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AIを使いこなす時代、ではAIが生成した文章は読みこなせる?

――新井先生は、前著を出版した後にリーディングスキルテスト(RST)を開発しました。教科書や辞書、新聞などで使われるような「知識や情報を伝達する目的で書かれた文書」を読み解く力を測定・診断するツールです。これは、生活の中で何気なくあいまいに使っている「生活言語」ではなく、また心情を読み解く必要がある国語の物語文でもない。つまり、だれが読んでも解釈はひとつ、というような文書を読み解く力ですね。なぜこのRSTを開発しようと思ったのですか?
新井先生:私は「ロボットは東大に入れるか?」というAIのプロジェクトを2011年から10年間率いてきました。ロボットは東大レベルに達することはありませんでしたが、有名私立大学の合格圏内に達しました。それから今日まで、急激にAIは身近なものになり、今後社会に出る子どもたちは、文章を記憶するような学習はAIに任せ、AIで出力された文章やデータを取捨選択して使いこなせる側に回るべき時代が来ていると考えていました。
日頃の勉強をするときも、暗記はAIがしてくれるから、たとえば教科書に書かれている文章を自分ごととして読み解くことができて知識を広げられるのであれば、「鎌倉幕府が成立した年は何年?」のような断片的な知識があまりなくても、AIと連携プレイをしながら社会で活躍できるのではないかという仮説を立てたのですね。
AIが出力する文書は生活の中で発する言葉や表現豊かな文学のようなあいまいさはないし、国語以外の教科書の文書は「知識や情報を伝達する目的で書かれた、自己完結的な文書」で、両方ともだれが読んでも同じ解釈になるわけですから、解釈を間違えることもないだろう、と。
教科書を読んでそのまま書く問題に、進学校の高校生の正答率がわずか半分!

新井先生:そこで、まずは教科書をどれくらい読みこなし、使いこなせるか、実検をしてみたのです。2011年のことでした。
ある県の公立トップクラスの進学校の高校で、日本史の教科書を何冊でもAI検索OKとして平安時代の貴族について記述式の問題に3問、答えてもらう取り組みをしました。
・1問めは教科書を丸写しすれば正解になるもの
・2問めは文字制限どおりに要約すれば正解
・3問めはいくつかの教科書に出ている部分からまとめれば正解
というものです。私の予想では、1番目は9割方の生徒が正答、2番目は7割、3番目は3割くらいかな、と予想を立てたのですが。なんと、1番目の問題から5割しか正解にならなかったんです。
――公立トップクラスの高校で、ですか……?
新井先生:そうなんです。教科書は学習障害の子や非常に偏差値の低い学校をのぞけば、ほぼだれでも読める、というのが教育界の常識でした。でも、「教科書は読める」という前提自体を疑問視しないといけない、という結果になりました。
それで、教科書に書かれていることをそのまま読めるかどうかのテストを2016年に試作し、それを大規模化したのが、RSTです。世界的にも新しかったと思います。特に、小学5年生以上ならば、社会人まで、「教科書や新聞を正確に読めるか」という観点で比較できるテストはほかに例がありません。
――進学校に進学したのですから、もともと教科書を読み解く力はあったのではないでしょうか。
新井先生:ここが「受験」の落とし穴なんです。教科書が読み解けるから成績が良く、進学校に進学できる、というのは、当たり前の姿ですよね。ところが、教科書は読み解けないけれども、暗記カードでたくさん暗記した、とか、過去問を何度も解いた、という勉強法で進学校に合格する子が出ると、教科書は読み解けないのに進学校に進む子が生まれる。ところが、現象としては「教科書が読めなくても、〇〇高校(〇〇大学)に合格できた!」ということになるので、逆にそういう勉強法がますます流行ってしまう。中学の中間テストの過去問を何度も解かせて、内申点を上げる塾もそうです。
そういう悪循環の中で「教科書が読めない進学校の子どもたち」が増え、教育コストが無駄にかかっているのでしょう。ただし、教科書を読み解くことができないと、たとえ進学校に合格はできても成績がズルズルと下降することが多いです。結局、教科書を自力で読めるほうが、時間もお金もかけずに、目標を達成できるんです。
文字や言葉は生活言語と共通なので、つい、「漢字が読めれば、だれでも読めるはず」と考えがちなのですが、そうではないんです。それを世界で初めて明らかにしたのがまさにRSTだったのです。「生活言語」と、教科書に書かれている「学習言語」の差や、教科ごとの「学習言語」の差をわかって読めている子はそう多くない。教えている先生の側もその差を把握していなかったりします。
私は、教科書の中にあるような、「知識や情報を伝達する目的で書かれた文書」を読み解く力を、「シン読解力」と呼んでいます。このシン読解力を身につけることが、お子さんや若者世代がAI時代を生き抜く重要課題だと考え、シン読解力を正しく身につけるためのトレーニングとしてRSTを開発したというわけです。
生成AIの文章をそのまま提出する学生は、勉強したことにならない!
――でも、今は大学生や、ともすると高校生も作文や論文に生成AIを使いこなしていますよね? うまく使えていればいいのでは?
新井先生:多くの学生は、AIを使いこなしていると言えない状態です。本来そうした課題は、生成AIで出力した文章を読んで吟味し、参考文献が正しいか、ハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成する現象)が起きていないかを確かめて文章を作り直したり整えたりする必要があるわけです。しかしやっている子はほぼいないでしょう。AIが出力した情報をそのまま提出する傾向にあります。つまり、内容も理解しないままAIに回答を出させているだけなんです。教員が読めば引用文献がおかしいもの、あるいは引用文献を参考に書く文章が整合していないものはわかります。
大学に行ったけれど生成AIに依存して大学の授業も理解しないまま卒業していく学生が今後増えていくでしょう。卒論さえ生成AIからの出力そのままに提出、というケースさえ出現するでしょうね。せっかく大学に入ったのに大学の教育をろくに受けなかったのと同じで、このデメリットの大きさはいかがなものかと思います。
教科書も読めずに就職したら、厳しい時代に残っていけないかも
――これまでも大学生はアルバイトやサークルに明け暮れて、たいして勉強せずに就職するケースも多かったですし、それでなんとか社会人としてやっていけましたよね?
新井先生:今後はそうもいきません。新卒から3年で3割以上は転職する時代です。新卒で入った会社でも転職した先でも、かつてより即戦力が求められ、真の問題解決を迫られます。責任を持って問題解決しなければならない場面で生成AIに依存している状態だと、適切な文書生成もできなければ読解もできない、大きなミスを起こしがちで、会社での評価が下がり、居心地が悪くなります。
大学でレポートや卒論を書くことひとつひとつが、社会人になるためのトレーニングでもあるのです。それこそきちんとした文章を書くスキルがなければ、仕事自体がAIに取って代わられます。
保護者の方は、大学を卒業して新卒で名の通った企業に入るところまでしか視野に入っていないのではないでしょうか。しかし、多くの子が転職すると考えると、コスパよく名の通った大学に入学でき、名の通った企業に入れればスゴロクの上がりではないわけですよね。
わが子のスキルをはかるにはRSTにトライしてみよう!
――なんだか、わが子が心配になるお話です。まずは教科書が読めるかどうかを知りたくなります。
新井先生:では、ためしにRSTをやってみてはいかがでしょうか。特別な知識がいらない文章です。保護者の方も一緒にやってみては。


