校を併願するお子さんも結構いらっしゃいます。
子どもの前で学校の悪口を言うのは厳禁! 学校評価は加点法がおすすめ
――公立校も視野に入れるとすると、学校の選択肢は本当に多いですね。そんな状況の中で、親はどのような視点と心構えで学校を選んだら良いのでしょうか?
広野:まず、学校見学などへ行ったときのお子さんの第一印象はとても重要です。学校を訪れた瞬間に気に入ったかどうかわかることが多いですね。
広野:また、学校見学へ行った際は、お子さんの前では絶対にその学校の悪口を言わないでいただきたいです。重要なのは、減点法ではなく、加点法で学校評価をすることです。百点満点で、「食堂が汚い」「生徒がだらしない」などの欠点を挙げて減点していくと、その学校の悪い部分しか印象に残りません。しかし、「好きな部活動がある」「先生がステキ」「先輩が活躍している」など、良い点を加点して決めていくと、いいイメージしか残りませんので、どの学校にご縁があっても安心です。住めば都で、入学する前はさほど期待していなかったけれど、いざ入ったら居心地のいい学校も案外多いんです。
学校選びの最後の決め手は、過去問を解いて楽しいかどうか!
――学校選びで、ほかに決め手になるポイントはありますか?
広野:最終的に学校を決めるときには、お子さんにその学校の過去の入試問題を解かせてみるといいです。過去問を解いてみてお子さんが楽しければ、その学校を選んでいいと思いますが、もし、苦痛であったり、あまり楽しくない様子でしたら一考したほうがいいと思います。
入試問題というのは、その学校が「どういう子がほしいか」というメッセージを込めて作っています。ですから、入試問題を解く作業は〝ゼロ時間目の授業〟だと思っていただきたいのです。記述問題が多い学校では、入学してからも生徒に書かせることが多いんです。
広野:「SAPIX」では、「学校選びに迷っている」とご家庭から相談を受けた場合は「その学校の過去問を数年分解いてください」とお願いして、その解答を見ながら、お子さんも交えてアドバイスをすることがあるくらいです。「得点より、もう一度解いてみたいか」が大事なんです。
私立中高一貫校でなければ体験できない多くの魅力
――過去の入試問題を解くのは、入試問題に慣れるだけでなく、その学校との相性を知るためにも重要なのですね。では、最後に、広野先生が考えていらっしゃる私立中高一貫校の魅力について教えてください。
広野:私立中高一貫校のいちばんのメリットは、先生があまり入れ替わらないことです。卒業して5年経っても10年経っても、学校へ行けば学んだ当時の先生に逢える。そして、先生がその学校の文化を担っていますので、学校の文化も維持されていきます。
高校入試がないことも大きな魅力です。高校入試がないために、進学校であれば独自のカリキュラムで大学入試対策も早めにできます。場合によっては、1年間を海外留学に当てることもできます。
また、多彩なクラブ活動を学校内で経験できる点も、私立校の良い点です。クラブ活動に関しては、公立校の場合、今後は地域への移管が行われる可能性が大きい。しかし、学校外部での活動になると、クラブ活動をする生徒は減ると思うんですよね。
広野:子どものコミュニケーション能力というのは、私は同世代の子どもとの接触がないと育たないと思っているのですが、それは同じクラスになっただけではなかなか難しく、クラブ活動や学校行事を共にすることで育つと考えています。そうした経験の中で、仲間と深く話し合ったり、ときには対立したりすることで、コミュニケーション能力が育まれると思うからです。その意味で、クラブ活動が充実している私立校はポイントが高いと思います。
さらに、長年歴史のある名門校であれば、OG、OBとのネットワークも実に魅力的です。社会に出てから、同じ学校であることで距離が一気に縮まることも多いです。
――先生が変わらないという点では、学習塾もある意味、同じですね。
広野:ええ、受験が終わり中学に入学するまでの間、「SAPIX」では「サピロス」に陥る親御さんとお子さんがいるんですよね(笑)。「SAPIX」に通っていたお子さんが、大学に合格したことを報告に来てくれることも結構ありまして、本当にうれしいですし、ありがたいです。ここで学んでいた子どもたち同士の絆も強くて、「SAPIX」を離れたあとも塾や大学で再会し、絆を育んで、1989年の設立から36年が経過した現在は、「サピ婚」カップルもいるくらいなんですよ(笑)。
――中学受験というのは一過性のものではなく、その後の子どもの成長にいろいろな側面で影響を与えるのですね。広野先生のお話を伺って、中学受験に興味があるなら、まずは親子で準備を始めてみることが重要なのだと思いました。お忙しい中、本日は取材のお時間をいただきありがとうございました。
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お話を聞いたのは

取材・文/山津京子