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「学びの機会格差」をなくすために、コロナ禍から始まった挑戦
――キッカケプログラムは、どのような背景から始まったのでしょうか?
(以下、認定NPO法人カタリバ担当者:)プロジェクト立ち上げのきっかけは、コロナ禍の長引く休校でした。オンラインでのつながりが増える中で、経済的に厳しい家の中にはパソコンやWi-Fi機器を持っておらず、授業にすら参加できない子どもたちがいたんです。これだと、どうしても学びから取り残されてしまいますよね…。
そこで、まずはクラウドファンディングで資金を集め、寄付で集まったパソコンやWi-Fi機器を子どもたちに届けることから始めました。

――最初はパソコンを届けるところからだったんですね。そこからどう発展していったのでしょうか?
「パソコンというモノがあるだけでは機会格差はなくせない」そう感じて、学びとつながりの両方を届けられるプログラムへと進化させました。
それが、経済的に困難な家庭の子どもたちに向けて、オンライン上での居場所を通して伴走支援と学びの機会を届ける「キッカケプログラム」です。定期的な面談に加え、プログラミングなどの講座を行うことで、興味や関心を広げながら、自立していく力を育んでいます。
先生でも親でもない“ナナメの関係”が子どもの変化を引き出す

――キッカケプログラムの中で、子どもたちはどんな様子ですか?
週に1度、「キッカケミーティング」というオンラインで話をする場を設けています。ただ、最初からスムーズに自分のことを話せる子どもばかりではありません。人とのかかわりが苦手な子や、カメラとマイクはどちらもオフで、チャットが数文字、ぽつぽつと返ってくるかどうか…という子もたくさんいます。
――そうなんですね。関係を構築していくのが難しい局面も多いのではないでしょうか?
はい。最初から打ち解けてくれる子は少ないので、それぞれのペースに合わせて、ゆっくりと信頼関係を築いていくことを大切にしています。
――子どもと信頼関係を築いていくときに大切にしていることはありますか?
カタリバでは「ナナメの関係」を目指しています。親や先生のようなタテの関係でもなく、友達のようなヨコの関係でもない、少し年上のなんでも話せるお兄さん・お姉さんのような存在。子どもが何でも安心して話せて、かつ新しい視点を提供できる存在でありたいと思っています。
「集団が苦手だった子」が「みんなの前で発表」できるまでに!

――キッカケプログラムを通じて、特に印象的だった子どもの変化を教えていただけますか?
発達特性のあった中学生の子が印象に残っています。集団の場が苦手で不登校になり、地域支援の場にも行ってみたようですが、なかなかなじめていなかったようでした。
そこで、「オンラインでなら…」と、お家からキッカケプログラムに参加してくれて。しかし、最初はメンターとスムーズにコミュニケーションを取ることが難しい様子もありました。
――そこから、どんなふうに変わっていったのでしょうか?
週1回のミーティングに、毎回きちんと参加してくれて。メンターとのコミュニケーションにも少しずつ慣れていきました。
そしてある日、「プログラミングのイベントに参加したい」と、自分から声をあげてくれたんです。しかもそのイベントは、オンラインではなく対面形式。当日、人前で堂々と発表までしてくれたことにも驚きました。最初の姿を知っている私たちにとって、本当に胸が熱くなった瞬間です。
その後は、対面の居場所支援にも足を運べるようになって、少しずつ子どもの世界が広がっていったように感じます。
――勇気のある一歩ですね。成長の裏にはどのような心の変化があったのでしょうか?
プログラムを通して、少しずつ自信を積み重ねていったんだと思います。「自分にもできるかも」「やってみよう」と思ってくれるようになったことが何よりうれしい成長でした。
困難を抱える親子に届ける“家庭まるごと支援”

――子どもやご家庭の状況を理解するために、どのような工夫をしていますか?
経済的に厳しい家庭では、子どもだけでなく、親御さんも多くの困難や悩みを抱えていることも少なくありません。そこで、親御さんとも月に1回の面談を設けて、じっくり話を聴く時間を大切にしています。
――親御さんとも定期的にコミュニケーションを取っているんですね。家庭全体と向き合うことで、見えてくるものもありますか?
そうですね。経済的に困難な状況にあるご家庭では、悩みがひとつではなく、複数絡み合っているケースが少なくありません。たとえば、経済的な厳しさが、教育格差だけでなく、家族の健康問題などにも影響し、いわゆるヤングケアラーのような問題につながっていくこともあります。親御さんとして、その状態を改善したいという思いをもっていても、まわりに安心して相談できる相手がおらず、相談自体のしにくさから抱え込んでしまう場合も少なくありません。
キッカケプログラムは、学びの場であると同時に、外から見えにくい課題にも気づき、寄り添える場です。そして、子どもが安心して学べる環境は、家庭の安定と切り離せません。だからこそ、「家庭まるごと支援」で親御さんにも伴走し、支援していくことを大切にしています。
あたたかな寄り添いが、子どもたちの未来を育む種に

――キッカケプログラムを通して、子どもたちにどんな経験を届けたいと考えていますか?
目の前の困難に寄り添いながら、成長のきっかけを一緒に見つけていくことが、まずは大切だと考えています。けれど、それだけではなく「自分のことをこんなに考えてくれる人たちがいるんだ」という実感を、子どもたちにたくさん味わってほしいと思っています。
「あたたかなまなざしを感じた経験」はきっと心のどこかに残ります。そしていつか、自分で未来を選んでみようと思えたとき、その子の背中をそっと押す力になってくれるはずです。
キッカケプログラムが、そんな子どもたちの未来の種をまく場所であれたらいいなと、私たちは日々願いながら活動しています。
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構成・文/牧野 未衣菜