RSTの結果は学力テストと強い相関があり、大学受験にも影響

――これができないと、教科書が読みこなせないことになり、将来的にも不安があるということでしょうか? RSTと学校や受験での学力はそんなに関係がありますか?
新井先生:文部科学省は小学生の場合、6年生の4月に「全国学力・学習状況調査」、通称学力テスト、短縮して学テと呼ばれるテストを実施します。この学力テストとRSTは相関性が高いことがわかっています。RSTを導入している尾花沢市では、6年生の学テとRSTの能力値の間の相関係数が0.73でした。
埼玉県戸田市で埼玉県の学力調査とRSTの能力値との相関を調査したところ、どの学年、どの教科でも、RSTの6分野との相関係数が0.5を超えました。さらに、RSTの6分野の能力値の平均をとった「RST6分野の平均能力値」とは0.6から0.8の強い正の相関がありました。日本語で書かれた「学習言語」の読解力しかRSTは測っていないのにもかかわらず、英語の成績ともかなり高い正の相関がみつかりました。
2023年度の戸田市のRST6分野平均能力値と埼玉県学力調査との相関
| 小6 (1186人) | 中1 (1129人) | 中2 (1004人) | 中3 (1016人) | |
| 英語 | 0.673 | 0.662 | ||
| 国語 | 0.788 | 0.741 | 0.792 | 0.779 |
| 数学 | 0.729 | 0.656 | 0.745 | 0.717 |
| 全教科 総合点 | 0.804 | 0.745 | 0.798 | 0.779 |
(新井紀子先生の著書『シン読解力:学力と人生を決めるもうひとつの読み方』p.113より抜粋)
新井先生:また、ある県の県立高校の有名私立大学の合格者数と各校の「RST6分野の平均能力値」の散布図が以下です。この散布図から、シン読解力が高い生徒が多い学校ほど、いわゆる有名私大学に多く合格者を出していることが読み取れます。
リーディングスキルテストと有名私大のべ合格者数

「シン読解力」はトレーニングで伸ばせる!

新井先生:全国学テの正答率が国語も算数も全国平均を大きく下回っていた小
――シン読解力を伸ばせば教科書が読めるようになり、学力テストも上がっていく。それならぜひシン読解力の伸ばし方をお聞きしたいものです。そこで後編では新井先生に、シン読解力を伸ばす集団での教育と、家庭でできることを伺ってみました!
▼後編はこちら
お話を伺ったのは
東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院を経て、東京工業大学(現:東京科学大学)より博士(理学)を取得。専門は数理論理学等だが、人工知能や教育等、文理融合分野で幅広く活動をしている。
2011年から10年間、人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務めた。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。
科学技術分野の文部科学大臣表彰(2010年・2022年)、日本エッセイストクラブ賞、石橋湛山賞、山本七平賞、大川出個人版賞、エイボン女性教育賞、ビジネス書大賞などを受賞。
2017年にTEDで行った講演は、23カ国語に翻訳され160万人以上が視聴した。2018年にはマクロン大統領の招待により世界のトップAI研究者とともにフランスのAI政策について進言。また、同年、国連において持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術との関係を討議する第3回STIフォーラムで基調講演を行った。
主著に「数学は言葉」(東京図書)、「AI vs 教科書が読めない子どもたち」、「AIに負けない子どもを育てる」、「シン読解力 学力と人生を決めるもうひとつの読み方」(以上東洋経済新報社)など。
一般社団法人 教育のための科学研究所 代表理事・所長。
東ロボくんの開発責任者で、読解力を調査・研究し、受検者数50万人のRSTを開発・普及させてきた『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の新井紀子先生による待望の続編!
ここで言う「読解力」とは、国語や読書の際に用いられる一般的にイメージされる読解力ではなく、「教科書を正確に読み解く力」を指す。そこで著者はこれを「シン読解力」と名づけた。
シン読解力を測るリーディングスキルテスト(RST)の受検者は50万人を超え、そのデータから様々な事実がわかってきた。
構成・文/三輪 泉