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デンマークの定年退職年齢が70歳に
デンマーク議会が5月、労働者の定年退職年齢を70歳に引き上げる法案を可決しました。この決定は、1971年以降に生まれた人々を対象とし、現在の67歳から段階的に引き上げられるものです。
この背景には、ヨーロッパで進行する高齢化と年金制度の持続可能性への懸念があります。ここでは、この政策の背景を解説し、日本での導入可能性について考えてみたいと思います。
デンマークでも高齢化が進み年金問題を抱えている
デンマークが定年を70歳に引き上げる主な理由は、人口の高齢化と平均寿命の延伸です。
デンマークの平均寿命は約82歳に達しており、労働力人口の減少と年金受給者の増加が財政に圧力をかけています。EUの統計によれば、2020年時点でEU全体の65歳以上の人口割合は20%ほどで、2050年には30%近くに上昇すると予測されています。
デンマークも例外ではなく、労働力の維持と年金制度の持続可能性を確保するため、定年延長が不可避と判断されたのです。

デンマークの年金制度は、税金で賄われる基礎年金と、民間の積立型年金を組み合わせた構造です。高齢者人口の増加に伴い、基礎年金の負担が重くなる中で、労働期間を延ばすことで年金受給開始を遅らせ、財政負担を軽減する狙いがあります。
身体的負担の大きな職種からは反発や不安の声も
このような政策はフランスやドイツなど他のヨーロッパ諸国でも見られ、定年を60代後半に引き上げる動きが広がっていますが、デンマークの70歳は欧州でも最も遅い基準とされています。
一方で、この政策には国民から強い反発も生じています。デンマークの世論調査では、7割以上が「定年まで働き続けられるか不安」と回答し、特に身体的負担の大きい職種(医療、教育、建設など)で働く人々からは、早期退職を求める声が上がっています。
国内最大の労働組合も、働き終えた後の尊厳ある生活を強く主張し、柔軟な退職や定年設定を求めています。このような反発は、高齢労働者の健康や生活の質への配慮が不足しているとの懸念を反映しています。
日本でも定年引き上げが検討される可能性も
周知の通り、日本でも高齢化は深刻な課題です。2023年時点で日本の65歳以上人口は約3,620万人で、全人口の29.1%を占め、世界最高水準です。平均寿命は男性81.5歳、女性87.6歳と長く、労働力人口の減少と社会保障費の増大が問題となっています。
こうした状況から、デンマークのような定年引き上げが日本でも検討される可能性は十分にあります。
現在、日本の公的年金の支給開始年齢は原則65歳ですが、受給を70歳や75歳まで繰り下げる選択肢が導入されています。また、企業に対しては、2021年4月から改正高年齢者雇用安定法により、70歳までの就業機会確保が努力義務化されました。これにより、定年延長や再雇用制度の導入が進んでいますが、義務ではないため、企業ごとの対応にはばらつきがあります。

70歳定年制で浮かぶ課題とは?
デンマークの事例を日本に当てはめる場合、いくつかの課題が浮かびます。
まず、職種による負担の違いです。デンマークの労働組合が指摘するように、身体的負担の大きい職種では70歳までの就労は現実的ではないでしょう。日本でも、建設業や介護職など体力が必要な職種では、高齢者の継続就労が難しいとの声が強いです。
次に、働き方の柔軟性が求められます。日本では終身雇用や年功序列の慣行が根強い一方、シニア層の再雇用では賃金が大幅に下がるケースが多く、モチベーションの維持が課題です。
デンマークではフレキシブルな労働環境やパートタイム勤務の普及が進んでいますが、日本ではこうした制度の整備が遅れています。70歳定年を導入する場合、柔軟な勤務形態や健康管理支援の拡充が不可欠です。
柔軟な働き方の整備が急務
デンマークの定年70歳引き上げは、高齢化社会における労働力確保と年金制度維持のための大胆な一歩です。日本でも同様の政策が検討される可能性は高く、特に年金支給開始年齢のさらなる繰り下げや、企業への70歳雇用義務化が議論されるかもしれません。
しかし、職種ごとの負担格差や健康面の配慮、柔軟な働き方の整備がなければ、国民の反発を招くリスクがあります。日本がデンマークの事例から学ぶべきは、単なる定年延長だけでなく、シニアが働きやすい環境作りと社会全体での意識改革です。70歳定年が現実となる前に、こうした課題への対策が急務です。
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記事執筆/国際政治先生
国際政治学者として米中対立やグローバルサウスの研究に取り組む。大学で教鞭に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。