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教科ごとに「教科書が読める」を目標にする

――教科書や辞書、新聞など、知識や情報を伝達する目的で書かれた文書を読み解く力「シン読解力」を伸ばせば、学力も伸びることを、前編で調査結果から教えていただきました。では、学校の現場で実際に「シン読解力」を伸ばす教育をしているところはあるのでしょうか?
全編記事:進学校でも「教科書が読めない」子が半数!
新井先生:福島県相馬市では2020年からすべての小学生と中学生に「シン読解力」を測るリーディングスキルテスト(RST)を導入して、実際にシン読解力を伸ばしていました。ちなみに相馬市では、先生もRSTを受検し、シン読解力をしっかり指導できるようにしたのがすばらしいのです。
RSTは、小中学生にとっては「教科書が読める」ことを目標にしています。それは一見簡単そうに見えますが、実はそうでもありません。一口に教科書といっても算数には算数的な、理科には理科的な、社会科には社会科的な書き方があり、それらの違いを意識しながら教科ごとに読んでいく必要があります。そうでないと、高校生くらいになり教科書の内容が教科ごとに難しくなったときにつまづくのです。
教科書を読んで書き写すトレーニングで学力テストの正答率アップ
新井先生:そこで、「教科ごとに教科書がきちんと読める」を最終目的とした上で何をやるか。実は、昭和世代が経験した、音読や視写を科学的にバージョンアップした手法を開発しました。前回の授業の重要な箇所を先生がデジタル黒板に提示する。その文を教科書から探し出し、指さし確認した上で、黙読、音読したあと、先生が読むのを聴く聴読を経て、1分で視写し、隣の人と交換して校閲する。この一連のトレーニングを、朝の5分の帯時間に、理科・社会・算数と科目を変えながら1週間に3回導入したのです。
たとえば、「フェノールフタレイン溶液」という言葉は、その知識のない子どもたちにとっては呪文のようにしか聞こえません。しかしよく読み、聴いてから書き写すことで、この言葉が長期記憶できるようになるのです。最後に簡単な質問にひとつ答えさせることで、読んだ内容を改めて意味に落とし込みます。「何にフェノールフタレイン溶液を入れると赤くなりますか?」と質問し、「アルカリ性の水溶液」と答えさせることで、記憶に刻み込ませるのです。
長い文章を読むときには単語がわからないとしっかり読めません。だからこそ、まずは語彙を増やすこと、増やした言葉の意味や使い方を身に付けることが大事なのです。このトレーニングが生きるように授業改善もしました。プリントとタブレット中心の授業を、教科書とノートと鉛筆に戻し、児童生徒が中心になって、教科書見開き2ページに書かれている本文と資料の内容を読み解き尽くす授業に変えたのです。
相馬市の桜丘小学校はこうしたトレーニングによって全国学力テストの正答率がグングン上がりました。相馬市全体でも正答率が上がっています。
桜丘小学校の全国学力テストの正答率(%)
| 国語 | 桜丘小 | 全国(公立) |
| 2021年 | 57 | 64.7 |
| 2022年 | 66 | 65.6 |
| 2023年 | 70 | 67.2 |
| 算数 | 桜丘小 | 全国(公立) |
| 2021年 | 61 | 70.2 |
| 2022年 | 65 | 63.2 |
| 2023年 | 66 | 62.5 |
小学校5年生くらいまではタブレット学習はしなくてよい

――小学校は文部科学省のGIGAスクール構想により、タブレットを小学生1人に1台支給して、調べ学習や議論に活用させています。また、塾などはタブレットで宿題提出や丸つけなどもしていて、タブレットを使ってこそ新しい学習、のようなイメージです。が、新井先生のトレーニングでは教科書、ノートと鉛筆がすべてですね。
新井先生:私は小学生のうちは教科書、ノート、鉛筆だけでいい、むしろタブレットは導入すべきではないと思っています。タブレットで見る教材にはたくさんのボタンやリンクがついています。それらをクリックすると、別の情報に移動します。そのような膨大な情報を処理できるような能力をもつ子はほとんどいません。学力が低い子ほどリンクを意味なくクリックする、スワイプする、となります。
関心があって集中しているわけではない、飽きているからクリック、スワイプしているうちに依存します。特に小学校5年生くらいまでは集中して教科書を読ませるほうが効果的です。情報量にやや飢えたほうがいいんです。「もっと知りたい」という意欲が出てきます。食べ物でも情報でも、与えすぎたらいつもおなかがいっぱいで、「食べたい」「知りたい」という好奇心が出てきません。
クラス全員でポイントになる言葉を教科書から探して指さし
新井先生:また、会津市の高田小学校では、リーディングスキルテスト開発にのっとって、教科書を見開き単位で読解しています。「紛争とはなんですか?」と先生が聴くと、一斉に生徒は教科書から探して、指さしするのです。「●●ページのここに載っています」と。そしてそこを全員で読んで「紛争はそういう意味ですね」、そこから紛争についての授業がすすんでいきます。
当然ながら、優秀な生徒も勉強が苦手な生徒も一斉にやります。みんな一緒にやることに意義があるのです。普段は勉強が苦手であまりしゃべらない男の子がクラスの中心になって、自分で紛争についていろいろ調べたりもします。
教科書を読み解くだけの授業なんて、高成績の児童生徒にとっては退屈では?と思われるかもしれません。ところが、昨年、高田小学校の6年生の歴史の授業をRSTのフォーラムで再現したところ、開成・東大出身の参加者までもが「いやぁ、面白かった。こんなに面白い授業を受けたことがない気がする」と感想をもらしたほどでした。
実際に高田小学校で授業を受けた児童は「教科書にはいろいろな情報が載っていて、読むのが楽しい」と言っています。
*高田小学校の様子はこちら
家庭では「学校で今日何やった?」を聴いて会話を

――では、家庭で「シン読解力」を伸ばすトレーニングはありますか?
新井先生:「シン読解力」を伸ばす土台として、語彙(生活の中で使う言語など)が小学校3年で8000~1万くらいあることが前提です。小学校入学時に1万あれば理想ですね。そして語彙を獲得した上で言い回しを覚えていく、それには、日常生活の中でいろんな言葉を聴く、読む、書く、話すことが大事です。
本の読み聞かせは、語彙を増やしたり言い回しを増やしたりする上で効果的です。逆に語彙や言い回しが増えないと、特定のことしか関心がない子になります。「うちの子、本は読むんですよ」と言っても、いつも同じタイプのライトノベルばかり読んでいる子は語彙が増えず、語彙が増えなければ思考も広がらないのです。
保護者の方がお子さんと顔を合わせたら、「今日、学校で何やったの?」って聴いてください。特に男の子だと「社会」「大仏」など、単語しか返事が返ってこないことも多いですが、ニコニコしながら「へぇ、大仏ってどこの大仏? 知らないから教えて、教科書読んでくれたらうれしい」とさりげなく促しましょう。そして教科書を出して読んでもらったら、「そうなんだ! その大仏っていつ頃建立されたのかな」など、どんどん会話を広げていくと、語彙も増えていきます。
理科は理科でまた語彙が違いますから、教科ごとに聴いていくといいですよね。「算数はそれ、難しかったよね」「分数のわり算では、ひっくり返してかけるんだよね」など、子どもが自然な形で説明できるように大人は促してあげたいです。
保護者の方で、子どもと一緒にいてもスマホばかり眺めている人がいますが、それはやめたほうがいい。保護者がスマホを見ていると、子どもは話しかけなくなり、語彙や言い回しは当然ながら増えていきません。できるだけ大人と話して語彙のバリエーションを増やしていくことが大事なのです。
SNS動画ではなく、テレビの大河ドラマを一緒に観る!
――とはいえ、子どもの語彙を増やすための会話を常に心がけるのは大変です。
新井先生:大河ドラマを一緒に観るのはいいですよ。歴史ものは語彙のバリエーションが増えます。
――SNS動画ではダメなんですか?
新井先生:子どもが知っている単語ばかりしか出てこないのでは、語彙を増やす、言い回しを増やすという目的にはかないません。それに、SNSはユーザーの興味や行動を分析し、似たようなコンテンツを繰り返し表示する仕組みです。 新しい語彙は獲得しにくいのです。
勉強が苦手な子も優等生も「一緒に学ぶ」公教育のよさを再確認したい

新井先生:語彙が少ないと、自分の気持ちを説明する前に手が出て、トラブルになることがあります。伝える力が身につくことは大切です。親に反発するときにも、クラスでもめごとがおきたときにも「これは本当はこういうふうにすべきというルールなのに、そうなっていない。おかしいと思う」と言えば、どんな子でも同じ土壌で話し合うことができます。
ですから、「シン読解力」のトレーニングは、クラス全体でやることに意味があるのです。シン読解力を獲得しやすい偏差値の高い子と一緒に、それまで勉強に自己肯定感の持てなかった子が「教科書のここに書いてある」と言えるようになる。
そして、教科書がきちんと読めるようになれば、どんな子も独学で勉強することができる。塾に宿題をたくさん与えられていっぱいいっぱいになることより、自分は何をどう勉強すべきかを考えて、自分で取り組む力をつけていくことの大切さに目を向けたいです。
公教育って何をすべきかというと、やはり「教科書を自分でしっかり読めるようになる」が基本だと思うのです。
――新井先生の言葉を聴いていると、なんとなくタブレット学習、なんとなく塾通い、という勉強のさせかたを再考したくなります。「自分で勉強できるようになること」、その基礎を築く力を大切にしたいですね。
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お話を伺ったのは
東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院を経て、東京工業大学(現:東京科学大学)より博士(理学)を取得。専門は数理論理学等だが、人工知能や教育等、文理融合分野で幅広く活動をしている。
2011年から10年間、人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務めた。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。
科学技術分野の文部科学大臣表彰(2010年・2022年)、日本エッセイストクラブ賞、石橋湛山賞、山本七平賞、大川出個人版賞、エイボン女性教育賞、ビジネス書大賞などを受賞。
2017年にTEDで行った講演は、23カ国語に翻訳され160万人以上が視聴した。2018年にはマクロン大統領の招待により世界のトップAI研究者とともにフランスのAI政策について進言。また、同年、国連において持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術との関係を討議する第3回STIフォーラムで基調講演を行った。
主著に「数学は言葉」(東京図書)、「AI vs 教科書が読めない子どもたち」、「AIに負けない子どもを育てる」、「シン読解力 学力と人生を決めるもうひとつの読み方」(以上東洋経済新報社)など。
一般社団法人 教育のための科学研究所 代表理事・所長。
東ロボくんの開発責任者で、読解力を調査・研究し、受検者数50万人のRSTを開発・普及させてきた『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の新井紀子先生による待望の続編!
ここで言う「読解力」とは、国語や読書の際に用いられる一般的にイメージされる読解力ではなく、「教科書を正確に読み解く力」を指す。そこで著者はこれを「シン読解力」と名づけた。
シン読解力を測るリーディングスキルテスト(RST)の受検者は50万人を超え、そのデータから様々な事実がわかってきた。
構成・文/三輪 泉
